最弱職がリーダーのパーティー編成は間違ってる

なちょす

第1話『迫り来る番犬』


────ん。

ゆっくりと瞼を開けると、そこには広大な自然が広がっていた。

「…あれ?」

突如覚醒した意識と共に、そんな間の抜けた声が漏れる。

「おっかしいな…たしか俺は、トラックに跳ねられて…」

そこまで言いかけて思いだす。

もはや魂だけとなってしまった軟弱なカラダを掴まれ、異常な速度で己の魂を引っ張りあげる、あの『手』の存在を。

「やっぱり俺、一度死んだんだよな…?」

現在置かれているこの状況は未知だが、少なくとも俺は、一度死んでいる。それは忘れるはずもない出来事だ。

「さて、んじゃあこの状況だけど…」

サクッと辺りを見回す。周辺は太い木々で囲まれており、ここがどこかしらの森の中であることが予想できた。

問題はその場所だ。

ここが森の中であることは予想出来たが、いったいそれがどこの森なのか。少なくとも、自宅の近くに森がないことは分かっているので、ここは自宅周辺の地域から離れた場所であることが分かった。

俺は何となく手足を動かしてみる。
…ふむふむ、実体はあるらしいな。
肉体の調子を確認し、とりあえず魂だけの霊体でないことを確認した俺は、膝に手をついてゆっくりと体を起こした。

「…とりあえず、森を抜けるか」

まぁなんにせよ、まずは焦らず対処していこう。もし本当に輪廻転生を果たしたというのなら、俺はこのチャンスを無駄にはしたくない。

いつこの記憶や肉体が消滅してしまうか分からないし、前世の記憶を継いでいる今なら、できることがあるはずだ。

まずはこの森を抜けて、場所を把握する。

「まさか…ここが地獄だったりしてな」

ふと、冗談めかしてつぶやいてみた。
そういえば、俺の魂を掴んできたあの黒い手は、地獄行きの魔列車だったんじゃないのか?

そう考えると、ここが既に地獄の可能性も見えてきた。…ただ、この深い緑に囲まれた世界は、俺が想像していた地獄とは似ても似つかない雰囲気をかもし出している。

そんなこんなで、脳内で現状のことについて思考をめぐらせながら、森の中を着々と進んでいくこと約10分。

微かにだが、獣の唸り声のようなものが聞こえた気がした。

「…おいおい、まじでケルベロスとかやめてくれよ、頼むから」

前へと踏み出す足が恐縮し、少しずつ歩幅が縮まっていく。
転生して早々、地獄の番犬に食い殺されるのは勘弁して欲しい。

…そう思ったときだった。

「グルルルルゥ…」

「うわっ!?」

確実に鼓膜を揺すった獣の声に、今度は心臓と共に声を跳ね上げる。

何かが近くにいる…!

俺が自身の身に迫る危険を察知したその瞬間、目の前の草むらから、鮮血のように赤い色をした牙を剥き出しにした犬型の獣が、勢いよく飛び出してきた。

「うわああぁっ!!?」

瞬間、俺は叫び声をあげながら、間一髪で獣の動きを避ける。
そしてそのまま、全身に力を込めて走り出した。

迫り来る木々の間を華麗に走り抜け、狭い道のような場所に出ると、方向など適当に、そのまま道に沿って走り続けた。

数ヶ月ぶりの全力疾走に、呼吸を乱しながらも後方を振り返る。
視界に映ったのは、先程と同様に赤い牙を剥き出しにした獣が、口内から溢れる唾液を撒き散らしながら走っている地獄のような光景だった。…否、ここはやはり地獄なのだろう。

我々人間が想像する地獄とはかなり違った雰囲気の場所ではあるが、あのおぞましい生物を目にしてしまった俺には、ここが地獄であることが充分すぎるほどに納得できた。

少なくとも俺は、あんなグロテスクな見た目をした犬種を、生前の世界で目にしたことはない。俺は追ってくる犬型の獣を、ケルベロスにちなんで『ミニベロス』と呼ぶことにした。

……つーか、そんな冗談かましてる場合じゃねぇ。そろそろ限界だ…っ!

