死神さんは隣にいる。

歯車

58.×××との邂逅

「さて、他に何か用事がある、というわけでもなさそうだし、余はこれで帰らせてもらおう。後の報酬について相談があればそこのシオンに言ってくれ」


 サレッジとの話以外に特に思い当たることもなく、他プレイヤーの顔を見れば特にこれ以上何かありそうな雰囲気でもないので、僕はそれだけ言うと、シオンがまだ中にいることを確認しつつ、外へ出た。途中シオンが「へ?」みたいな、まるでおいていきませんよね? とでも言いたげな表情をしていたが気のせいだろう。


 さて、これでようやく、一件落着、かな? 僕はもう一度今回のアホみたいな、しかし馬鹿にできない壮大な事件を思い返す。


 まず、βテスト途中退席組のかもしかが、暫定黒幕によって唆され、見事に騙されてPK集団鹿狩猟隊が出来上がった。そしてそれと同盟を結んだのがナスビ率いる緑黄処刑団の面々。その影響力により、そして頭のおかしな連中がイカレた理論と共にそのPK集団に次々と加入していき、出来上がったのがPK軍とも呼ぶべき謎集団。


 対し、上位プレイヤーが取った行動は新規プレイヤー、初心者達の安全。呼びかけを行い、一人で出歩かないことを約束させたが、これが反発を生む形でPK軍に次々と加入。


 これに困った上位プレイヤー陣が今更ながら討伐に打ち出そうとするが、利権や報酬、マナーに前提情報に打算等々、厄介な部分が重なり、討滅作戦は一時停滞。これを重く見たサレッジがリーダーとしていろいろ動いて回るも、悉く内輪揉め。


 この面倒な状況を鑑みて、サレッジは全ての状況を覆してくれると見て、僕へ救援を要請。まさか僕でもサレッジが救援を願うとは思っていなかったので、ちょっと事態を深刻に思っていたが、そうでもなく。


 とことんPK軍が強いわけでもなく、結局ただの喧嘩として、軽く売った側のPK軍にお仕置きをして、それから更生のチャンスを与えてやってくれとサレッジに言われて、引き受けて、今に至る……。


 なんだろう、こうしてみると、そんなにプレイヤーってアホなのかなって思えてくるな。


 ま、まぁいいや。それはそれとして。


 この長いようでクソ短い珍事件を思い直し、思えば随分と濃い数日間だなぁと感傷に浸りつつ……あっ。


「サレッジに変装用アイテムの相談してない……」


 もとはといえばそれをこそ聞きに来たというのに、なぜそれを忘れていたのだろうか。なんだかんだアホだと言ってきた僕が一番アホやん。


 流石に今更回れ右して聞きに行くなんてことはできない。そんな恥ずかしいことは出来っこない。舐められるとかそれ以前の問題で、普通に堂々と出て行った会場にくるっとターンして入り直すのは度胸がいる。いやそんな度胸要らないが。


「しかしな……」


 ことアイテムなどの攻略情報において、一般的意見を求めようとするならば、最良の判断はサレッジであろう。シオンはむしろ華美な衣装を求めようとしてくるし、りゅーちゃんはそもそもこういう変装とか詐欺とか隠蔽とかいった「ふくざつ」なことはわからないしわかろうともしない。ほかのクランメンバーは基本堂々としているので、僕だけがこうして隠匿されてきたのだ。


 故に、彼らに頼ろうとしても普通にしていればいいんじゃ? と返されて終わってしまう。オンラインゲームをやっている以上は目立ちたくないとかそんな自己顕示欲に欠けた物言いはできないが、しかしかといってずっと目立っていたいかと言われればそれはノーだ。


 しかし、肝心の一般的視点から見た忌憚なき意見を言ってくれるのは、知り合いの中ではサレッジ位である。それ以外は当然のように目立ちまくっているため、一切そのあたりを気にしていない。


「さて、どうしたものか……っとと、おろ?」


 なんか、今頭がクラっと。あるれ? 気のせい?


 街中で他者にデバフをかけることは不可能だし、当然バッドステータスなんて論外だ。であれば可能性は、あれ? なんかあったかな? それじゃやっぱり気のせい?


 しかし、僕の予想に反して、足は段々とふらついていった。ステータスを見ても特に何かがある様子でもない。何が起こっているのかよくわからないが、それでもまず状況確認すべきと、僕は思考を普段のそれから戦闘用に切り替える。


 段々と頭が冷えていき、しかし消えないふらつきの原因を探る。状態異常のエフェクトも出ていないし、アイコンもなし、周囲にも敵影と思しきプレイヤー、NPCはおらず、モンスターなんてもってのほかだ。


 しかし、それではこのふらつきの原因は、一体なんだというのだろう……?


「……っぁ」


 僕の意識が途切れた瞬間、僕はどこかへ転移ばされた。


………………………………………………


 気が付くと、僕は白い部屋の真ん中に倒れていた。


 そこには何もなく、ただただ白いだけの空間だった。


 しかし、そんな殺風景な場に不似合いな、女性が立っていた。


 身長はそれなりに大きく、シオンと比べてやや大きいくらい。青く輝く瞳は、まるで宝石でも埋め込まれているのだろうかと思うほどに美しいのに、どこか奥底まで覗けない、深みがあった。白くきめ細やかな肌は周囲の壁と見分けがつかぬほど。表情の二文字を消し去ったような、恐ろしいほどに美しい、人間離れした無表情のその顔は、しかし気持ち悪いほど作り物だった。
それ・・は、紫と紺と白、そして金の四色を以て彩られたドレスと、首から似た色合いの宝石で構成されたネックレスを身に着けていた。その表情のない顔でこちらをじっと見ている。


