死神さんは隣にいる。

歯車

35.ナンバーツー

 ビデオのリモコンは姉さんにいつ復讐されるかわからないのでベッドの下にある引き出しの裏の隅の折り畳み椅子の下へ置き、さらにその上から巧妙に細工を施し、ある程度納得できるまでバリケードが築けたら完成。万が一にも僕の部屋に入ってくるとは思えないが、念のためだ。


 そして、一皿だけ持ってきたホットケーキは、一応まだ作り立てであるので、上のお手製バニラアイスが解け切ってしまう前にささっと食べていく。アイスが口の中で溶け、そして少しあったかいホットケーキに染みてとても素晴らしい食感となる。キャラメルソースも手作りである。とても甘く、市販品より濃い。


 しかし、これでは甘すぎるので、カットパインとともに口の中に運ぶ。残念ながらこちらは自分で一から調達はできず、スーパーのちょっとお高めのもので我慢。しかし、味は非常に美味である。奮発した甲斐あった。


 そのパインと、キャラメルソースのかかったホットケーキの組み合わせは思っていたよりもずっと良かった。やわらかい歯ごたえのケーキを、キュッとしたパインが程よく抑え、溶けてしまいそうな甘みにも、簡単に舌で崩せる脆さにもブレーキをかけている。少しでも先へ行ってしまえばドロドロぐちゃぐちゃ、さらにはしつこい甘みもついて回ることになるのだが、お高いパインはそこらへんもわかってくれていたのだろうか。そんなわけないよね。


 我ながら大変すばらしいものを作った、と自身を褒め称えて、食器を奇麗にテーブルに置き、片付けはまたあとでいいかと放置することにする。多少汚れがこびりついてしまうかもしれないが、後で根気よくヤヒメと流ちゃんに洗わせればいい話だ。


 はてさて、それらの些事はさて置こう。


 今現在の問題は、僕というキャラクターが、名前だけで済んでいるのか、それとも顔や姿、主だった特徴を知られてしまっているのかだ。白髪や黒ローブ、深くフードをかぶっている、身長が低い、そんな小さな情報だけでなく、輪郭まではっきりと知られているのなら大事である。今は一刻も早く、それらを突き止めなければならない。まあ、ホットケーキは、些事なので置いておいてくださいな。


 下の階から悲鳴がキャーキャーと非常に耳に響くが、気にしない。それがたとえ謝罪の声であっても、懇願の声であっても、徹底的に無視だ。


「ヨルナ―! 私が悪かったから! 機嫌直してよー! ついでにホットケーキ頂戴よー! 勉強見てあげるから―!」
「お、お兄! え、えと、あとでお洋服いろいろ作るから! あ、えっと、ぼうぐ? もつくるから!」
「よ、よるな、おねがい、いっしょうのおねがい!」


 ……ゆ、夕食時には許してあげてもいいかな。


 と、ともかく。それはさておいておくとして。


 今回、ログインするにあたり、当面のレベル上げの必要は特になくなった。第一エリアのボスをソロ攻略してしまったし、今レベル上げても周りとパーティが組み難くなり、また先走ってどんどん進めていくと、それこそ目立ってしまう。それはあまり良いとは言えない。……まあ、目立つ噂の根元は自身の失敗なんですけども。


 まあ、そんなわけで、レベル上げは意味がない。となれば、すべきことは戦闘関連ではない。武器防具の新調も筋力特化の回避系な僕としては防具は意味ないし、新しい武器もドロップアイテムの装備だけで十分だ。なので、戦闘関連、特にパワーアップイベントは、今回のログインでは発生しないだろう。


 強いて言うならあの木製の巨狼戦にて手に入った大量の経験値と、レベルが最大になったスキルの進化などだが、それはいつでもできる。


 なので、今回自身がすべきこと。それは重々承知している。


「情報、だよなぁ……」


 そう、この、今現在目立ってしまった自分をどうにかしなくては、という問題。その打開策は、まずもってどこまで知られているか、という大前提から開始する。


 故にこそ、僕の情報、覇王シキメというアバターの、どこまでが知られているのか、というところを完全に把握しなければならない。プレイスタイルがばれて、顔も名前も何もかも割れたというなら、もう手の施しようがないが、顔がばれていないなら何とかならなくもない。


