シルバーブラスト Rewrite Edition
7-4 怒れる猛獣マーシャちゃん
そしてレヴィに遅れること半日でリネス宇宙港に到着した。
時間を掛けたのはもちろんわざとだ。
それに怪我人であるクロドに負担を掛けない為にも、あまりスピードを上げる訳にもいかなかったという事情もある。
ようやく追いついて、レヴィと合流しようと思って携帯端末に連絡を入れてみたのだが、その時に出たのが本人ではなく他の男の声だったので、マーシャは一気に警戒した。
「誰だ?」
マーシャは険しい声で電話の向こうにいる相手に問いかける。
レヴィの携帯端末を拾っただけなら構わない。
しかしもしも他の理由があるのならば、容赦はしないと決めていた。
男はリネス中央警察のレイジ・アマガセ警部と名乗った。
そしてレヴィが今現在、ピアードル第一刑務所にいる事を離すと、今度こそマーシャがキレた。
「一体どういうことだっ!」
トラブルに巻き込まれるかもしれないと心配していたが、まさか檻の中に居るとは思わなかったらしい。
マーシャの髪の毛ともふもふが一気に逆立つ。
レイジはその反応も予想していたらしく、怒髪天のマーシャにも落ちついて対応していた。
まずこの携帯端末は本人から強引に奪ったものではなく、刑務所に入る前に同意を得て没収した彼の荷物だということも説明した。
事情を話し、麻薬の密輸について何か知らないかと質問される。
「……そういうことなら私達は何も知らない。知っているのは元々の依頼引受人であるクロド・マースだ。今は大怪我をしてこの船で療養中だがな」
「その男を引き渡して欲しいと言ったら?」
「もちろん引き渡す。だが巻き込まれたレヴィはどうなる? 彼の身柄は返して貰えるのか?」
「俺個人としてはそうしたいところだが、実際に麻薬を運んだのは彼だ。共犯としての疑いが晴れない以上、そう簡単にはいかないことを理解して欲しい」
「………………」
「こちらの警察組織も今は随分と厄介なことになっていてね。特に、彼が乗ってきたあの戦闘機に興味があるらしい」
「レヴィを拘束したところで無駄だぞ。彼にあの戦闘機に関する開発知識は無い。彼は操縦者であって開発者ではないからな」
「だからこそ、あの機体を造ったのが誰なのか、それを突き止める為にも捕まえておく必要があるらしい」
「それなら簡単だ。あれは私が造った」
「貴女が?」
「そうだ。私は操縦者であり開発者だ。あの機体については誰よりも熟知している」
「……それを奴らに知られたら、貴女まで狙われると分かっていて言っているのか?」
「私は売られた喧嘩は買う主義だ。もしもそいつらが私に牙を剥くというのなら、こちらも容赦はしない」
「正面切って売ってくるとは限らないぞ。今回の麻薬密輸事件と絡めて、共犯扱いで逮捕してくる可能性もある」
「どうやって? 直接運んだレヴィや、元々運ぶ筈だったクロドだけならまだしも、私を捕まえるのは無理がありすぎるぞ。証拠不十分だ」
「そんな道理が通るような連中じゃない」
「……なるほど。貴方もなかなか苦労しているようだな、アマガセ警部」
「分かってくれて嬉しいよ」
「まあ、絡めてについては心配無い。謀略に最も有効な手段は何か知っているか?」
「謀略返しか?」
目には目を、歯には歯を、謀略には謀略を。
確かに正しい反撃だった。
「間違ってはいないが、もっと的確な、そして容赦の無い反撃方法がある」
「?」
「権力さ。謀略を狙う奴は、大抵が富と権力を求めている。謀略はその為の手段に過ぎない。だからこそ、権力には何よりも弱いのさ」
「……確かにな。だが一般の旅行者である貴女がどうやってそれを行使するつもりだ?」
「そうだな。たとえば私を敵に回せばロッティ政府を含めて、リーゼロック・グループが黙っていないと言ったら?」
「………………」
エミリオン連合も含めた宇宙経済に影響を与えているリーゼロック・グループのことは辺境のリネスにも知れ渡っている。
その権力がどれほど絶大なのかも知っている。
レイジは冷や汗混じりに問いかけた。
「まさか、貴女はリーゼロックの関係者か?」
「クラウス・リーゼロックは私の保護者だよ」
「………………」
クラウス・リーゼロック。
リーゼロック・グループの創始者であり、現在は会長もしている。
その身内だというのなら、確かにリーゼロックを敵に回すことになるだろう。
リーゼロックを敵に回せば、ロッティ政府も敵に回すことになる。
マーシャに手を出せば国際問題にまで発展するということだ。
「……もしかして、レヴィン・テスタールもリーゼロックの身内か?」
「レヴィはリーゼロックの身内というよりは、私の身内だ。その気になればリーゼロックを動かすことも出来るが、現状でそこまで大事にするつもりはない。ただ、私にはいざとなればそういう手段があるということは示しておこう」
