死神さんは隣にいる。

歯車

13.まだ甘えたい年頃なのかな?

「ふみゅぅぅぅううう! おいしぃぃぃいいいい!!」
「そう言ってくれると作った甲斐があるわね……本っ当美味しそうに食べるわね……」
「だから、作る側も結構楽しいんだ、姉さん。……本当に美味しいよ」
「ふふふ。ありがと」


 案の定、姉さんの作った夕食は非常に美味しかった。自炊してるとは聞いていたけれど、まさかこれほど美味しいものが食べれるとは。これは普通に負けちゃったな。勝てないわ。


 まず、シチューの香りがすごい。濃厚な香りで、嗅いだだけで心がホカホカするような、非常に柔らかい香り。そして、それを口に運んだ瞬間――――ほっぺたが、落っこちるような幻覚がした。


 訂正、ほっぺたがとろけるような感じだ。


 完璧な煮込み具合で、すごくとろとろしてる。味も濃くて、ほのかに甘いのもまた、次の一口を促してくる。本当に頬から溶ける感じがするほど、そのシチューは凄かった。まるで伝説の神酒のように深い味わいだった。


 次へと急かす本能を理性で押しとどめ、具の野菜を口に入れた。そうしないとスープがすぐに切れてしまいそうだったからだ。そしてブロッコリーと人参を食べる。すると、口の中が深い甘みと新鮮な食感で満たされた。ブロッコリーは軽くコリコリしてはいるものの舌で砕けてしまうほど柔らかく、そして思いのほかジューシー。瑞々しさの増す口内で、今度は人参がとろりととろける。そして、内側の甘味をいっせいに引き出してくる。爽やかさと甘味が綺麗に揃い、シチューの濃厚さも相まって素晴らしいハーモニーを作り出していた。


 そして、メインの肉を口に運ぶ。それはまるで、ゼリーのように柔らかく、それでいてシチューの味がしみた濃厚な肉の味。チュルンっ、と噛まずとも喉を通ったそれは、置き土産とばかりに贅沢な食感と芳醇な香りを残していく。喉でごくんと音を鳴らし、一息ついて夢心地。


 その美味しさに心を奪われ、大事に味を堪能しながら食べていると、姉さんが「おかわりもあるから、もっと食べていいのよ?」と苦笑した。マジすか。食べていいんすか。絶対高いお肉なのに。多分お目にかかることすら希なくらいなはずなのに。……本当にいいの?


「言ったでしょ? 今日は奮発したって。いっぱい作っちゃったし、多分明日の朝の分まであるから、そんな大事そうにちびちび食べなくていいのよ?」
「明日の分もあるの!? やった! あ、おかわり!」
「はいはい」


 そのあと、僕とヤヒメが明日の分まで食い尽くす勢いだったのは言うまでもない。他のパンはもちろんのこと、副菜として置いてあった唐揚げや葉野菜なども同じように美味しかったこともだ。この一食だけでどれだけのお金が使われているんでしょう。私、気になります!


………………………………………………


 夕食を終え、心地よい気分で皿を洗う。料理を作ってもらったのだから、これくらいはしなければ。親しき仲にも礼儀ありだ。最初は姉さんがやると言い出したのだが、僕の説得に折れてくれたようで、少ししつこかったが、なんとか引いてくれた。その代わり風呂掃除を引き受けられてしまったが。


 鼻歌を歌いたくなるほどに気分がいい。食器の汚れを落としていく作業はいつもなら長くて鬱陶しいことこの上ないが、今日に限っては例外で、むしろ汚れが落ちていくのは気持ちよかった。しかし、付いた汚れがお高い料理と考えるともったいなく感じてしまうのだけど。


 そんな中、ヤヒメは姉さんに膝枕をしてもらっていた。先程までは受験勉強に精を出していたのだが、数分でダウンした。顔を綻ばせ「あぁ~生き返るぅ~」なんて言ってるのだから、まだ寝てはいないらしい。やはり久しぶりでテンションが上がっているのだろうか。べ、別に姉さんが・・・・羨ましいなんて思ってないんだからねっ!


