死神さんは隣にいる。

歯車

19.何が違う……!

 プレイヤーネーム「かもしか」は、このOEというゲームの元βテスターである。


 初期の職業は魔法使い(水)で、それなりに高いプレイヤースキルと仲間との連携による範囲攻撃で上の中ほどの攻略最前線組として知られていた。序盤までは、基本パーティでの行動を主として、それなりに有名だった。


 しかし、あるとき、とある噂により、彼の名誉は失墜する。そう、PvPをすればスキルレベルが上がりやすいという情報だ。


 きっかけは、その情報が本当なのかと仲間内でPvPの対戦をした時だ。ゲーム内で、デュエルと呼ばれるそのシステムは、デスペナ等を負わない代わりに、経験値が入らない。しかし、スキルレベルが上がりやすいのならと繰り返した。


 結果は、あまり上がったとは言えなかった。理由は、検証を行った人物のやっていたことが、PvPではなくPK、プレイヤーキラー、つまるところの人殺しだったこと。命をかけた闘争は、本人の必死さを上げるので、効果的と言われた。


 その情報が広まり、自分たちもとほかのパーティを襲い始めた。PKとしてのノウハウを学び、慣れないキャラメイクをしてPKの常識とも言える顔を変更し、その表情筋の差異に戸惑いながらも努力した。


   努力の方向が間違ってるとはいえ、真面目に努力し続けたおかげか、結果は上々、それが一番の問題だった。


 ある日、彼はとある事情で、一人でモンスターの湧くエリアに出た。その時、襲ってきたのはパーティメンバー。すかさず彼は問い詰めた。しかし、結果は……


「別にゲームなんだし、一回ミスったくらいでそんな怒らなくても」


 というものだった。彼らは間違えただけらしいが、パーティ単位でPKされるというのはなかなかに恐ろしい体験であり、彼はこの日、パーティをやめ、別の仲間を集め、復讐に乗り出した。


 そして、彼は大勢でのPKに快感を覚えた。


 一方的に蹂躙する感覚に如何ともしがたい気持ちよさを覚えた彼は、その思いをクランを作ることによってさらに熱くさせた。そして、PK専門クラン『鹿狩猟隊』は凄まじい戦果を遂げ続けた。


 そして、かもしかはその首領として、パーティを組んでいた時より更に名を上げ、いつしか恐れられるようになっていった。


 しかし、その日々の終は、唐突であった。


 失態は、相手の実力を見誤ったこと。挑発に乗ってしまったことである。


 最強クランと呼ばれていたクランからの挑戦状を受けたことが間違いだった。結果は散々、数分で自分以外の全プレイヤーが、いとも容易く蹂躙され、そこから更に数分、自分は捕らえられた。


 殺されたのではなく、捕らえられた。くっころをまさか経験することになるとは思わなかったが、相手の首領も特に考えた行動ではなかったらしく、さっさとその得物を振り下ろしにかかった。しかし、それを受け止めた者がいた。


 容姿は、まるで生気が抜けたような白。ボロボロの白いローブに、老人の白髪のような輝きのない髪。後ろからだったために顔は分からなかったが、幽鬼のようなやつだった。


 それからモノの数秒、そのプレイヤーは最強クランとやらをまるでアリのように、ただ簡単に蹂躙した。瞬殺だった。なにかの災害のように、ただ淡々と、潰したのだ。


 そして、かもしかは知った。このゲームには、集団では勝てないところまで来ている奴もいるのだと。


 しかし、彼は諦めきれなかった。あの快感を、数での暴力による蹂躙を、手放したくなかったのだ。


 故にこそ、彼はベータ初期でログインをやめ、ほかのゲームで統率の腕を磨いた。どんな時でも慌てず、しっかりと行動できるようにと。


 そして、正式版登場直前、ネットで噂を流し込み、大勢のプレイヤーをPKに扇動することに成功。彼らを誘い込み、クランシステム開放までの暫定グループ、『新鹿狩猟隊』を結成した。レベリングをされる前に潰してしまおうという魂胆である。汚い。


