シルバーブラスト Rewrite Edition
7-9 それぞれの思惑 4
次の日の朝、マーシャ達は再びシルバーブラストで宇宙に出て、迎撃衛星を監視、ハッキングするつもりだった。
しかしそれはラリーの先手によって封じられることになる。
「お嬢っ! 大変ですっ!」
朝食の席に駆け込んできたキサラギの構成員は、息を切らしながらランカにその内容を報告した。
「何ですってっ!?」
それを聞いたランカは、大声を上げて立ち上がる。
俄には信じられない内容だったからだ。
それはキサラギの直営企業であるフォートレス社を占拠した、というものだった。
フォートレス社はリネス有数の製薬会社であり、難病の治療薬の研究や、新薬の開発などを進めている。
それだけではなく、後発医薬品にも力を入れており、特許期間の切れた医薬品を安く提供する事で顧客のニーズに応えている。
ランカがキサラギを継いでからは、美容開発部門や健康食品部門などが増設され、その売り上げは飛躍的に伸びている。
キサラギ一家の重要な資金源であり、リネスにおける影響力の一つでもある。
故に十分な警備体制を敷いていた場所なのだが、ミアホリックで身体能力を強化したラリーの兵隊に攻め込まれては、ひとたまりもなかったらしい。
フォートレスの社員達はほぼ全員人質にされており、外部からの救出も難しい状況にある。
その上でフォートレス社の会長、つまりランカ・キサラギを名指ししてこんなメッセージが届いたという。
『これから二十四時間以内にキサラギ一家を解体しなければ、迎撃衛星による軌道上狙撃を行う』
つまり、社員諸共皆殺しにするということだった。
軌道上からの狙撃ならば、威力を調整することも難しい。
フォートレス社だけではなく、周りの建物や人間も被害に遭う事は確実だ。
下手をすると千人以上は死ぬ事になる。
それだけは何としてでも止めなければならなかった。
そして解体の条件は、キサラギが保有する各企業の全株式をエリオット・ラリーに譲渡すること。
その際はランカが一人で指定した場所まで来ること。
つまり、株式を譲渡した時点で殺されるという意味だ。
「………………」
そこまで聞かされたランカは悔しそうに俯いた。
そこから逆転する手段が、どうしても思い付かない。
「完全に後手に回ったわね。警戒はしていたつもりなのに、あちらが上手だった事は認めないとね……」
ふう、と大きなため息を吐いたランカは、力なく笑った。
覚悟を決めた表情だった。
「ちょっと待て。お嬢、まさか……」
それに気付いたタツミは急いで止めようとするが、ランカは儚げな笑みと共にそれを拒絶した。
「無理よ、タツミ。私にはフォートレスの社員を護る責任がある。私がエリオットの言う通りにすれば、彼はフォートレスの社員は殺さない。それは断言出来るわ」
「だからってお嬢が犠牲になる必要なんて無いだろうがっ!」
フォートレスの製薬技術はリネスだけではなく、宇宙有数と言えるほどに高い。
その技術は社員が持っている。
だから金の卵を生み出す人材を、必要も無いのにみすみす殺すような真似はしないだろう。
ランカさえ犠牲になれば、彼らの安全は確実に保証されるのだ。
しかし安全が保証されたからといって、人権まで保障されるとは限らない。
それでも成果を求めるのならば、モチベーションを引き上げる為にも、鞭より飴を利用するだろう。
無念なのは北部の民のことだが、それについてはもう彼ら自身に託すことにした。
自由を求める誇り高い気性を、彼女は信じることにしたのだ。
たとえ自分が斃れても、その意志を引き継いでくれる人はきっと現れると。
自分の護りたかった大切な人たちは、踏みにじられることよりも、戦うことを選んでくれると信じた。
「どのみちこの状況では選択の余地が無いわ。私は彼らを見捨てられない」
「お嬢……」
ランカの性格をよく知っているタツミは、それ以上何も言えなかった。
ここで無理矢理引き留めたとしても、自らの信念に反してしまったランカは生きながらに死んでしまうと分かっているからだ。
どうすればいい?
どうすればこの状況を変えられる?
