豪運と七つ星

ノベルバユーザー257653

2-6 記述『派遣された少女』

衝撃だった。あまりに予想外だった。
親友と思って信頼を寄せていた木戸が能力者で、しかも自分に攻撃を加えてくるとは思いもしなかった。


そもそも木戸はなぜあんな時間に学校へいたのか。先生か警備員の見回りはとっくに終わっているだろうし、彼らもすでに帰った後だろう。その時間に生徒である木戸が校舎にいるということは恐らく能力を使って侵入したということだ。


「まさか俺が来るのをわかって……?」


いやそれはない。木戸は音がしたから来たと言っていた。でも…それが本当かどうかなど柊には知る由もない。


「謎だらけだ…」


木戸が能力を手にすることはあり得よう。だが自分から人を傷つける為に使ったりする男だっただろうか?力を使うことが世界を破滅させるかもしれないと、ドッペルゲンガーの一件でわかっているはずのあいつが?何か深い理由があるのだろうか。それとも…柊は木戸について結局何も知らない、だけなのだろうか。




   *   *   *




翌朝ーーーー。


教室の扉を開けると黒板の前に人だかりができていた。
「何が…」
人混みを掻き分けてその中央、皆の視線を集めるそれを見て絶句する。


(しくじった…!)


床に残る血痕。高いところから落ちた液体が残す独特の散らばりの形を描いて、赤の乾いた液体の軌跡が模様を作っている。疑いようもなく、昨晩柊が黒板に衝突した際の吐血の跡だ。何かの事件として処理されDNA鑑定などされたら非常に面倒だ。そこで柊が取った行動はーーー




濡れた雑巾で、証拠隠滅。




柊が一安心している傍、その一部始終の動作を木戸照也は凍った視線で見つめていた。柊はそれに気がつきながらも、そちらを見ないようにして席についた。


こうして今日もまたいつも通りの日常が始まるーーはずだった。




   *   *   *




柊は珍しく覚醒していた。覚醒ーーと言えどただ寝ていない、というだけなのだが。
普段の柊の朝の様子を考えると珍しい。普段なら学校に着くなり机に伏して睡眠の二文字!のはずが、今日はおちおち寝てもいられなかった。


昨日、色々なことがあったせいで、その分頭を回さなきゃいけない。
能力のこと。木戸のこと。バトルロイヤルのことーー。


朝礼中も完全に自分の思考に耽っていて、周りの声など聞こえていなかった。
だから、最初は呼ばれたことに気づけなかった。


「柊、お前は直立してても寝てるのか。」


やれやれといった様子のゴリラにクラスのみんなが苦笑する。失礼な。起きてるぞ。


「柊、聞いてたか?」
「いいえ。何をですか。」
「この後、ちょっと校長室まで来い。」
「校長室!?はい、わかりました……」


校長室など滅多に呼ばれるものではない。そしてそれは恐らく名誉なことではなくーーとても不名誉なことなのだろう。何か問題を起こしただろうか。まさか、血痕か?いや、すぐに証拠は消したはずだ。では何が引っかかったのだ……?


考える種が増えたことに少々落胆する。冷やかすクラスメイトに苦笑を返し、柊はゴリラの後に続いて校長室へ向かった。歩いている間、ゴリラは終始無言だった。それが柊を不安にさせた。これから何が起こるんだろう。明らかに、非日常へと足を踏み入れたような気がした。




   *   *   *




「君がなぜ呼び出されたかわかるかね。」
校長は黒のソファーで足を組み、そう柊に尋ねた。身に覚えのないーーと言えば嘘になるが返答は一つしかあり得ない。


「いいえ、全く。」


校長は長いため息をついてから言葉を選ぶようにゆっくり話し出す。


「一ヶ月ほど前、車や船や電車が同時に消えたってニュースは知ってるかね。」
知っている。車も船も電車も自分が動かしたものだ。時間停止中に動かしたから当然消えたように他人には映るだろう。そして突如別の場所に現れるーー。怪奇現象以外の何物でもない。


「その消えた乗り物が別の場所で見つかったってことも、知っているかな。」
不味いな。柊は内心冷や汗をかく。話の方向性はもうわかった。しかしそれをどう動かしたものかーー。


「それらの乗り物の運転席から君の指紋が検出されたんだ。わかるよな?」
わかるーーだが、とぼける以外にあるだろうか?
「僕の、ですか?どういうことでしょうか。いまいちよくわからなかったのですが……」
「なら、これを見てくれるかな。」
そう言って校長が見せてきたのはパソコンの画面で、動画再生の準備ができているようだ。
再生の三角ボタンをクリックすると、見覚えのある光景が飛び込んでくる。




