死神さんは隣にいる。

歯車

59.その笑顔はずるいよ……。

 ふと気が付くと、それは天国だった。


 そこはふわふわで、ふにゅっとしてて、ふかふかなのだ。


 シルクのような、いやそれ以上の、スベスベサラサラの感触。天女の羽衣なんて比喩がぴったりな気がする。


 柔らかくて、丁度良く温かくて、とろけてしまいそうなほど心地いい。もう一生こうしていたい気分であると断言できるほどに、そこは正しく天国、極楽浄土だった。頭全体を包み込むような優しい触り心地で、身体からどんどん力が抜けていく。


 頭だけなのに、身体全体を包んでいるような感覚がして、何か大きなものに包み込まれている気さえする。仄かに甘い匂いもして、いつかどこかで嗅いだことのある花の匂いだと気づいた。しかしそれさえもどうでもよかった。


 まるで先程までの疲れが見る見るうちに回復していくようで、心が急速的に修復されていくのを感じる。安心感と幸せと心地よさが、僕の身体を優しく染み込むようだ。まるで、これは、そう、包容力のある女性に抱き留められたような……。


 このまま一生こうしていたいと、心の底から思えて……。


 にへらぁっと。


 ふと上げた顔と、こちらをにへらぁっと表情を完全に崩した顔で見つめている黄金の視線・・・・・とが交差した。


「…………」
「…………」


 ――――無言のまま見つめ合う僕ら。……いや、そんないい状況でもないけど!?


 癒しを感じていた時間も束の間、先ほどよりも早く急速的に冷えていく頭脳が、さっきまでの思考を鮮明に記憶していることを悟る。その事実が凄まじく恥ずかしく思えてきて、身悶えたくなる衝動と、この場の理性とが激しくぶつかり合った。


 自分の顔が真っ赤になっていることがすごくよくわかる。もうむしろ燃え出してしまいそうなほどに、火を噴きだすなんて生易しいもんじゃない。火だるまになって転げ落ちそうなくらいだ。もう何を言っているのか自分でもよくわからない。


 頭がどんどん沸騰して、訳が分からなくなってくる。なんだこれは、一体どうなってシオンがここに!?


 すると、目が合ったことに漸く思い至ったのか、シオンの眼が見開かれた。そして、段々と頬が引き攣っていき……。


「……~~っ!!??」
「……えっ!?」


 え、なんで、なんで!?


 なんでかな、見間違いかな、シオンの顔が凄まじい勢いで赤くなっていくんだけど、なんで!?


 顔全体が羞恥に悶えて引き攣っているのがよくわかる。真っ赤にした顔の、微笑むような口元は、時折ぴくっ、ぴくっとけいれんを繰り返し、ぷるぷると震え出した目元からは涙が溜まっている。耳まで赤くしてめっちゃ慌ててる。何これ可愛い!


 超混乱とばかりにわたわたした僕らだったが、シオンの方がひどかったためか、先に僕が我に返った。


 他人が焦っているさまを見ると不思議と落ち着くもので、冷えすぎてさらに沸騰した頭は、段々と普通の温度を保てるようになっていった。おかしいな、僕という種族人間は恒温動物であるはずなのにね?


 ある程度顔の火照りも冷めてきた頃、そろそろどうしてこうなっているのかと名残惜しくも起き上がろうとした――――


「――――えっ、むぐっ?」
「まだ駄目です!」


――――が、まだ駄目らしく、シオンに止められてしまった。


 無念ながら、頭と口を強引に抑えられては起き上がるのは至難の業である。僕は抵抗せずそのままシオンのおひざ元へと戻った。あの極上の感覚が戻ってくることをほんの少しうれしく思ったのは内緒で……。
しかし、ダメと言われても。そもそもなぜシオンがそんなに顔を赤くしているの……?


「う、うるさいです。ちょっとあっち向いててください!」
「ふもっ!?」


 強引に首から上を外側に向けられた。仮想現実なので実際に怪我は無いし街中だからダメージも受けないが、割とぎょっとするのでやめてほしい。少し焦ったようなシオンの様子を見ててそんな風に思った。


 仕方なくあたりを見ると、ここはどうやら街の宿屋の一室らしい。窓から見える風景から、恐らく第二の街トロルヘル。そのどこの宿屋なのかはわからないが、随分豪勢な飾り付けがなされているので、少しお高めのところだろう。


 しばらくたって、シオンも落ち着いてきたのか、先ほどと同じように見つめ合うような位置に顔を戻した。いや、起き上がらせてほしいのだが?


