死神さんは隣にいる。

歯車

26.エリアボス戦後

 木製の巨狼が、木材の残骸になり、やがてポリゴンの欠片となって、消えていく。すべてのHPを削り尽くし、虚空に塵と消えていく様は、随分と儚いものだ。
 散りゆく巨狼が完全に消え、ドロップアイテムが自身のインベントリに入ったことを確認し、とりあえずホッと息をついた。
 ようやく、終わったのだ。


「あぁ~、終わったぁ~!」


 そのまま僕はその場に大の字に寝転がる。徹夜のハイテンションと正式リリースによるハイテンションと早めに上位職に上がることができたハイテンションと久々にりゅーや姉さんと会ったハイテンションとその他諸々によるハイテンションにより大分無茶ができていたが、流石に限界である。
 ソロ討伐はベータ時代にもやったことがあるが、やはりレベルが低いこととなんかひっどい初見殺しが追加されていたことが非常に辛かった。いや、二つがなかったとしても結構辛いけども。
 なにはともあれ、今日という戦闘はこれで幕を閉じるだろう。思ったより長く感じられたが、終わってみると、こんなものかという感じもする。
 勿論、第二の街はどんななのかとか、ドロップアイテムはどんなのかとか、レベルが上がっているかとか、スキルはどうかとか、いろいろ気になる点はあるが、ひとまずそれらは全て、置いておくとして。


「そういえば、りゅーと姉さんは仲良くやれてるかな……」


 あれで姉さん負けず嫌いだから、大人げないことやってないといいけど。そんなことがふと気になった。
 まあ、りゅーはちょっと不安だけど、姉さんは大丈夫か。大人なんだし。


「…………」


静寂が心地いい。何もなく、ただ自然を感じる。仮想空間という最も自然から遠い場所で、コンクリートジャングル東京に生まれ育った僕が一番自然を感じるとは、なかなかに皮肉なことだ。


しかし、あたりの森林をどう見ても、正しく森林といった感じで、風で揺れる木や戦闘で凸凹になった土、落ち葉。折れた木の中身すら、精緻に作られていて、本当に僕は異世界に来てしまったのかと錯覚させる。


僕はしばらくその場で静かに息をつき、疲れを癒した。やはり疲れがたまっていたのか、随分と肩が凝っている。そんなことまで再現しなくてもいいだろうに。


そういえば、りゅー達はSTMの値は結構重要だとか言っていたっけ。それのせいもあるのかね。


ただ、正直なんというか、小学校のマラソンをフルで全速力で駆け抜けたあとの感じというか。中学まで厳しい疲れでもないというか。いや、でも最近はそもそもマラソンの代わりにダンスとか別のものに置き換えられてるんだっけ? あれ? 別の科目だっけか?


……まあ、とにかくマラソンの全力疾走並みの疲れだと思ってもらえたら。でも、それくらいなら正直動けないわけじゃないよね?え、無理? うっそん……。


「……それじゃ、ドロップアイテムの確認でもするか」


 誰に言うでもなくそうひとりごちて、インベントリを開いてみる。その文字列の中にはいくつか、赤い文字のものがあった。このゲームではレアアイテムは赤い文字列になる。なので、この結果は非常に喜ばしいもので、つい頬が緩んでしまう。


 さて、手始めに一番上の……なんだこれ?


――――――――――――――――――――――――――――――
木天聖【マカミ】  攻撃力385  ★9 武器種「双剣」
  森林の巨狼がその身を象った聖属性の木で出来ている。
  森林の巨狼の魂が込められていて、その堂々たる威容は圧巻の一言に尽きる。
  対の剣から放たれる斬撃は、彼の巨狼の牙を彷彿とさせる。
非常に頑丈で、木製なのか疑わしいほどに鋭い。
  聖属性と木属性を兼ねていて、MPを使うと刀身が伸びる。
  装備者のSTRに15%、AGIに10%の補正。
  アンデッド、水棲モンスターに特攻効果。
――――――――――――――――――――――――――――――


「Oh……」


 ……なんぞ、このチート武器は。


 攻撃力、高すぎじゃなかろうか。僕の持ってる初心者の大鎌は攻撃力150である。これでも結構びびったほうだというのに、この武器は中盤でも余裕で使える武器だ。いや、強化すれば終盤まで持っていける。


 それに、フレーバーテキストから見て、多分この先巨狼の力が宿る的イベントが絶対ある。間違いない。その時飛躍的にパラメータが上昇する奴。


 レア度も高い。というか高すぎる。このゲームの最高レア度が10だというのに、序盤でこれはぶっ壊れが過ぎていないだろうか。持ってるだけでレベル差を10くらいなら埋められる。


 僕がこの武器に対し畏怖の感情を持ったその時、システムウィンドウのイベントチャット欄に目が留まった。


『ソロ初回討伐報酬:木天聖【マカミ】を入手しました!』


 ……あ~、なるほど。なるほど。
 そもそも難易度が鬼畜だから、誰も取れないだろうと思って一応プログラムしたら、マジで取ったやつがいやがったと。あ~、なるほど。
 ……すいません! レイドボスに一人で突っ込むバカは僕です!