タツミは必死で考えるが、元々頭脳労働が苦手な彼は、このタイミングで都合良く名案を思い付いたりは出来ない。
「そこまで悲観することは無いよ。二十四時間の猶予があるのなら、その間に出来る事をするべきだ」
「え?」
マーシャが冷静な声で割り込んできたので、ランカがハッとして顔を上げる。
「迎撃衛星で軌道上からの超長距離狙撃。その可能性には思い至っていた筈だ。だからそれに対抗する手段も考えてある。シャンティ、シオン」
「出来るよ、もちろん」
「任せるですですっ!」
二人の子供は張り切って拳を握った。
電脳魔術師《サイバーウィズ》としてのスキルを発揮して、迎撃衛星にハッキングをかけると提案したのだ。
「でもこの家にはそれほど高性能な端末は無いのよ。どうするの?」
「船に戻れば僕たち専用の端末がある。それを使えば衛星のハッキングぐらい軽いよ。ね、シオン」
「ですです~。余裕しゃきしゃっきです~」
それが何でも無いことのように言うので、流石のランカも唖然としてしまった。
電脳魔術師《サイバーウィズ》という存在がどれほどのスキルを有しているのかは詳しく知らないのだが、それでも一国の迎撃衛星ともなれば、その防壁も生半可ではない事ぐらいは知っている。
それをここまで軽い調子で突破してみせるというのだから、驚きを通り越して呆れてしまう。
しかしそれでも不安は消えなかった。
「その気持ちはありがたいけれど、でも貴方達が自分の船に乗り込むのを、彼らは大人しく見過ごしてくれるかしら?」
マーシャ達がランカの家で世話になっていること、そして仲良くしていることは、既にラリーにも伝わっているだろう。
この状況になればマーシャがランカに手を貸すであろうことも、きっと予想している。
マーシャ達が何らかの行動を起こすのなら、妨害してくることは確実だろう。
「まあ、してくれないだろうな。フォートレス社に居る人間を人質に取っているから大人しくしていろ、と脅してくるかもしれない」
「マーシャ」
「でも、私はそれに屈するつもりはないぞ」
「………………」
「フォートレス社の人間を大切にしているのは、ランカであって私じゃない。だから私に人質は無意味なんだ。もしも相手が脅してきたら、私はそう言うよ」
「マーシャ……それは……」
マーシャはフォートレス社の人間を見捨てるつもりなのだろうか。
そんなことをさせる訳にはいかないのに……とマーシャを睨むランカ。
睨みながらも、揺れる黒い瞳は今にも泣き出しそうだった。
そんなランカを見て、マーシャは宥めるように頭を撫でた。
「心配しなくても、私が何を言ったところで、彼らは人質に手出しは出来ないよ。それは私にとってではなく、ランカにとって有効な人質なんだ。それにやっぱり殺すのは惜しいと考えるだろうしね。技術者や研究者も含まれているんだろう? 人的資産を簡単に殺せるほど、ラリーのトップは単細胞なのかな?」
「……それはそうかもしれないけど」
「彼らが人質を殺すのは、ランカが直接的に拒否行動を起こした時だけだ。私はその範疇に含まれない。だから私が動く。大丈夫、きっと何とかなるから」
「マーシャ……」
ランカはぎゅっとマーシャに抱きついた。
マーシャもランカの身体を優しく抱きしめる。
安心させるように、何度も背中を撫でた。
「今は信じて欲しい。出来る限りのことはするから」
「信じているわ。マーシャの事を、私は信じている。だからお願い。私の大切な人たちを死なせないで」
自分に出来ない事をマーシャに託して、そしてランカは諦めるのではなく、戦う為に覚悟を決めた。
抗う術が残されているのなら、限界まで抗ってみせる。
それがランカの矜持でもある。
そしてそんなランカを支えるのが、キサラギの構成員達だ。
「任せて下さい、お嬢。迎撃衛星さえ何とかしてくれるのなら、地上の部隊はこっちで潰してみせますよ」
「そうそう。せっかくマーシャさんが特殊弾を用意してくれましたしね」
「バッチリぶち込んで無力化してやりますって!」
迎撃衛星さえ抑え込んでくれれば、こちらから突入部隊を送り込んで、あちらの兵隊を倒すことが出来る。
そうすれば人質は無事に解放出来る。
この二つは同時進行しなければならないので、ランカも覚悟を決めた。
出来れば自分も突入部隊に参加したいところだが、そんなことをすればエリオットを刺激してしまうだけだ。
エリオットの提案に従うふりをしつつ、こちらの望む結果を引き寄せるように事を進めなければならない。