 ふとヤヒメが姉さんのほうを向いた。膝から上を向いたのでちょうど上を向く感じに。何かあったんだろうか?


「ねえ、お姉はOEやってるの?」


 一瞬、なんのことかわからなかったが、よくよく考えてみればそのことで家に来たのだと思い至り、そういえば聞いていなかったことを思い出した。確かにやっているのかは聞いていない。


「うーん、やろうとは思っているんだけど、今さっきまで海外だったから、やる時間がなかったのよね。二人はもうやったの?」
「やったね。ヨルナに意地悪されたけど」
「ちょっ」
「あらあらヨルナ、私の可愛いヤヒメちゃんにどんな意地悪したのかしら?」
「うっ、いや、レベリングしただけだよ。ちょっとだけ無理があったかもしれないけど」


 不可能ではないので、事実出来たので、有意義だったと思ってもらいたい。流石にできないことを人にやらせたがるほど落ちぶれちゃいない。


 しかし、内容を話した途端、姉さんはヤヒメに抱きついた。


「も~、私のヤヒメちゃんになんてことするのよ~。お~かわいそうに、私が慰めてあげるからね~」
「にゃぁぁ~」


 気持ちよさそうに目を細めるヤヒメ。くっ、多勢に無勢……。いや勝てる気はしないけども。


「ヨルナ、女の子と男の子じゃ、肝の座り具合が違うのよ? まして、あなた基準に物事を考えちゃいけないって言ってるでしょ?」
「ごめんなさい……」


 確かに、よく考えてみると今回行ったレベリングは少し、いや多分かなりヤヒメの負担が大きかった。裁縫して邪魔なドロップアイテムを片付けたのも、その裁縫を敵地のど真ん中で完璧に行ったのも、それを取引掲示板に突っ込んで苦情に対応したのもヤヒメだ。自分は敵を倒し続けただけだ。そう考えると非常に申し訳ない気持ちになってくる。


 確かに今回はやりすぎた。反省しないと。


「ふふ、反省できるのは偉いわねぇ。よしよし」
「……んぅ」


 しゅんとした僕を、姉さんは抱きしめてくれた。そして頭を撫でてくれた。柔らかく、優しい手だった。非常に気持ちが良かった。なんだか心が温かくなった。……親愛って素晴らしいな。


 一回一回丁寧に髪を撫でていく感じは、普段撫でる側である僕側としては非常に新鮮で、居心地が良かった。やはり僕もまだ子供、甘えたい年頃ということか。


 すると、ヤヒメが「私も撫でて!」と頭を膝から上げてきたので、姉さんはヤヒメごと僕たちを抱きしめ、豊満な胸で暖め、頭をしっかり撫でてくれた。すごく気持ちいい。


 しばらくすると、姉さんはヤヒメに「お風呂に行ってきなさい」と告げた。ヤヒメは姉さんと入りたがろうとしてたが、「ごめんね」と姉さんは断った。そして、ヤヒメが行ったことを確認すると、僕の方に向き直った。


「それで、私が帰ってくるまで、あの人たちは?」


 やはり、両親の動向が気になるらしい。自分の親だからか、もしくは気に入らないから会いたくないのか。おそらく後者だろう。見たところ、姉さんはあの人たちと仲良くはないらしいし、子供の頃から嫌っていた。


 反面、最初の頃は両親とも、姉さんを可愛がっていたものだが。頭の出来で判断していたみたいだし。


「うん、父さんも母さんも、姉さんが帰ってくるまでに三、四回帰ってきたよ。それ以外は全部銀行」
「……そう」


 父さんと母さんは、基本的に家にいない。ただ、生活費が銀行に振り込まれているのを見るに、まだ死んでいないのだろうとは思うが。


 ちなみに、先ほどの三、四回家に帰ってきたというのは、父さんと母さんが申し訳なさそうにたまに高い夕食を食べさせてくれるのである。一食何万とする高級料理店に。一応家族間の仲は、良好とはいかないまでも険悪ではない。ただあの人たちが顔を合わせにくいというだけのようだ。


