シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

7-8 マーシャVSレヴィ デートor尻尾びんた3


 結論として、その男は真っ黒だった。

 怪しいどころの話ではない。

 男が出入りしていた事務所には、ミアホリックが山ほどストックしてあったのだ。

 その量は、レヴィが知らずに運ばされたものの百倍ほどあった。

 大量のアンプルの中身がミアホリックだと判明したのは、男が居た場所の会話を聞き取ったからだ。

 当然の如くミアホリックと、そしてラリーの名前が出てきた。

 キサラギの名前を出す時は、心底忌々しげでもあった。

「やれやれ。あっさりと突き止められたなぁ」

 男が今現在いる事務所から少し離れた場所にあるレストランの個室で肩を竦めるマーシャ。

 食事は適当に頼んで、それを食べながら映像を見ているのだった。

 携帯端末の映像では小さすぎるので、拡張機能を使って、テーブルの上にホログラムディスプレイで表示している。

 テレビを見ているような感覚だった。

「でも結局、どこで製造しているのかまでは分からないな」

「まあこの事務所を探れば、どこから運ばれてくるのかぐらいは分かるんだろうけど」

「記録はしてあるんだろう?」

「当然だ。クロドを釈放する為には、どうしても必要な証拠になるからな」

「良かった」

「何がだ?」

「一応、助けるつもりはあるんだなと思って」

「……まあ、レヴィが気にしているみたいだから」

 ここで見捨てるような事をすれば、レヴィに嫌われてしまうかもしれない。

 そんなことは無いと分かっているのに、それでも不安になってしまう。

 マーシャはそんな気持ちを表に出したくなくて、つい意地を張った物言いになってしまう。

 嫌われたくないからではなく、レヴィの為に仕方なくやっているのだ、という体裁を整えたのだ。

「でもこのゴキレンジャーくんはかなり役に立つんじゃないか? 俺達だけだったら建物の中までは調べられなかっただろうし、会話も聞き取れなかったし」

「まあ、認めるのは癪だけど、その通りだな」

 むむむ、と唸りながらもそれだけは認めなければならなかった。

 せめてあの見た目だけでも何とかして欲しいとは、切実に思うのだけれど。

 何かあった時の為に近くで控えているのだが、この調子なら船に戻っても大丈夫そうだ。

「あーあ。こんなことならデートの続きでもしておくんだったなぁ」

 マーシャが残念そうに言うと、レヴィも頷いた。

「まあ午前中だけでも結構楽しかったし。デートならまたすればいいさ」

 ぽんぽんとマーシャの頭を軽く叩く。

「今からでも夕食は間に合うな。よし、どこか台所付きの部屋を取るから、材料を買いに行こう」

「映画は?」

「お腹空いたし。映画よりもレヴィに何か作って欲しい」

「……折角レストランにいるんだからここで注文していけばいいんじゃないか?」

 食べ物は頼んだのだが、既に胃袋の中に収まって久しい。

 大した量は食べていないので、すでに空腹状態なのだ。

「今日は私の為のデートだってことを忘れていないか?」

「いや。忘れてはいないけど」

 レヴィがプランニングしたとは言え、勝利者としてマーシャに優先権がある。

 つまり、レヴィに拒否権は無い。



 二人はスーパーマーケットまで移動して、料理に必要な材料を購入した。

「肉料理がいいんだっけ?」

「うん。どんなのを作れるんだ?」

「オッドみたいに凝ったのは無理だぞ」

「それは知ってるけど。でも焼くだけとかは嫌だぞ。ちゃんと料理して欲しい」

「分かってる。部屋にはどれぐらい調理器具が揃っているんだ?」

「高い部屋だから一通りは揃っていると思うぞ。各種調味料と包丁、各種鍋、計量道具、オーブンとか。あ、電気圧力鍋もあるみたいだ」

