死神さんは隣にいる。

歯車

25.エリアボス戦③

 硬直、一瞬の停滞。動き出したのは――――木製の巨狼。


 巨体に見合わぬ俊敏な突進を繰り出し、いざ僕の体を粉微塵にせんと勢いでもって叩き潰しに来た。直線軌道、しかも今までとは違い、理性を半ば消失しているのか、もはや捨て身で襲いかかる巨狼。その様は圧巻だが、しかしなかなかに頼りない。


 僕はその攻撃に対し、迎撃ではなく回避を選んだ。


 遠くに鎌を突き刺し、全力で体を引っ張る。僕の脳筋ステータスがその移動を非常に簡易的なものしてくれた。いとも容易く大鎌に引っ張られ、同時に元いた場所に大質量が突貫した。


 轟音とともに地面が割る。砂煙が巻き起こり、視界が少し悪くなる。僕はそれに乗じ、先程回復したMPを用いて《ブラインド・ジャック》を発動。同時に全ての隠蔽系スキルを再発動し、自身の気配を隠す。しかし、これから行うことにとって、このスキル群は気休め程度のものだ。


 せいぜい最初の一撃を当てられたら、そこで用済み。


 ――――されど、その幸運にすがりたくなるほどに、これから行うことは綱渡りだった。


「シっ!」
「――――ッ!? ギャァッ!?」


 巨狼の足元に潜り込み、全力で大鎌を振り抜いた。度重なる疲労で索敵が追いつかなかったのだろう、木製の巨狼はその一撃に気づくことができなかった。


 引き裂かれた足に驚愕を交えつつも、今は反撃と割り切ったのか、あろう事かその引き裂かれた足で一撃を加えんと、しかし随分雑に、投げやりに振るった。


 そして、その一撃は非常に適当で、もはやあたりもつけていないんじゃないかと思える程に粗雑極まりない。もはや放置してもこれは当たらないだろう。


 しかし僕は、あえてそれを受ける。


 大鎌を振り上げて、当たらなさそうな一撃を、真正面から受け止める。凄まじい轟音の後、それを受け止めた僕にむけて先程以上の驚愕を顕に目を見開く巨狼の視線が注がれる。


 そして、巨狼は真後ろで組み立てていた魔法・・を中止した。やはりか。


 巨狼はある意味ヒット&アウェイを繰り返す僕に対し、乱雑にはなった足を仕向け、下がったところを本命の木魔法で串刺しに――――と行きたかったのだろう。


 さりげなく背後に魔法陣を展開していたのでわかりにくかったが、それに気づいたからこそ、さらに僕はやらなくてはならない――――近接戦闘インファイトを。


 僕は巨狼へと一歩、踏み出す。既に懐に入っている今、刃の間合いに奴がいる今、それはその場から動くことはないという、決意表明だった。


 それに目を細めた巨狼が、少し迷って、攻撃を選択した。風を薙ぎ進むその右足を、しかし先程より格段に威力の落ちたその足を、僕は大鎌の柄を振り下ろして迎撃。辛うじて弾き返すことに成功する。


 先程まで、せめぎ合うのがやっとだった。奴は弱体化している。


 ――――勝てる。勝てるのだ。


「く、くふふ、くははっ」


 その事実に気づくと、笑わずにはいられなかった。化物を相手取り、勝てる。それが、たまらなく嬉しい。


 しかし、その状態を黙って見ている巨狼ではない。弾かれたことを気にもせず、むしろ苛立ちを増した巨狼は、猛ラッシュに入った。


 右前足が放たれる。大鎌で受け流す。左前足での薙ぎ。しゃがんで躱す。右旋回からの廻し蹴り。真正面からぶち砕く。噛み付きが飛んできた。慌てて体を捻って避ける。そのまま流れるように大鎌を振るう。巨狼の皮膚が裂かれる。


 右足での突き――――フェイント、左足での薙ぎ、いや、これもか――――本命は、躱された右足での踵落とし!


 すぐさま迎撃。柄でその振り下ろされた右足を叩き返す。轟音、手が吹き飛んだみたいな錯覚に見舞われつつもなんとか防ぎ、追撃、すなわち噛み付きを柄で叩く。


 しかし、それすらもフェイント。僕は真後ろに現れた魔法陣に頬を引き攣らせた。


「クソッ」


 打ち消し……不可能。ならば、迎撃!