 とりあえず声をかける。


「……何か用?」
「あなたは、なぜここに自分がいるか、理解している?」


 驚くほど流暢に、人間の言葉を喋った。まるで精巧なアンドロイドに「ロボットのように喋ってみろ」と命令したみたいだ。人のようで、人じゃない。


「……いや、知らない」
「そう。では、教えましょう。その前に、あなた、私の名前、知っていますか?」
「そっちも知らない」
「そう。私の名前は×××……聞き取れていないようね? なら、これを明かすのは不可能……まあ、異常を伝えることはできるでしょう」
「へ?」


 何かよくわからないうちに納得されているが、こっちは全然何言っているのかわからない。先程名前らしきを説明しようとした瞬間、謎言語と謎発音にすり替わった。アレは何だ? いったい目の前の何かはなんの話をしている?


 僕はその状況に戸惑い、とりあえず起き上がろうとした……のだが。


(あ、あれ? 動けない……?)
「あなたは、今は動くことなんてできないわ。いや、それ以前に、今そうやって何かを考えることが出来ていることこそおかしいのです」
「あぇ?」


 どういうことだ? 今考えることが出来ることこそおかしいって? それじゃあ僕は、脳の機能が一部完全にシャットダウンされたとでも?


「いいえ、いいえ。あなたは脳の機能が潰れたんじゃありません。あなたの行動が、貴方の存在の器についていけなかったのです」


 は?


 全く意味が理解できない。存在の器? 厨二病じゃあるまいし、僕に読解力を求められても困る。僕でも理解できるように説明してほしい。ついでにこの寝っ転がった状態から起こしてくれると、わざわざ君の方を見るのに上を向かなくて済むのだがね。


 しかしその謎の女性は、僕を見下ろしたまま話を再開した。仕方ない、もうこれは何らかの特殊なイベントだと思って行動しよう。そのうち特別なクエストとか来ないだろうか。


「あなたは、この世界のレベルについて、知っていますか?」
「経験を経て、ステータスを上げる?」
「ええ、ええ。しかしいいえ。その認識はあなたたちだけ。私たちの認識は違う」
「私たち……この世界の住人か?」
「その通り。私たちは、レベルを上げることは、存在を×××……これもダメ……。ならばどう説明すれば……」


 また何かを言いかけようとして、その言語が別の何らかの言語に変わり、聞き取れなくなった。これはいったいなんだ?


 僕の混乱は留まるところを知らず、疑問詞が頭からあふれそうになる。


「ええ、ええ。理解しました。なるほど、なるほど。ここまではいいようですね。了解しました。……ゴホンっ。お待たせしました。ある程度整理がついたので、手短に説明いたします」
「あ、ああ」
「まず、この場所は私の作り出した空間……まあ魔法で作り出したと思ってもらって結構です。それで、貴方をここに呼び出した理由は、貴方が街中でふらついていたため、助けようとした部分があります」
「部分?」
「ええ、ええ。あなたの疑問はもっともです。しかし、今は少し、ここに呼んだ目的ではなく、貴方の状況を説明させていただけますか?」
「……あ、ああ。わかった」
「ありがとうございます。まず、貴方の今の状態異常は、貴方のレベルで行っていい範疇を超えた行動をとったためです」
「レベルを超えた行動?」


 はて、僕はいったい何をしただろうか。確かに今回の騒動であったり、その前のレイドボス戦であったりと、まあまあ無茶をしまくったけども、流石に全部が全部、悪かったわけじゃないよね?


「いいえ、いいえ。その考えは誤り、間違いです。あなたは勘違いをしています」
「勘、違い?」
「ええ。ここで言うレベルを超えた行動は、その存在の行使できる権限を越えたことを意味します。当然、それを超えた場合は反動、もしくはペナルティが発生します」
「と、言うと?」
「あなたは、おもいつきませんか? あなたがやってきた、やれる権限を越えた行動を、ルールを無視した行いを」
「権限……ルール……あ」


 も、もしかしてあれ? スタミナガン無視プレイ?


 でも、あれくらいならベータの終盤らへんで何度も……あ。


「そう、そうです。レベルに見合った行動ならば、それはルールを無視してはいません。あなた方のいうべーたてすと……これの終盤では、確かにレベルに見合った行動だったでしょう。しかし、今あなたはレベルを一気に下げた。それはペナルティの対象となるに足るほどだった」
「で、でも、現実の技術で補うことは可能……」
「いいえ、いいえ。現実の技術で補えるのは、あくまで技術、システムを補うことはできません。それ故に、スキルのレベルは上がろうとも、ステータスは上がりません。それは、スキルがそういうシステムであり、ステータスがそういうシステムではないからです。そして、スタミナもまた、例外ではありません」
「だけど、ステータスが足りていないのは一緒だよ?」
「……この世界で、レベルアップとは、原典への干渉に外なりません。そして、私の口から伝えられることは、これ以上は不可能です。これから先は、貴方の思考で、導き出してください」
「へ?」


 せ、説明、足りなさすぎじゃ……。


「申し訳ありません。ここに長くいられると、私も不味いのです。説明不足なのは理解しています。しかし、本当にこれ以上は不味いのです。ご理解ください」
「……一つだけ。貴方は僕の敵?」


 僕の質問に対し、謎の女性はこちらを真正面から見返して答えた。


「そうならないことを、心の底から願っている者です」
「……なら、いい」


 その返事を聞けて満足し、僕は目を瞑った。一瞬の浮遊感を感じ、僕はまた意識を闇に落とした。



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