最弱職がリーダーのパーティー編成は間違ってる
第10話『初デート(?)』
「ちょっと待ってエイト!あなた本当にいいの!?」
「そ、そうですよカミヤ様!『狩人』は最上位職までとは言わずとも、一応戦闘職ですし、カミヤ様の検査結果なら十分にこなせる役職なはずです!」
「いやー、俺も一瞬思ったんだよ。防具つけて、武器担いで、フィールドにはびこるモンスター狩りに行くのも悪くないかもしれないってさ。…でも、やっぱり命は大事だろ?だから、何となく仕事して、平穏に暮らしていける『市民』の方が、俺には魅力的に思えるんだよ。…まぁ、俺の元いた国では、それが当たり前だったんだけどな」
「……だけど…」
どこか悲しそうな表情のフレイアは、俺の言葉に反論を試みようとしたが、少し口ごもってから、静かに黙り込んだ。
「一度決定した役職は、二度と改変できません。……本当に宜しいのですね?」
真剣な眼差しと力強い声で聞いてくるミサさん。俺はその力強さに負けじと、少し腹に力を込めて言った。
「はい。俺は最下位職『市民』を、自身の役職にします」
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「なぁ、フレイア。…なんでさっきからそんなに怒ってるんだ?」
「…別に怒ってないわ」
「いや怒ってるだろ」
「怒ってない!」
「あ、はい」
…絶対怒ってるな。
──俺たちは現在、役場を出て少し歩いたところにある、小さな服屋に来ていた。目的は無論、俺の服を買うためだ。
…そもそも、なぜ下校中の俺がジャージ姿だったのかというと、6限が体育で、ただ単に着替えるのが面倒くさかったという至ってシンプルな理由だ。
「…ねぇ、この服とかどうかしら?」
「ん?どれだ?」
店内の服を観覧していると、突然フレイアから声をかけられた。
彼女が持っていたのは、灰色の長袖シャツと、黒っぽい長ズボンだった。
「おお、いいんじゃないか?この街の人たちもみんなそんな服装だしな。めっちゃシンプルでいいと思うぞ」
「しんぷるが何か分からないけど、エイトがいいって思うならこれにしましょう。…それとも、他に気になるものとかあった?」
「いや、とくにないな。どれも似たような柄無しのものしか置いてないし、全部同じようなものだろ…あ」
「ちょっと!声が大きい…!」
フレイアに指摘され、慌てて口を抑える。
カウンターの方を見ると、案の定店主が目を吊り上げて俺を睨んでいた。
「すみません、本当にすみません」
「…私に謝ってどうするのよ?」
──と、そんな調子でなんとか服のサイズ調整を終え、購入を済ませた後、買ったばかりの服を試着したまま服屋を出た。
「いや〜、おごってもらっちゃって悪いな、フレイア」
「別にいいけど…あなた、私がいなかったらどうするつもりだったの?」
「んー、多分あのジャージ姿のままだったんじゃないか?」
とくに深く考えずにそう言うと、フレイアが大きくため息をついたので、やっぱり訂正することにした。
「冗談だよ。さすがに浮きすぎて恥ずかしいから、役場で何か着れるものを借りたんじゃないか?」
「…私がいなかったときはどうなっていたのかと考えると、恐ろしくて鳥肌が立ったけど、それを聞いて少し安心したわ」
「悪かったな鳥肌立たせちまって」
そんなふうに会話を弾ませながら街中を歩いていると、俺はふと気づいた。…いや、むしろなぜ今まで気づかなかったのだろうか。
──俺は今、女子と二人で街を歩いている。
しかも、一緒に買い物までしてしまった。…これはもう確定じゃないか。
「なぁフレイア、今の俺らってさ、周りから見たら、デートしてるカップルみたいなふうに見えてると思うんだけど、お前いいのか?」
日本で生きていた頃は、恋愛経験など毛頭なかった俺だが、一応異性への最低限の配慮ぐらいはできる。…俺は意外と紳士なのかもしれない。
「え?…よく分からないけど、ちゃんと服も変えたし、周りの人からはただの一般人に見えているんじゃないかしら?」
「いやいや、俺じゃなくて俺らね、俺ら!…ほら、若い男女がこんな昼間から仲良く買い物とかしてて、その…俺らが付き合ってるとか思われたりしてるんじゃないか?…だから、勘違いとかされてるかもしれないのに、お前はいいのか?ってこと」
