死神さんは隣にいる。

歯車

68.マイペース☆ヤヒメ

 その日、シキメことヨルナが崇める大明神、弥栄 ヤヒメは、リビングに座ってテレビを見ていた。


 リモコンを握り、適当にチャンネルを変えながら、面白そうなものを探す。芸人たちがグルメを評価する番組や、馬鹿みたいな罰ゲームをしている没落寸前のアイドルなんかのバラエティなどがやっているが、どれもお気に召さないらしい。適当にチャンネルを回している。


 しかし、そのリモコンの使い方は、粗雑極まるもので、どこか当たり散らしているかのようにも見える。それもそのはず、ヤヒメは今日、少し不機嫌だった。


 つい先日、ヨルナに言われたこと。ヤヒメはそれは唐突で、急すぎて、いまいち意図が分からなかったのだが、いつもお兄ならそんなものかと受け流そうと思った。しかし、今回のそれは非常に耐えがたいことであった。


 すなわち、「今は危ないからログインしちゃダメ」。


 なんでも、ぴーけーなる人たちが大勢で弱い者いじめをしているらしい。それで、お兄みたいな戦う職業を持っていない人たちは何もできないから、できればログインしないほうがいいという。


 ぴーけー達はどんな人たちとかどうしてそうなったのかとか聞いたけれど、お兄は過去の因縁がどうとか、早いうちに手を打っておいた方がとか、いろいろ言っていたような気がするけれど、そんなことはヤヒメからしてみれば全く意味が分からないのである。


 重要なところはどうして私が駄目でりゅーちゃんやお姉ちゃんはいいのかというところだというのに、どうしてお兄はそこんとこ分かってくれないのかなぁ、なんて思いつつも、ヤヒメはテレビのチャンネルを変えてはぼーっとそれを見ていた。


 実は、そのPK騒ぎは一先ずの解決を済ませ、既にある程度落ち付いているため、その復興のためにも生産職の手が必要とはつゆ知らず、ヤヒメはテレビを見るのである。今流行りのタッチパネル型のリモコンを、引っ叩くようにべしべしと操作している。


 しばらくして、苛立ちが限界を通り越し、怒りに変わったあたりで、ヤヒメはタッチパネルへ向かう平手を停めた。そして、チャンネルの変わったテレビを、またぼーっと見だした。


 どうやら今日はニュースの気分らしい。専門家たちが集まって語り合っている。それを何となく見つめるヤヒメ。見つめているだけである。それ以外は何もしていない。


 あくまで見つめているだけである。理解はしていない。


「――――ですから、日本がこのような経済成長を迎えられたのは、今までの消極的な国営方針を一転させ、積極的なものにしたからでして――――」
「――――この改革を恐れない姿勢をこそ、我々は真に求めるべきだと、そうおっしゃっているのですね? でしたら――――」
「――――しかし、この場合やはり、変化を恐れず、受け入れる姿勢をこそ我々は身に着けるべきなのです。なにも――――」
「――――我々日本が消極的な国内の政治を行っていたせいで、革新の無い、いわば弱気な政治が長引き、それによって国力が――――」


 ……聞いてはいる。しかし、理解はしていない。


 ちんぷんかんぷんなニュースを見つつ、ヤヒメはぐるぐると考える。経済のことを。


 需要、供給。この二つが世界を回しているのだと、ヤヒメは姉のように慕うヨミナから聞いたことがあった。多くの人々が物を欲しているから、商売とかが成り立つのだと。


 そういう断片的な記憶を寄せ集め、経済についての考えを自分の中でまとめていく。ヤヒメには二人も、尊敬できる人物がいるのだ。しかもその二人は、いつも勉強を見てくれる。
その二人のおかげで、ヤヒメの頭には今、多くの情報が集まっていた。蘊蓄や愚痴で彩られつつも、立派に蓄えられた知識が、記憶が、ヤヒメの脳内を激しく駆け巡るっ!


