死神さんは隣にいる。

歯車

62.ば、化け物……(おまいう)

 血風縮地。


 その圧倒的な性能を見て、僕はたじろいだ。隣で姉さんがドヤっているのが見える。それもそのはず、このスキルは割と序盤にしてはヤバいスキルである。というか普通の育て方をすればまず手に入らない。


 こういう代償系のスキルは、確定ではないが、最初にある程度行動を制限しなくてはならない。もちろん、AI様の御心など理解できようはずもないが、傾向として、自身の体力が低いことや、その体力すら犠牲にするプレイングをしている、などが挙げられる。


 何より、こういうスキルを手に入れられた奴は大抵が戦い方がひどいモノばかりだ。すなわち、下手な連中の救済措置と僕たちは考えている。


 もともとこういうスキルは、上級者が使うというよりも、初心者が避けることになれるために使うことの方が、このゲームでは多い。上級者は、それより常時発動系スキルや、カウンター発動のスキルを手に入れるからだ。


 僕愛用の『ドレッド・デストロイヤー』や、その他の代償系アーツは、実はボス戦ではあまり使わないことの方が多い。僕は火力が足りなかったか、敵が敵と呼べるほど強くはないために割と頻繁に使ってきたが、雑魚の群れやボス戦の最後の一撃にという人の方が多いのだ。その後の戦いを予期しない。


 さらに言うなら、代償系スキル、それもステータスアップ系のスキルは、基本的には無駄になることの方が多い。


 例えば、STRを上げてもアーツで倍率上げたほうが強いことの方が多い。
 VITが上がっても体力が下がっていたらあんまり意味はない。
 INTが上がっていてもやはり魔法の方が強い。
 MINが上がって一体何になる。
 STMが上がってもその場しのぎにしか使えない。
 LUK? ドロップがちょっと良くなるかもね。戦闘に関係はない。


 ……等々、散々な理由で基本没だ。そして、そのことはAIが一番よく理解している。能動的スキルは基本アーツより威力が弱く、余り使い物にならないことの方が多いのだ。


 しかし、姉さんはここでも持ち前の運の良さを発揮した。


 そう、この代償系スキルにおいて、有用なステータスが二つ。


 MPとAGIである。


 MPは言わずもがな、撃てる魔法やアーツの回数が上がる。それを使って様々なことが出来るようになる。と考えれば、応用が素晴らしく効くのだ。故に代償系スキル群の中でも、割と使っている人をよく見かける。


 そして、AGIアップ。これは使う人はあまり見ないが、非常に恐ろしいスキルである。


 まず、代償系スキルの弱点である体力減少を回避行動で補える点。しかし、これはSTMでも似たようなものだし、可能性としてはVITでも代用しうる。よってこの点は、まあ置いておくとしよう。


 次に、一気に退避行動をとれること。安全マージンを超過した瞬間、残りのHPを全てAGIに回し、全速力で戦線を離脱できること。ボス戦なら治癒のポーションや仲間に回復を願うとき、敵から全速力で逃げ、回復して戦線復帰するなど、様々な点において有効な方法である。これは当然雑魚の群れにも有効で、塵も積もればと言葉にもあるとおり、細かいダメージを強引に突破するのにも使えるのだ。


 そして、一番肝心なのは……姉さんがダメージを負うようなヘマをしない人である点である。


「ね、姉さん。このスキル、一体いつ……?」
「え? えーと、あのりゅーちゃんって子が基本近接戦だから、とりあえず補助に徹して、速度になれてって言ってきて、それから、かな……?」
「Oh……」


 なんという……本当になんという……。


 そういえば、姉さんはまだゲームについては初心者だった……。こんな偶然あるんだろうか……。


 つまり、姉さんは凄まじい潜在能力そのままに、今後も使えて訓練も可能なAGI強化の代償系スキルを手に入れたということなのか。しかも倍率がなかなかにイカレタやつを。とんでもないな。