最後の方は恥ずかしくて声が小さくなってしまったが、頑張ってストレートに伝えた。…緊張しすぎて心臓吐き出すかと思ったわ。
というか、恋愛経験0の俺にとっては、この行動は自殺行為に等しかった。
フレイアはやっと俺の言葉を理解したのか、急に顔を赤らめて睨んできた。
「な、何変なこと言ってるのよバカ!!わわ、私たちがそんなふうに見られてるわけないでしょ!?第一、あなたと私は他人同士なわけだし、どうして急にそうなるのよ!?」
後半の、『他人同士』という言葉が心に刺さって地味に痛かったが、本人はあまり気にならないようなので、とりあえず良しとしよう。
「OKOK。んじゃ、気を取り直して行こうぜ」
「ええ。あなたの『職場』にね」
「なんで職場を強調したんだよ。…間違ってはないけど」
なぜか職場という言葉を強調したフレイアに困惑し、いまいち気が引き締まらなかったので、今度はビシッと気合を入れるために、ズボンのポケットから一枚のカードを取り出した。
フレイアもそれに気づいて、顔を覗かせてきた。
「…どうしたの?急にセレカなんか取り出して」
「ん?これ見て気引き締めてるんだよ」
──これは、役場を出るときに渡されたもので、『セレカ』と呼ばれている、この世界での身分証明書のようなものだ。
セレカに記載されているのは、持ち主の氏名、性別、役職、職業、出生地、登録日、指紋で、最後の指紋に関しては、カードに親指をかざすと、目に見えない特殊な魔導式が展開され、自動的に遺伝子情報を読み取る仕組み…らしい。そして、それが個人を証明する特定機能になるのだとか。…とにかく、魔法という概念が存在しなかった世界で17年間生きてきた俺には、この世界で当たり前のように生活に浸透している魔法の万能性に、驚かされることばかりだった。
そして、俺たちがこれから向かう先は、王都アトラスの南西に位置する小さな村、『モア村』だ。前述の通りその村は、俺の新しい職場ということになっている。
「んっ……!」
俺は、空に向かって大きく背伸びをすると、握っていたセレカにもう一度目を移した。
氏名: カミヤ・エイト
性別: 男
役職: 市民     
職業:
出生地:王都アトラス
登録日: 聖元13年10月2日
指紋認証:                        ◤             ◥
                         
                                        ◣             ◢
もちろん、記載されている内容は全てレカ文字なので、最初は全く読めなかったが、フレイアにひとつずつ教えてもらい、なんとか文字と意味を暗記した。…名前ぐらいは書けるようにしておかないといけないからな。
──まぁそんなわけで、再度気を引き締めるため念入りにセレカを見つめた後、ひとつ気になることがあったので、フレイアに声をかけた。
「なぁ、お腹空かね?俺昼飯以来何も食ってないんだよね」
「……まだお昼前なのに、何を言っているのあなたは。きっとここに来るまでに、かなり体力を消費したからね。…いいわ、屋台の蒸かし芋程度なら奢ってあげても──」
フレイアが言いかけた、そのときだった。
グウゥゥ…。
「へ?」
俺は、突然鳴った変な音に一瞬戸惑いながらも、目の前で顔を赤くしてお腹を抑え出したフレイアを見て、全てを察した。
なるほど、そういうことか。
「…残念ですが、蒸かし芋程度じゃ『俺たち』の空腹は収まりませんよフレイアさん。どうです?ここは焼肉でも行ってパァっとやりましょうや」
俺はドヤ顔でそう言うと、試すようにフレイアの顔をのぞき込んだ。
すると、フレイアは顔を真っ赤に染めながら。
「こ、この貸しは高くつくからね!!今度絶対、高級テトリアルワイン5本奢りなさいよ!?絶対、絶対だからね!?」
そう、心底悔しそうな表情で言った。
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