 借りた部屋の詳細を調べると、マーシャが感心したように呟いた。

 これは長期利用者の為にも提供される部屋で、自炊する為の設備が充実しているということだろう。

「それなら料理の自由度は結構高いな。よし、煮込み系にしよう。それならあまり難しくないし」

 そう言ってレヴィはブロック肉をカゴの中に入れた。

 そして各種野菜と香辛料などを入れて、レジへと持っていった。







 ホテルに到着すると、マーシャはソファでのんびりとくつろいでいた。

 レヴィは台所で忙しなく動いている。

「おーい。少しは手伝ってくれてもいいと思うぞ~」

「うん。頑張れ」

「………………」

 手伝う気は全く無いらしい。

 これも勝利者の特権ということなのだろう。

 敗者であるレヴィに逆らう権利は無い。

 ご機嫌そうに尻尾をゆらゆらしている姿を見ると、文句を言う気も萎えてしまう。

 自分の為に料理をしてくれるレヴィの姿を見るのが嬉しいのだと、そういう気持ちが伝わりすぎるぐらいに伝わってくるので、こちらも嬉しくなってしまうのだ。

「やれやれ。まあいいか」

 いいところで中断されたデートも、締めはこうして予定通りに進められたのだし、良しとしようと割り切った。

 そしてオッドとは較べ物にならないぐらいの拙い手際で、のろのろと料理を仕上げていく。

 台所に立つことすら珍しいので、随分と時間がかかってしまったが、それでも二時間ほどで料理を完成させることが出来た。

 テーブルの上には豚肉の柔らか煮込み、そして鶏肉のサラダが載せられている。

 卵を溶いたスープもあるが、こちらは慣れていない為、オッドほどふわふわには仕上げられなかった。

 塊が残るたまごスープを見て、マーシャがクスクスと笑う。

「悪かったな。上手くいかなくて」

「まあ、レヴィらしくていいと思うよ」

「むむ……」

 下手くそなのが自分らしいと言われると、流石に悔しい。

 しかしそれでも美味しそうにスープを飲んでくれる姿を見ると、やっぱりレヴィも嬉しくなる。

「大丈夫。味はちゃんとしてるから」

「当たり前だ」

 味まで酷かったら流石に凹む。

「この豚肉は美味しいな。柔らかいし」

「圧力鍋を使ったからな。とろとろになってるだろ?」

「うん。なんていう料理?」

「特に決まった名前は無いみたいだけどな。普通に豚肉の柔らか煮込みとかでいいと思う」

「うわー。まんまだな」

「悪いか」

「別に悪いとは言ってないけど」

「美味いか?」

「うん」

 マーシャが笑顔で頷くと、レヴィも安心したように笑った。

 とにかくこれでデートはお終いだ。

 この食事が済んでしまえば楽しい時間も終わり、仕事モードに切り替えなければならない。

「なあ。やっぱり泊まっていかないか?」

「駄目だ。シオンたちにお土産を買って帰るって約束したし」

「うぅ~。もうちょっと楽しみたいのに……」

「今日は楽しかったよ」

「むう。そう言われると弱いな」

「この件が落ちついたら、今度はリネスでデートしようか。着物を色々選んでみたいし」

「着物か~。尻尾用の穴は頼んだら開けてもらえるのかな?」

「……無理だと思う」

 ランカが尻尾穴付きの浴衣を用意してくれたのは、家の使用人に頼んでやってもらったものだ。

 お店の人間にそれを頼むのは難しいだろう。

 亜人の顧客など想定外なので、そんな特殊な注文に対応してくれるとも思えない。

 お尻の部分に穴を開けた着物の注文など、変態的な趣味を疑われたら目も当てられない。

 それだけは絶対に嫌だ。

「そうか。無理か……」

 しょぼーん……と肩を落とすレヴィ。

 そんなに尻尾穴に拘るのか……と呆れるマーシャ。

 購入した着物を自分で加工すれば、尻尾用の穴を開けることは出来るけど……ということをすぐに思い付いたが、それは言わないことにした。

