最弱職がリーダーのパーティー編成は間違ってる

なちょす

第13話『魔道士の話』


村から徒歩3分、目的地であるモア農園に到着すると、マークが突然声をあげた。

「おーい、父さーん!連れてきたよー!」

「父さん?」

俺がそう言って首を傾げると、マークは頷き、畑の方に指をさした。

「ほら、あそこで野菜を収穫しているのが、僕の父マーズ・ルートスだよ」

マークの説明を受け、彼の指さす方へ目を向けると、そこにはたしかに動く人影があった。

しかし、どうやら作業中らしく、俺たちには気づいていないようだ。

「…はは。聞こえてないみたいだ。それじゃあ向こうまで行こうか」

苦笑を浮かべて言ったマークに、俺は頷いてから答えた。

「OK」

すると、マークは突然足を止め、後ろを振り返った。

「え?おーけー?…なんだいそれは?」

不思議そうに首を傾げるマークに、俺はあわてて答えた。

「いやすまん、なんでもない」

「…?よく分からないけど、行くよ?」

「ああ、頼む」

そして、前を歩くマークの背中を見ながら。

英語が通じないことが、こんなにも不便になるとは思ってなかったなぁ…。

なんて、今までなら考えもしなかったようなことを、真剣に考えていた。


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「はははは。いや〜、すまなかった!すっかり作業に没頭しちまってて…」

軍手を外して頭をかきながら、申し訳なさそうに笑う大柄の男。

その姿を見て眉間を抑えたマークは、呆れたようにため息をつくと、俺たちの方へ向き直ってから言った。

「それじゃあ改めて紹介するね。…この酒臭い大男が、僕の父マーズ・ルートスだよ。役職は『市民』で、ちょうど僕が生まれたときに、王都からこの村へ引っ越してきたんだ」

そして、マークの言葉を引き継ぐように、今度はマーズさんが話し始めた。

「おうよ!んで、最初は親父と二人だったんだが、親父が引退してからこの農園を引き継いで、はや6年てとこか?まぁ、途中からこいつも参戦したがなっ!」

そう言って、マークの髪をくしゃくしゃにするマーズさん。その行動に、マークは目を丸くして驚き、「いきなりなにすんだよ酔っ払い!」と怒鳴った。

たしかにこうして見ると、彼らが親子であることを再認識させられる。マークとマーズさんは、髪の色から顔の形、目の色までそっくりなのだ。マークがもう少し太って、筋肉をつけ、身長をあと3、4cm伸ばせば、どっちがどっちか見分けがつかなくなるだろう。

そして、そんな仲のいい親子同士のスキンシップを眺めていて、ふと気づいた。まだ俺が自己紹介をしていないということに。

俺はあわてて口を開くと、脳内で紹介文を整理してから、それを読み上げるように声を発した。

「えっと、遅れましたが、俺はカミヤ・エイトといいます。役職は『市民』で、今日からこの村でお世話になります。よろしくお願いします!」

すると、それにつられたように、隣にいたフレイアも自己紹介を始めた。

「あっ。えっと、私は彼の付き添いのフレイアという者です。まだまだ未熟ですが、『魔道士』を務めてます」

「なるほどなるほど。市民と魔道士ね。……って、魔道士!?まじかよ、姉ちゃん魔道士なのか!?」

まるで、何か珍しいものでも見たかのように目を丸くするマーズさん。

マークといいマーズさんといい、なぜこうも魔道士という単語に驚くのだろうか。…この世界では、魔法使いはそんなに珍しいものなのか?

俺が考えている間、フレイアは自身のセレカを取り出して、それをマーズさんたちに見せていた。

「おぉ、こりゃあたまげた。本物の魔道士さんだ。…しっかし、フリーダ様以外の魔道士と話したのはこれが初めてだ。なにせ魔道士なんて、そんじょそこらで会えるようなヤツらじゃないからなぁ」