「ありがとう。私はここから動けないけれど、貴方達を信頼するわ。お願いね」
ランカが気丈に笑いかけると、キサラギの漢《おとこ》達は気合い十分に頷いた。
彼らはこの和装美少女の笑顔を見る為ならば、命だって張ってみせるという、ランカファンクラブのメンバーでもあるのだ。
本人はそんなものがあるなどとは、全く知らないのだが。
知ったら解散させようとするかもしれない。
自分のファンクラブを見て喜ぶような趣味は無い。
豪華すぎる外見に似合わず、性格は驚くほどに謙虚なのだ。
彼らが武装を整える間、タツミはメインアームである棒をぎゅっと握ってからランカに告げた。
「お嬢。俺はマーシャ達と一緒に行動する。人質の救出はあいつらに任せる」
「タツミ? 貴方が一緒に行ったところで、出来る事はほとんど無いでしょう?」
宇宙船に関しては素人であり、一緒に行ったところで役に立つとは思えない。
それならば地上の遊撃戦力として活躍してもらった方が遙かに効率的だとランカは判断したのだが、タツミの考えは違うらしい。
「マーシャの言った通り、ラリーの奴らがあの船をすんなりと宇宙に出してくれるとは思えないんだ。絶対に地上で、宇宙港あたりで妨害してくる。俺の仕事は彼女たちを無事に船に乗せることだ」
「……確かに、そうかもしれないわね。そう考えるともっと戦力を回した方がいいかしら?」
「いや。他の奴らはフォートレスに回してくれ。マーシャ達も戦えるし、不確定要素であってもメイン戦力ではないあいつらに、そこまで戦力を割いてくるとも思えないからな。俺も出来る限りの事をするよ」
「そう。なら信頼するわ」
「お嬢はあっさりと人を信じるよな」
「いけない?」
「いや。美徳だと思うぜ。でも騙されないように気をつけろよ」
「そうね。誰かさんの不意打ちと同じぐらいに気をつけるわ」
「あ、あれはお嬢が可愛すぎるのが悪い」
前に不意打ちでキスしてしまった事をまだ根に持っているらしく、タツミは少し焦ってしまう。
戻ってきた時から普通に接してくれているので、もう水に流してくれたと思っていたのだが、棚上げにしてくれていただけらしい。
「もう二度とあんな不意打ちはさせないわよ」
「ええっ!? もう二度とお嬢にキス出来ないのかっ!? そんな殺生なっ!!」
「……その台詞、後ろを向いてもう一度言ってみなさい」
「へ?」
くるり、と後ろを振り向くと、怒り心頭ぶっ殺す締め上げるいや切り刻む……とぶつぶつ呟いたり睨み付けたりしている漢達の姿があった。
「げ……」
流石のタツミも逃げ腰になる。
「てめえ、あれから全く懲りてねえみたいだなあ、タツミ」
「うひゃっ! 待て待て怒るなっ!」
「アホかっ! お嬢に手を出したら俺達が許さねえからなっ!」
「そうだそうだっ! 次にあんな真似をしたら切り刻んでピラニアの餌にしてくれるわっ!」
「そんなんじゃ生温いっ! 野生の虎か獅子の餌にでもしてやればいいんだっ!」
「それは名案だなっ! よし。次にやらかしたら是非ともそうしようぜっ!」
「賛成だっ!」
「その前に俺達でフルボッコだなっ!」
「それは超賛成だっ!」
「覚悟しろやーっ!」
「うぎゃあああああーーーっ!!」
怒り心頭のランカファン達からの集中攻撃を受けてしまい、タツミはこてんぱんにされてしまうのだった。
★
「気をつけてね、マーシャ。それから皆さんも」
というランカの美少女スマイルにやる気を漲らせたマーシャ達は、さっそくシルバーブラストに戻るべく宇宙港を目指した。
しかし予想通りと言うべきか、やはりと言うべきなのか、宇宙港に停泊していたシルバーブラストを発進させることは出来なかった。
発進許可を得る為に受付で手続きをしようとすると、何も知らなさそうなお姉さんが申し訳なさそうにこう言ったのだ。
「申し訳ございません。今現在、リネス宇宙軍の特殊訓練が行われていまして、軌道上への発進を一時的に制限させていただいているのです」
「………………」
なるほど、まずはそういう手で来るか、とマーシャが苦笑した。
理由としては真っ当で、確かにこれならば一般船の発進は止められるだろう。
しかしそんな言葉に従ってやるほど、マーシャは素直な性格ではない。
ランカの為にも今すぐシルバーブラストに戻らなければならないのだ。
「だったら発進はしないから、乗船だけ許可してもらえないかな? それならば規制が解除され次第発進する事が出来るし、そちらにも迷惑はかからないと思うのだけれど」
