シルバーブラスト Rewrite Edition
7-11 スターウィンドの大活躍 2
「おらおらおらーっ! どけどけどけどけーっ!!」
どっかーんっ!!
がっしゃーんっ!!
ちゅどーんっ!!
……という蹴散らし効果音が相応しいようなタツミの暴れっぷりだった。
「うおりゃあああーーーっ!! キスまっしぐらキスまっしぐらーっ!!」
「何だっ!?」
「何を言ってるんだこいつはっ!?」
蹴散らされる技術者や警備員は、一体目の前の棒術使いが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
そして分からないままに蹴散らされていく。
ランカとのキスを目指して暴れまくるタツミの気持ちなど、分かる筈も無い。
というよりも、分からない方が幸せだ。
駄犬よろしくキスまっしぐらで進んでいくその内心を正確に理解してしまったのなら、自分が今やっていること、そして現在進行形で蹴散らされていることが心底アホらしくなってしまうだろうから。
迎撃衛星の中に居た人間は、あっという間に一人残らず蹴散らされた。
あそこまで用意周到に戦力を整えていたのだから、ここまで乗り込まれることなど想定もしていなかったらしい。
仮に乗り込んだとしても、ネットワークを回復する手段が無い、とでも思われたのだろう。
しかしタツミは秘密兵器を持っている。
懐にしまっていたそれを取り出して、中央コントロール室にある接続用コネクタに差し込もうとするのだが……
「あれ? どこだ?」
機械にはあまり強くないタツミは、そのコネクタを探すのに少し苦労してしまった。
何とか端子と同じ形のコネクタを見つけて、ぶすっと差し込む。
「これでいいんだよな? 多分?」
少しばかり自信が無さそうに呟くと、すぐにスクリーンの画面が切り替わった。
『やっほー。お疲れ様、タツミ。コントロールは完全にこっちのものになったよ~』
と、シャンティの気楽そうな声が聞こえてきた。
どうやら乗っ取り返し計画成功である。
「よーし。後は地上を狙撃しないように阻止しておいてくれ。状況が落ちついたら通常業務に戻るようにしておけばいいだろ」
『そうだね~』
『了解ですです~』
「よろしくな」
子供達の声はこの状況でも気分を和ませてくれる。
難易度マックスミッションをこなしたことで、タツミもようやく気を抜くことが出来ていた。
「さてと。お嬢にも報告をしないとな」
通信機を取り出す。
軌道上まで離れても、まだ接続が切れていない優れものだ。
「もしもしお嬢? 迎撃衛星はちゃんと止めたぞ。突入部隊の方を動かしちまえ」
『本当にっ!? もう地上が狙撃されることはないっ!?』
「おう。安心しろ。ちゃんと乗っ取り返したからな。中でコントロールしていた人間も一人残らずぶちのめした」
『そう。ありがとう、タツミ。マーシャ達にもお礼を言わないとね』
ランカの声は心の底からほっとしたものだった。
それも当然だろう。
「俺もレヴィが落ちついたら戻るからさ。さっさと人質を解放してやれよ」
『ええ。そうするわ。ヨシキ、中の状態は把握しているわね? ええ、ならば狙撃犯を動かして、可能な限り中の敵を倒して。その後に突入。人質の救出をお願い』
ランカは突入部隊の責任者に指示を出す。
今まで様子を窺っていた分、中の状況はしっかりと把握しているだろう。
これで人質も解放される筈だ。
了解という返事を受け取って、ランカはようやく肩の荷が半分下りた気分だった。
「お嬢も頑張れよ。もう少しで全部解決するからな」
『ええ。分かっているわ』
「戻ったらキスさせてくれよ~♪」
『………………』
ランカはそのまま黙り込んでしまった。
そして言いにくそうに呟く。
『約束は……してないし……』
もごもごしながら言う様子は、タツミが目の前にいたら『是非とも生で見たかったっ!』と思うぐらいに可愛らしい。
しかし見えないタツミはそれを目にすることも叶わない。
「そんなっ! お嬢がキスさせてくれると思って頑張ったのにっ! レヴィの無茶操縦にも耐えたのにっ!!」
ここでキスさせて貰えないとか言われたら、気力のみで動いていた身体が限界を迎えてしまいそうだった。
指一本動かすことも出来なくなるかもしれない。
どうしたら約束して貰えるか、タツミは状況も忘れて必死で考えた。
ここまで頑張ったのだから、何が何でもキスしたい。
