死神さんは隣にいる。

歯車

6.狩りという名の地獄①

「さて、ヤヒメ……じゃなかった、ノヒメの所に向かうか」


 ルーヴァスさんの言うとおり、チュートリアルが終わり、最初の街であるアイルヘルに飛ばされた僕は、ひとまず合流予定地にしていたピアス噴水広場へ向かうことにした。とは言っても、飛ばされた場所がそこなので、向かうといってもノヒメのところに、という意味なのだけど。


「さてさて、ノヒメはどこに~……お」


 ノヒメは噴水から少し外れた、とあるカフェの壁に寄りかかっていた。おそらくキャラメイクをほとんどしていないのだろう。リアルと顔が全く一緒だ。髪だけは赤く変えているみたいだが、あまり見違える程に変わったということはないみたいだ。


 このまま声をかけてもいいのだが……僕のスキルの性能確認とスキル育成にもってこいのこの機会、見逃すほど馬鹿ではない。僕は気配遮断と迷彩化を発動する。見た感じ、ちょっとだけ自分の体が透けたような感じがする。まあ、スキルレベルは1だし、こんなもんか。


 そこから、こっそりと物陰に移動し、黒ローブを頭からかぶり、影とローブが同化するように影から踏み外さず動く。こっそりこっそりと音を立てないように慎重に。


 しかし、恐ろしいなこのスキル。周りが全く気にしないし、こっちを見てもバレない。今のところ、周囲が自分に気づいた可能性はゼロだ。よほど警戒するか、凝視しない限りまずわからない。これは相当使える。何より新鮮で楽しい。


 反面、足が遅いのはナンセンス。非常にもどかしい。一歩一歩はほとんど現実と変わらないが、走るスピードすらも現実とほぼ変わらないとなると、非常にやりにくい。そして現実の僕は基本引きこもり気味だ。あまり運動は得意な方ではない。スタミナはそれなりに増えているみたいだが、足が遅くてはあまり変わらない。


   そのまま一歩、また一歩と近づいていく。そして、ついにその肩に手が、触れ……た!


「わひゃぁっ!」


 作戦成功! そして検証も成功! 結果、速度はゴミ、スキルは神と判明! やった、これから楽しくなりそうだ! そしていたずらも大成功!


「え? い、いつからそこに……」
「今さっき来たばかり。というか、本当に気付かなかったの? 結構真正面から来たと思ったんだけど?」
「全然気付かなかった。周り見たりしてたんだけど……」


 なんと、思っていたよりこの従姉妹様はちゃんと見回していたらしい。警戒を怠らぬところは素晴らしい。いつ何処の馬の骨とも知れぬ輩が言い寄ってきてもおかしくはない美貌の持ち主である従姉妹様は、ヘタをしなくても結構モテるから、注意を払うに越したことはない。


 そんな従姉妹様なのだが、どうやら相当待ちぼうけを食らっていたらしい。僕より五分ほど前についていたようで、マニュアルをメニューのヘルプからずっと見ていたらしい。


 どうやらノヒメはちゃんと裁縫師になれたらしく、「武器防具いっぱい作るぞー!」と燃えていた。……いや、武器は無理では?


「ねえねえシキメ、私どうやって戦えばいいの?」
「ん? ああ、戦闘職じゃないのにどうやってダメージを与えればって話?」
「そーそー」


 確かに、戦闘職じゃない場合、武器を装備できないため、また武器に補正がかからないために、戦闘時は相当不利になってしまう。Web小説では最近生産色無双とかあるみたいだけど、実際は武器スキルがないと相当辛い。というか、ほぼ不可能と考えて相違ない。


 また、生産職は戦闘系スキルが非常に少ないというのもある。まあ、生産職が派生して戦闘職になったりすることもあるので、一概に否定はできないが、それでも序盤は戦闘が非常にやりにくいことに変わりはない。


 ましてや、このアホにはうまい立ち回りなんて期待できそうにもない。


「いま、失礼なこと考えてたでしょ?」
「かかか考えてなんていませんとも」


 何をおっしゃる従姉妹さん。


「むぅ~、別にいいけどさ。それで、戦闘なんてどうすればいいの?」
「ん、裁縫師になったんなら、針、出せるでしょ?」
「え? いや出せるけど」


 そういってノヒメは手から装備した縫い針を取り出す。それを僕は手に取り、手首のひねりと指の筋力だけで建物の壁に向けて投げる。「カッ」という音とともに突き刺さった針を見て、僕は満足げに頷く。


「いやいや、何してんの!?」
「あいたっ」


 スパコーン。


「何をするもなにも、ノヒメの装備を投げても消えないか、もしくはそれを使って影響は出るのか試しただけだよ。βテスト時はできたから出来るだろうとは思ってたけど、一応試しに、ね」
「え? つまり何がしたいの?」
「簡単なことだよ。僕は鎌士って職業なんだけど、それは大鎌しか装備できない職業なんだよ。でも、他人が装備しているものならその人が装備しなおすまで自分が使えるんだ。とは言ってもダメージは発生しないから、せいぜいモンスターの引き寄せくらいにしか使えないけどね」


 ただ、僕自身の速度が足りなすぎるので、遠くのモンスターをこっちに持ってくるための措置である。そういった旨を説明すると、ノヒメは感心したような顔をして、すごいすごいともてはやしてきた。照れるぞぅ。


「それじゃ、行こうか。パーティ申請とフレンド申請はやっといたから、早くオーケー押してね」
「は~い」


 こうして僕達はハリア草原に出発……しない。


「ねえ、シキメ? こっちハリア草原と真逆方向なんだけど。絶対こっちじゃないよね? なんでこっち来てるの? 順序ちがくない? おかしくない?」
「こっちのほうが効率いいんだよ。あっちじゃレベル、というより、経験値が低い」