 そう、今までだって、顔さえ知られなければ何も暴かれることはなかった。


 なればこそ、どこまで知られているのか。それをこの身で体験しに行くのだが、如何せん、そういう調査は骨が折れる。それも、レイドボスをソロ攻略した謎の阿呆は何者なのか、そして覇王様とはだれなのか、なんてことを聞こうと思えば、定型文しか返ってこないだろう。すなわち、「白髪の、殺意を湛えた化け物だ」なんて。


 ベータ時代ではそれで通っていたし、正直それ以上の情報を漏らすこと自体なかった。しかし、今回は、ベータテスト期間から随分と間を空けていたし、だからこそ、ド忘れしていたのだ。システムアナウンスなる機能を。


 話が逸れた、要するに、要領を得ない。他人の考えた「覇王様」と周囲に流れている噂の「覇王様」、そして実在する本物、すなわち僕自身の情報のすべてが合致した、つまり周囲に漏れた・・・・・・僕の情報・・・・が見つからなければ意味がない。。しかし、そうすることは至難を極める。


 情報を得ようとすればするほど、他人の想像で作り上げられた、いわば「覇王様像」なるものが情報をどんどんかき乱していく。その乱された噂、つまり本物の覇王様の情報が、さながら雪に覆われる地面のように隠されていくのだ。土を掬ったと思ったら、実は雪でした、なんてことを何度も繰り返すのは随分と億劫である。


 しかし、だからと言って、このまま放置しておくと非常に面倒だ。特に何が起こるかわからないというのは最悪だ。


 となれば、僕のできることは、たった一つである。


「おっと」


 しかし、そこで思考は一旦打ち切られる。目の前にある天井の景色が一瞬で閉ざされ、代わりに、盛んな、昼の街並みが描き出されていく。そうして広がった街並みは、レンガ造りの家が多い、御伽噺の世界のようで、少しだけ胸が躍った。


 しかし、その感傷を頭を振って追い出し、今現在必要なことを再確認し、どこか腰を落ち着けるところを探す。この第二の街、トロルヘルは第一の街アイルヘルより酒場や喫茶店、料理店が多い。そのため、スタート場所である中心ティオー中央広場からどの方向にでも、少しだけ歩くと簡単に食事処に辿り着く。


 僕は適当に、少し洒落っ気のある落ち着いた雰囲気の喫茶店に入る。中はがら空きで、店員さんとまばらにいるNPCの客。あとはゆったりとコーヒーを入れているのはここの店長だろうか。人はそれくらいだった。


 僕はそこでコーヒー(ミルクと砂糖をそれぞれ数十杯ほど放り込んだもの。リアルでよく飲むのだが、ヤヒメにはゲロ甘スペシャルと呼ばれた)とサンドイッチのランチセットを注文し、その間に変装用のアイテムの在処、それを使ったレシピ、効果時間、または見た目などを考慮しつつ、リストに揃えていく。


 白髪と顔、黒ローブだけは絶対に弄りたくないが、少なくともこれらのうちどれか一つは変えないといけないだろう。でなければ簡単にバレる。それは些か面倒だし、逆に何か一つ変えるだけで済みなら安いものだろう。


 変装としては、まず髪を後ろでまとめ、アップヘアに髪形を変えて、染色素材で髪の毛の色を赤なり青なり、適当に変える。黒に変えるとそのまま自分の顔になってしまうのでそこは気を付けて。


 顔についてはどうしようもないので、眼鏡なり、刺青なり、そういったペイントもしくはアクセサリーで済ませるしかない。できれば避けたいところだったが仕方ないだろう。


 しかし、刺青やボディペイントといったものは、それ専門のスキルを持ったキャラが必要だ。しかしそのキャラに顔を見せるのもいかがなものか。というわけで、その手は今現在使えない。NPCがそう言ったスキルを持ち始めるのもたしか第五の街辺りだった気がするし、パッとできるようなものでもないので、これは保留。


 アクセサリーについては、何をどう頑張っても視界が制限されてしまうので、できればつけたくはない。死角に回られても対処できる自信はあるが、あまり率先してやろうとは思わない。さらに言うなら仮面とか眼鏡とか、ずっとつけているとむずむずしてくるし、息苦しく思えるから普通に付けたくないのだ。なので保留。


 あれ? 両方ダメじゃん。まあいいか。髪形次第でどうにでもなると思おう。最悪フードなりなんなりで。


 黒ローブはなぜか心にこう、グッとくるものがあり、変えたくはない。しかし、少なくとも「覇王様」の姿をこれと断定されたなら変えるしかあるまい。いちおういろいろ服についてはいい感じのものをヤヒメが選んでくれるだろう。だから特に気にしない。できる限り黒ローブから変えたくないが、三つのうちまずどれを変えるかと言われれば、わかりやすい見た目の服装を変えるべきだと判断せざるを得ないだろう。