 クランというシステムは、第三の街でようやく結成可能となる。故に、それまでのつなぎとして、彼はこのグループを作り、PKを楽しんでいた。


 そう、全ては順調だった。ハリア草原で待ち構え、大勢でPKを続ければ簡単にレベルもスキルも上がり、ウハウハであると、誰もがそう思っていた。彼自身、そう思っていた。


 ゆえの、油断。


 狙ったのは、たった三人。二十六人というもはやレイドレベルのパーティで狙えば、いとも容易く蹂躙できると息巻いて、かもを狙ったと思っていた。


 しかして、今。彼は嘆いている。どうしてこうなったのか、と。


「な、どこに、がっ」
「くそ、鬱陶し、ぐあっ」


 今、こうしている間にも二人やられた。既に状況は大混乱。自分は落ち着いているが、末端の素人連中は混戦もいいところである。


 魔法の詠唱も、前衛が乱れていては不安で、しかも得意の範囲魔法も巻き込みを考慮すると使えない。どうにか冷静にさせたいが、少しでも隙を見せれば、闇を纏う死神・・が首を狩りに来る。


 先程から戦況を確認し、その度に、急に現れた黒い影と大鎌がプレイヤーの首を切り飛ばし、消滅させているのを何度も確認している。しかし、その度急激なめまいに襲われ、その一瞬で奴はまた姿を消してしまう。


 素人連中はそのことに気づいてすらいないみたいだが、かもしかは、一番恐ろしいのはあの死神だと考え、それにひたすら備えていた。どうやら、移動速度はそこまででもないらしく、未だ前衛を狩り続けているが、いつ後衛に手が届くかもわからない。


 奴はしっかりと対人戦の基礎、そしてあの得物の使い方を熟知している。ステータスもずば抜けているらしく、大盾持ちのタンクが一撃で死ぬという衝撃を浴びせた。


 彼は集中し、その死神に隙を見せないように静かに詠唱時間が短い魔法を使う。手にバスケットボールほどの水球が出現し、それを支援に向かわせる。


 しかし、残る二人も相当な手練、前衛が数人がかりでも突破され、混戦状態にある今では全く勝負にすらなっていない。今のように援護もしているのだが、勝てる見込みは一切ない。あ、水球斬られた。


(くそ、どこにいる? いや、まずは戦況を整えるために退くのが先か? 目視せずに魔法を斬るなんてデタラメ過ぎんだろ畜生がっ!)


 相手は一瞬のうちに気配ごと自身の体を消去させるスキルを持っている。どこにいるのかも分からず、こういう時の対処法としての地面の踏み跡や影に集中するも、見えた瞬間に存在ごと奴のことを忘却する。気づけばどこにいるのか不明という有様だ。


 ともあれ、現状の打開は必須。混乱をこれ以上招かないためにも、せめて一矢報いる必要がある。


 友人に作ってもらった杖を強く握り、詠唱を開始する。段々と掌に靄のようなものが集まり、収束して形を成していく。精緻なエフェクトはさながら本当にファンタジーの世界に来てしまったのかと疑わせる。


 使う魔法は範囲攻撃魔法。奴の存在を炙り出し、あわよくば倒しきる。味方を少し巻き込みかねない魔法だが、PKに特化したそれは、威力があまりない代わりに拘束に向いている。故に、味方を殺さず、落ち着けるためにも悪手ではないはずだ。


 当然、デメリットもある。味方を数秒とはいえ、拘束してしまうのは、肉壁が減るのと同義、故に死に戻る可能性が高くなる。デスペナは痛い。そして、何よりそれが相手に効かなかった場合が一番痛い。一応対策はしているが、怖いものは怖い。


 それでも、それを使う以外の選択肢はない。それ以外は、味方ごとの殲滅か、降参か、ジリ貧かのどれかであるからだ。


 早くしてくれと自身の魔力に訴えかけつつ、逸る気持ちを抑えながら、冷静にやつがこちらに来ないように見張る。音と地面に注意すれば、最低限こちらに来るのは防げるだろう。