「………………」
恐ろしい脅迫だった。
この電話が上層部に盗聴されていることもきっと気付いているのだろう。
これで上層部はマーシャへの対応を変えざるを得ない。
「貴女の意志は十分に伝わったと思う」
「それは良かった」
マーシャの声が少しだけ機嫌のいいものへと変わった。
やはり伝わったことは気付いているのだろう。
機嫌がいいと同時に、少しだけ意地の悪い声だった。
「とにかく、クロド・マースの身柄だけは引き渡して貰いたい。そうすればレヴィン・テスタールに会えるように手配する。解放までは確約出来ないが、これが俺に出来る限界だ」
「いいだろう。だが相手は怪我人だ。あまり手荒なことはしない方がいい」
マーシャは引き渡しを約束してから通話を切った。
そして怒髪天を復活させて、すたすたとクロドの居る部屋へと向かう。
耳の毛も、尻尾の毛も逆立っている。
今は自分の船の中なので、他人がいてもそれらを隠していない。
レヴィが出て行ってからは、マーシャはクロドの世話を引き受けていた。
クロドはマーシャが亜人だと知って少しだけ戸惑っていたが、今度は別の意味で驚いていた。
「マーシャ? どうしたんだ?」
いきなり怒り心頭のマーシャが部屋に入ってきたので、首を傾げるクロド。
しかしマーシャはそんなことお構いなしに、クロドの胸ぐらを掴み上げた。
それでも辛うじて理性は残っているので、怪我が悪化しないギリギリの強さで締め上げている。
「一体どういうことだっ! レヴィを騙したのかっ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれっ! 一体何の話だっ!?」
いきなり締め上げられたクロドは全く事情を知らないので、混乱しながらも苦しそうに訴えた。
いきなりの豹変ぶりに恐怖していたが、今はビクつくよりも事情を訊く方が先だった。
マーシャはクロドを締め上げる手を緩めないまま、レヴィが出て行ってからどうなったのかを話した。
いつの間にか麻薬を密輸させられていたこと、そしてその所為でレヴィがリネス警察に捕まったことを説明する。
「なっ!?」
クロドの顔から血の気が引く。
彼も初めて麻薬のことを知ったのだ。
騙されていた事にも気付かず、ワクチンだと信じていたものは麻薬であり、それをリネスに運び込もうとしていた。
もしもそのまま引き渡しが成功していたらと思うとぞっとする。
マーシャもクロドのそんな反応を目にして、彼が自分達を騙そうとした訳ではなく、本当に何も知らなかったのだと理解する。
締め上げる手はようやく離れたが、それでも怒りは収まらなかった。
彼が騙された所為でレヴィが巻き添えを喰らったかと思うと、ひたすら忌々しい。
レヴィが助けた相手でなければ、半殺しにするまで殴っていたところだ。
そういう物騒な事情も相まって、マーシャは獣のように唸った。
その唸り声に身震いするクロド。
怒れる狼の唸り声は、荒事に慣れている筈のクロドですら恐怖させるほどに物騒だった。
そしてマーシャの方は容赦をするつもりはなかった。
暴力で痛めつけるつもりはないが、それ以外の部分では容赦をしないと決めた。
「リネス警察はお前の引き渡しを要求している。レヴィの身柄を取り戻す為にも、大人しく捕まって貰うぞ」
マーシャは冷徹に言い放った。
「………………」
流石にあっさりと頷くことは出来なかった。
その必要があることは理解しているのだが、自分からそれを了解するのは躊躇われた。
そんなクロドの躊躇いを見ても、マーシャは容赦をするつもりは無いらしく、遠慮無く畳み掛ける。
「嫌だと言っても縛り上げて連れて行くからな。迂闊にも騙されたあげく、こちらまで巻き込んだ責任はきっちり取って貰う」
「……分かっている。どう考えても俺が悪い。引き渡してくれ。それでレヴィが戻ってくれるのならば文句は言わない」
ここまで来ればクロドも観念するしかなかった。
ここで拒否したとしても、マーシャは本当にクロドを縛り上げて警察に引き渡すだろう。
彼自身も、この状況で逃げ出すほどの恥知らずではない。
最低限、巻き込んだレヴィの事は取り戻さなければならない。
今も恋人の心配をしているマーシャの為にも、自分が捕まることは必要不可欠なのだと言い聞かせた。
「……まあ、お前を引き渡したところで、向こうが大人しくレヴィを返してくれるとは思えないけどな。それでも、何もやらないよりはマシだ」
「どういう事だ?」
「共犯者扱いしているのなら、簡単には解放してもらえないという事だ」
「………………」
しかもそれだけではない。
彼らがスターウィンドの技術に興味を持っているのなら、自分達の事も放っておかない筈だ。