 食事を済ませて片付けを終わらせ、頼まれていたお土産もちゃんと買ってから、二人はシルバーブラストへと戻った。



「お帰りなさいですです」

「お帰り、アネゴ」

 真っ先に出迎えてくれたのは、お土産を期待していたちびっこ二人だ。

 マーシャはチョコレートケーキの入った箱と、カラフルなマカロンの入った袋を二人に渡してやった。

「うわ~。美味しそうですです~」

「チョコレートケーキも美味しそうだねっ!」

 はしゃぐ子供達の後ろをすり抜けて、台所へと向かうオッド。

 どうやらお茶の準備をしてくれるらしい。

 操縦室から居間へと移動して、夜のお菓子タイムへと突入した。

 その間にも必要な仕事をしてくれていたシオンとシャンティは、ゴキレンジャー達がゲットしてくれた映像と情報をまとめて表示した。

 スクリーンに表示されている映像を見て、ゴキレンジャーの働きっぷりに呆れるやら感心するやらで、マーシャは微妙な表情になった。

 今日一日の働きのみで、ミアホリックをストックしている事務所、そして製造している施設、更には本日行われた密輸現場まで押さえてあるのだった。

 これはあの男一人を尾行監視した結果ではなく、彼を追いかけた結果として繋がりがあった関係者も追いかけ回して得たものだ。

 あの男以外にも、動いている人間が沢山居るという事でもある。

 ワクチン以外にも、別種のアタッシュケースを運んで欲しいという依頼がある。

 その届け人を彼らが担っているらしい。

 よほど格安で引き受けているのか、この手の仕事が彼らにはよく入ってくるようだ。

 全てを麻薬とすり替えている訳ではなく、大量の荷物の中に、ほんの僅かにそれを紛れ込ませているらしい。

 依頼人から荷物を受け取り、そして届ける間にそれがすり替わる現場。

 そして受け取ったものとは中身が違う荷物を運送会社に手渡す場面まで、しっかりと映像に捉えていた。

「ゴキレンジャーさん達、すごい働きっぷりですです~。お陰でこっちの情報収集がすっごく捗ったですよ」

「言えてる。ゴキレンジャーの姿に気付いた奴もいたけど、虫だと分かると気にしなかったし、すぐにカサカサしながら棚の隙間とかに逃げちゃったから、どうでも良くなったみたいだし」

『ふっふっふ。流石はアタシのゴキレンジャーね』

 いきなり会話に割り込んできたのはヴィクターだった。

 スクリーンの真ん中、一番目立つ場所に出てきて腰をくねらせている。

 通信なのに主導権が大きすぎる。

 今回は白緑のビキニだった。

「っ!?」

 ヴィクターの姿を見るのは初めてだったタツミがぎょっとして壁際まで下がった。

「あー、気にしなくていい。映像だけで実体は無い。通信だし。ただの変態だから、有害映像を垂れ流すだけで、こっちに襲いかかることは出来ないから安心していいぞ」

『ちょっと、有害映像ってどういう意味よっ!』

 ヴィクターが耳ざとく聞き取って反論した。

 反論出来る余地は無いと思うのだが、それでも反論するのが彼のポリシーだ。

「あれは一体誰なんだ?」

 スクリーンの映像、つまりは有害映像から極力目を逸らしながらマーシャに問いかけるタツミ。

『ふふふん。紹介は自分でしてあげるわ。アタシはヴィクター・セレンティーノ。誰もが認める天才よん』

「そして誰もが認める変態だ」

 マーシャの冷静な突っ込みには同意せざるを得ない。

『まあ肉体は存在しない、人格のみの存在だけどね。人工頭脳のようなものだと思ってくれればいいわ』

「じ、人工頭脳……って、もっとまともなものだと思ってたんだけどなぁ……」

「まあ色々と事情があってな。今はロッティにいるけど、専用回線でいつでも繋がることが出来るんだ。普段はあまり通信もしてこないんだが、唐突にこうやって有害映像を垂れ流してくるから困りものだ」

