シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

7-10 ランカの戦い


 それぞれがそれぞれの場所で戦い続ける中、ランカはキサラギ本家で突入部隊への指示を出していた。

 その為にはタイミングを合わせなければならず、ランカはタツミと、そして突入部隊との通信を維持している。

 どちらの状況も把握して、そしてタイミングを合わせて指示を出せるのは、現在ランカだけなのだ。

 同じように、ランカの状況もタツミに伝わるようにしてあるが、今のところは本家で大人しくしているので、エリオット・ラリーを刺激するような事にはなっていない。

 ギリギリまで迷っている風に見せなければ、この作戦は成功しないと思っていた。

「みんな。どうか無事で……」

 最低限の警備を残してから、ランカは一人きりの部屋で祈っていた。

 その祈りは今のところ効果を発揮しているようで、タツミのいる宇宙港からも、突入部隊のいるフォートレス社周辺からも、負傷者や犠牲者が出たという報告は入っていない。

 しかし危険は彼らにではなく、自身に迫っているという事に、ランカはまだ気付いていない。

「お嬢っ! 逃げて下さいっ!」

 突然、本家の警備をしている部下から通信が入った。

 肉声でも聞こえてくるぐらいの近距離で、しかも相当に切羽詰まった声だった。

「コウタ!? 一体どうしたのっ!?」

 本家の警備責任者を任せているコウタ・アヤセに一体何が起こっているのかを訊こうとしたのだが、その前に悲鳴が聞こえた。

 警備の全員がやられた音だと、確認するまでも無く理解して、ランカはコウタとの通信を切ってから警戒した。

 いつでも針を、そして鉛玉を取り出せるようにしておく。

 どたどたと騒がしい音を立てて屋敷の中を探っているのは、間違いなく敵の音だ。

 キサラギの人間は、こんな下品な足音は立てない。

 ふすまの向こうからやってくる誰かを確認する事も無く、開いた瞬間にランカは鉛玉を撃ち込んだ。

 真っ先に突入しようとした二人の男が、くぐもったうめき声を上げながら倒れる。

 残りは七人。

 ランカは容赦無く鉛玉を撃ち込もうとしたのだが、一番後ろで護られている相手の顔を見て首を傾げた。

「ヴィンセント?」

 敵同士ではあるが、よく顔を合わせている人間でもあった。

 ランカではなく、ヴィンセントの方からランカに会いに来るのだ。

 エリオットとは違い、ヴィンセントにはほとんど敵意が無かったので、ランカもそれほど警戒はしていなかった。

 どうやら彼はランカ自身に執心しているようで、機会を見つけては口説いてくる。

 ラリーとキサラギが手を結べばこの抗争も終わらせることが出来る、と理想論めいた戯れ言を口にしたことはあるが、それはあくまでもラリーを優位に置いた上での事だとランカは理解していた。

 それ以上に、ヴィンセントはランカを手に入れたがっている。

 個人的な欲望の為に、ラリーとキサラギを巻き込もうとしている。

 そんな申し出に応じるほどランカは愚かではなかったし、それに個人的にもヴィンセントの事を好きになれなかった。

「やあ、ランカ。久しぶりだね」

「………………」

 軽薄極まる挨拶にうんざりしてしまう。

 この男はいつもこうなのだが、それにしても少しは空気を読むという事を覚えて欲しいものだ。

 ラリーの傘下企業をある程度成長させている事からも、決して頭は悪くないし、優れた手腕を持っていることは認めるが、肝心な部分が、具体的にはおつむが弱すぎる。

 ラリーとキサラギは現在最大限の規模で抗争中であり、ヴィンセント自身はキサラギの警護を撃ち倒してからこの部屋にやってきたのだ。

 この状況でぶつけ合うのは好意ではなく敵意、言葉ではなく弾丸の筈だ。

 それを理解しているとは思えない口調に、ランカは黒瞳を細めてヴィンセントを睨み付ける。

「わざわざ来なくても、時間が来れば自分からエリオットの所に出向いたわよ。一体何の用があってここまで来たのよ、ヴィンセント」

「もちろん君に会いに来たのさ。ランカ。僕と父さんは少し意見の食い違いがあってね。父さんはのこのこやってきた君を殺すつもりだ。でも僕は君が欲しい。生きている君を手に入れたいんだ。だから先に君を無力化して、その上で保護すれば、君の命を助ける事が出来る。この状況で僕がここまでやってきたのはそういう理由さ」