 ハリア草原は東西南と結構広いのだが、方向であるが、僕達は全く違う、北の方向に進んでいる。


   街の南には薬剤系統の店が立ち並んでおり、その奥にハリア草原がある。北の方向は鍛冶屋があり、正直最初期はあまり使わない。使うとしても、最初のボスであるハリア草原のボス、「リーフビッグスライム」を倒すまでは全く人気がないのではなかろうか。なぜかといえば、素材が集まらないからだ。素材を集めるより武器屋で買ったほうが早い。


 そして、その北区画の奥にはキーク森林がある。ハリア草原はレベル1のミニゴブリンというモンスターやライトラビットなどのザコ敵が出やすい。しかし、キーク森林にはレベル11ほどのリーフウルフ、リーフモンキーなどのちょっと強めのモンスターが出やすい。それこそ、よほどの馬鹿でもない限り序盤は近づかない。が、今の僕にとってはそれは都合がいい。


 β版ではしっかり反応できたし、多分大丈夫だろうけど、如何せん今回は正式なものだ、獲物の横取りはマナー違反であるから、それは自重したい。しかし、うっかり、なんてこともある。


 そのため、人は少ないほうがいい。遠距離からおびき出す手段を使うわけだし、横取りが発覚したらそのあとが厄介だ。そして、一番の理由は、この馬鹿げたSTRを活かすのには少しハリア草原のモンスターではオーバーキルだからだ。そのため、このくらいがちょうどいい。


「でも、それで死んじゃったら、たしかデスペナってものがあるんだよね?」
「まあそりゃね。でも、ステータスと経験値の低下は辛いけど、正直死ぬことはほとんどないよ、序盤だしね」


 これは本音。正直、序盤で死ぬことはほぼないといっていい。攻撃は遅いし、それなりの反応で返して攻撃すれば、VR慣れしてる人なら基本死なない。囲まれてもそう易々と死ぬこともない。そこらへんの調整はさすがだなと思ったりもしたけど、ちょっと甘いな、なんて思ってたりも。


「まあ、とにかく大丈夫。そこまで強い相手がいるわけでもなし、気楽に行こうか」
「う~ん。なんか嫌な予感がするんだよなぁ……」


 ぬぅ、ここまでの説明で一体従姉妹様は何が不満だというのだろうか。ほぼ危険もなく、効率もいい。プレイヤースキルがなきゃ難しいから手抜きってわけでもない。これ以上の狩場が一体どこに……あ、もしかして。


「もしかして、自分はパワーレベリングになっちゃうと思ってる?」
「あぁ~、それもあるかも」


 やっぱりか。


「それなら安心していいよ。生産職は戦闘職より戦闘でのレベルアップがしにくいから」


 生産職は非常にモンスターを倒した時の経験値が少ない。その代わりに物創りをした時の経験地が圧倒的で、素材さえあればその効率は戦闘職を優に超える。その素材を自力で集めることが難しいからこそバランスが取れていると考えていいだろう。そしてこのゲーム、いわゆる素材屋のようなものはNPCの店は非常に少ない&わかりにくい。そのため、大半はプレイヤー同士の交換になる。もしくは依頼という形になる。しかし序盤は圧倒的に素材不足であるため、非常に生産職はやりにくい、というわけだ。


 しかし、今回はだからこそ、この形がうまくいったとも言える。


「え? でも、それだと私のレベルは……?」


 暗い面持ちで聞いてくる従姉妹姫。そんな悲しそうな顔をしないで。大丈夫、手はあるから。とは言っても必死になってやってもらわなきゃもったいないから頑張ってもらわなきゃだけど。


「大丈夫、今回手に入った素材は革とか布とか糸とか裁縫関係だけ、全部そっちに流すから、それをひたすら縫い続ければ経験値も上がるって感じ。ま、そんな忙しくはならないと思うし、気軽に、丁寧に仕上げ続けてくれればいいよ」
「え? そうなの? いっぱい服縫える?」
「ああ、もちろん」
「やったぁ!」


 先ほどの沈痛な表情から一転。一気に顔を明るくしたノヒメ。ちょろい。


 そして、当然そんなうまい話はない。早く縫わないと、アイテムがそこら中に転がって、それに躓けばそのまま流れで敵の攻撃の一撃で簡単に二人共お陀仏だ。


   ついでに、キーク森林は服の素材には困らない。動物系のモンスターは当然として、蜘蛛系統の、糸をドロップするモンスターも大量にいる。そのため、本当に簡単に洋服用の素材は集まる。必然、インベントリに入りきらないものがその辺に散る。死ぬとデスペナが痛いので、それだけは絶対に避けなければならないので急いで仕上げてくれなくては非常に困る。


 ただ、生産職はむちゃくちゃ生産速度は遅いと聞いたことがある。デザインから素材集め、作成と、さらには仕上げを、全てひとりでやるのだから、仕方ないとは言え、今回はちょっとまずい。結構速度を出して狩るつもりだから、できる限り早くしてもらわなきゃならない。


 とはいえ、そんなこと言ったらおそらく青い顔で泣いてしまうであろう従姉妹様にはもうちょい喜んでいてもらおう。今のうちに喜んでくれれば、きっとこのあとの絶望でイーブンだろう。


「お洋服作るぞぉ!」
「頑張ってくれよ(にっこり)」


 未来に何があるのかも知らず、お気楽ににこやかにいつもどおり周りに笑いを届けてくれるノヒメ。元気な従姉妹姫は周りをいつも笑顔に変えてくれます。その元気はきっと、これからのレベリングにおいて、めげない心として役だってくれるでしょう(にこやかな下衆顔)。



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