シルバーブラスト Rewrite Edition
7-6 恋の暴走駄犬GOGO!
翌日の朝は早速出発の話になった。
オッドの手料理を堪能してから、それぞれが準備を開始する。
「マーシャ」
「どうした?」
一夜のガールズトークが盛り上がった結果、ランカはマーシャとかなり打ち解けたようで、呼び捨てにするようになった。
マーシャ相手ならば、喋り方もかなりくだけたものになっている。
「調査に向かうんでしょう? だったらタツミの事も連れて行ってくれる?」
「どうして?」
連れて行くのは構わないが、その意図が分からず首を傾げるマーシャ。
「今回の件にラリーが関わっているのなら、キサラギの眼だからこそ分かることがあるかもしれないでしょう?」
「あ、そうか。言われてみればその通りだな」
「ええ。だから連れて行ってくれるかしら?」
「うん。そういうことなら構わない。こちらとしても証拠固めを出来るなら助かるしな」
幸い、クロドを引き渡したばかりなので客室は空いている。
「という訳でタツミ、役に立ってきなさい」
ランカは振り返ってタツミに命じる。
しかしタツミは不満そうに眉をハの字にした。
「えー……せっかく檻から出てきてお嬢と再会出来たのに、またすぐお別れかよ。寂しい寂しい寂しい寂しいっ!!」
このまま地団駄を踏んでしまいそうなごねっぷりだった。
そんなタツミに絶対零度のスマイルを投げかけるランカ。
「役に立ってきなさい」
声も絶対零度だった。
まさしく女王の威厳だ。
「い、いえっさ-……」
こうなると忠犬よろしく従う以外の選択肢は無かった。
元々この件はしっかりと決着を付けなければならないと考えていたのもあって、同行そのものは構わないと考えていた。
ただ、ランカと離れるのが寂しいだけなのだ。
お嬢がもう少し寂しがってくれたらもっとやり甲斐があるのに……と未練がましく考えているだけなのだ。
シルバーブラストがある宇宙港まで車で送り届けると、船に乗るまで見送るつもりらしく、ランカは最後まで付いてきた。
ぞろぞろと宇宙港を歩いて、シルバーブラストへと向かう。
「あ、そうだ。スターウィンドはちゃんと回収しておいたからな」
「マジか。一体どうやったんだ? あれって一応は証拠品扱いになっている筈だろう?」
愛機を取り戻してくれたマーシャには感謝しているが、あまり無茶なことをされても心配になってしまう。
もちろんレヴィ自身も取り戻す気は満々だったのだが、自分の知らないところで無茶をされるのも困るのだ。
マーシャは悪戯っぽく笑ってからレヴィの肩を叩いた。
「大丈夫。無茶はしていない。あれは元々私の所有物だからな。所有権を主張して、正当な権利として取り戻しただけだ。それに表向きレヴィは釈放された。つまり無実だったという事になるんだから、スターウィンドも証拠品にはなり得ない。だから取り戻すのはそんなに難しくなかったよ」
「そうか。ならいいけど」
「まあ、このまま大人しく引き下がるとは思えないけど、その時は正面から潰してやるだけだ♪」
ふふふ、と獰猛に笑うマーシャ。
絶対に敵には回したくない姿だった。
「その時は俺がやる。今回は苦い経験だったからな。鬱憤はしっかり晴らさないと」
「なら、どちらが多く撃墜するか競争するか?」
「勘弁してくれ。天弓システムがあるシルバーブラストに単機で勝てる訳がないだろ」
百に及ぶ分離操作型のレーザー砲を備えているシルバーブラストと撃墜数を競ったところで、勝てる訳がない。
かつては『撃墜王《エース》』と呼ばれたレヴィだが、そんな彼でもシルバーブラストと撃墜数を競う気にはなれない。
「まあそれもそうだな。少しばかり不公平か」
「少しばかり、どころじゃねえだろ」
不満そうに頬を膨らませるレヴィを見て、マーシャがクスクスと笑う。
自分よりもずっと年上なのに、子供みたいな表情を見せてくれるのが嬉しいのかもしれない。
そんな二人を、ランカが少しだけ羨ましそうに見ていた。
本人には気付かれないように、ちらりとタツミに視線を移す。