 因みに、AGI強化でそういうスキルを取れる奴が少ない理由は、そもそもAGI特化型のステータスを組めるような奴がそういないことと、大多数のイメージ的に自傷系スキルで上がるのはやはりダメージ量と考える人が多いため、欲しいとか考える人が少ないのである。そのため、AI様は不要と判断し、切り捨ててしまうのだという。


 そういった理由から、割とAGIアップ持ちは少ない。MPアップはHP変換と割り切って考える人が少なくないために割といたりするんだけどね。


 にしても姉さんの倍率はトチ狂ってるとは思うが。


「まあ効果時間がちょっと短いのが難点なんだけどね」


 何でもないような顔で姉さんは言うが、これは明らかにヤバい値である。というか、僕の持ってる天外膂力もそうだが、全体的にβ時代より強スキルの入手が早い? これは大きな修正点だな。


 何しろ、バランスがベータの時と全然違う。それ相応にレイドボスも序盤から強いだろうし、雑魚の行動AIとかもランクアップしている可能性がある。これはシオンにそういう統計でも調査してもらう必要があるかも……っうわっ!?


「もう、根を張り詰めすぎないの。考え事は後にしなさい」


 どうやら暇だったのがお気に召さなかったのか、僕の身を案じてか、姉さんは僕にデコピンした。おかげで僕は我に返った。でも割とヤバい。HPが今ので少し減った。いくら今日はなるべく前線に出ないとはいえ、できればやめてほしい。


 しかし、それに気づいているのかいないのか、姉さんはさっさと歩き始めてしまった。持ち前のAGIで駆け出さないのは、一応悪いと思ってくれているからなのか。


 それに追従する形で僕も歩き出す。とはいえ、狩り尽くしてしまったためにこの周辺には特に敵もいない。


「とりあえず、暇になっちゃったし、武器とか見に行く?」
「んーそうね。私もそろそろ買い換えたいかなって思ってたし」
「ならちょうどいいな」


 もっとも、大鎌なんて武器を取り扱ってるところは全然ないだろうけども。オーダーメイド? いやちょっとそれは流石に……。


 そんな感じで歩いていると、道中がたいのいい男たちが、複数人で誰かを囲んでいるのを目にした。よく見ると、男たちの装備は割といい感じのものだった。ただ、レベルの割に十分とは言い難い。初心者にとっては高品質でも、あれくらいのレベルならガラクタと相違ないだろう。


 男たちのレベルは、上位職にはいっていないが、割と高そうだ。姉さんより少し下位くらいだと思うので、わりと強い部類に入るんじゃないだろうか。しかし、そんな連中がなぜあんな微妙な装備?


 答えは、すぐにわかった。


「ひっひ、ここを通ろうとしたのが運の突きだったな、坊ちゃん」
「なぁに、別にひどいことをしようってんじゃねえ。おとなしくその装備をこっちに渡してくれたら、別に何も言わねえよ」


 ……ああ、追剥か。


 複数人の中心にいたのは、まだ装備も貧弱な初心者。それも恐らくPvP自体初めての、アバターキルを人殺しと考えてしまう本物の。だから今もその手にある武器を振るえない。決して良質とは言えないまでも、その剣を男の首に刺せば終わるのに。


 少年は大体刃渡り0.8メートルくらいのロングソードを持っていたが、それにもかかわらず鎧を装備せず、布製の比較的軽装だった。随分と怯えた顔をしているし、レベルも恐らく4か5くらいじゃないだろうか。


 ガタガタと震える少年は、しかしその後ろに少女を庇っていた。少女は戦闘職ですらないのか、武器を装備していない。拳で戦うというわけでもなさそうだし、どうやら本当に困った状況らしい。


 何故そんな状況になったのかはわからないが、ある程度の目星はつく。おそらく生産職のお友達の素材集めに協力して、敵にバレなきゃいけるとでも思ってこんなところまで来てしまったのだろう。背伸びするから……。