したいったらしたいのだ。
駄犬ファイト! と自分を励ます。
……かなりしょーもない励まし方だったが、本人は気にしない。
「まったくもう……」
この状況でも駄犬っぷりがブレないタツミに、がっくりと肩を落とすランカ。
感謝しているし、褒めてあげたい気持ちもあるのだが、本人がそれを悉く台無しにしてくれるのだから困りものだ。
それでもランカは嬉しかった。
絶体絶命のピンチから自分を救ってくれた事。
そして地上の人間を救ってくれた事。
何よりも、タツミ自身が無事で居てくれた事が嬉しかった。
これでようやく今回の事件に終わりが見えてきたかと思うと、少しぐらい気を抜いてしまっても構わないだろうという気持ちになる。
まだ全てが終わった訳ではないけれど、ほんの少しだけ嬉しいと思って笑う事ぐらいは許されるだろう。
『お嬢~。黙ってないでちゃんと言ってくれよ~。キスさせてくれよ~』
「う、うるさいわねっ! 誰もそんな約束はしてないでしょうっ!!」
『そんなぁ~……』
しょんぼりした声がより一層ランカを脱力させる。
これはキスではなく、パンチの一発でも食らわせた方がいい薬になるだろう。
もちろん感謝はしているけれど。
大好きだという気持ちもあるけれど。
それでもタツミを調子に乗せることだけはしてはならない、という危機感がランカの中にはある。
彼に主導権を握らせてしまったら、後は振り回されるだけ、好き放題にされてしまうだけになってしまう、という予感があるのだ。
主として犬に主導権を握られるのは遠慮したい。
主導権は絶対にこっちが握る、とランカは決めている。
「………………」
それでも、頬がにやけるのだけは止められない。
やはり嬉しいのだ。
キスぐらいはさせてあげてもいいと思うぐらい、嬉しいのだ。
だけどそんなことを口にすれば調子に乗ってしまうので、必死に自制しておく。
「くっ……」
その様子を少し離れた位置から見ていたのは、ランカに倒されて拘束されているヴィンセントだった。
彼は今までの人生で一番の屈辱に苛まれている。
全てが思い通りになっていたのだ。
ランカの事以外、全てが自分の望む通りに進めて来られた。
欲しいものは手に入れてきたし、手に入らない場合も奪い取ってきた。
ランカのことは手強い相手として認識していたが、それでも今回は万全の準備を整えてやってきた筈なのだ。
それを檻から出てきたばかりの駄犬に邪魔をされた。
八年間も離ればなれになっていた癖に、彼女から最も信頼されている。
そして最も深い愛情を注がれている。
それはランカの表情を見れば分かることだった。
それは自分が手に入れるべきもので、あの笑顔も、あの愛情も、自分だけに向けられるべきものなのだ。
全てを思い通りに支配してきたヴィンセントは、疑うことなくそう思い込んでいた。
欲しいものがこの手からすり抜けていく。
絶対に手に入らないと思い知らされる。
それどころか、最も忌々しい奴にかっ攫われていく。
そんな事を我慢出来るほど、ヴィンセントのおつむは成熟していなかった。
「ふざけ……やがって……」
拘束された身体の、それでも動く部分を何とか駆使して、ポケットの中からあるものを取り出す。
本当なら、こんなものを使うつもりはなかった。
使ってしまえば、いくら軍や警察に影響力を持っているラリーであっても無事では済まないと分かっているからだ。
万が一に備えた脅しのつもりで用意した物だ。
この状況でそれを脅しに使えば、ランカは自分を見逃してくれるだろう。
保身を考えるならそうするべきなのだ。
しかし怒りで我を忘れていたヴィンセントは、後先などどうでも良くなっていた。
保身すらも二の次だ。
これでラリーが、エリオットが、そして自分がどんな状況に追い込まれてしまうかなど、敢えて考えないようにしていた。
「あいつさえ……死ねばいいんだ……」
呪うような声は、ぞっとするほどの殺意に満ちていた。
「ヴィンセント?」
その様子に気付いたランカがハッと振り返る。
しかしもう遅い。
ヴィンセントは左手に持ったスイッチを勢いよく押した。
「っ!?」
それが何のスイッチなのか、ランカは何も知らない。
だけど取り返しのつかない何かが起きてしまったのだという事だけは理解した。
「何をしたのっ!?」
ヴィンセントに駆け寄ったランカがその胸ぐらを掴み上げる。
倒れたままのヴィンセントは持ち上げられたまま、奇妙な笑い声で肩を震わせる。