自分達もいつかはあんな風になれるだろうか、と考えてしまったのだ。
昨夜、マーシャと同じ布団の中で語り合った恋バナが、少しだけ彼女を積極的にしている。
気持ちを伝えるべきかどうか、今も迷っている。
「お嬢?」
見られていることに気付いた訳ではなく、何か悩んでいるように見えたので、タツミが心配そうに声を掛けてくる。
「な、何でもないわ」
「そうか。ならいいけど」
「………………」
そこはもう少し気にして欲しい、と思うのは贅沢なのかもしれないが、つい考えてしまう。
シルバーブラストの前まで辿り着くと、シャンティが一番最初に乗り込んだ。
「僕は例の件を先に探ってみるから」
「ああ。頼む」
リネス警察にあった迎撃衛星に関するデータについて、もう少し詳しく調べるとシャンティが提案していたのだ。
その為にはシルバーブラストの中にあるシャンティ専用端末が必要になる。
シャンティが使うのに最適化された端末は、彼の能力を最も効率的に引き出してくれる仕様になっている。
ランカの別荘で借りた端末とは較べ物にならないハイスペックなので、僅か数十分しか使えなくても、調査はかなり捗るだろう。
「シオンも手伝って。調査だけならともかく、この船にかけられているハッキングが鬱陶しいからね。僕がやっている間、牽制して欲しいんだ」
「了解ですです~」
スターウィンドだけではなく、このシルバーブラストもリネスにとってはオーバーテクノロジーの塊だ。
この宇宙港にある間、少しでも調べようと躍起になっていることは知っている。
整備の申し出もいくつかあったが、全て断っている。
しかしハッキングとスキャンは今も続いている。
物理防壁もネットワーク防壁も突破されていないので、貴重なデータが盗まれるような事は無いが、この相手をしながらリネス警察や軍の管制頭脳にアクセスするのは少々面倒くさい。
シオンとシャンティはランカにひらひらと手を振ってから、シルバーブラストに乗り込んでいく。
そしてオッドも一礼してついて行った。
残されたのはマーシャとレヴィ、そしてランカとタツミだった。
「これがマーシャの持ち船なのね」
ランカはシルバーブラストを見上げて楽しそうに呟く。
「うん。名前はシルバーブラスト。私の大事な半身だよ」
操縦者にとって持ち船は己の半身も同然なので、そういう表現をした。
その気持ちはレヴィにもよく分かるので、同じように頷く。
彼にとってのスターウィンドも己の半身と言えるものなのだ。
「それでは一度お別れね、マーシャ。でも、なるべく早く戻ってきてね」
「分かってるよ。ちゃんと証拠を掴んで戻ってくるから、それまでにラリーと最終戦争になったりするなよ」
「出来るだけ努力するわ。でも、そうなったとしても負けるつもりは無いけどね」
「私も出来るだけ協力するよ」
「頼りにしているわ」
マーシャとランカはすっかり仲のいい友達同士になっている。
一緒に温泉に入ったり、同じ布団で眠ったりしたのは、かなり効果的だったらしい。
人間に対しては冷たいところのあるマーシャも、ランカにはとても優しくしてあげたいという気持ちになっている。
「じゃあ行ってくるよ」
「ええ。気をつけてね」
マーシャとレヴィは一足先にシルバーブラストへと乗り込む。
そしてランカとタツミのみが残された。
「……何やってるんだよ、マーシャ」
マーシャは船に乗り込んでもすぐに操縦室には向かわず、付近にあるディスプレイの電源を入れた。
入り口付近にある監視カメラの映像を流しているのだ。
つまり、ランカとタツミの様子を覗き見している。
「何って言われても困るんだけど、強いて言うなら覗きかな」
「堂々と言うなよ」
呆れたように肩を竦めるレヴィだが、こういう事に興味を持つマーシャは珍しいので、自分も同じように覗いてみる。
「あの二人が気になるのか?」
「ちょっとな。ランカがもう少し積極的になってくれるといいんだけど」
「やっぱりあの子はタツミに気があるのか?」
「見れば分かるじゃないか」
「……端から見るとすげー冷たい女王と駄犬だけどな」
「レヴィは鈍い」