「生活費は足りてる? やっぱり二人もいると、食費とか電気代とか、結構かかるじゃない?」
「大丈夫、多少無駄遣いしても余裕で足りるくらいにはもらえてる。それに、ヤヒメは塾にも入れてもらってる。充分贅沢さ」
「それならいいけど……。やっぱり、ヤヒメちゃんにはお小遣いをあげようかしらね」
「そうしてあげて。あの子、だいぶ無理してあのゲーム買ったみたいだから。それに、趣味のコスプレも、だいぶ趣味の域を超えてきたし。資金がどれだけあっても足りなそう」


 僕はゲームなど贅沢を十分させてもらってるが、ヤヒメは材料費や時間、勉強などなど、非常にやること、足りないことが多い。僕の分も、彼女に回すべきだろう。僕は今のところ、OEで満足してるし。お金の使いどころなんて、多分もうほとんど無いんじゃなかろうか。


「……別に、あなたももっといろいろやってもいいのよ? 剣道とか、合気道とか」
「ん~、スポーツは今のところ、興味はないかな。なんかついていけないんだよね。こう、運動部特有のノリってあるじゃない?」
「……まあ、あなたには似合いそうもないわね」


 「ふふふ」と苦笑する姉さん。むしろ、華奢が過ぎるこの体で、明らかに少女と見間違う身長と顔で、誰が好き好んで運動なんてするか。ほかの人たちにボコボコにされてしまうのが落ちだ。


「う~ん、才能はあると思うけどな。ほら、私っていつもそういうのだけヨルナにかてなかったじゃない?」
「……ほかは全敗だけどね」
「ああっ、そういう意味じゃなくて!」


 慌てた姉さんの姿に少し笑ってしまう。でも、確かにそうだ。僕は一度も姉さんに試合で負けたことはない。剣道だけでなく、空手やムエタイ、キックボクシングなんてのもやったことがある。前に散々両親に対戦させられたからだ。


 うちの両親はそういうのが大好きだが、自身の体が華奢であるために、そういうのは作った子にやらせようとしたらしい。結果、僕と姉さんはそれなりに試合ができる。ある程度、武道の心得もあるし、それなりに動くこともできなくもない。しかし、姉さんは女性だし、いくら華奢とはいえ僕は男だ。力の差は歴然だし、それに姉さんは頭の出来の方がよっぽどいい。それで比べるのは明らかに偏りすぎだ。まあ、最近は修練をサボっているので、正直鈍ってしまっているだろう。姉さんに勝てるかどうかも危うい。


 ゲームなら、自分の意志が反映されるから結構楽に動けるんだけどね。


「まあ、流石に今からまた始めたいとは思わないかな。面倒だし」
「……そっか。ならしょうがないわね」


 その後、色々と姉さんと話した。姉さんが帰ってきた時や、両親が帰ってきた時なんかはこうして、最近の事を話す。いわゆる近況報告みたいなものだ。


 例えば、友達と遊びに行ったこととか、遊びに行った先でナンパし出して、それを急所を狙って仕掛けて強制的にやめさせたりとか、そしたら今度は相手の方から逆ナン……否、愛玩動物に見られてひどい目にあったこととか。


 ヤヒメが夜、夜食を食べようとして、リビングの冷蔵庫を開けようとした瞬間、冷蔵庫の下からひんやりとした感触がして、大急ぎで起こされたこととか、それの原因がただの水漏れだと知って、業者を呼んで冷蔵庫を直してもらったりとか。


 そんな他愛のない話を幾ばくか繰り返し、やがてヤヒメが風呂から上がり、リビングの中に入ってきた。すると、


「さて、お姉ちゃんもお風呂に入りますか。じゃ、ヨルナ、覗いちゃダメよ?」
「いや、覗かないから」
「あら、魅力がないって言いたいの?」
「早く風呂に行きなさい」
「は~い」


 流石に家族の裸で興奮できるほどませてはいない。そんな思春期真っ盛りな男子高校生でもあるまいし……あ、僕だ。


 とまれ、僕はさしあたって、姉さんの着替えを用意すべく立ち上がり、スーツケースを漁るのだった。あ、あのバカ! 替えの下着、新居の方に忘れてきたな!?



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