「……船の中でかなり待たされることになると思いますが、それでも構いませんか?」
怪訝そうに言う受付のお姉さんに、マーシャはにっこりと笑う。
やはり彼女は何も知らないようだ。
ならば利用させて貰おう。
「もちろん。船の中にはきちんとした居住スペースがあるからな。待つのは苦にならない。それよりも、早く出発出来るようにしておきたいんだ。急ぎの旅だからな。まさかこんなことになっているとは思わなかったけれど、軍の都合ならば逆らう訳にもいかないからな。そちらの指示には従うよ。それなら許可して貰えるだろう?」
「ええ。そういうことでしたら乗船のみ許可します。発進許可については管制の方から改めてお知らせする、という事でよろしいですか?」
「もちろん」
頷くマーシャは内心でほくそ笑んだ。
本来の目的は発進することではない。
もちろん発進出来ればそれが一番いいのだが、それが出来なくても、目的を果たすことは可能なのだ。
今回の目的は迎撃衛星のハッキングであり、その為に必要なのはシルバーブラストの発進ではなく、二人の電脳魔術師《サイバーウィズ》が最もその能力を発揮出来る専用端末を利用することなのだ。
船の中に入ってしまえば、それでマーシャ達の勝利となる。
後は頼りになる二人が何とかしてくれる。
マーシャは手早く乗船手続きのみを済ませ、シルバーブラストが停泊してある六番ドックまで移動した。
しかしそこで再び邪魔が入る。
シルバーブラストの周りを取り囲んでいるのは、二十人の軍人と、そして同数の黒服達だった。
前者はラリーに取り込まれている軍人で、後者はそのものだろう。
どうやら船に乗り込むのを阻止しに来たらしい。
受付からの報告で集まったのか、それともこうなると分かっていて、最初から待機していたのか。
どちらにしても、大人しく船に乗せてくれるつもりはないようだ。
「そこで何をしている? これは私の船なんだがな」
銃を構えた四十人の敵を前にしても、マーシャは恐れること無く堂々としていた。
恐るべき胆力だが、しかしこれをどうやって突破するかについてはまだ考えていない。
正面突破するしか方法はなさそうだと思っているのだが、その場合はシオンとシャンティが危険に晒されてしまう。
船までの距離はおよそ八十メートル。
二人を護りながら強行突破するには、少しばかり長すぎる。
「オッド。実弾銃の用意をしておけ。恐らくあいつらはミアホリックを使ってくる」
マーシャの背後でレヴィがオッドに指示を出す。
「了解しました。ですがこの人数で突破出来ますか?」
「まあ、やり方次第で何とかなると思うぞ。シャンティ」
「何?」
「あそこにある奴、乗っ取れるか?」
レヴィが視線で示したのは、壁の高い部分に設置してある迎撃装置だった。
犯罪行為の取り締まりに利用される迎撃システムであり、宇宙港のあらゆる場所やそれぞれのドックに設置されている。
使われることは滅多に無い代物だが、抑止力にはなっている。
その迎撃システムは、管制からのコントロールで動かせるようになっている。
つまり、宇宙港のネットワーク管轄にあるのだ。
ネットワークに繋がっているのなら、電脳魔術師《サイバーウィズ》であるシャンティにとっては己の武器も同然だ。
危険なシステムなので防壁もそれなりのものを敷いているだろうが、シャンティの手にかかれば、そんな物は紙装甲に等しい。
「出来ると思うよ。ちょっと待って……」
シャンティが意識を集中する。
自らの能力を発揮して、迎撃システムに侵入する。
ういん、と迎撃システムの銃身が僅かに動いたのを、レヴィは確かに確認した。
「うん。大丈夫。このエリアにある三つの迎撃システムは僕が乗っ取ったよ」
「よし。あいつらが動いたら容赦無くぶちかましてやれ」
「了解。シオン。一つ任せていい?」
シャンティは乗っ取った三つの迎撃システムのラインを一つ、シオンに回した。
「任せるですです。撃ちまくるですよ~」
「……お願いだから僕たちは狙わないでね」
「天弓システムを撃ちまくっているあたしに、今更そんな注意は必要ないですです~」
あれだけの数のレーザー砲を管制して、なおかつ正確な狙いで砲撃しているのだ。
迎撃システムの一つを管制したところで、今更狙いを外すとは思えない。
思えないのだが、子供っぽい言い方にはどうしても不安になってしまうのだった。