 そうして数秒、ついに詠唱が終わり、魔法が完成した。


「てめぇら目ぇ覚ませぇっ! 『スプラッシュ・スライム』!」


 地面に青い魔法陣が広範囲に出現する。青く海のように光り輝くそこから出現したのは水。しかし、それはただの水ではなかった。


「……うっ!?」
「なにこれぇ!?」


 敵の女二人が気持ち悪そうに声を上げる。触れたくもないものにでも触ったように。


 そして、前衛の男が悲鳴を上げた。


「おいっ、これ、絡むぞ!?」


 そう、吹き出した水は、対象に絡みつき、その粘着性と凝結性により、動きを封じる。縄型や手錠型と違い、斬られる恐れがなく、また外れても湧き出す後続に絡み取られてしまう。


 水は一定時間吹き出し続けるが、魔法陣の範囲から出ない。つまり、時間が経てば経つほどに拘束は強まる。だんだんと貯水タンクのように溜まっていくそれは、既に敵の剣士の少女の首あたりも埋め尽くしてしまっていた。


 つまり、今のりゅーは――――


「……ん、やぁっ……」


 非常に扇情的な姿となって縛られている。まだ中学生というのも早い未成熟な体は、縛られるとぷにぷにとした柔肌がより一層強調されて――――


 男たちは全員目を逸らした。周りの女性陣からの目が痛い。そして、何よりこれ以上は眩しすぎて見れない。彼らは紳士だ。それがどんな女性であろうと、女性は女性として扱う。好みの差などない。要するに欲情しかけた紳士へんたいなのである。


 女性陣の目が厳しくなっていく中、これにより一旦敵の猛攻が止まる。数秒とない時間だが、それでも落ち着かせるには十分。


「おいっ、狼狽えるな! 言っただろう! 数は正義だ! すべきことは連携だ! 間違えるな! 新鹿狩猟隊の底力を見せてやれぇ!」




 かもしかの声に、PK集の顔つきが変わる。ハッと我を取り戻したように、急激に冷静になる。かもしかが一番修行したのは、このカリスマ性というべき他人を操る力である。戦況の判断も、それに応じた命令も、聞く仲間がいなければ無駄だ。


 地道にアドバイスしてやり、昨日の今日まで掲示板で頭を張っていたのは伊達ではない。周囲からの信頼も厚い。


 かもしかは自身が一番足りないと思っているカリスマ性を磨いたのだ。スキルではなく、本物の人徳を手に入れようと。信頼と頼もしい部下を手に入れ、かもしかは一時全能感すら覚えた。道徳は手に入らなかったようだが。


「そ、そうだな……かもしかさんの言うとおりだ! よし、行くぞ!」
「おう、新鹿狩猟隊なめんなよ!」
「ガキ共が調子付きやがって!」


 ギラリと犬歯を見せながら、勇ましく向かっていく姿は正しく盗賊。どう見ても犯罪者まっしぐらな大人を見て、萎縮したように見える子供。それでも斬りかかろうとするところはさすがゲーマーというところか。


 しかし、現状かもしかの魔法の効力は続いている。少し動きが遅い。りゅーに至っては動けていない。かもしかは目論見が成功したことに安堵し、しかし心の奥底では恐怖が蔓延していた。


 なぜ、こんなにもうまくいったのか。あれほどまでに腕が立つ連中が、わざわざ詠唱の時間を待ってくれるはずがない。少なくとも、見えぬ最大の敵はまっさきに殺しにかかりそうなものである。それを見越しての準備もしてあったのだが……。


 かもしかが言い知れぬ不安を胸に抱えつつも援護の魔法をさらに足そうとした時、信じがたいことが起こった。


 ――――空が、斬れた。


 そう言わざるを得ない光景だった。気づけば、魔法の範囲内の一番外側で、被害を被ったのか体中を水浸しにしながらも、畏怖を覚える巨大な鎌を振り下ろした体勢の、少女がいた。


 顔を引きつらせ、額には青筋が浮かび上がり、鎌を持つ手は震えている。目に見えてお怒りだ。


 彼女が行ったこと、それは大鎌を振るった。ただ、それだけ。


 しかして、結果。


「……鹿と、カモシカは違う……!」


 ――――かもしかは、自動的に地面が近づく光景を最後に、意識を闇に持ってかれた。


「なん……だと……」





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