死神さんは隣にいる。

歯車

36.【怪物】と「友人」

 ――――元クラン内序列第二位、『怪物』シオン。


 打ち立てた武勲は数知れず、ベータテスト期間中、唯一僕に一本、当てることが出来た、元僕の右腕。


 初めての出会いから、相当長い間彼女とは一緒に過ごしたし、正しく僕の右腕、いや、相棒と言って差し支えない、文字通り深い仲だった女性。


 幾度となく戦線を共にしたし、両手でも数えきれないほどに窮地を救い合い、パートナーとして戦場を駆け抜け、互いに競い合った仲でもある。当然ながら実力は折り紙付きで、「極限の三帝」たるナンバー3から5までの元クランメンバーに対し、僕以外で初めて無傷で・・・突破を成し遂げ、時に千の兵隊を、時に万の魔物たちを相手取り、切り抜けてきた歴戦の猛者だ。


   まるで猛獣のように、烈火のごとく激しい立ち回りを見せつけ、派手な一撃とスキルの特性から付いた異名こそ【怪物】。常に黒い影を纏い、轢殺に圧殺、刺殺から惨殺に殲滅までこなすエキスパートである。


   戦場で常に恐れられ、新兵ならばその殺気だけで頭を地に伏せさせる程の化け物。一歩、また一歩と歩を進める度に素肌が粟立つ恐怖と戦慄を振り撒き続ける生物型災厄兵器。


   恐るべきは、それらは全て、彼女の異名【覇王の右腕】にもある通りに。


   ーーーー計算されている・・・・・・・ものであるということ。


 そんな彼女がソロであの巨狼を討ち果たしたことに違和感はなかった。しかし、なぜ、一人で……。


「そ、ソロで? え、みんなとは?」
「陛下がささっとソロでクリアしてしまったので、このまま二人目が出なければ陛下は目立ってしまうでしょう? なので、気休め程度ではありますが、早めにクリアするに越したことはないと思いまして」


 な、なるほど。確かに、一番目にクリアしたというのが目立っているのではなく、一人でクリアしたというのが目立っているのだから、ナンバーツーのシオンが余裕でこなせば、多少は目立つことも少なくなる、かな? シオンに続いてりゅーちゃん、はともかくほかの面々がクリアしていけば、確かに目立つことも……いや無理でしょ。彼ら彼女らより早くクリアしたやつってそれこそ「覇王様」しかいないじゃん。


    それに、もしソロでクリア出来たのがシオンだけだったとしても、僕とシオンで上位を占めたことになるし、ベータテストの時を考えれば大凡の検討はついちゃうじゃん。僕という存在がさらに際立つじゃん。


 すこしかんがえてやっぱりダメじゃんという結論に至り、それに至れぬはずがないシオンの意図を図りかねていると、彼女は見透かしたように笑った。


「冗談ですよ。そんなことをすれば、陛下の存在がさらに際立つということくらい知っています。知ったうえで、ソロで叩き潰しました」
「知ったうえで……?」
「はい。先にクリアされたので、悔しかったものですから」


 む、そういわれると何も言えない。ゲーマーとは、得てして他人より先に、先にとゲームを攻略していこうとするものだから。それについて僕にとやかく言う筋合いはないだろう。


 それに、特段彼女が悪いというわけでもない。彼女はただレイドボスを倒しただけで、それが僕の不利益になるのかと問われればそれは否だ。


 そりゃあ多少は「覇王様」=シキメという真実がさらに現実味を帯びてきてしまうけれど、そんなのは今更であるし、それについて悪いのは僕だ。勝手に暴走して勝手にキャラネームがバレて、挙句の果てに元部下とはいえ年端も行かぬ少女に八つ当たりなんぞ、できる奴は人じゃない。


 なので、僕から彼女に文句を言う資格はないのだ。


「それにしても、相も変わらず、小さいですね。ああ、器の事じゃないですよ?   背丈のことです。リアルでもその身長でしょう?」
「うるさいな。特に前半は余計だな。君だって、別段背が高いわけでもないし」
「それは、男性を基準とした場合です。女性基準なら十分背の高いほうですよ?」
「ぐぬ……」
「ああ、でも、私より年上なのでしたっけ? それで男性なのにその身長はさすがに……ねえ?」
「うぅー!」


 くそぅ、なまじ反論しちゃったばかりに、言い返せない……。ちょっと身長が高いからって~っ!!