映るのは線路。そして運転席に座る、制服姿の高校生。




ーーまごうことなく、柊自身だ。




高校生はあちこちのボタンをカシャカシャと押し、電車が動き出す。




しばらく走っていると、画面が大きく揺れた。揺れただけではない。軽快なリズムのタイヤの音を拾っていたマイクも突然狂ったように激しい音を発した。




衝突だ。前の電車とぶつかったのだ。




高校生は立ち上がるとグルリと周囲を見回した。間違いなく、柊の顔。
そしてもう用はないとばかりに扉を開けて降りていくーー。


「これでも、シラを切るかね。」
もう誤魔化しは効かないぞと言わんばかりに校長が詰め寄る。柊も半分諦めていた。だがーー、常識では説明つかない部分もある。
「確かに、僕に似てます。それは認めます。ですが、これ、ここに時計あるじゃないですか。」
電車の運転席にあるデジタル時計を柊は指差し、続ける。
「この時間、もうすぐ一時間目が始まる時間ですよね。僕はこの時間は学校にいます。電車に乗っているはずがありません。その時間に電車にいたら、朝礼に間に合わないではないですか。その日、僕は遅刻をしましたか?」
柊は校長とゴリラを交互に見て、話を続ける。
「それに、記憶が曖昧ですが、船と車…でしたっけ?も同じ時間に消えたって話だったと思います。それも全部僕って普通におかしいじゃないですか。僕は学校にいるのに、同時に電車、船、車と触れるっておかしくありません?」


筋は通っている。非常に論理的だ。常識の範囲内なら柊の言葉に間違いなど一点たりともなかったろう。だからーー。




「君は何か、普通の人は持っていないような力を、持っていたりはしないかね?」




こうなるのは至極当然な流れだ。面倒くさい面倒くさい面倒くさい面倒くさい面倒くさい面倒くさい面倒くさい……!
「とりあえず、君を警察に引き渡すことになっている。いいね?」
柊は渋々了承した。




   *   *   *




その後柊は方々連れ回され、質問されたり身体検査されたりしたが、証拠不十分としてその日の夜、ようやく解放された。解放された、という表現は正しくない。半解放、とでも言おうか。


半、とつけたのには理由がある。柊に監視役がついた。
柊と常に行動を共にし、不審な点がないかを見張る、特別な訓練を受けた人だという。
最初、その監視役を見たときはもう本当にうんざりした。


毛髪のない、ガチムチのおっさん。


ただでさえ監視されるのはプレッシャーだというのに視覚的にも物理的にも圧迫されるのは御免だった。無理を承知でチェンジを要求し、できるなら同年代の女の子がいいと欲を出した。身に覚えのない罪で監視されるんだから、それくらいの要望は通して貰ってもいいだろうーー!通るはずもない要求を声高らかに主張した。


まさか、本当に通るとは思わなかったのだ。
こうして並んで歩いていると、これまた別の意味でプレッシャーを感じる。
プレッシャーの点で言えば、ハゲのおっさんの方がマシだったかもしれない。


「えっと……名前、なんでしたっけ。」
「あたし?水城姫香。これから色々、よろしくね!」


元気のいい子だ。柊は一日警察に連れ回されて疲れているというのにテンションが違いすぎる。監視役の水城姫香という子は、肩で切りそろえた明るい茶髪に笑顔の似合う、誰もが認める美少女だ。美少女を隣に街を歩くーー。響きはいいが、気分は晴れない。なにせ柊は容疑者。彼女は監視役。それに隣が美少女すぎて自分の醜さに自分でガッカリする始末。周りから見ればひどく不釣り合いなのだろう。喜んでなどいられるはずもない。むしろ疲れる。目の保養にはなるがーー。


「ねえ。これから一緒に住むんだから敬語はやめようよ。普通に喋って、柊くん。」
「あ、あぁ…ごめん。わかったよ。」


そう、これから一緒に住むことになる。美少女と同棲。普段なら泣いて喜ぶところだが、あくまで監視役。四六時中行動を見張られるわけだ。何の罰だろう。行動を監視されるのは耐え難いストレスとなるだろう。先を考えただけで気が滅入ってしまいそうだ。右腕にも黒い腕輪を嵌めるように指示された。彼女の右腕にも同じものがついていて、いつでも柊の居場所がわかるようになっているらしい。逃げた際に見つけられるようにだろう。外そうとしてもなぜか強い力が働いていて外せそうもない。ペアルックと言えば聞こえはいいが、現実はただの手枷に等しい。


「ごめんね。監視されるって結構嫌だと思うんだ。決定的な証拠もないのに罪人みたいにさ。」


そして遂には憐れまれる始末。柊の精神はズタボロである。でも彼女が柊を虐めようとその言葉を発したわけではないというのはわかる。彼女なりの気遣い。抗えない運命を悼んでくれる。なら、彼女はなんて優しい女の子なのだろう。


「あたし、こういう任務始めてなんだ。あんまり人を縛る…っていうのかな、好きじゃないんだけどね、なんか呼ばれちゃって。」


柊が同年代の女の子を指名したことは知らないようだ。
嫌々やらせてるなら少し申し訳ないな、と柊は心の中で思う。


「ずっと一緒にいなきゃいけないんだよね。でもよかった。怖い人だったらどうしようって思っちゃった。」


そう言って彼女は柊にホッとしたような笑顔を見せた。


「柊くんが優しそうな人でよかったよ、よろしくねっ、これから!」
「ああ、よろしく。水城…さん?」


男子校の身としては年頃の女の子をどう呼べばいいのかわからないが、苗字+さんなら妥当だろうと結論づけて、差し出される手に手を重ね、握手を交わす。


やっぱりおっさんじゃなくてよかったかも。
心のどこかで思っている自分がいた。



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