「くひ……くひひひひ……ひゃはははははははっ!! 僕を馬鹿にするからこんなことになるんだっ! 最初から君が僕のものになっていれば、あいつは死なずに済んだのになっ!」
「何ですってっ!?」
ごろん、と手に持っていたスイッチのある装置を落とすと、ご丁寧に説明を開始してくれる。
「くひひひっ! いいことを教えてあげよう、ランカ。これは自爆システムのスイッチだよ」
「っ!?」
「どこの? とは訊くなよ? もちろんあの迎撃衛星の自爆システムさっ! 後数分で爆発するっ!」
「ーーっ!!」
ランカは通信機で再びタツミへと連絡を取る。
「タツミ!! 今すぐ逃げなさいっ! ヴィンセントが自爆システムを作動させたわっ! すぐに爆発してしまうっ!!」
『なっ!? 普通そこまでやるかっ!?』
「いいから早く逃げてーっ!!」
流石のタツミも驚いていたが、今はそれどころではないと分かってくれたようだ。
『分かったっ! すぐに脱出するっ!』
タツミはすぐに発着場へと走った。
けたたましい足音が通信機越しに届く。
「くひゃやひゃひゃっ! 無駄無駄っ! 万が一の為に発着場にも爆弾を仕掛けておいたからねっ! もちろん自爆システムと連動しているから、一緒に起爆スイッチが入ったよっ! 脱出口を見事に封じてやったんだっ! あの駄犬には爆死以外の選択肢は残されていないのさっ! けひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」
「なっ!?」
『マジかっ!?』
この瞬間、発着場へと向かっていたタツミは慌てて踵を返した。
このまま向かえば爆発に巻き込まれる。
しかし他の出口が分からない。
それでも今は爆発から逃れることが第一だった。
「全部君の所為だよ、ランカ。君の愚かな選択があの駄犬を死なせるんだっ! ひゃひゃ……ひゃはははははははっ!!」
「ーーっ!!」
それ以上ヴィンセントの声を聞きたくなくて、ランカはそのまま彼の首を絞める。
「ぐひゃ……ぐぐぐ……この……ぼぐを……ごろずぎが……?」
「うぅ……うぅぅぅううううううっ!!」
ランカの瞳からはぼろぼろと涙がこぼれていた。
折角取り戻したタツミが、こんなにも早く失われるとは思わなかった。
もう一度この手の中に戻ってきて欲しいのに、それが叶わないと告げられてしまった。
それが悲しくて、苦しくて、その原因を作ったヴィンセントの事がこの上なく憎かった。
「ぐ……ぐひびび……」
ヴィンセントの顔が真っ青になっていく。
もう少しだけ絞め続ければ彼は死ぬだろう。
ランカがこの手で殺すのだ。
許せない。
絶対に殺してやる。
その憎悪だけが、ランカの手を動かしていた。
『お嬢っ!!』
「っ!」
それを止めたのはタツミの声だった。
見えなくとも、ランカが何をしているのか、直感的に悟ったのだ。
『お嬢。そいつを殺すな』
今も走って出口を探しているタツミは、目の前の事よりもランカを心配していた。
「どうしてっ!? こいつの所為で、タツミが……タツミが……」
『いいか、お嬢。自分や仲間、大事な人たちを護る為に誰かを殺すことを止めるつもりは無い。俺達が立っているのは、そういう残酷な場所だ。むしろ躊躇えば命取りだし、余計な犠牲が出る。だけどな、だからこそ、俺達は憎しみで人を殺したら駄目なんだ。それをやったら、もう二度と戻れない場所に堕ちてしまう。俺の言いたいこと、分かるよな?』
「……分かる……けど」
「でも……タツミが……」
それでもランカはヴィンセントを許せない。
八年前、タツミがランカを殺そうとした人間を許さなかったように。
彼が憎悪によって周りの人間を一人残らず殺したにもかかわらず、それでもまだ取り返しの付かない場所に堕ちていないのは、そこにはランカを護るという揺るぎない意志があるからだろう。
だけどランカの行動は違う。
ヴィンセントを殺したところで、タツミを護ることは出来ないのだ。
そんなことをしても、何も変わらない。
ただ、ランカの気がほんの僅かに晴れるだけだ。
そんなことの為に手を汚すべきではない、とタツミは言っているのだ。
堕ちなかったタツミの言葉だからこそ、ランカの心にも届く。
『もう一度言うぞ、お嬢。俺を信じろ』
「………………」
『必ず戻る。だからその時、血まみれの手で俺を迎えないでくれ』