「ハァ、ハァ、ハァ…ッ」

全力疾走とは言っても、週二時間しかない体育の授業以外ではほとんど走っていなかった俺の肉体は、もう既に限界を超えていた。

「やばい…もう、ギブ」

とうとう体力が尽き、両足の力が抜けて勢いよく前方へ倒れ込む。

…終わった。

同時に、死を確信した。

転生を果たしたかと思えば、たった数分で終わりを迎えようとしている命。
なんと呆気ない終わり方だろうか。
…そもそも、この場所が完全に把握できていない以上、何も始まっていなかったのだ。

今の自分はいったい何者で、どんな存在なのか。何もかもわからないまま転生されたこの身、ここが本当に『地獄』ならば、このまま煮るなり焼くなりしてくれ。

そう心で呟き、ゆっくりと瞼を閉じた。

後方から、ただひたすらに血肉を欲する、食欲に飢えた獣が接近してくるのが分かる。

このままこいつに食われれば、今度こそ本当に『死』を迎えるのだろう。
もちろん、可能ならこの足で、どこまでも走り続けていたい。
いつかミニベロスが空腹のあまり倒れ、追っ手が完全にいなくなるまで、どこまでも。

しかし、残念ながら今の俺には、抗う気力も、この場を切り抜けるための余力もない。もう完全にお手上げだ。

「…こんなことなら、来世のことなんか願うんじゃなかったな…」

そう弱々しく呟いて、俺は静かに最期のときを待つ。


ミニベロスの荒ぶる呼吸音が、もうすぐ後ろまで迫っている。
一度死を体験している俺でも、やはり死ぬことは怖い。
二度目の死を前に、俺は恐怖をかき消すように拳に力を込め、覚悟を決──

「テア・メルトッ!」

──めようとした瞬間、突如叫ばれた呪文のような言葉と共に、俺の前方から強烈な熱風が吹いた。

「あっつ!?」

その灼熱の熱風を肌に浴び、反射的に跳ね起きる。

「あなた大丈夫?怪我はない?」

俺の前方、突如強烈な熱風が吹いてきたその方向から、突然誰かに声をかけられ、俺はゆっくりと顔を上げた。


──そこには、ハロウィンの仮装パーティーで使うような、古臭い魔法使いのコスプレをした女の子が立っていた。
歳は、パッと見俺と同年代か、一つ上ぐらいだ。

「おーい、もしもーし、聞こえてますかー?」

その子は俺を見ながら、不思議そうな顔をして手を振っている。何をしているのだろうか。

「何してるんだ?」

「…えっ?何してるんだって、それはこっちのセリフよ」

俺が尋ねると、女の子はさらに不思議そうな顔をしながら問い返してきた。
そうか、初対面の人間と会話をするときはまず自分からって言うしな。
仕方ない、それじゃあまずは俺から挨拶するか。

「俺は神谷栄人。何かの手違いでここに来ちゃったみたいで、森を歩いていたらケルベロ…じゃなくてその幼体みたいなヤツに追いかけ回されてたんだ。いやー、そいつがまた食欲全開でさぁ、ヨダレだらだら零しながら追っかけてくるんだよ、それで……」

言いかけて、思い出す。数秒前の出来事を。

それを思い出した途端、全身を得体の知れない『恐怖』が走り抜けていく感覚を覚え、叫びながら後方を振り返る。

「ミニベロスは?!」

その『恐怖』の原因となったおぞましい存在を思い出し、今この瞬間にも噛み殺されるのではないかと恐怖しながらも、その獣の姿を求め──。

「…え?」

パチパチと音を立てながら、灼熱の炎に身を焼かれる肉塊を見て、それが自らが『恐怖』していた存在だと直感した。そして同時に、溜めに溜めた安堵のため息が、小さく漏れた。

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