 僕は君の命の恩人なのだからもっと感謝して欲しい、とでも言いたげな口調に、ランカはうんざりしてしまう。

「みんなを見捨てて一人だけ生き残るぐらいなら、自分で自分を終わらせた方がマシよ。そんなことも知らない癖に、よくも人を口説こうって気になれるわね」

 ランカは強気に言い返す。

 ヴィンセントを含めた七人の屈強な男達に囲まれたこの状況でも、ランカは諦めるつもりなど無かった。

 護衛は一人残らず倒されてしまったようだが、ランカ自身にも戦闘能力はあるし、それは達人の域だという自負もある。

 この程度の人数ならば、遠距離狙撃と針を上手く使えば切り抜けられると計算する。

 確実ではないが、それでも諦めるよりは遙かにマシだ。

「ふうん。もしかして君、迎撃衛星を何とか出来るって考えてる?」

「………………」

 楽しそうにニヤニヤと笑うヴィンセントに、ランカは無言の睨みを返す。

 ここで正直に答えるほど馬鹿ではない。

「知ってるよ。最近出来たお友達は結構凄いんだってね。警察の管理データをこっそり消したり、非合法に確保しようと向かった第三艦隊を、証拠も残さないほど完膚なきまでに壊滅させたり」

「………………」

 艦隊壊滅のことまでは知らなかったが、マーシャならそれぐらいはやるだろうと納得してしまった。

「馬鹿だなあ。そこまで知っていて、こっちが何の手も打っていないと思うのかい?」

「………………」

 おつむの弱いあんたにだけは馬鹿呼ばわりされたくないわよっ! と噛みつきたかったが、ぐっと堪える。

 何か、嫌な予感がするのだ。

「あの船の周りには、四十人の戦闘要員を配置している。彼らをたった数人で切り抜けるだけでも大変だよ」

「………………」

 それでもマーシャ達ならやってくれると信じている。

 あんなに強い人たちが、そう簡単にやられる筈が無いと信じている。

「仮に切り抜けられたとしても、宇宙船はあらゆる圧力で固定してある。無理に宇宙へと上がろうとすれば、船も無事では済まない」

「………………」

 電脳魔術師《サイバーウィズ》の二人がいればそこまでする必要は無い。

 船に入り込んでしまえば、後は何とかしてくれる。

 今はそれだけがランカの希望なのだ。

「しかもそれだけじゃない。今現在、僕たちが占拠している迎撃衛星は、ネットワークから完全に遮断されているんだよ」

「っ!?」

「つまりどれだけ腕のいい電脳魔術師《サイバーウィズ》を用意したところで、その動きを制限することは出来ないってことさっ!」

 あはははは、と愉快そうに笑うヴィンセント。

 ランカの信じた儚い希望を踏みにじったのが愉快でたまらない、とでも言いたげだ。

「馬鹿な事をっ! 迎撃衛星をネットワークから切り離すなんて、そんなことをすれば本来の役割である隕石や小惑星などの迎撃が出来なくなるでしょうっ!!」

 迎撃衛星はそれ単体にも監視機能があり、他の衛星ともリンクして軌道上を監視している。

 それらのネットワークを利用した連携により、万全の迎撃態勢を維持出来ているのだ。

 それを自分達の目的の為だけに切り離すなど、それに護られているリネスの人間に許される行為ではない。

「何をそんなにムキになっているんだい? どうせほんの少しの間だよ。明日になればネットワークは復旧させるさ。この星の安全に関わることだからね。でも今はこれが最善だ。何故なら、有害なハッキングを受けずに済むんだからね。むしろ切り離すことで君たちの反撃を封じた妙手だと褒めて貰いたいぐらいだね」

「……それは、エリオットの考えなの?」

「いいや。僕が提案したのさ。ランカを手に入れる為には、一つ残らず反撃手段を封じる必要があったからね。父さんはネットワークを介してコントロールを奪えばいいって考えたみたいだけど、僕はそれだけだと不十分だって判断したんだ。結果として、それは正しかった」

「………………」

 この頭の良さが厄介極まりない、とランカは舌打ちする。

 確かに頭は切れるのだ。

 敵に回れば恐ろしいことこの上ない、それがヴィンセント・ラリーという男だ。

 ヴィンセントは懐から携帯端末を取り出してランカに見せた。

「それで、僕からもう一つの提案だ。君が僕と一緒に来てくれるのなら、状況は維持される。だけどもしも拒否するのなら、僕はこの端末で迎撃衛星に陣取っている部下に命令して、どこか適当なところを狙撃して貰う」