「やっば、これ本当にどうしよ……」


 いや、言うまでもなくりゅーにあげるつもりだけども。正直双剣は僕使わないし、ほかの知り合いも双剣使ってる奴見てないし。


 超格好いいから部屋に飾るっていう手もなくはないよ? この剣西洋というよりは東洋のものだし、対になるのを前提としているから、二つあると凄すぎってくらい様になってるし、鞘もまた黄金色でかっこいいし。それでいて成金趣味な金ピカじゃなくて少しくすぶりを見せているところとか、もうたまらないけども。


 りゅーに上げるのは構わないのだが、あの子今渡すと多分僕と同じことをしかねないからなぁ。ソロ討伐なんて僕のクランでも僕とNo.2くらいだったし。難しいよねぇ。それで負けてショックとか受けたら目も当てられないし……。


 今は絶対に上げない。そうだな、あの巨狼を倒したらご褒美で上げることにしよう。そうしよう。そうすればモチベも上がるかな。


「さてさてお次は~……っと、これか……」


 ……絶句。


――――――――――――――――――――――――――――――
霊宝樹の木材  ★9  材料:木材
  かつて創造神が世界中を作り上げた際に素材とした、世界樹のオリジナル。
  最高峰の魔力と同時に精錬とした神通力を兼ね合わせている。
  触れるだけで壊れた心すらも安まり、不治の病も癒えていく、神ですら力及ばぬ自然の遺物。
  薬剤の素とすれば完全な蘇生薬を大きく上回り、武器にすれば神の創りし聖剣を容易く両断できるだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――


「……聖剣、斬れるんだ。木材で」


 現実逃避気味に僕はそう呟いた。ははっ、うっそ~。そんな簡単に序盤で最高レア度が出てたまるものかよ。これは夢なんだ~。


 ……さて、現実問題、これマジでどうしよう?


「まずはあいつに連絡……は、また今度にしよう。面倒だし。話したくないし。うん。そうしよう」


 うちのクランには生産職で有名な奴がいたが、正直苦手なので疲れた今は話したくないのだ。


 しかし、残念なことに、ひっじょ~に残念なことに、生産職として奴以上のプレイヤーもいないこともまた事実。となれば、現状取れる選択肢はゼロで放置安定である。この激レア素材を生かすことができないのは惜しいが、まあ連絡を取る気が起きた時に渡せばいいだろう。


 それに、現状プレイヤーたちのレベルが平均的に低いということもある。満足のいく品が出来上がるとは限らない。せっかくほぼ最高レア度のものが手に入ったのだから、活かさなくては損だ。鍛冶師のレベルがもっと上がってから、頼むのが一番いいだろう。


 武器ならまだ初心者の大鎌でも事足りてるし。あれ丈夫で切れ味落ちにくいから結構使えるんだよね。脳筋だから攻撃力には困らんし。


「う~ん、まあ、やっぱり持ち越しだね、両方とも」


 残念ながら、初レアドロップをお披露目するのはもっと先の話になりそうだ。残念。


 その後、少し他のレアアイテムを見てみたが、先ほどの二つに勝るものはなく、せいぜいが★6程度のもので、使えそうなのは……


――――――――――――――――――――――――――――――
精霊樹の大鎌  攻撃力352  ★6  武器種:大鎌
  精霊の気と魔力が染み込んだ樹木で作られた大鎌。
  精霊が周囲を舞い、燐光を発するその様は幻想的。
  木属性の他にも多大な精霊の魔力が込められているため、様々な属性が扱える。
  装備者のSTRに5%、INTに3%の補正。
  MPを使うと属性を変えられる。
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――――――――――――――――――――――――――――――
聖樹狼のローブ  防御力65  ★4  防具種:ローブ
  森林の巨狼の魔力が込められたローブ。
  聖なる大樹から作られた樹液が染みこんであり、神聖な気配がする。
  それなりに丈夫で、斬撃と聖属性の攻擊に耐性有り。
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 と、こんなものだった。悪くはないが、そこまでいいというわけでもない。序盤ならこんなものだろう、といった感じ。ただ、この精霊樹の大鎌の属性変更は非常に使いやすそうで良かった。MPの消費はどうやら時間制らしい。どれだけその属性にしていたかで継続的に5ずつ減っていくみたいだ。


 ひとまず、いろいろやり終えたので、そろそろ新しい街に行ってみようと思う。第一の街とも言える首都アイルヘルは首都というだけあって賑やかだった。しかし、やはり最初の街だからか、やはり小さい感じがしたものだ。


 それでは、行ってみますか。


「えっと、ポータルは、これであってるよな」


 ボスエリアから新しい街へ行くには、別名ボスの墓標と呼ばれる石碑、ポータルに触れねばならない。それに触れてから、出てくるウィンドウの「移動しますか? はい/いいえ」のボタンにはいを押すと、次の街に移動できる。帰りたい時は普通に元来た道を戻ればいい。勝手にボスエリアからワープする。


 心待ちにしていた新たな街へ、いざ――――あっ。


「ちょ、待って、待って――――」


 僕は、少しの浮遊感とともに、新たな街へ誘われた。


『システムアナウンス:プレイヤーネーム、シキメさんが初めて第二の街、トロルヘルに入りました!』


 そう、非常に非情なアナウンスを背に――――



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