『有害映像じゃないわよっ!』

 他のメンバーはそろそろ慣れたのだが、タツミはまだまだ気持ち悪そうだ。

『大体、アタシのゴキレンジャーのお陰で情報収集がここまで短時間で終わったんだから、もっと感謝の気持ちを示してくれてもいいんじゃないかしら?』

「それはもちろん感謝しているけど。でも示すって、具体的には何をしたらいいんだ? 研究予算の増額は確約した筈だけど?」

『うふふ。そうねぇ。レヴィちゃんのヌードショーをリアルタイムで見せてくれるとか?』

「絶対に嫌だっ!」

 マーシャが拒否する前に本人が叫んだ。

 ガクブルしながらマーシャの後ろに隠れる。

 ま、まさか俺を人身御供にするつもりは無いよなっ!? とちょっぴり怯えているが、もちろんマーシャにそのつもりはない。

「それは却下。レヴィは私のだからな。博士にはあげない」

『あーらあら。惚気られちゃったわねぇ』

「悪いか?」

『いえいえご馳走様。仕方無いからこっちでいいわよ』

 と言いながら欲しい素材リストを表示させた。

 どれも通常の手段では手に入れにくい、厄介なものだった。

 どうやら新しい研究に必要なものらしい。

 マーシャにとってのヴィクターは頼りになるブレーンであり、ヴィクターにとってのマーシャは便利なお財布、というのが二人の関係だ。

「分かった。近日中に仕入れて、博士の部屋に届けるように手配しておく」

『よろしくね~ん』

 どうやらそれを要求するのが目的だったらしい。

 ヴィクターはあっさりと消えた。

「ふう……」

 変態が画面から消えてくれたことでほっとするマーシャ達。

「それで、これからどうする?」

 タツミがマーシャに問いかける。

 彼の希望としては、今回の密輸を阻止したいのだろう。

 あれは再びリネスに運ばれるもので、ラリーの元に届けばキサラギの脅威になる。

 ここで止められるのならば止めておきたいと考えるのは当然だろう。

「密輸は止めない。敢えてリネスまで運ばせる」

「………………」

「証拠映像はバッチリ押さえてあるからな。今回の引き渡しは、恐らく地上の宇宙港だろう。ならばレイジ・アマガセの管轄になる。前もって情報を流して、現物を確保させる。その上でこの証拠映像を引き渡せば、騙された運び屋も無事に解放される筈だし、同じようにクロドの事も解放出来るだろう」

「よし。ならその方針で決まりだな」

 ようやくクロドを解放してやれる目処が立ったので、レヴィも安心する。

「ならばすぐに出航するか。先回りしてレイジ・アマガセに知らせよう」

「了解ですです~」

 ミスティカの短い滞在は終了し、マーシャ達は再びリネスへと戻るのだった。







 他の船よりも明らかに足の速いシルバーブラストなので、急ぐ必要も無く、自動操縦に任せた航行で、マーシャ達はのんびりとしていた。

 マーシャはレクリエーションエリアで日向ぼっこをしながらすやすやと眠っている。

 レヴィはその隣で同じように眠っている、

 ごろごろとした自堕落な時間は、マーシャもレヴィも大好きなのだった。

 働く時は目一杯働いて、休む時は徹底的に休む。

 オンオフの切り替えがハッキリしている。

 シオンは一部の機能を自動操縦に振り分けながらも、オッドから少しずつ料理を教わったりしている。

 まだぎこちない手つきだが、それでも少しずつ成長しているのを見るのがオッドの楽しみでもあった。

「いつかオッドさんに美味しい手料理を作ってあげるですですっ!」

 と、張り切って言われたので、その日を本当に楽しみにしている。

 そして同じようにのんびりしながらも、しっかりと働いているのがシャンティ少年だった。

「うーん……これってどういう意味なんだろう……」

 シャンティは、解析した情報を端末画面に表示させながら唸っていた。

 首を動かして、亜麻色の髪を揺らしながら、うーんうーんと考え込んでいる。

「どうしたんだ?」

 暇を持て余しているタツミが、興味深そうにその画面を覗き込んだ。

「うん。前に気になったリネスの迎撃衛星について調べているんだよ、警察にこんなデータがあるのは妙だから」

「ああ。そう言えば前にそんなことがあったな。それで、何かおかしいことでもあったのか?」

「おかしいって言うか、やっぱりよく分からないんだよ」

「?」

「どうも、彼らの目的は迎撃衛星の乗っ取りっていうか、照準の遠隔コントロールみたいなんだよね。そういうプログラムに置き換えられてる。多分、地上から迎撃衛星の照準をコントロールして、自由に動かしたいんだよ」