「なっ!?」

「フォートレス社の人間を人質に取っているのは父さんだから、あそこには手出し出来ない。だけどね、別にそこに拘る必要は無いんだよ。北部の何処でも狙えるんだから」

「………………」

 迎撃衛星そのものはネットワークから切り離されていても、そこにいる人間が持つ携帯端末は、他の衛星を通じて繋がっている。

 止める事は出来なくても、指示を出す事は可能なのだ。

「………………」

 ランカはぐっと拳を握りしめた。

 タツミ達は失敗した。

 いや、失敗したのはランカだ。

 この状況を見抜けなかった自分の責任だ。

 ヴィンセントはエリオットとは別の思惑で動いている。

 ここで彼について行ったとしても、フォートレス社の人たちが解放されるとは限らない。

 自分が捕まれば、少なくともそれがエリオットに伝われば、彼らを救出する時間ぐらいは稼げる筈だから、後は突入部隊を信じるしかない。

 タツミ達に確認したい気持ちはあった。

 通信が繋がっている今ならば、それが本当なのかどうかを確かめる事が出来る。

 だけどヴィンセントが今更そんなハッタリを使う理由は無い筈なのだ。

 つまりランカにはもう、自分を差し出す以外の選択肢が残されていない。

「……私がヴィンセントと一緒に行けば、フォートレス社の人たちは解放してくれる?」

「生憎と、僕にその権限は無いよ。でも君が僕の手にあると知ったら、父さんにはフォートレス社を攻撃する理由は無くなるだろうね」

「………………」

 迷うことは許されない。

 この道以外、ランカには選べない。

 殺されないだけマシだと思え、というのは無理だ。

 ランカはヴィンセントが大嫌いだ。

 こんな男に自分を差し出すぐらいなら、死んだ方がマシだと思っている。

 だけど死んだ方がマシだと思うような選択をすることで大切な人たちを助けられるのなら、ランカにとってそれは迷わず選ぶべき道なのだ。

「分かったわ。私のことは好きにしなさい」

 だらりと腕を下げて、無抵抗の意思を示す。

 着物の中にはまだ針も鉛玉も仕込んであるし、近付いてきたヴィンセントを無力化することも出来るだろうが、今更それをしても意味が無い。

 ヴィンセントの動きを瞬時に封じたところで、残りの部下達が迎撃衛星に指示を送ってしまえばそれまでだ。

 いくらランカでも、七人を一瞬で無力化する事は出来ない。

「そうこなくっちゃ。君が聡明な女の子で助かるよ、ランカ」

 今にも押し倒しそうなぐらい嬉しそうな顔で舌なめずりをして、ランカの頬に触れる。

 その手元が胸元に到達しようとしたところで、ランカは反射的に殴りつけそうになったが、それも堪える。

 このままここで穢されてしまうのかと覚悟を決めた時、通信機から誰よりも信頼している人の声が聞こえた。



『諦めんなお嬢っ!! そんな奴の言うことを聞く必要はねえっ!!』



「っ!?」

 ランカは俯いた顔をハッと上げる。

 ランカの持っている通信機は繋いだままだ。

 二つの通信機はフォートレス社の突入部隊と、そして宇宙港のタツミに繋がったままなのだ。

 あちらの状況を把握する為の措置だが、それは同時にこちらの状況を伝える為のものでもあるのだ。

 タツミは通話状態にしておいた通信機から、ランカの状態を知ったのだろう。

 投降しようとしたところで乱入してきたのだ。

「タ……タツミ……!? 無事なのっ!?」

『当たり前だっ! いいか、お嬢。確かに迎撃衛星のネットワークは封鎖されたままだっ! だがまだ方法はあるっ! 俺達が直接軌道上まで上がって、乗り込んでから止めてやるっ! だから諦めるなっ!』

「軌道上まで上がるって……でもマーシャ達の船は拘束されたままなんでしょうっ!? 無理をすれば船体も無事では済まない筈なんじゃ……」

 あの船がマーシャにとってどれだけ大切なものなのか、それを得意気に語る彼女の様子から十分に伝わっている。

 自分の為に半身とも言える船を傷つけるような真似はして欲しくない。

『船は出せない。だが方法はあるっ! 格納庫までは拘束されていないからな。レヴィの戦闘機だけを射出して、そのまま軌道上まで上がるっ! 俺も一緒に行くから、だから信じろっ!』