 全力で飛び出した木の棘を切り裂き、すぐさましゃがむ。真後ろの気配に気づかないわけがない。


 僕の真上を巨狼の右前足が通過する。その勢いは僕の体をぶち砕くにはあまりに過剰だろう。しかし、その過剰な威力を載せてくれたおかげで、やつの体のバランスが崩れた。


 そこを狙い、僕は大鎌を連続で振るう。


「やぁっ!」


 一撃――――二擊――――三擊。


 振り下ろして一度、踏み出した足を軸に回転し二度、流れた勢いを少しずらし、手首のひねりで方向を変え巨狼を打ち据え、三度。


 四方八方に木片が散り、樹液らしき巨狼の体液が撒き散らされる。今度は同じ失敗をしないよう、無理な体勢での追撃はやめ、一旦間を置いて、さらに攻撃。


 しかし、巨狼も黙ってやられてはくれなかった。こちらのターンだと言わんばかりに、今度は巨狼がラッシュを始める。今度は即座に撃てる魔法も併用しての、正真正銘、スピード戦だった。


 このゲームにおいて、走る速さなど、キャラやモンスターなどが自ら動くために参照される値は俊敏であるが、攻撃のさいに武器を振るうなどの行動に参照されるのは筋力である。指の速さは器用さ、つまりDEXが用いられるが、それはつまり、いま、この近接戦闘においてのみ、戦闘の速さに直結するのは、STR筋力のみ。細かな手の動きはさておくにしても、今この瞬間――――僕と奴の速さは対等・・だ。


 ならば、その近接戦闘にも耐え抜ける――――。


「ああぁぁぁぁああああああああ!!!」
「ガァァァァァアアアアアアアア!!!」


 連続する金属音。硬質な木製の爪と、大鎌の刃が打ち合い、擦れ合い、叩き合い、砕き合い、斬り合い、潰し合う――――即興の協奏曲コンサート


 薙ぎが来るなら突きで突破し、魔法が来るなら砕いて、突進ならば受け流し、その顔を強かに打ち付ける。頭蓋を砕き、脚部を切り裂き、腸をブチ撒け、五臓六腑に侵食し、引き千切り、凡そ敵と呼べる全てに攻撃する。一点突破なんて小細工も、徹底したフェイントもいらない。そんなことをしている暇はない。


 ただただ迎撃。砕かんとするならば砕き、潰さんとするなら潰す。徹底的に耐え抜く。交戦し、圧倒する。


 それだけが、僕に出来ること。


「がっ、ちぃっ!」
「ギッ、ゴフッ、グガァア゛ア゛ア゛!」


 何度でも、何度でも殴り合う。高度な戦闘知識や戦術、型や論理など一切気には留めない。ここでは、戦闘経験と勘がモノを言うのだ。それ以外は淘汰し、排除し、心の内から追い出す。襲い来る攻撃にいちいち備えてはキリがない。故に、こちらから仕掛け、その全てを相手の攻撃に合わせる。あわよくばヒットを狙う。


 右を攻撃し、左から来るなら、避けて当てに行く。右から来るなら、攻撃を当てて弾き返す。上からなら軌道を上に押し上げ、下なら下に振り下ろす。相手の攻撃すべてを観察する。そして、全てが自分にかすらないように調整する。


 ラッシュ、ラッシュ、まだラッシュ。スタミナは尽きないのか、木製の巨狼は止まらない。地面を抉りながら薙ぎが来る。それと大鎌を打ち合わせて弾く。すると右側から時間差で斜めに振り下ろされた足が来る。それを柄で衝撃に合わせて逸らす。


 ズダン、という音がするのを意識の外で聴きつつ、速攻で作られた木の棘を大鎌で散らし、続けてくる廻し蹴りを刃でもって迎え撃つ。


 そして、間隙。しかし、刃は打ち払った後――――ならば!