「気付いていないとは言っていない」
「とにかく成り行きが気になるんだ」
「趣味が悪いぞー」
「ならレヴィは操縦室に行けばいい」
「いや、ここまで来ると俺も気になるし」
「……自分だって悪趣味じゃないか」
「わはは。そういうことにしておこう」
などと言い合いながら、二人はディスプレイを覗き見ていた。
「お嬢。俺もそろそろ行くけど、ちゃんと気をつけろよ。一人で出歩いたりするなよ」
今は二人きりになっているが、十メートルほど離れた場所にはきちんと二人の護衛が待機している。
最後にタツミを見送った後は、護衛と一緒に本家に戻る筈だ。
「分かっているわよ。貴方もちゃんと仕事をしてきなさい」
「それはもちろんそのつもりだけどさ」
「………………」
「お嬢?」
少し前から何か言いたそうなのに、それでも躊躇っている様子のランカを見て、訝しげに問いかける」
「どうしたんだ?」
「その……」
「?」
何かを言いかけて、それでも言えなくて。
それを何度か繰り返していると、ランカの頬が赤く染まってしまう。
好きだと言いたいのに、でも言えなくて。
一歩が踏み出せなくてもどかしい。
だけど今はまだこれでいいのかもしれない、と逃げてしまう。
戻ってきたらまた挑戦してみよう、と自分に言い訳をしてしまう。
その様子はたまらなく可愛らしく、そしてそれがタツミを狂わせた。
「お嬢」
「え?」
タツミはしゃがみこんで、そのままランカに軽く唇を合わせた。
「っ!?」
いきなり襲いかかってきたその感覚をすぐには信じられず、咄嗟に唇を押さえる。
「な、ななななっ!?」
そしていきなりキスされたのだと理解して、ランカは真っ赤になった。
それだけではなく、ばちーんと景気のいい音を立てながらタツミの頬をびんたした。
「何するのよーっ!!」
「いやあ、お嬢が今までで一番可愛かったからつい……」
照れたように笑うタツミには、欠片ほどの罪悪感も存在しなかった。
「つい……じゃないでしょうっ! いきなりこんな事をするなんてっ!!」
再びびんたを喰らわせようとしたのだが、少し遅かった。
二つの容赦無い拳がタツミに襲いかかったのだ。
「ぐぼあっ!?」
顔面にめり込んだ厳つい拳は、更にタツミを殴りつけていく。
これはランカのものではなく、十メートル先に控えていた護衛二名のものだった。
「てめえ、お嬢に何しやがるっ!」
「もう一度檻の中に入っちまえっ!」
「つーか出てくるなっ! 戻ってくるなっ!」
「ぐはっ! げふうっ! ぐおおおおーーっ!」
ひたすら殴られまくり、蹴られまくるタツミ。
どうやら護衛二名もランカのことを好ましく思っているようで、タツミの抜け駆けに心底腹を立てていた。
「あの……ちょっと……」
戸惑ったのは被害者であるランカの方だ。
確かにもっと殴ってやりたいと思っていたが、流石にタコ殴りされまくっているタツミを見ると、止めに入らなければという気持ちになる。
「申し訳ありません、お嬢。俺達が傍に居ながら、お嬢の唇をこんな駄犬にっ!」
「俺達だってお嬢を狙っているのに、こいつが抜け駆けをっ!!」
「………………」
どうやらランカにはかなりのファンがいるらしい。
女王というよりは姫という扱いで、キサラギの男達にとっては高嶺の花であると同時に、いつか振り向いてもらいたい恋の対象なのだ。
ずっと自分を護ってくれていたタツミに特別な感情を抱いていることはみんな知っていたが、それでもいつか自分達にもチャンスがあるかもしれないと夢見ていたのだ。
それなのにランカが告白もしない内からファーストキスをかっ攫ってしまったのだから、いくら殴ったところで怒りが収まる訳がない。
「この野郎くたばっちまえっ!」
「死ね死ねっ!」
「ぎゃあああああーっ!!」
「えっと……そろそろ止めてあげて。本当に死んじゃうだろうし……」
「殺しても構わないんですが」
真顔で言う護衛。
もう一人もこくこくと頷いている。
「流石に死なれたら困るから、止めてあげて」
「む……お嬢がそう言うのでしたら」
「仕方ありませんな」
