死神さんは隣にいる。

歯車

プロローグ.最強の『覇王』と×××の決意

そこは荒れ果てた荒野。
 荒れ切り、果てた岩場地帯。
 そこに、合ったものは――――
 ――――死体と、竜。


――――ゴァァアァァアアアアアアア!!!


 巨大な咆哮が、その巨大な口から発せられた。


 それはまさしく、竜だった。長い尾、巨大な脚、鋭利な爪、強固な鱗、萎縮の眼光、雄大な牙……。それはあまりにも強大すぎて、もはや人とは別次元の存在。その腕を振るえばそれだけで大地が捲れ上がり、ただ一歩を踏み出すだけで、地震と地割れが起きるだろう。ただそこにいるだけで威圧感を撒き散らしている。


 対して、その竜の前に転がる、人々の死体。生きているものもわずかにいるみたいではあるが、しかし最早動くこともできず、死を待つのみだ。そして、それは死者と何ら変わりがない。


 惨劇の渦中のような、悍ましい死体の山。しかし、これらはすべて、名立たる実力者たちである。


 例えば、右腕と左足を失い、身体の半分が焼け落ちている青年。彼は元々、類稀な剣技と冷静な判断を下せる司令塔としても有名だった青年だ。単騎でも複数戦でもその能力を如何なく発揮していた。


 例えば、下半身を食われ、力なく地面に伏した少女。彼女は正確無比な連射と、その弾に魔法を込める戦い方で有名な、凄まじい銃士の一人だ。乱射しているように見えて全て致命傷になる、頭一つ抜けた才能を持っていた。


 例えば、胸に風穴を開け、虫の息で無意味な呼吸を繰り返す少年。彼はその身を包むローブとその小柄さゆえの縦横無尽な戦い方で有名だった、軽戦士かつ魔術師の少年。速射型の魔法を使いこなすさまに、誰もが見惚れるようだった。


 しかし、これらの有名な人物たちが、最早ゴミ同然に・・・・・野に放られている。


 それは人々が蟻を潰すように、神々が人を見下すように。


 あるいは取るに足らない命であると、道理でさえも投げ出したかのように。
交わり合う運命になかったはずの両者が、出会った結果だった。


竜は吼える。己に刃向かった愚かで矮小な雑魚を見下して。


竜は叫ぶ。己を不快にさせたゴミ共を潰して尚収まらぬ怒りが故に。


竜は猛る。憎悪と嫌悪と憤怒を隠そうともせずに。




――――ゴァァァァアアアアアアアアアアアア!!!




 荒野に轟く、巨竜の咆哮。それはただ木霊するだけで災厄と化した。


 空間が震え、世界が軋む。地平線が歪み、まるで空がひび割れているような錯覚に囚われる。ただ発せられた咆哮は、それだけで物理現象と恐怖を撒き散らし、全ての存在の心を削って、世界の所々を貪った。竜にとっては何でもない、ただ呼吸をするのと同じようなことだ。にもかかわらず、人間はこれほどまでの被害を被った。


 次元が違う、世界が違う。在るべき存在のステージ・・・・・・・が、余りにも違い過ぎるのだ。
ただそこにいる。それだけで、かの巨竜は暴虐の災厄となる。


 そこに、それ以外の生物は、干渉できない。存在としての格が・・・・・・・・脆弱すぎるのだ・・・・・・・


――――ゴァァァァァアアアアアアアア!!!


 巨竜は破壊の限りを尽くしても尚、咆哮を止めない。冷め止まぬ興奮と憤怒を、少しでも軽くしようと叫び続ける。そのせいで、大地が割れ、大空が割れ、ついには世界をも割るとしても。
そう、この化け物を停める手立ては、既にこの場の人類の手にはないのだ。


 全てが死に絶え、格の違いを見せつけられ、完全に見放された彼らでは、最早抗うことすらも不可能だ。弱き者は淘汰され、強き者のみが生き残る。自然の法則、弱肉強食の末路だ。それは生物非生物関わりなく、世界ですらも・・・・・・、その対象ということだろう。


 終わりゆく世界。巨竜が一歩、また一歩と踏みしめていくごとに、世界の根幹が捻じ曲がり、壊れていく。この世界で重要なパーツが一つ一つ崩落していくような、そんな終焉。


 壊れ、砕け、崩れ、零れ、潰れ、捻れ、しかして巨竜は、何でもないように佇んでいる。周囲の死体が残らず消え去る中、巨竜は未だに悠然と、当然とばかりに生存している。


 それは、正しく天使が、終焉のラッパを吹き鳴らしたように、ただただ静かに、虚しく終わりを迎えていった。


 ああ、これで世界はもうすぐ終わる。悲しみも怒りも必要なく、ただ終わりゆく世界を、消えゆく悲しきこの世界を、ただ見て、感じ、しかし止めるどころか、その意志すらも持てないのは、なんと口惜しいことだろうか――――