「はあ? なんだそりゃ」

 意味が分からずそんな事を言うタツミ。

 迎撃衛星を乗っ取ったところで、隕石や宇宙からの襲撃を防ぐことが出来るだけだ。

 もっとも、隕石はともかくとして、襲撃はあり得ない可能性だが。

 一つの惑星を個人の戦力で襲撃するような馬鹿はいないし、国家が軍を動かしたとしても世論が黙っていない。

 その可能性は最初から除外するとして、ならば迎撃衛星の一部乗っ取りがラリーにとってどんなメリットがあるのか……というのが分からない。

「隕石の迎撃を自分達が担当するつもりか? それで何らかの実権が手に入るとは思えないんだが」

「だよねぇ。迎撃衛星は一つじゃないし」

 リネスには合計で七つの迎撃衛星が存在する。

 警察が、具体的にはラリーの勢力がプログラムの書き換えを行っているのは、その内の一機だけなのだ。

 二人にはその目的がさっぱり分からなかった。

 大したことが出来るとも思えないのだが、それでも嫌な予感がする。

 何かとんでもない事を見落としているような気がして、どうしても考えることを止められない。

「何なんだ。何が目的なんだ……」

 これが意味の無い工作だとは思えない。

 必ず何か重大な意味がある筈だ。

 それが分からないことがもどかしかった。



 その狙いに真っ先に気付いたのは、レヴィとオッドの二人だった。

 シャンティから説明を受けた彼らは、自らの経験からそれを推測したのだ。

 二人とも心底忌々しげな表情で唸っている。

「まったく。とんでもない真似をしやがる」

「同感です。このまま放っておくのは論外ですね」

 吐き捨てるように言う二人に、マーシャは怪訝そうな顔をする。

 彼女にはまだその意味が分からない。

「一体どういう意味なのか、教えて貰えるか?」

「そいつらの狙いは一つだけだ。軌道上からの超長距離狙撃」

「なっ!?」

「迎撃衛星の照準は、宇宙空間から飛来する物に限定されているが、その性能を考えれば、地上を狙うことも出来る。プログラムの書き換えによりその照準を地上、つまりピアードル大陸北部や、キサラギ本家に合わせるのも可能だということだ」

「おいおい……冗談だろ……」

 タツミが冷や汗混じりに唸る。

 それがどういう意味なのか、嫌になるほど理解してしまったからだ。

 つまり、北部全体を人質に取れるということ。

 キサラギ本家だけではない。

 北部のどんな場所にでも攻撃出来るのならば、それを交渉材料にしてキサラギを無力化出来る。

 北部の民が虐げられることを、ランカは望まない。

 だがそれ以上に、無為に命を散らされる事が耐えられない。

 反撃の手段を封じられた上で降伏を迫られたら、ランカには逆らう術が無い。

「そのプログラムの書き換えって奴は、もう終わっているのか?」

「どうだろうね。僕がデータを抜き取った段階ではまだ七割ぐらいだったけど。向こうの腕によりけりかな。といっても、乗っ取りが完了した瞬間に仕掛けるほどせっかちじゃないとは思うけど。タイミングを見計らって使うんじゃないかな。切り札っていうのは、そういう使い方をするのが一番効果的でしょ?」

「なら急いで戻ってお嬢に警告すれば……」

「警告だけしても意味が無いと思うよ。知ったところで無効化出来なければ同じ事でしょ?」

「う……」

 その通りだった。

 子供の癖に、嫌になるぐらい現実的な意見を突き刺してくる。

「まあ、そっちは何とかしてみるよ」

「え?」

「間に合えばだけどね」

「シャンティ?」

「一応、止める方法ならあるんだよ。プログラムの書き換えによって乗っ取られるなら、逆にこっちが乗っ取る事も可能でしょ? 僕が問題の迎撃衛星にハッキングを仕掛けて、逆に支配してやれば、南部やラリーを軌道上から狙撃出来るよ」

「で、出来るのかっ!?」

「まあ、狙撃はしないけど。流石にそこまで多くの命を奪うのは気分が悪いし。手を貸すのは無力化までにしとく」

「十分だっ!」

 そうなれば、ランカのみが危険に晒されることは無い。

 タツミは一刻も早くランカの所に戻りたかった。

「すまないが速度を上げてもらってもいいか? お嬢が心配なんだ」

「分かってるよ。確かにこんな手段に出る奴が、いつまでも大人しくしてくれるとは思えない。衛星の主導権を握る時間も必要になるし、少し急いだ方がよさそうだな」

 マーシャは自動操縦を解除して操縦席に着いた。

 これで速度はおよそ一・五割増しだ。

「それにしても、二人はよくそんな突拍子も無い狙いに気付いたな」

「三年前のあれがあるからな」

「経験からの推測なら、そこまで難しいことじゃない」

「……そうか」

 マーシャの質問に、レヴィ達は苦々しい表情で答えた。

 三年前。

 二人がエミリオン連合に殺された時の事だ。

 確かにあの時も、軌道上からの超長距離狙撃に巻き込まれるところだった。

 嫌なことを思い出させてしまったようで、マーシャもそれ以上は何も言えなかった。

 せめてレヴィの事は後で労ろうと決めて、マーシャは船の速度を一気に上げるのだった。

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