 まだ情報が少しもないので断言もできないが、プレイスタイルはともかく姿で断定されるのを防ぐには、それなりに目立つ黒一色のローブ姿を変え、普遍的な特徴の服を着るのが一番だろう。それこそその辺に売っているプレイヤーメイドのやつでもいいし、どうせ服などあまり使わないからと開き直ってジャージとズボン、すなわち装備をすべて外した状態で動いてもいい。一番固執しない物が服だ。


 ただ、大鎌を装備できるようになったのだから、やはり黒ローブは欠かせない。白髪もそうだが(骸骨にできないのが悲しい)、大鎌を肩に背負いながら墓石に座っている死神、というイメージはとても、すごく、非常に心を刺激される。のんびりゆったりと心に決めた以上、できる限り自分の自由にゲームを進めていきたいのもまた事実だ。


 それでも、平穏には比べられない。仕方ないものは仕方ないと割り切るしかない。なので、すこし変わるが大鎌を装備していると格好よく見えるキャラを……駄目だ、あのイメージが僕の頭をどうしても過ってしまう!


 このまま延々と悩み続けてもいいが、埒が明かないし時間がもったいないので、とりあえず大体のリストが埋まった段階で切り上げる。


 そうして出来上がったリストには、染色素材と髪ゴム用の素材、念のため仮面型のアクセサリー素材、服飾関係の素材と、その活用の仕方、その他諸々を書き記した。書いて覚えると非常にわかりやすくまとまる。


 染色素材は、色がまだ決まっていないので、染色のもととなる素材を探す。なかなか落ちにくい染色剤は【妖精の変化液】というもので、これは序盤の方でも手に入るが、使う人はあまりいない。手に入れる手段が難しいのと、それほど腕利きの生産職人もいないからだ。


 この染色剤の材料は、この第二の街、トロルヘルの西部、「アクォーツ洞窟」でとれる【グラシュー魔力水】という素材を使う。これにフィローラルピクシーというモンスターからドロップするアイテム【妖精の神秘な羽】と、レアアイレムの【妖精の涙】、そしてフィールドボス、グランドクォーツピクシーのレアドロップ【変化の源】を使ってようやく、土台の【ピクシーズ・ウォーター】が出来上がる。


 そしてそれを使って、さらに色を出す染色素材、まあいろいろある中から選んで調合して、ようやく完成だ。工程が凄まじく面倒なうえ、素材を持ち込むことすら厄介なので序盤で使う人は見かけなかった。キャラの見た目にしか使えないから当然か。


 他にも、髪ゴム用の素材も凝ったものにした。ただ、これはアクセサリーとしての価値もあるから、あながち馬鹿にできない。まあそれを作る理由は火力とロマンにあるのだから、バカみたいと言われればそれまでなんだけども。


 こちらは【水晶樹の髪ゴム】といって序盤で手に入る最高位のアクセサリーで――――


 ――――ガチャリ、店のドアが開く音が、静かな店内に響く。


「あら、こんなところで、奇遇ですね。陛下」
「――――っ!?」


 話しかけてきたのは、小さな少女。


 腰近くまである長めの黒髪はストレート。黒の、流線型が美しいスマートな軽鎧を着ていて、素肌は健康的な褐色。こちらを見ている眼はまるで見透かしたような目でありながらも、黄金色の神々しい輝きを放っている。腰に差した長剣からは、ドス黒い靄がかかっている。その長剣はまるで、何かに侵された・・・・ように鞘まで黒い。


 さながら「暗黒騎士」然といった風貌の少女。しかし、その姿は前に何度も、いや、常に一緒にいた・・・・・・・ので忘れるはずもない。


 ナンバーツー。覇王の秘書、怪物ジ・モンスター、断末魔の根源、終末最強の女王ロスト・オブ・ブラッドクイーン……等々。


 もちうる異名は数知れず、その身の伝説は果てもなく。






 ただ一人、僕から一本取った・・・・・・・・、クラン内順位第二位。






「し、シオン、なんでここに?」
「レイドボスにソロで勝利したので、探索をと思いまして」


 クール、を通り越して能面のような無表情で、僕を見下しながらシオンはそう言った。



「死神さんは隣にいる。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く