そして敵のリーダーらしき中年男性がマーシャに歩み寄ってくる。
鍛え上げられた筋肉質な身体と、こちらを威圧するような視線は、あらゆる物事を力ずくで進めるという意志を表している。
「受付で船の発進は禁止だと伝えられた筈だが、どうしてここにいるのか、それを訊きたい」
男が胴間声で問いかけると、マーシャは不思議そうに首を傾げた。
「それは訊いている。制限が解除されるまでは発進しない。船に乗り込むだけだという事で許可は貰っているんだが、どうしてお前達はその邪魔をするんだ?」
「それはこちらが訊きたい。発進出来ない船に乗り込んで、一体何をするつもりなのか」
「別に。待つだけだよ。解除されたらすぐに発進出来るようにね」
「残念ながらそれは許可出来ない」
「どうして?」
「我々は大事な任務の途中だ。その邪魔をするかもしれないお前達に、行動の自由を許す訳にはいかないからだ」
「大事な任務、ね。マフィアの言いなりになるような腐った軍人にあれこれ言われる筋合いはないのだけれど」
「………………」
彼らがラリーに取り込まれている事は明らかなのだが、それについては何も答えなかった。
マーシャもこれ以上の追求をするつもりは無い。
「邪魔をすると言うが、具体的には何を警戒している? 発進出来ない船に何が出来ると思っている?」
「船に乗り込んでしまえば強制的に発進する事だって出来るだろう?」
「………………」
そのもの言いにマーシャが呆れてしまう。
シルバーブラストはビームアンカーだけではなく、強固なアームによって上下左右前後を拘束されている。
この状況で強制発進出来る船があるなどと、普通は考えない。
もちろんシルバーブラストならば多少の無茶をすれば発進する事も可能だが、それをすれば、船体にもそれなりのダメージを受けてしまう。
そんな状態で宇宙に出るなどという自殺行為に及ぶつもりは無い。
シャンティとシオンが専用端末を利用出来るように出来れば、それだけで十分なのだ。
「この状況で発進しようとするほど、私は馬鹿ではないつもりだ。そんなことをすれば船も無事では済まない。そんなこと、見れば分かるだろう」
「それだけではない。リネス警察の管理データから、レヴィン・テスタールの個体情報が消されていた。しかも侵入の痕跡すら残っていない。一体どうやったのかは知らないが、この状況で船に乗り込もうとするのは、こちらの邪魔をする為に必要だからとしか思えない」
「………………」
どうやらこちらのことはそれなりに調べているらしい。
マーシャは肩を竦めて苦笑した。
痕跡を残すようなヘマをするシャンティではない。
ならば推測だけでこんなことをしている、ということになる。
その推測は間違っていないし、自分達の目的を達成する為にマーシャを止めようとするのは正しいのだが、それでもここで足止めを喰らう訳にはいかないのだ。
「つまり、どうあっても私達を船に乗せるつもりは無いって事だな?」
マーシャは懐から実弾銃を取り出す。
旅客船に乗る場合は持ち込みが制限されるのだが、自前の船で停泊している利用者は武装が許可されている。
「正気か? ここで一発でも撃てば、それだけで犯罪者となってしまうぞ」
「迎撃衛星を私物化して地上を狙撃しようとするような外道に、そんなことを言われる筋合いは無いな。私達が戦うのは、あくまでも自衛の為だ。どうせここで大人しくしていたところで、全てが片付いたら、事情を知る私達を殺すつもりなんだろう? だったらここでお前達に従ってやる理由は一つも無いな。徹底的に抗ってやるさっ!」
「っ!!」
先に撃ったのはマーシャだった。
それを合図に敵も動き始める。
レヴィの推測通り、既にミアホリックを使用している彼らの動きは人間の限界を遙かに超えていた。
それでも銃弾を避けられるほどではないので、しっかりと狙えば弾は肉体に当たる。
それを承知で彼らが向かってくるのは、ミアホリックが肉体の痛覚をも麻痺させてくれる事を知っているからだろう。
どれほど撃たれても、死ぬほどの傷でなければ動くことが出来る。
まるでゾンビ一歩手前のような効果だが、だからこそ驚異的だ。
しかしマーシャが撃ちまくり、レヴィも同様に撃ちまくり、ばらまいた弾丸はただの鉛ではない。
彼らの自信の根拠であるミアホリックの強化を速効で無効化する特殊弾なのだ。
当たれば確実に無力化させられる。