 男たちは思ったよりバランスの取れたパーティで、攻撃役2、防御役1、回復役1に補助役1の、割とちゃんとしたパーティだった。


 攻撃役は一人が近接、一人が魔法職のようで、ぎらついた眼は少年を嘲笑っているようだった。


 さて、どうしますか。


「助ける?」
「助けたいは助けたいけれど、それだと彼らのステータスが伸びないんじゃないの?」
「まあそうだけど」


 逆に、ここから大逆転をすれば、ステータスは結構伸びる。何なら、一歩踏み出して一人でも道連れにするだけで、割と経験値が入る。このゲームは確かにデスペナはきついが、別にステータスが戻らないというわけではない。あくまで一時的な物であって、死ぬ前に起こした行動は、決して無駄にならない。


 なるべく諦めない姿勢が大事なのだ。


「でも、実際彼らだけで勝てるかしら?」
「無理だろうね。ああいうのは大体雰囲気で分かるけれど、彼らは連中に勝てそうな気がしない」


 もちろん、彼らは初心者君たちで、連中は取り囲んでいる追剥どもだ。


 しかし、あの怯え切った表情や、装備の差を考慮すると、勝利は難しいのではないだろうか。腰も若干引き気味だし、重心も安定していない。持ち方や構えから、何か習ってはいるみたいだが、実戦は初めてってところか。


 対して、もう慣れたつもりなのか、男たちは割と冷静だった。常に周囲への警戒を怠らず、その上で少年たちに威圧をかける余裕がある。心境が真逆である以上、勝ち目は薄い。あの少年が一歩でも足を踏み出したのなら、まだわからなかったが、ここまで怯えているところを見ると、難しいだろう。


「ほら、大人しくしろよ。痛みはねえからな」
「諦めて全部置いていけよ。デスペナは嫌だろう?」


 下卑た笑い声をあげる男たち。口の端を歪め、各々が手に持った武器を構えて、ゆっくり少年に圧をかけていく。でも笑えることに、ぶっちゃけデスペナは痛いが、何も出さなければ取られることはない。だってこのゲーム、キルした相手の持ち物はドロップしないし。


 つまるところ、この追剥は完全に情報の無い初心者しか狙っても意味がないのである。しかし、少年は気づかない。否、気づいても死ぬのが怖かったりして難しく考えているのだろう。


「し、シキメ、流石にこれ以上は……」
「……そうだね」


 僕が姉さんにゴーサインを出そうとした――――その時だった。


 少年に、黒い何か・・・・がまとわりついたのだ。


「「「「「「っ!?」」」」」」


 少年が意を決した表情で、じっと黒い何かを受け続けている。黒い何かはやがて魔法陣を象っていく。


 これを見た男たちが、「魔法職っ!?」「急いで魔法陣を破壊しろっ!」「あれ全部魔力か……?」とわめきながら、前衛二人がそれぞれ大盾と剣を構えて突進した。


 それを、これまた決然とした少女が少年を守る魔法を発動し、受け止めた。それはいとも容易く破壊されてしまったが、しかしノックバック効果でもあったのか、近接職の男たちがたたらを踏んだ。そして、それで十分だった。


 近接職の男たちが再度仕掛けようとしたとき、魔法陣は完成した。


 黒い魔力で編まれた、六芒星メインの魔法陣。それが輝きを放った。魔法陣が成立した証だ。そして、その中から、禍々しい化け物が現れた。


 それ・・は、3メートルほどの巨体。頭には捻じくれた角が生え、筋骨隆々としており、一歩踏み出すだけで地面が割れた。黒と赤で彩られた服装をして、腕全体は僕の胴の二倍はあるだろう。口には牙が生え、指をコキコキと鳴らしている。


「召喚術士かっ!」


 わめいた魔法職の男が火の玉を放った。しかし、化け物はこれをいとも容易く振り払い、かき消した。男たちの顔が絶望に染まる。


 それを見ていた少年が、その眼に六芒星の魔法陣・・・・・・・を宿し、手を男たちに向け、命令する。


「やれ、ディア=ヴォロス」



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