忌々しげに吐き捨てながらもランカの命令には従う護衛二名。
ようやく暴力の嵐から解放されたタツミはかなりへろへろになっていたが、辛うじて生きていた。
「助かったぜ、お嬢~」
「馬鹿っ!」
己の行いを全く反省していないタツミの様子に呆れて、再び怒鳴りつける。
しかしキス出来たことが余程嬉しかったのか、タツミは殴られながらもヘラヘラしていた。
ふらふらになりながらも立ち上がり、再びランカと向き合う。
「それで、一体何を言おうとしていたんだ? 言いにくいことみたいだけど」
「何でもないわよっ!」
今更言える訳がない。
というよりも、言いたくない。
ここでそんなことを言えば、更に調子に乗るのは目に見えている。
「いや、何か言いかけていただろう? 気になるんだけど」
「知らないわよっ! 早く行きなさいっ!」
「戻ってきた時に聞かせてくれよ」
「却下よっ!」
結局、怒りっぱなしで見送ってしまった。
そんな二人の様子を見て、やれやれとため息を吐くマーシャ。
「まったく。何をやっているんだか……」
頭痛を堪えるように人差し指でこめかみを押さえるマーシャ。
タツミの馬鹿っぷりに呆れ果てているようだ。
「あのまま大人しくしていれば上手くいっただろうに……」
マーシャはランカが何をしようとしているのかを知っていた。
上手く告白出来れば、あのままロマンチックな雰囲気で新しいカップルが誕生していただろうに。
その雰囲気のまま、合意の上でキス出来ていただろうに。
乙女の一世一代の告白をあんな形で台無しにされたのだから、しばらくは怒ったままだろう。
こうなるとランカが可哀想になってくる。
フルボッコにされたタツミに対する同情心は欠片ほども存在しない。
むしろため息ばかりが出てくる。
「でも気持ちは分かるな。俺から見てもさっきのランカは可愛かったし」
「む……」
「妬くなよ」
「別に妬いてない」
「そうか。ならもっとランカを褒めよう」
「………………」
ぷくっと頬を膨らませるマーシャに噴き出してしまう。
反応が分かりやすいので、からかい甲斐があるのだ。
しばらくすると、顔を腫らしたタツミが戻ってきた。
「よお。色男になってるじゃねえか」
「いやあ、それほどでも」
「ちなみに、これっぽっちも褒めてないからな」
「あれ? てっきり英雄的行動を褒められているものかと思ったんだが」
「アホの行動にしか見えなかった」
「同感」
「えー……」
レヴィの意見にマーシャも同意して頷く。
「それよりも、ランカって結構ファンが多いんだな。本家に戻ったらもっとしばかれるんじゃないか?」
「お嬢とキス出来たんだから、いくらしばかれても悔いは無いっ!」
「言い切った……」
「アホだ……」
駄犬の力説に呆れ果てる二人。
「あんな美少女ならキスしたくなる気持ちも分かるけど、もっと状況を考えろよ」
「だってお嬢がすげー可愛かったんだよ。キスしたくなったんだよ」
「だからって普通、本人の許可無くするか?」
「したくなったんだから仕方無い」
「やっぱりアホだ」
「同感」
「アホじゃなくて犬だっ!」
「力説されても困るんだが」
「激しく困る」
「でもさ、お嬢も少しだけ嬉しそうに見えたんだけど、気のせいかな?」
「………………」
「………………」
「もしかして嫌がってなかったのかな? だとすると戻ってきた時にはお嬢ともっといちゃつけたりするのかな?」
「………………」
「………………」
嫌がっていないどころか、怒っていながらも内心では少しだけ嬉しいと思っていることは明らかだが、この駄犬相手にそれを教えてやるのは癪だったので黙っておいた。
小さな恋が実る寸前で台無しにされたりしながらも、シルバーブラストは宇宙へと飛び立っていった。
戻ってくるのは一ヶ月ほど先になるだろうが、次は頑張っている少女の笑顔が見られるといいなと思った。
マーシャが視線を移したその先には、スクリーン越しに手を振る少女の姿があった。
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