「本当に……信じていいの……? 出口も塞がれているのに……本当に、生きて帰ってきてくれる……?」
『約束する。少なくとも、どんな状況でも諦めない』
「分かった。待ってる。待ってるから……」
『おう』
ランカは涙を拭って通信機を切った。
繋がったままだと、どうしても声を聴きたくなってしまう。
だけどそれでは脱出に全力を振り絞っているタツミの邪魔をしてしまう。
今は僅かな可能性に賭けるしかない。
ランカはタツミを信じることにした。
「戻ってきて。お願いだから。そうしたら、今度こそ言うから……」
気絶したヴィンセントを放り出して、ランカは宇宙港に向かった。
タツミが戻ってきた時、一番に出迎える為に。
★
「……とは言ったものの、どうするかな」
ランカとの通信を切った後、タツミは困ったように頭を掻いた。
といってもヘルメット越しなので、ふりだけになってしまっているが。
爆発まで後二分も無いだろう。
発着場は却下で、後は逃げられそうな場所も無い。
「おーい、レヴィ。聞こえるかー?」
『どうした? タツミ』
スターウィンドを操縦中のレヴィはのんびりとした声で答えた。
どうやら第二陣も、そしてその奥に控えていたらしい母船も残らず片付けたようだ。
あの神がかった操縦技術を見せつけられた後ならば、それも当然だと納得するが、自分のピンチを考えると少しばかり複雑である。
まあ手が空いているならば、全面的に頼りに出来るので良しとしておこう。
「ああ。実はかなりの大ピンチでさ。助けてくれないか?」
タツミは現在の状況を簡略してレヴィに説明した。
時間が無いので発着場から奥へと移動しながらだが、レヴィはその説明だけでやるべき事を理解したようで、すぐに指示を出してきた。
シャンティがすぐさま引き出してきてくれた迎撃衛星の内面図と、発信機を持たせているタツミの位置を照合して、移動するべき場所を細かく指示している。
『そうだ。そこをまっすぐ言って左に曲がれ。カーブした道をそのまま進んでから……』
タツミはレヴィの指示通りに動く。
そしてその途中で足下が大きく揺らいだ。
同時に爆音。
自爆システムが作動して、同時に発着場にも仕掛けられた爆弾が起爆したようだ。
「いてっ!」
その振動で体勢を崩したタツミは、壁に肩をぶつけてしまった。
頭は気密ヘルメットで覆われているから助かっているが、何度もぶつけるとダメージで動けなくなってしまいそうなので気をつけたいところだった。
振動の大きさは、この迎撃衛星が長くは保たないことを教えてくれる。
中に取り残されたのは、タツミが倒した戦闘員と技術者のみ。
当然、助けるつもりは無い。
こんなことをしようとした以上、巻き込まれるのは自業自得だし、そもそもこの状況で他人を、しかも敵を助ける余裕などある筈もない。
『タツミ。時間が無いからもう仕掛けるぞ。でっかい衝撃に備えておけ』
「げ。了解」
仕掛ける、というのは、外壁と内部空間が近い場所に大穴を開ける、という事だ。
スターウィンドの五十センチ砲が火を噴いてしまえば、迎撃衛星の装甲などバターのように溶かされて穴あきにされてしまう。
タツミは通路の壁にある手すりに掴まって、衝撃に備えた。
その直後、爆音と共に大きな衝撃が走った。
「うぐ……」
熱風がここまで届く。
もう少し近付いていたら危なかったが、それは臨時で作られた脱出口が近いという証明でもある。
熱気が耐えられるレベルまで収まるのを待つ余裕もなく、タツミは床を蹴って走り始めた。
そしてレヴィが荒っぽい方法で作り出した脱出口に辿り着く直前、迎撃衛星は大きなひび割れと共に砕け散った。
「おい、タツミ! タツミ! 応答しろっ! 駄犬っ!!」
レヴィは必死で呼びかけるが、応える声は無い。
無惨に崩れ散ってしまった迎撃衛星の残骸があるだけだ。
付近で待機していたレヴィが必死で周りを確認する。
爆発が予想以上に早かったが、それでもタツミならどうにかして生き残っている可能性がある。
あのタツミが、ランカを置いたまま死ぬ筈がない。
何の根拠も無い理屈だが、感情だけで理屈を覆す常識破壊パワーが彼には備わっている気がするのだ。
そして破壊の粉塵や鉄くずの中で、小さなヒトガタがひらひらと手を振っているのが見えた。
『おーい。早く回収してくれ~。熱いし……』
気の抜けた声で破片の間を漂っているのは、間違いなくタツミだった。
その間抜けな姿を見て、レヴィもほっと息を吐いた。
