最弱職がリーダーのパーティー編成は間違ってる
第14話『職業認定式と歓迎会』
「それではこれより、本日からモア村の新村民となるカミヤ・エイト殿の職業認定式と歓迎会を行う!!……カミヤ殿、前へ」
──広間に響いた、力強く、張りのある声の主は、本日エイトとフレイアが訪れた小村『モア村』を収める村の長、白髭の老人トール・ルートスだった。
そして、その、老人とは思えない力強い声に、エイトは当然のことながら、周囲の人間たちの誰もが顔に緊張の色を見せていた。
やがて、集められた村人たちに囲まれる中、少しぎこちない足取りでエイトが前に出てくると、トールは右手を前に出してひとこと囁いた。
「…推薦書を」
トールの言葉に小さく頷いたエイトは、ズボンのポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出すと、それを向けられていたトールの右手にそっと置いた。
トールは渡された手紙を広げると、その記載内容に目を通していく。
「…では、王都からの推薦書を読み上げる。……職業推薦、カミヤ・エイト。上記の者は、本日行われた役職適性検査の検査結果において、役職『市民』に就任した。役職決定の後、職業決定にあたって、本人と役員との慎重な決議の結果、上記の者に、生産職『農業』を推薦する。推薦者【王都アトラス中央国民役場】。……以上じゃ」
トールは推薦書を読み終えると、長い白髭の生えた顔を上げ、目の前に立つ少年──エイトに目を向けた。
その瞳の奥に宿る、何かを試すような光に、エイトは内心ハラハラしながらも、固く拳を握り、力強い視線を送り返した。
数秒の沈黙が続き、やがて決心したようにトールが「…うむ」と頷くと、その瞳からは、いつの間にか先程までの鋭い眼光は消え失せていた。
そしてこちらも同じく、口を覆って垂れ下がる白長髭の間から、先程までとは打って変わって柔らかな老父の声が流れた。
「職業推薦書、たしかに受け取った。…その揺るぎない瞳に宿る熱意を信じ、モア村三代目村長トール・ルートスの名において、貴殿──カミヤ・エイト殿の新職『農業』を認定する。…ようこそ、モア村へ。今日から君もこの村の一員じゃよ。何せこんなに小さな村じゃ、わしらは互いに支え合い、助け合うことを指針としておる故、言ってしまえば皆家族のようなものじゃ。何か分からぬことがあったら、いつでもわしらを頼るんじゃぞ」
瞬間、張り詰められていた空気がドッと軽くなり、周囲からは歓声と拍手が沸き起こった。
「ヒュ〜!!よろしくなっ、兄ちゃん」
最初に口笛を鳴らしながらエイトに近づいてきたのは、色素の薄い黒髪を刈り上げた、顎髭の目立つ大男だった。パッと見年齢はマーズさんと同じぐらいで、40歳前後だろう。
男はエイトの前に立つと、腰に手を当てて、顔だけはしっかりとエイトに向けながら、少し状態を反らして言った。
「俺はマルコス・レガラド。この村では彫刻家と樵をやってる。何か木材が必要になったらいつでも声をかけてくれ。仕事で余った木片がたっぷりあるからよ」
なぜか少し自慢げに胸を張ったマルコスに、エイトは「よろしくお願いします」と言って会釈すると、次いでかけられた声につられ、そのまま後ろを振り返った。
そこにいたのは、丸い眼鏡をかけた細身の男性と、腕に赤子を抱えた長い髪の女性だった。察するに、新米夫婦といったところだろう。
二人は微笑むと、まず最初に男性の方が口を開いた。
「やぁ、僕はリックス・アーロン。そして妻のトリネ・アーロンと、娘のクレア・アーロンだ」
紹介に合わせてトリネと呼ばれた女性が会釈したので、エイトもあわてて頭を下げて言った。
「よろしくお願いします!」
その時、トリネが不思議そうに「あら?」と呟いたので、何事かと思いエイトは頭を上げた。
すると──。
「…ふふっ。エイトくんの声で起きたみたい」
その、トリネの優しい声に反応するように、先程まで彼女の腕の中で眠っていた赤子──クレアが、小さな指を動かしていた。
「さわってみる?」
トリネの言葉にエイトは黙って頷くと、恐る恐る人差し指をクレアの顔に近づけ、その桃のように膨らんだほっぺたに優しく押し当てた。
ぷにっという柔らかな感触とともにエイトの全身を駆け巡ったのは、得体の知れぬ快感だった。
「…お…お……おお…」
底知れぬ快感に心踊らせながら、柔らかな頬をつついていく。
結局それを何度か繰り返して、ふれあいタイムは終了となり、いつの間にかクレアも再び眠りについてしまっていた。
「…眠っちゃいましたね」
「あらほんと。ほっぺさわられるのが気持ち良かったのかしら?グッスリ眠ってるわ」
そうしてしばらくクレアの寝顔を眺めていると、突然広間の扉が開く音が聞こえて、その場の全員が広間の入口に目を向けた。
そして、軋む音を響かせながら開いた扉から入ってきた人物は、かなり長身の女性…と、背後にもう一人、黒いトンガリ帽子を被った赤髪の少女が隠れるように立っていた。
前に立つ長身の女性は、薄い翠色の長髪を三つ編みで束ねて肩から下ろしており、着ている服は周りの住民たちとは異なり、白いドレスのようなものを纏っている。また、スラリと細く長い足に、美しいボディラインと豊富な胸がいっそう強調されている。
女性はその端正な顔に微かな笑を浮かべると、落ち着いた声で謝罪した。