「ああ。その通りだよ。後でフリーダ様にも知らせよう」

彼らの話から、『魔道士』の役職を持つ者はかなり珍しい存在であることを理解した俺は、話の中で一つ気になった点があったので、マークに聞いてみた。

「なぁ、そのフリーダ様っていったい誰なんだ?たしかさっきも言ってたよな」

俺は、最初にマークと会ったとき、フレイアが挨拶を終えた後に彼が発した言葉を思い出しながら言った。

するとマークは、どこか自慢げな顔で答えた。

「フリーダ様は、二年前からこのモア村に暮らしている魔道士様だよ。とても綺麗な人で、この村では医師を務めてくれているんだ」

マークの言葉にピクリと肩を震わせたフレイアはどこか険しい表情を見せたが、それも一瞬の出来事で、すぐに表情を緩めると、ゆっくりと口を開いた。

「医師という高位の職業を持てる役職は、なにも最上位職である魔道士に限った話ではありませんが、そのフリーダという人が魔道士ならば、普通は王都に職場を置いているはずです。なぜ魔道士であるフリーダ様は、王都や帝国といった大規模な場所ではなく、この村で医師を務めているのですか?」

フレイアの質問の意味はつまりこういうことだろう。

本来、『医師』という職に就ける役職は決まっていない。つまり、俺やマーク、マーズさんのような『市民』の役職を持つ人間にも──その職に就くための過程は一旦置いておくとして──務めることが可能な職業なのだ。

しかし、先程のマークの話にもあった通り、この村に住んでいるフリーダという魔道士は『医師』であり、マークはもちろんマーズさんにも様付けで呼ばれている。これはそもそも、『医師』という職業柄ゆえのものなのか、『魔道士』という希少な役職を持つ者だからなのかは分からないが、少なくとも、そのフリーダという魔道士の存在は、彼ら村民にとって尊いものであることが推測できる。

つまりフレイアは、そんな高貴な存在である最上位職の魔道士が、この世界では最下位、最弱の役職を務める市民たちの集落に紛れ込んでいることに違和感を感じたのだろう。…まさか、そのフリーダという魔道士は…。

すると、俺と同じことを考えたのだろう。何かに気づいたように目を細めたフレイアが、視線を低く落として呟いた。

「まさか…王都から派遣された監視役人…?」

しかし、そんなフレイアの言葉に、何度か瞬きを繰り返したマークとマーズさんは互いに顔を見合わせると、クスクスと笑い始めた。

やがて笑いが収まると、今度はマーズさんが答えた。

「いやぁ姉ちゃん、面白いこと言うなぁ。だが、残念ながらその推測は的外れだぜ。…そもそも、王都がわざわざこんなちっちぇ村に役人なんざ送るわけねぇさ。役人どころか、果物だのなんだの乗せて走り回ってる商売荷車すら来やしねぇんだからな。村に来るのは、せいぜい道に迷った旅人ぐらいなもんだ。まぁでも、月に1回鳩は飛んでくるけどな」

ガッハッハッと最後にもう一度笑ってから、マーズさんは隣に立っているマークを見た。

そして、それを合図にしたかのように、マーズさんに次いでマークが話し始めた。

「父さんの言う通りさ。王都からこのモア村にやってくるのは、月に一度都が発行する情報紙を乗せて飛んでくる伝書鳩ぐらいで、とてもじゃないけど役人なんて来たことないよ」

そう言って苦笑を浮かべたマークは、そこで一度言葉を切ると、真剣な表情で再び話し始めた。

「えっと…フリーダ様のことだったね。うーん、何から話せばいいだろう。……そうだっ!それじゃあ、多分一番ビックリすることから話すけど、フリーダ様はこの村に来る前は、北西の氷河大陸にある氷結都市『ピアレシア』の王国魔道士だったんだよ!」

と、少し興奮気味に言ったマークの輝かしい瞳は、俺とフレイアの両方をしっかりとらえていた。しかし、つい5時間ほど前に異世界転生を果たしたばかりの俺は、この世界のことについてはまだまだ知識が浅すぎる。

そんな俺には、マークの言葉の意味を100%理解することはできなかったものの、俺の隣で同じくマークの話を聞いていたフレイアの表情がみるみる変化していくのを見て、直感的にマークの言葉の重みというか、そこに込められた凄みのようなものを悟った。

そして俺は、次の瞬間放たれた叫びにも似た声が、最初、フレイアから発せられたものだということに気づかなかった。

「その人に会わせてっ!!」

──なぜならそれは、今まで彼女が発していた高圧的な鋭い声とは全く異なる、まるで、好奇心旺盛な一人の少女が自ら未知のものを知るため、目の前の教師に訊ねるような、元気のいい、それでいてどこかほんのりとした明るさを帯びた声色だったからだ。

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