「破片が多すぎるな。そこまで行くと機体にぶつかりまくる。噴射装置で何とか移動出来ないか?」
タツミが来ている宇宙服の背面には噴射装置《ポータブルジェット》が付いてる。
それを使えば無重力の宇宙空間内でも移動が可能なのだ。
『無理。爆発に巻き込まれた時に壊れたみたいで、ぜんっぜん作動しない』
「マジか……」
『マジマジ。つー訳で、何とか助けに来てぷりーず』
「鬱陶しいから周りの破片を砲撃でバラしていいか?」
『俺までバラされちまうよっ!!』
「冗談冗談。まあこの程度ならこっちの機体が傷ついたりする事は無いだろうから、そこで待ってろ」
『了解~』
レヴィはスターウィンドの速度を最低限以下にまで落とし、のろのろとタツミに近付いていった。
ここまで速度を下げないと、ぶつかっただけでタツミが粉々になってしまう。
ここまで来てタツミを接触事故で死なせたなどという事になったら、ランカに殺されてしまう。
美少女の憎悪を引き受ける度胸など無いので、レヴィも慎重に近付いていった。
そしてその場に漂っていたタツミの回収に成功した。
「しんどかった……」
「ご苦労さん」
そのしんどさはまだ続いている。
何故なら、タツミだけが荷物スペースにぎゅうぎゅうに押し込まれているからだ。
しかし命が助かったのだから、文句を言う訳にもいかない。
コクピットの中に多少の破片も入り込んでしまったが、操縦に影響は無いのでそのまま宇宙港に戻ることにした。
戻った時にまた管制に何か言われるかと思ったが、マーシャの方がリネス宇宙港を占拠……もとい制圧……もしくは迎撃衛星の爆破映像や中に居た人間の証拠写真を根拠としたラリーによる大規模テロだということを納得させた為、地上への超長距離狙撃を阻止した英雄的存在であるスターウィンドは大人しく入港させてもらえることになった。
そのままシルバーブラストの格納庫に収まり、二人は広い船内に降りるとそのまま座り込んでしまった。
「疲れたなー」
「ああ。滅茶苦茶疲れたな」
背中合わせで床に座り込む二人は、長い間戦場を共にしてきた友人同士のような、不思議な気分を味わっていた。
こんな気持ちにさせられるのは、オッドと一緒に戦っていた時以来だが、彼とも上司と部下という関係だったので、微妙に違う気がする。
それでも悪い気分ではなかった。
もう少しここでゆっくりしていたいところだが、その前にマーシャがやってきた。
「お疲れ様、二人とも。オッドがダイニングでポトフを用意しているぞ」
「おお。すぐ行く。腹減ったし」
「俺も俺も~」
似たもの同士の二人はすぐに立ち上がる。
「ああ。タツミの方は下に迎えが来て居るぞ」
「え?」
「ほら」
マーシャが壁に備え付けられているディスプレイを指で示すと、小さな画面には着物姿の美少女が映っていた。
「お嬢っ!」
どたたたたっ! という音を立てながら、タツミはすぐに出口へと駆けていった。
「早いな」
「流石は駄犬」
あっという間に遠ざかる後ろ姿を見て、レヴィとマーシャは苦笑して肩を竦めた。
「お帰り、レヴィ」
「ただいま、マーシャ。尻尾びんたしてくれよ」
「……ポトフが待っているぞ」
「いや。尻尾びんたはすぐ終わるし」
「温かい内が一番美味しいと思うぞ」
「温め直せばいいし」
「いや、出来立てが最高だぞ」
「それは認めるけど」
「早く行け」
「後でたっぷりしてくれよな」
「………………」
うきうきしながらダイニングへと向かうレヴィの姿を眺めながら、マーシャはがっくりと肩を落とした。
「何だか、段々と変な趣味になっていく気がするぞ……」
もふもふ大好きだというだけならまだしも、尻尾びんたが大好きだというのは、もうドMの領域に突入しつつあるのではないだろうか……と身震いしてしまう。
ドMとはドSが一番相性がいい筈だが、自分がドSになるのは遠慮したい。
そんな変態的な性癖はいらない。
自分にも、レヴィにも、断じて必要無い。
「まあ、いいか」
マーシャはこれ以上考えるのを止めた。
考え続けても不毛な気がしたのだ。
後で尻尾びんたをしてやらなければならないのは気が重いが、ちゃんと怪我一つ無く戻ってきた以上、約束は果たさなければならない。
ぶんぶん、と尻尾の動きを確認しながら、びんたの為に準備を整えるのだった。
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