 そして、多くの情報を整理し、今、完璧にまとまった思考を、ヤヒメはテレビのコメンテーターを見据え、フッと笑った!


 そして、その不敵な笑みからこぼれた呟きは!


「……お昼は、あんかけチャーハンが食べたいなぁ……」


 ……あんかけチャーハンが、食べたいなぁ……。
 ……チャーハン、食べたいなぁ……。
 ……食べたいなぁ……。
 …………………………………………………………。
 ……………………ふむ。


 さて、そんな日常を今日も今日とて過ごしていたヤヒメは、そろそろ部屋に戻って裁縫の練習でもしようかと考えていた。何分、先日言われたことのせいで昨日は家でずっと服を作っていたのだ。友達はきっと今もログインしているのだろうと思うと少し怒りが再燃しかけたが、なんとかそれを抑えつつ服を縫っていた。


 デザインとしては、感情のままに作っていたため、燃えるような赤を中心とした、バラの刺繍のなされたイブニングドレス。大胆な胸元や背中の露出を、腹部に咲いたバラによって気品のある一品に仕立てている。恐らく万人から見れば、美しいと賞讃を頂けるだろう。


 しかし、ヤヒメは、完成したそれを見ながら、首を傾げた。そして、すぐさま作り直すことに決めたのだ。


 何を隠そう、この服は、ヨミナが家に帰ってきたことを祝し渡すプレゼントなのである。感情のままに作ったものを渡すなど、到底許されない。


 帰ってくるのが予想外だったために、ヤヒメはなんの用意もしていない状態から、このドレスを思いつきで作り始めた。ヨミナのことだ、おそらくパーティの誘いには事欠かないだろう。特に男性からの夜会なんかは。


 しかし、ヨミナはまたいつ去ってしまうかわからない。だからこそ、なるべく早めに仕立ててしまおうと思っていたのだ。


 しかし、なかなかアイディアがまとまらない。そもそもあの完璧超人に似合う衣装など、デザインするのが難しいのは決まり切っていたことである。


「うーん、なんかなぁ……。ここのあたりとか、この辺とか、ここからここにかけてとかがなぁ……」


 一応、縫い直すのは面倒なので、先ほど作った赤いドレスは、日曜大工でりゅーちゃんのお父さんが送ってくれた衣装ダンスの中に入れてある。その中には、失敗作とまではいわないものの、完璧でもない(とヤヒメが感じたもの)が大量に入っている。


 そして、今作ろうとしているのは、先ほどとは打って変わって、冷静沈着で、クールなイメージの青色。深い愛で包み込んでくれそうな、海のように青い生地を手に、イメージを膨らませていく。


 しかし、これはこれで、自身が思う姉のイメージにそぐわない。あの人は、確かに完璧で、常に冷静で、しっかり者ではあるけれど、すこし人をからかう癖がある。だから、クールという表現は、どこか似つかわしくない気がする。格好いいというより、可愛い人だ。


 であれば、ベージュなんてどうだろう。優しさを感じさせ、ほんわかとした印象の色だ。いや、でも姉はほんわかとはちょっと違う、かな。じゃあやっぱりこれじゃない?


 ぐるぐる回転するヤヒメの思考。服に関してだけはすさまじい知識量を誇る彼女だが、ただの平民である彼女にとって、ドレスは少し縁遠い存在であり、微妙にイメージがし辛かった。とはいえ、一度作ると決めた以上、捨てるのはなんか嫌だ。であれば、頑張るしかない。


 どうにかこうにか、刺繍や飾りを足しながら、少しずつヨミナのイメージに合うものを作っては、これじゃないと没を増やしていく。その度に少しずつ焦りの感情が顔を出してきていた。


 これではいけないと、ヤヒメは少し心を落ち着かせた。リビングに戻り、お兄が作ってくれた大好物のミルフィーユを食べる。これはヨルナがご機嫌取りに作っていたものである。