「遅くなってすまない」
そう言って軽く頭を下げた女性の元に杖をつきながらゆっくりと歩いていくのは、この村の村長である老人、トール・ルートスだ。
トールは女性の前に立つと、「いえいえ」と首を横に振り、言葉を続けた。
「今我々がこうして壮健に生活していられるのも、すべてあなたのおかげだ。本当に、なんとお礼を申していいのやら…」
「…いや、感謝するのは私の方さ。あの時、お前たちが私をこの村まで運んでいなければ、私はあのまま息絶えていただろう。…いつも言っているが、これは私なりの義理の立て方だ。礼なら既に二年前、足りすぎるほどに受け取っているよ」
「我々はただ、川辺で倒れているあなたを村に運び出したまでです。それなのに、まさかここまでしていただけるなんて。村人一同、本当に心から感謝しております。白魔道士フリーダ殿」
──白魔道士フリーダ。そう、エイトはその名を知っている。
それは、まだ村人たちが仕事から帰ってくる前、明日からエイトの職場となるモア農園で、エイトにとっては先輩にあたるマーク・ルートスが話していた魔道士のことだ。
ふと周りを見回すと、この広間に集まる村人の誰もが、彼女に対して感謝や尊敬といった敬愛の眼差しを向けていた。
「……ところで、そちらのお嬢さんは?」
突然、投げかけられるように放たれたその質問は、俺の目の前に立っていた黒髪の大男、マルコスのものだった。
そしてその言葉が誘因となり、それまで存在に触れられていなかった赤髪の少女に、村人たちの視線が一斉に集まる。村長のトールも同じく、フリーダの背後に立つもう一人の人物に目を向けていた。
すると、少女が口を開くよりも先に、入口付近のテーブルで酒を飲んでいたマークの父マーズが、酔っ払いらしく顔を真っ赤にしながら大声で言った。
「そのねーちゃんは魔道士だぜっ!!これまじだからなぁ!?うそだとおもうならねーちゃんのセレカを見てみろぃ!!」
その声にドッとどよめく村人たち。彼らの反応は、最初に赤髪の少女──魔道士フレイアを見たときのマークとマーズの反応とほとんど同じものだった。当然エイトの背後に立つアーロン夫婦も、目を丸くして驚いている。
「あ、あの…」
突然、フレイアが何かを言おうとして口を開いたが、それに被さるようにして発せられたマークの声が、その弱々しい声をかき消してしまった。
「父さんの言う通り、その人…フレイアさんは、本当に魔道士なんだよ!僕もさっきセレカを見せてもらったんだ」
再びどよめき、騒ぎ出す村人たち。どうやら、エイトの歓迎会となるはずのパーティーが、いつの間にか魔道士フレイア歓迎会と成り果ててしまったようだ。この瞬間、市民に比べれば希少な存在である上位役職の魔道士は、それほどまでに影響力のあるものなのかということを、エイトは痛感していた。
しかし次の瞬間、村長トールの「静粛に!」という声が、まるで空気を裂いたように響き渡り、騒がしい村民たちを一瞬で沈静化した。
訪れた沈黙の中、トールはフレイアを見ると、声を和らげて言った。
「フレイアさん…でよろしいかな?赤髪のお嬢さん」
その優しげな声で落ち着いたのか、フレイアは強張った表情を緩めると、何かを決心したように力強く前へ踏み出した。
「はい、私の名はフレイアです。今日は、そこにいるエイトの付き添いとしてこの村へやって来ましたが、元王国魔道士フリーダ様に白魔法の指導を受けるべく、しばらくこの村に滞在させていただきたいと思っています。どうかお願いします!」
そう言って、ペコリと頭を下げたフレイア。それを横から見ていたフリーダの口角は僅かに上がっていたが、すぐに表情を切り替えると、フレイアと同じく頭を下げた。
「村長殿、私からもお願いする。この娘は底知れぬ才能を秘めている。1ヶ月…いや、2週間もあれば、派生魔法までとはいかずとも、白魔法の基本形である治癒魔法は完璧に習得するはずだ。…いや、私が必ずそうさせる」
二人の魔道士から頭を下げられた村長トールは、目を丸くしてオドオドしていたが、やがて一度瞬きをすると、整えられた白長髭をさすりながら話し始めた。
「まさか、最上位職である魔道士の方々に、こうして揃って頭を下げられる日が来るとは夢にも思いませんでしたよ。…もちろん、我々に協力できることなら全力でお手伝いさせていただきたいと思っております。……ただし、ひとつだけ条件がございます」
いったん言葉を切り、二人の魔道士が顔を上げるのを待ってから、トールは再び話し始めた。
「その条件とは、エイトくんやマークたちの農園の手伝いをしてもらうことです」
言い終え、ニッコリと微笑んだトールは、その視線をフレイアの赤い瞳へと向けた。
そして、静かに問いかける。
「…引き受けてくれますかな?」
静寂に包まれた空間で、エイトの目は自然とフレイアの顔をとらえた。そして、その炎のように赤い瞳の奥に、わずかな熱を帯びた小さな光が宿っていることに気づいたのと、少女が言葉を発したのは、ほぼ同時だった。
「はい!よろしくお願いしますっ!」
こんにちは。作者のなちょすです。
次回から『フレイア弟子入り編』開始です。是非お楽しみください!
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