「えっと、なんで僕はここに?」
「は、う、ごほんっ。はい。道端に陛下が倒れていたので、どうしたことかと不安になったので、ひとまず人目につかないところに移動させていただきました」
「大分距離有ったでしょ?」
「いえ、運ぶのは慣れましたので、特に苦でもありませんでしたよ」
「……膝枕をしていた理由は?」
「御身の心配をしてのことです」
「…………」


 なぜ心配だから膝枕をしたのかを聞いているのだけども。


 これ以上聞いても残念な答えしか聞けそうになかったので、とりあえず別の話題を変える。


「えっと、どれくらい時間たった?」
「私が陛下を発見した時から、凡そ一、二時間ほどだと思われます」
「え、そんなに?」
「はい」


 マジか……。僕は割とショックを受けた。まさかそんな長い間眠っていたとは。レベル超過のペナルティはそれほどまでに重いというのか。今度からはちゃんと控えることにしよう。


 僕が少し思考の海に沈みかけていると、シオンが懐かし気に目を細めた。


「……陛下。覚えていますか?」
「何のこと?」
「私たちが出会って、それから初めてレイドボスに挑んだ時のことです」
「……うぅ、あれは割と黒歴史だから思い出させないで……」


 初レイドボス戦共闘、といえば、あれは確か、第4の街解放のためのレイドボス戦だったか。シオンと出会ったのは割と序盤の方だったんだよな。僕もシオンもあまり強くはなくて、一度レイドボス戦に二人で挑んで敗北したのである。


 あの頃といえば、僕はなんだかよくわからないスキル群に悩まされ、シオンはシオンでゲーム自体になれてない感じで、本当に初々しいって感じだったなぁ。ステ振りにもよく悩んでいたっけ。


 それで、連携もある程度とれるようになってきたから、それならもういけるんじゃないかってシオンが提案して、調子に乗って僕も賛成し、気持ちいいくらいに返り討ちに遭ったのだ。


「あの時は本当にショックを受けていましたよね」
「そりゃあねえ。絶対行ける!って意気込んでたからなぁ」


 当然、準備は怠らなかったし、周りの攻略情報だって忘れずちゃんと確認したけれど、やはりというか、その程度で敵うわけもなかった。何せ、あいてはレイドボス。通常二桁単位で人を集めるところを、初心者二人で突破しようとしたのだから、当然の結果であった。


 しかし、当時の僕は絶対勝つと、心底思っていて、自信に満ち溢れていた。シオンもシオンで意気込んでいたので、気持ち的には同じくらいだったと思う。戦意は上々、装備も十分、コンディションも完璧だった。


 そして、始まったレイド戦に、打ちのめされたのである。


「物理攻撃はうまくやれてたんですけどねぇ」
「あの頃は魔法に全然慣れてなかったからなぁ」


 あの頃、僕は驚くべきことに、攻略サイトを常に開いて、地道に攻略していく、レベルを上げていくという、まさにゲーマーなら誰もが一度は通る道の最中だったのである。ザ・ニュービーだったのだ。


 そのサイトの情報と、自分のやってきた経験、それにシオンの計算を足して、レベリングを延々繰り返し、地道に強くなっていったのだ。


 そんな僕らが、割と善戦して体力を半分まで減らせたのは素直に偉業だと褒められてもおかしくないと思うのだが、その時の目的は善戦ではなく、突破であったので、残念な結果には変わりない。


「あの時も、こんな感じでしたものね」
「うっ、まぁそういうときも、あったよ……」


 そして、ボロクソに吹き飛ばされた後、リスポンした先で、僕はショックを受けて落ち込んだのだ。男だというのに、女性を差し置いて這い蹲って希望を失っていった僕。ただのダメ男であった。


 しかし、それを見たシオンが僕の手を取り、落ち込んだ時に「母がいつもこうしてくれたから」なんて理由で、僕の頭をちょうど今しているような感じで、膝の上に置いたのである。僕はそれを涙目ながらに受け入れて、思いっきり甘えたのだ。


 愚痴を言ったり、次の勝ち方を模索したりしている中、あたまをよしよしと撫でていたシオンは、いつも以上に穏やかな顔をして、微笑んでいた。その姿に見惚れて、泣き腫らした顔をさらに赤くしたのはいい……悪い思い出である。


「そうそう、確かこんな風にして、頭を――――」
「――――うわっぷ、ちょっ、やめっ」


 シオンはまるで在りし日の繰り返しのように、ゆっくりと僕の頭を撫でた。それは心を穏やかにさせてくれる優しい撫で方で、ポスッと僕の髪の毛に乗っけられた手が、スッと髪を梳いていく。その感覚がどうもこそばゆくて、でも前みたいな居心地の良さは健在だった。


 僕はもう子供じゃないんだからと思ったけれど、この居心地の良さは放棄するにはあまりにも惜しいとも考えてしまい、葛藤した。躊躇を重ね、結局あの日のように、諦めてその身をシオンに委ねてしまったのだが。


 それを感じたシオンは、あの日と同じように、ふふっと微笑んだ。輝くような微笑みだった。大輪の花が咲いたんじゃないかって思うくらい。


 それに見惚れ、口が半開きのまま固まり、なんだかすごく無様を晒した。我を取り戻したときに、シオンがこちらを見ていて、なんだか気恥ずかしくて、でも今更戻るなんて選択肢あるわけもないので、僕は諦めることにした。


 その笑顔は反則だ……なんて、これが女性の強み何だろうな、とも思いつつ、しかしこの時間が永遠に続けばいいな、なんて考えてしまう僕だった。



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