最弱職がリーダーのパーティー編成は間違ってる
第7話『住人登録』
「「えぇ!?」」
同時にあがった二人の女性の高い声が、役場内に響き渡った。
「ど、どうして読めないのよ!?レカ文字は全王国統一の聖文字なのに…」
「そ、そうですよ!いくら記憶喪失といえど、会話はできているじゃないですか!?それなのに文字が読めないというのはいったい…」
…そんなこと言われても、読めないものは仕方がないだろう。
女性二人に立て続けに質問攻めされた俺は、どうすることも出来ずにただ立ち尽くしていた。
やがてフレイアが呆れたようにため息をつくと、カウンターの上に置いてあった筆を取り、謎の文字が羅列した紙を自分の前に寄せた。そして、目を細めながら俺を見る。
「しょうがないから、私が書いてあげる」
そう言って、何も言えないまま固まっている俺の左肩を、筆の持ち手の方の先っちょで突いてくるフレイア。
そんな彼女の表情を伺うと、その目は未だに細いままだったが、渋々といった様子はなく、口元は微かに緩んでいた。
フレイアのその寛大な優しさに、俺は心を打たれながらも、深々と頭を下げた。
「よろしくお願い致します。それと、できれば文字の読み書きも教えていただけると光栄です、フレイア様」
「ちょ、ちょっとやめてよ様付けなんて。……そんなことしなくても、ちゃんと教えてあげるから」
そう言って、どこか照れたように顔を赤くするフレイア。やっぱ改めて見るとめっちゃ可愛いなこの子。
…と、そんな俺たちのやり取りを横で見ていた金髪の女性役員が、クイッとメガネを鳴らす音が聞こえ、俺たちは同時に彼女を見る。
「コホンッ!!……えー、それでは手続きの再開をお願いできますか?」
なぜか盛大に咳払いをした後、急に目つきが鋭くなった女性に冷やりとしながらも、俺はフレイアに署名の代理人を務めてもらうことにした。
「…えっと、それじゃああなたの名前を教えてもらえる?」
「神谷栄人って言います。日本で学生やってました。神谷が性で、栄人が名前です」
「え?どうして急に敬語になったの?」
「いや、だって他人に署名の代理やってもらうわけだし…」
「?…まぁいいや、『カミヤ・エイト』で合ってる?」
「はい」
「敬語は使わなくていいの」
「…おう」
手馴れた手つきで筆を滑らせていくフレイア。俺はその姿を眺めながら、どこかショックを感じていた。
…会ってからずっと名前で呼ばれないと思ったら、そもそも覚えられてなかったのか。
俺がフレイアと森で最初に出会ったとき、ミニベロスに食い殺される恐怖で気が動転していた俺は、なんの弾みか勝手に自己紹介を始めた。…そんとき名乗ったんだけどなぁ…。
「ねぇ」
ふと、フレイアに声をかけられ顔を上げる。
「ん?どうした?」
俺が聞き返すと、フレイアは口元を抑えながらクスクスと小さく笑い出した。
…なんなんだ。
「ふふっ。ごめんなさい、なんだか可笑しくて」
「え?何?俺の顔になんかついてる!?」
俺が慌てて自分の顔を触り始めると、フレイアは「違う違う」と笑いながら否定した。
え?なに?
「…あなたって、会話はできるのに文字が書けなかったり、記憶がないのに自分の名前は知ってたりするじゃない?それに、意味分からない言葉たくさん使うし。それがなんだかめちゃくちゃで可笑しくて…ふふふ」
「は、はぁ…」
まぁでもたしかに、よく考えればおかしな話だが、そこまで笑うことはないだろ。
俺がどこか遠くを眺めていると、やがて笑いが収まったらしいフレイアが「とにかく!」と言って、俺の視線を戻した。
「これでやっとあなたの名前が分かったわ」
……!『やっと』ということは、前々から知りたがってはいたのか。なんだよそれ。
「言ってくれれば、名前ぐらいいつでも教えたのに」
俺がそう言うと、フレイアは少し顔を赤らめて睨んできた。
「あなた、女の子に名前を尋ねさせるの?普通は自分から名乗り出るものでしょ?」
「いや、だから俺最初に名乗り出たんだけど…」
「あのっ!!」
ヒートアップしていた俺たちの会話は、突如割り込んできた声によって止められる。
見ると、役員の女性が小刻みに肩を震わせながら、つり上がった目で俺たちを見ていた。
「……まずは、こちらの用紙への署名をお願いします!」
その、半分苛立ちの混じった声に圧倒された俺は、フレイアに記入の再開を促す。
「お、おいフレイア、とりあえずその署名終わらせようぜ」
「そ、そうね」
「早急にお願いします!!」
───こうして俺は、フレイアに代理人を務めてもらう形となったが、無事に住人登録を済ませた。
署名の項目にあった『出生地』に関しては、もちろん日本と答えたが、いくら調べてもこの世界にそんな名前の国は存在しなかった。結果、最初に俺が発見された『リュフーレ大森林』がアトラス領であることから、俺の出生地は『王都アトラス』ということになった。
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