 他にも冷蔵庫の中には、ガトーショコラやショートケーキ、イチゴのタルトにモンブランと、様々なデザートが所狭しと並んでいる。今日、自分が姉さんと二人でゲームをすることに、絶対ヤヒメは機嫌を損ねると予想して、昨日のうちにヨミナと二人で作り上げたものである。


 因みに、その共同作業のことを聞いて、自分も手伝いたかったとヤヒメの機嫌を損ねたのは別の話。


 ミルフィーユを大事に大事に、フォークを使って食べていくヤヒメ。そんな彼女の元に、一本の電話が。


 相手は……ヨルナだった。


「はいはい、ヤヒメですけどー?」
「あ、ヤヒメ? 今ちょっといいかな?」
「うん? なになに?」
「実はさ……」


 そこから話されたのは、非常にざっくりとした説明をすれば、殴るか魔法かということ。


 要するに、INT値とSTR値についての相談を受けたのである。この二つのどちらを育てたほうがいいかな、と直々の相談を。


 勿論ヤヒメは考えた。なんで私はログインしちゃダメなのに楽しんでんのさーという文句を押し殺して。てゆーかいま集中してたんですけどーという心を抑えて。


 何せ、あのお兄が自分に相談事など、滅多にないからである。むしろこっちがいろいろ相談に乗ってもらっていたくらいだ。服の装飾や模様、素材から何まで全部お兄任せの服を仕上げたことがあるくらいだ。結果、それをオークションで売ったら物凄い値になったけれど。


 それはさておき、ヤヒメは真剣に考えた。


 そして、考えている中、朝のニュース番組のことを思い出す。そう、経済がどーたら政治がどーたらと、騒いでいたあのニュースである。ヤヒメの記憶の一部が、ギリギリそれっぽいところだけを、ほんのわずかに捉えていたのだ。


 ヤヒメは言った。


「お兄、変化を恐れてちゃ何も解決できないんだよ!」
「……え?」
「だから、改革を恐れずに、積極的に受け入れていくことこそ、進歩の道なんだよ! 消極的だとこくりょくがどーたらで下がっちゃうんだよ!」
「へ? 国力? 何の――――」
「と、に、か、く! 今のお兄にはせっきょくてきなしせいが全然ないんだよ! 背筋をピンッと伸ばすの!」
「え? あ、え?」
「わかった!?」
「わ、わかりました!?」


 ならよし! むふーと満足の笑顔を向けるヤヒメ。最早自分が何を言ったのかすら覚えていないだろう。いや、もしかしたら相談内容自体抜け落ちているかもしれない。


 しかし、そんなことは一切気にせず、むしろ今の言葉から何かを得たのか、さっそく裁縫のデザインに取り掛かろうとするヤヒメ。凄まじい勢いでA4用紙に作図がなされていく。


 その中、申し訳なさそうに、電話から響く声。


「あ、あの、ヤヒメさん……?」
「ん? なあに?」
「そ、その、それでですね……僕は、魔法と物理、どっちを取れば……?」
「え? うーん……」


 ヤヒメは再度考え出す。先程相談された内容はむしろそっちであり、別に誰も貫禄のある言葉を言えなどとは言っていないことなど既に頭には残っていない。


 そして、ヤヒメは想像した。お兄ことヨルナが、怪物と向き合い、宙に飛び上がりながら変身し、フリフリの衣装を着て、「魔法少女バイオレンス☆シキメ参上!」と書かれた文字を背に、ステッキを握っているシーンを……。


「おお、似合ってるじゃん」
「へ? 何が?」
「ん? いや、なんでもないよー。うん。あ、お兄は魔法使ってた方がいいと思うよ!」
「え、ええ……」


 電話越しから聞こえてくる納得のいっていない声など気にも留めず。ヤヒメは自分の作業に戻る。気づけば、A4用紙は二枚に増えており、もう一つの方は、大人びたドレスとは似ても似つかぬ、ミニスカの、フリルが付いた、妙に凝った衣装と、その横にステッキが書いてある。


 今日も今日とてマイペースなヤヒメさんは、自由の道を歩いていくのであった。



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