 非常にどうでもいいことだが、僕の身長はリアル、ゲーム問わず小さめである。小柄な方で小さめだが、あくまで一般的な平均身長から比べてやや小さい程度である。その程度なの!


 対するシオンは、確かに同じ年齢の女子からしたら少しは大きいのかもしれない。でも少しだ。ほんの少しだけだ!    あと、あちらもリアル、ゲームを問わず、顔もあまり変わらない。彼女の場合、違うのは肌の色と髪色、目の色なので髪型も変わっていない。


「ああ、相席いいですか?」
「いや別に断るほどのことでもないでしょうに」
「ふむ、それもそうですね。では失礼して」


 立ちっぱなしもなんだからと、シオンは僕の隣の椅子を引いて、そこに腰かけた。なぜ隣!? 普通に前でいいじゃん!


「あの、シオンさん?」
「なんでしょうか陛下?」
「なぜ隣? あと陛下はやめて」
「別にどこに座ろうが近くで話せるに越したことはないと思いますけど? あと陛下はやめません」


   いやまあ、確かにそうだけど、距離が近すぎないかな!?    僕久々すぎて距離感掴めないんだけど、前はここまで近くはなかったよね!?  僕そこまで女子に近づかれたこととか、姉さんやヤヒメ除いたら……りゅーちゃん?   いやいや、あれはノーカンだし……。


    シオンは今、僕の肩を抱いて寄せるように、両腕でがっちりホールドし、さらに僕の顔を覗き込むように見ているためか、すごく近い。吐息がかかる程度には近い。彼女のサラサラとした髪が、僕の首筋をゆっくり刺激する。異様にくすぐったい。直ぐに僕は「少し……離れて……」と言った。


    しかしシオンは離れてくれず、そのままで会話をする。その度に耳の裏の当たりを吐息が撫で上げてきて、なんか妙な気分になってくる。変な声、上がってたりしないよね……?


「それはともかく、陛下はこれからどうなさるおつもりで?」
「……どうもこうも、これから情報を集めて、それなりに別の姿をでっちあげるつもりだよ」
「となると、変装用アイテムの素材集めと、情報収集ですか。あ、あと生産職とも渡りを付けなければなりませんね。それに、資金……はレイドボス報酬があるからいいとしても、アイルヘルに戻るまでにも虐殺をしなければ元の街に戻れませんし、それでさらに目立ちますね」
「痛いところついてくるなぁ……。その通りだけど」


    言っていることはすべて正しい。全部僕が考えていた難点である。流石に覇王の右腕と呼ばれていただけはある。因みに、前クランで盟主を務めていたのは僕だが、パーティ指揮権以外の全権を握っていたのは彼女である。もしかしたら、僕の気づいていないところももう分かっているのかもしれない。


    基本的に彼女に全て投げ渡し、放置してたら全て上手くいっていたのである。彼女の手腕は、天才を遥かに超えて異常の域だった……まぁ、それはさておき。


    一番の問題は、簡潔に言ってしまえば僕という個人が「覇王様」として目立つ事だ。その為に、周囲の「覇王様」のイメージを知る必要があるのだから。


 しかしながら、調べている途中でだって、目立つ可能性は拭えない。素材集めは第二の街で行うから、まだ人が来なくていいとしても、生産職と会うには確実にアイルヘルに戻らなければならない。しかし、戻るにはPK共がうじゃうじゃいるハリア草原を抜けなければならない。その時点で結構面倒だろう。