――――ふと。




「ああ、確かに天使のラッパって例えは、存外に合っているかもね。」




――――声が、する。




 終わりゆく世界、終焉を迎える世界で、今更、どこか抜けたような、明るい声が嫌に響く。最早最初の荒野を残すのみとなった世界で、その声は明瞭に聞こえた。


「しかし、僕は、おっと……余は、そんな下らない、つまらん妄想などに興味はない。大体、あんな化け物が天使だと? 冒涜も甚だしいな」


 心底吐き気を催す、そういわんばかりの声調。苛立ちを隠そうともしない様は、彼の傍若無人で悪逆非道な巨竜に、どこか似た雰囲気があった。


「世界が終わる? 余のいる世界が? 舐めるなよ三下・・。ここにいる存在が誰か、理解できぬとは言わせんぞ」


 その者は、白銀のローブに身を包み、被ったフードから長い白髪を揺らめかせ、呆れたと嘲笑う。明らかに見下したようなその不遜な態度に、巨竜は憤怒を宿す口調で語りかけた。


『何用だ、小さきもの、惰弱なるものよ。貴様らの世界はじきに終わる。止められるものではない』
「ははっ、これは異なことを。世界がじきに終わる? 止められるものではない? 馬鹿を言え。ここは余の世界・・・・、壊すも生かすも余次第だ。貴様などにその権利はない」
『……ふん、では、どうするというのだ?』
「答える必要があるのか? ……こんなもの、貴様が死ねば全て済む話ではないか」
『ほう、戯けたことを。ほざくな下等種族。貴様ら風情がいくら束になろうと、その一切が無駄である』
「くははっ、貴様こそあまり余を笑わせてくれるな。誰が束になるだと? 貴様など、戦いにすらならんだろうよ」


 どこまでも傲慢に、どこまでも尊大に。その者はただただ、巨竜を下に見ていた。恐ろしいことに、ただこの竜は自分より弱いと、確信しているのだ。


 もちろん、それを巨竜が許すはずもない。その傲岸不遜な態度は、巨竜の自尊心を果てしなく傷つけた。さらなる燃料を以て、その眼に宿る業火は激しく燃え盛っていく。巨竜はその感情に一切の躊躇もなく身を任せた。……否、任せようとした。


「侮るなよ、古龍如きが――――」


 ――――その者の雰囲気が、ガラリと変わる。


 巨竜は、自身の身体が幾本もの氷柱に貫かれたかのような錯覚を覚えた。すさまじいほどに強烈で、恐ろしいほどに静謐な殺気。そして、自身よりも強大な・・・・・・・・圧倒的な存在感・・・・・・・。そのすべてが、彼の者こそ強者であると結論付けていた。


 巨竜は、生まれて初めて恐れを抱いた。有り得ない、そんなはずはない。自身よりも強いものなどこの世界に存在しないはずだ。そうと知ったからこそ、この世界に・・・・・来たのだから・・・・・・


 しかし、その濃密な威圧感は本物だった。偽物だとは決して思えない。巨竜は、これほどまでの存在に、なぜ自分は気が付かなかったと自己にたいして疑問を抱いた。


 そして、巨竜は見た。彼のフードからチラリと見えた、彼の者の瞳の深奥を……。


「――――余に敵うはずもないと知れ」


 ……そこに在ったのは、ただ残酷に、こちらをまるで路傍の石と同じように見ている、悍ましい感情の発露であった。


『おっ……己ェェェエエエエエエエエエエ!!!』


 まるで自分自身の感覚から目を背けるように、巨竜は突進を開始した。その鋭利な爪で、その雄大な牙で、圧倒的な図体で、全てを破壊せしめんと、全身を開始した。


 しかし、彼の者は、冷静に……


「ほう、抗うか。できるものならやって見せよ」


 両手を広げ、そう呟いた。


………………………………………………………


 かくして、終わりゆく世界、その最果てで、彼の者は巨竜の首を捻じ切った。


圧倒的だった。彼の者は一つも傷を受けなかった。たったの一度も攻撃を受けず、巨竜のすべてに対して、無傷で圧勝した。


 こうして世界は救われた。どうしようもなく終わりを迎え始めていた世界は、こうして救われたのだった。


 最強の巨竜、最高位の古龍主。圧倒的だった化け物は、それよりも圧巻の化け物に潰され、弱きものとして淘汰された。世界の摂理は、余りにも残酷だった。


 そして、彼の者は英雄の一人として讃えられ、人々から多大な賞讃と畏敬の念のこもった視線を頂戴した。彼の者は救世主として、終焉を制覇した最強の存在として、敬意と畏怖と賞讃とその他様々な感情を以て、誰もがその者を讃えた。




 ――――すなわち、彼の者こそ制覇者、最強の『覇王』に違いない、と。




……さて、その様を、その世界の・・・・・どこでもない・・・・・・場所で、しかしその世界に・・・・・居続ける・・・・、一人の少女が見ていた。


 幾度となく「有り得ない」と呟いて、乾いた笑い声を『覇王』の移ったディスプレイが広がる部屋に響かせながら、頬を引き攣らせながら。


 やがて、落ち着いた調子に戻って、少女は決意した。


「この『覇王』こそ、救済の鍵にすべき、ですね」



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