弾丸としての強度もそれなりに持たせてあるので、肉体を貫通しなくても、めり込むぐらいのダメージはあるのだ。
撃って、当てて、そしてダメージを与える。
それを繰り返す内に、敵の数は着実に減っていった。
シャンティとシオンが乗っ取った迎撃システムも、的確に敵の身体を狙っていく。
オッドは二人を護るつもりで身構えていたのだが、自分の出番はほとんど無さそうだと拍子抜けしてしまった。
仕方無く周りを警戒しながら、少し離れた敵に狙いを定めていく。
当てられると確信した上でトリガーを引き、着実に敵を減らしていった。
中でも凄まじい活躍をしたのはタツミだった。
彼はまず手榴弾を二方に投げつけて敵を動揺させ、その間にナイフを両手に斬り込んでいった。
タツミは棒術使いだが、ナイフによる近接戦闘も苦手という訳ではない。
ナイフには凝縮した無効化薬が塗布してあるので、僅かでも斬りつければアンチミア・バレットと同じ効果がある。
こうして、四十人の敵を片付けるまで、十五分もかからなかった。
マーシャは指揮官の頭を悠々と踏みつけながら、ニヤリと笑った。
「それでは、私達は船に乗り込ませてもらうよ」
完全なる勝利宣言だ。
ミアホリックの効果が打ち消されていることに気付いて、指揮官は悔しげに唸った。
しかもわざと急所を外して、殺さないように仕留められてしまったことも、悔しさに拍車を掛けている。
手加減されたのだ。
ここまでの人数差で、これほどの装備を調えた上で、彼女たちは手加減したのだ。
格下相手に慈悲をかけた訳ではない。
後々のことを考えて、ここで一人も殺さない方が、犯罪者扱いを取り消すのに有利だと判断したのだろう。
合理的な判断による助命だが、それは彼らを殺す価値すらないと見限ったも同然の扱いだった。
「ふん。無駄……だ……」
指揮官はその悔しさを声に滲ませながら、それでも自分達は負けた訳ではないと笑った。
自分達は囮でしかないのだ。
突破されたとしても、マーシャ達の努力は無駄に終わる。
時間を稼ぐ事。
それがエリオット・ラリーから与えられた役割なのだ。
まさか本当にこちらが壊滅させられるとは思わなかったが、それでも与えられた役割は果たしたのだ。
命が助かったのなら、精々嘲笑うことに決めた。
「?」
マーシャはその言葉の意味を理解していない。
だがそれで構わない。
その時になって驚愕して、そして後悔すればいいのだ。
その有様を想像して、男は少しだけ満足そうに笑った。
「行くぞ」
マーシャはそれ以上男に構うこと無く、シルバーブラストへと向かった。
死屍累々とした六番ドックの有様を無視してシルバーブラストに乗り込んだ面々は、すぐに操縦室へと移動した。
そしてシオンはニューラルリンクに、シャンティは自分の席について、専用端末との同調を開始した。
すぐに電脳空間へと自分の意識をリンクさせ、軌道上にある迎撃衛星へと接触しようとする。
しかし……
「え? 嘘っ!?」
まずシオンが驚き、
「うわっ! こりゃ無理だよっ!!」
シャンティが断定した。
「無理とはどういうことだっ!?」
状況が分からないマーシャは二人に問いかける。
ここまで来れば止められる筈だった。
二人の電脳魔術師《サイバーウィズ》がその全力を傾ければ、突破出来ない防壁などあり得ないし、ネットワークを介して止められないものも存在しない。
マーシャはそう信じていた。
しかし二人は無念そうに首を横に振った。
「無駄なのです……」
「ああ、こればかりは僕たちの手に負えないよ……」
しょんぼりしながらうなだれる二人の電脳魔術師《サイバーウィズ》に、マーシャが愕然とする。
どういうことなのかと再び視線で問いかけると、
「目標の迎撃衛星は今現在、ネットワークを完全に遮断しているのですです……」
「つまり、完全に主導コントロールしているんだよ。如何なるネットワークにも繋げずに、人間の手で動かしてる。これを止めようと思ったら、迎撃衛星そのものを破壊するか、直接乗り込んでから、コントロールしている人間を止めるしかない。最初は遠隔でコントロールを奪うようにしていたみたいだけど、僕たちがいるって分かったからネットワークを利用しない手動コントロールに切り替えた」
という、絶望的な答えが返ってくるのだった。
迎撃衛星がフォートレス社を狙撃するまでの残り時間は、着実に減っていく。
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