 情報収集については自身の情報を自身で集めるのは、困難を極めるだろう。普通に怪しまれそうだし。


「ただ、その辺は当てがあるからいいんだ」
「おや? 陛下にそのような知り合いが? 情報屋の知り合いとか?」
「いや、普通の戦闘職。ただ、まだ皆は会ったことなかったね。相手さんはそれなりに強いよ。少なくとも、僕がクランに入れたいなって思ったくらいには」
「へえ……。それはたしかに、強そうですね。少し興味が湧いてきました。しかし、相手さんは私たちのことを知っているので? 覇王様の真実も?」
「ああ、知ってる……いや、教えたわけじゃないんだよ。ただの学校の友達だったんだけど、あっちがこっちに気づいたんだ」
「ふむ? それはいったいなぜ?」
「なんか、雰囲気とかで分かったって言われたんだけど……そんなリアルで殺気を飛ばしているような奴だったかな、僕。ちょっとショックだったよ」
「まあ、リアルと戦闘中じゃまるっきり性格違いますものね。それに気づけたという友人殿は随分と卓越した観察眼をお持ちのようで。陛下とどちらが優れているのでしょうね?」
「いや、よく分からないんだよな。本当にあいつの眼が良いだけなのか、それとも極めて堅実に情報収集を繰り返し、推測に理論を重ねた結果出てきたのが僕なのか」


    そう、あいつが童女王陛下なんて仲間内でしか知らないあだ名を知っていたのは、自分で調べ上げたからに他ならない。故に、その情報は観察眼のおかげなのか、それとも地道な努力の成果なのか分からないのだ。


    あながち、彼女の情報屋という指摘も間違ってはいないのだが、情報を金で売るような下賤な輩ではないので、念のため。


    その情報は言い触らすなと伝えれば、「友人の情報を売り付けるほど落ちぶれちゃいねぇよ」と、まるでアニメの主人公みたいなクサイセリフを吐きやがった、リア充オーラが漂う恐ろしい人間である。下賤なんて言葉が眩むほどだ。


    何かとあいつは勘が鋭い。超警戒態勢だったベータテスト時代、当時において僕は何物にもその正体を晒さず、一度たりともその存在についての情報が誰かにリークされたことはなかった。白髪と殺意を湛えた目という中途半端に露見した姿に関しても、実在を仄めかす情報が必要だったから流しただけで、バレたわけではない。


    だというのに、あいつは一度会っただけで、リアルの僕を重ね合わせた。類稀なる勘の持ち主で、ゲームの腕はそこそこだったけれど非常に有用だった。もしそれが嘘で、情報収集能力に長けていたのだとしても、暗部として抱え込むには充分に過ぎる人材だし、そこそこというだけで下手ではないし、努力すればクラン内順位最下位から少し上くらいには食いつけられるんじゃないか、というレベルである。


    故に、僕は一度あいつを誘ったことがあったのだが、あいつはそれを断った。理由は「恨みを買いたくない」らしい。腰抜けめ。


「ふむ、友人殿は苦労されていそうですね」
「まあ、それなりに。最近は味方がPK共に襲われまくって大惨事らしいよ。だから、そろそろ来る頃合いだと思うんだよね」
「来る? いったい何が来ると……ああ、そういうことですか」
「そうそう、そういうこと……お、きたきた」


 待ち望んだ友人からの一通のメール。これが来ることを見越していたからこそ僕は今日ここで安息の時間を送っていたのだ。シオンのおかげで台無しになってしまったわけだけど。


「見せてもらってもよろしいですか?」
「ああ、別に構わないよ。ほら」
「ふむふむ……差出人……サレッジ?」
「そそ。……さて、それじゃ、行きますかね。シオンも来る?」
「……これが本当なら、面白そうなので付いていきます」
「はは、用事はすぐに終わりそうだね」


    僕はシオンと共に目的地へと歩み始めた。

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