「うあぁぁぁあ!」
「グッ!?」


 ――――空いていた右手で、拳を放つ。


 ベキベキ、なんて木片が散り、だんだんその拳は巨狼の腹にねじ込まれていく。STRがバグった僕の一撃は、大鎌だけにとどまらず、その体全体に恩恵があるのだ。
 ならば、攻撃手段をわざわざ縛る必要もない。


 そのまま巨狼を殴り飛ばし、ついでとばかりに蹴りも入れ、その勢いを増長した。吹き飛ぶ巨狼。もはや最初の頃の踏ん張りは影も形も残っていない。


 数本の木を押し倒したあとに、ようやく勢いを止めた巨狼は、少し意識を失っていたらしく、起き上がるのに時間がかかった。それを見逃す僕ではない。


 即座に『ドレッド・ブレイク』を発動。幾ばくかの溜め、そしてそれが最高潮に達すれば、僕の最大火力だ。


「――――死ねぇっ!」
「――――ガァァアアア!」


 凄まじいエネルギーを放出しつつ放たれた巨大な大鎌は、略して巨大鎌は、吹き飛ばした巨狼の倒した木よりも多く自然破壊をしながら、巨狼へと迫る。横薙ぎにされたそれは、最早逃げ場はない。


 当然、巨狼は縦軸――――すなわち、跳躍によって避ける。
 ――――狙い通りだ。


「《タール・パニック》!」


 巨狼の目の中にその魔法を発動する。基本的に射程を選ばないこの魔法は、一瞬とは言えその目の中に異物感を発生させる。巨狼は悶えた。


 そして、僕は斬撃を飛ばす。空中でバランスを崩した巨狼は、その攻撃を避けることができず、すべてを喰らう。木材を切るような独特な音が鳴り、その体が傷を増やしていく。


 メッタ斬りにされた巨狼も、このままでは終われない。
 すぐさま反撃に出ようとするが、コケる。何が起こったのかと困惑する巨狼を警戒しつつ駆けていく。


 原因は、巨狼の右前足だった。最初から何度も何度も切りつけられたその足は、もうすでにガタが来ていた。先程切り裂かれたことにより、その足が千切れたのだ。


 しかし、巨狼はまだ諦めてはいない。そのちぎれた右前足を口で掴むと、こちらへ放ってきた。それはあくまで足とはいえ、質量はバカにできない。ましてや今は全力疾走中だ、よけられる道理もない。
 よってその右前足を切り裂いた。ズガンッと両断された木の彫像みたいに作りこまれた足を横目に、再度駆け出す。


 当然、今のはフェイント。今のは一瞬でも躊躇っていたら木の棘で串刺しにされていただろう。やつの魔法の詠唱は、漆黒魔法に匹敵するものがある。


 予想通り、真後ろで空を裂く音が聞こえた。しかし、それを気に留めている余裕などない。僕は気にせず駆ける。スピードは遅いが、着実に近づいている。


 巨狼も当然、この程度ではない。先ほどの鬼畜範囲魔法の縮小版を放ち、なんとしても僕を殺そうと足掻く。しかし、その魔法はもう見たし、発動までに時間がかかりすぎた。


 僕はそれらを余裕を持って躱す。初見殺しは一度しか通用しないのだよ。


 彼我の距離は後3,4メートルほど。この距離なら、限界まで長く持てば鎌も当たる。奴の足も届く。しかし、そんなことはしない。


 僕がそれをすれば奴に弾かれるし、やつがそんなことをすれば、それを僕が弾く。お互いに分かっていることだ。


 そして、後一歩、鎌が届くというところで、踏み出した地面に魔法陣が発生し――――その罠を読んでいた僕は即座にそれを切り裂く。


 エフェクトだけが発生し、僕を木の棘が貫通した。しかし、僕は無傷だ。若干の異物感を与えつつもまるでホログラムのようにすり抜け、その手に持つ大鎌を構える。


 しかし、そこで巨狼が魔法を発動する。木の根を使って自身を少しだけ後方に下げた。余りにも小さい時間稼ぎだ。しかし、それはあくまで時間稼ぎ。本命があるのだろう。


 そして、巨狼の本命であるのだろう――――小さい木製の狼が木の根から次々と生み出される――――しかし、遅い。


「《ブラインド・ジャック》! 《ダーク・ヴィラン》! 《カース・フェンス》!」


 三つの魔法。そして全スキルの重ねがけ。よって生じる結果は――――狼の群れの素通りだ。


 ブラインド・ジャックで視界を数瞬奪われた後、ダーク・ヴィランで僕を誤認。カースフェンスにより一瞬抑えられ、それが砕けてもそこには偽物しかいない。


 そして、それが偽物だと、気づいたときには手遅れだ。


「終わりだ、化物」


 巨狼は先ほどの素通りに目を丸くしている。――――チャンスだ。


「『ドレッド・ブレイク』」


 ――――数瞬後、轟音。


 その音は、確かに僕がかの巨狼を、切り伏せた証に思えた。



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