「………………」

 それならば確かに可能性はある。

 何よりも、タツミと通信している状態でヴィンセントにこの身体を差し出すなど、冗談ではない。

「悪足掻きをっ! 何だったら今すぐに北部のどこかを狙撃してやろうかっ!!」

 後少しでランカが手に入ると思っていたところを、誰よりも憎たらしい恋敵に邪魔をされたのだ。

 元々感情の起伏が激しい癇癪持ちのヴィンセントが荒れるのは当然だった。

 携帯端末を操作して、すぐにでも狙撃指示を出そうとする。

 しかしランカがそれをさせなかった。

 諦め掛けていたところを、タツミの声により活力を与えられ、そして勇気づけられた彼女が取るべき行動は一つだけだった。

「させないっ!」

 袖から手の中にするりと移動させた鉛玉を即座に発射して、ヴィンセントの手に当てた。

「ぐあっ!」

 携帯端末は手からこぼれ落ち、畳に跳ねて転がった。

 それに再び鉛玉を撃ち込む。

 かつてない鋭さで発射された二つの鉛玉は、畳に転がる携帯端末を完膚なきまでに破壊した。

「このっ! 端末一つ壊したところでどうとでもなるぞっ!」

 部下から端末を奪い取ろうとしたが、その前にランカが針を飛ばした。

「かっ! え……っ!?」

 動きを封じる場所に針を刺されたヴィンセントはそのまま倒れてしまう。

 唖然とする六人の部下達は慌てて駆け寄ろうとしたが、ランカはその隙に鉛玉を撃ち込んで牽制して、更に針も飛ばした。

 ほんの少しだけ距離があったのと、一番最初に彼らの主人であるヴィンセントを無効化したのが効果的だった。

 ランカは僅か数十秒で、ヴィンセントを含めた七人を倒したのだ。

「………………」

 はあ、と大きく息を吐くランカ。

 本当にこれで良かったのか、という迷いと、タツミを信じなければ、という意志がまだ鬩ぎ合っている。

 その迷いを打ち消してくれたのはタツミの声だった。

『お嬢。無事か?』

「ええ。何とか連絡だけは阻止したわ。後はそちらに任せるけど、本当に大丈夫? あまり手間取るとヴィンセントはともかく、エリオットの方は指示を送ってしまうかもしれない」

『そこは正直賭けだな。こっちも出来るだけ最短で迎撃衛星に突入する。どのみちこんな状況なら、多少のリスクは負わないと一歩も動けないんだ』

「ええ、そうね。その通りだわ」

 このまま動かず、ランカ一人が犠牲になれば、多くの命は助かるのかもしれない。

 だけどそれは、多くの未来を殺すことに等しい。

 ならばせめて、後悔しないような選択をするべきなのだ。

「ヴィンセント達はこっちで拘束しておくから、後はお願いね、タツミ。貴方達に全てを託すわ」

 たとえ失敗しても、決してタツミやマーシャ達を恨んだりしない。

 それだけは断言出来る。

『任せろ』

 短い一言だけだったが、それだけで十分だった。

 ランカは瞳に涙をにじませながら、声に出さずに頷いた。

『お嬢。もう一度言うぞ。俺を信じろ』

 その言葉こそ、ランカにとっては不要なものだった。

 いつだって、どこだって、世界中で最も信じている相手はタツミなのだ。

「信じているわ。だから、無事に戻りなさい。もしもヘマして死んだりしたら、絶対に許さないから」

『じゃあ無事に戻ったらごほーびくれよ』

「ご褒美?」

『またキスさせてくれよ』

「………………」

 無言で通信を切りたくなった。

 この状況で何を言っているのだと怒りたくなる。

 こんな時でもタツミのアホッぷりは健在だった。

 それが嬉しくて、そして少しだけ腹立たしかった。

 だけどタツミがいつも通りであることが、何よりも嬉しかった。

『あ、そうだ。お嬢。そこに居る色ボケ馬鹿息子に言いたいことがあるんだけど、聞こえるようにしてくれるか?』

「ヴィンセントに? いいけど、何を言うつもりなの?」

 ランカは倒れているヴィンセントにも聞こえるように通信機を向ける。

 そして怒り混じりのタツミの声が発せられた。

『おいこら。そこの色ボケ馬鹿息子っ! 俺を差し置いてお嬢に手を出すなんざいい度胸してるじゃねえか。いいか。お嬢は俺のものなんだよっ! お前のものじゃないっ! 俺だけのものなんだよっ! 分かったかこのボケ!!』

「………………」

「………………」

 ランカは真っ赤になり、そしてヴィンセントは悔しげに呻いている。

 この状況で更にアホなことを言うタツミに呆れてしまうが、その台詞が嬉しかった。

 やはり気持ちは通じ合っているのだ。

「こんな時にアホなことばっかり言ってるんじゃないわよっ! さっさと仕事をしなさいっ!」

 ランカは憤慨混じりに怒鳴りつけてから通信を切った。

「まったく。本当に馬鹿なんだから……」

 憤慨しつつも、口元はにやけている。

 ランカは手早くヴィンセント達を拘束してから、倒された部下のところへ急いだ。

 生きているのなら手当が必要だし、救急処置が間に合うようなら病院にも運ばなければならない。

 待機しているだけの筈がとんでもなく忙しくなってしまったが、動き始めた状況には確かな希望がある。

 それだけでランカは未来を信じることが出来るのだった。

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