逃げるのは簡単だが、その前に何としてもレヴィの身柄を取り戻さなければならない。
マーシャにとって、今のレヴィは人質扱いなのだ。
もちろん、リーゼロックの権力を使えば取り戻すのはそれほど難しくはない。
しかしなるべくならば自分の手で取り戻したかった。
迷惑を掛けたくないという気持ちもあるが、これはマーシャ自身の意地でもある。
いい加減、大人になっているのだから、保護者に頼らずに自分の力で何とかしたいという気持ちが強いのだ。
クラウスはもっと頼って欲しいと考えているのかもしれないが、マーシャは出来るだけ自立して、自分の力で何でも出来るようになりたいと考えている。
だから、その意地を張り通すのなら、レヴィを取り戻すことも難易度が上がるだろう。
恐らく、身柄の引き渡しと同時にシルバーブラストの事も調べようとしてくる。
そんなことに応じるなど論外だが、しかしレヴィの事は取り戻したい。
その妥協点を探すのが先だな、と深いため息を吐く。
マーシャは操縦室に戻ってから、シオンとシャンティに相談して、リネス全体と警察の事情について可能な限り調べるように頼んだ。
「了解ですですっ! レヴィさんの身柄を取り戻す為にも協力するですよ」
シオンの方はマーシャの為に献身的に働くことを約束してくれたのだが、
「そうだね。ちょっと面白そうだし。どす黒い事情とかわんさか出てきそう。弱みとか握りたいんでしょ?」
シャンティの方は可愛らしい顔に、にんまりとした笑みを浮かべている。
発言はかなりブラックだが、顔が可愛らしいのでギャップが凄いことになっている。
小悪魔ショタだな、と内心で苦笑するマーシャ。
「弱みでも強みでも構わない。とにかく情報が欲しい」
「オッケー。それにしてもアネゴを敵に回すなんて、リネス警察も命知らずだよね」
「本当にな。とことんまで思い知らせてくれる」
がるるる……と獣の唸り声が聞こえてきそうなぐらい物騒な表情だった。
その敵意を向けられる相手に心から同情しながらもシャンティは久しぶりに電脳魔術師《サイバーウィズ》としての本領発揮を楽しむことにするのだった。
クロドの引き渡しは明日行うとレイジには言ってあるので、その間に情報収集を行うことになった。
ちなみに宇宙港入りしたシルバーブラストは厳重な監視下に置かれている。
麻薬密輸容疑をかけられているので当然の対応だが、しかしそれもクロドを引き渡してしまえば、表向きは監視する理由も拘束する理由も無くなってしまうので、一日の猶予期間で調べられる限りの情報を得ようとしているのだろう。
しかしマーシャはそれをさせなかった。
補給も整備も全て断った。
元々、食糧以外の補給は必要無い仕様なので当然だ。
食糧もまだまだ余裕がある。
ここで部外者を大事な船の中に招き入れてやる理由は何処にも無いのだ。
「鬱陶しいな」
それでも調べられることは調べようとしているらしく、外部からのスキャンやネットワークの侵入が絶えない。
スキャンしたところで簡単に構造が分かるとは思えないし、優秀な電脳魔術師《サイバーウィズ》が二人も居るこの状況でハッキングを許したりはしないのだが、鬱陶しいことに変わりはない。
向こうも苛立っているだろうが、こちらも苛立っている、
しかし今は耐えることにした。
そしてシオンとシャンティの情報収集はあっさりと完了した。
エミリオンの管制頭脳にまであっさりと入り込める腕利きの二人なのだから、地方惑星であるリネスの電子防壁など障子紙も同然だった。
欲しい情報はすぐに手に入り、マスコミや個人の掲示板にある情報まで網羅して、それらの情報を整理するまでにかかったのは僅か二時間。
かなり優秀な処理時間だった。
「二人ともお疲れ様。助かったよ」
マーシャは二人のちびっこ電脳魔術師《サイバーウィズ》を労った。
具体的には尻尾をもふもふさせてやった。
二人ともマーシャの尻尾が大好きなのだ。
特にシャンティは滅多にもふらせてもらえないので、大喜びでもふもふしてきた。
「はう~。一仕事の後はこのもふもふが最高ですです~」
「だよね~。アニキがいないから遠慮無くもふもふ出来るし」
レヴィがいる時は流石に気が引けるのだが、シャンティもマーシャのもふもふは大好きなので、こういう時は遠慮をしない。
マーシャは二人にもふもふさせながら、まとめてもらった電子資料に目を通していた。
惑星リネス。
建国三百四十年の歴史を持つ国家であり、浅くもなく古くも無い、中途半端な国だった。
星追い人《スターウォーカー》によって発見された居住可能惑星で、エミリオン連合の手によって本格的な発掘が進められた。
エミリオン周辺の惑星から移住希望者を集めて、本格的な都市開発が進められ、二百二十年ほど前には惑星ニラカナからの移民も大量に流れ込んできた。
彼らは北部に定住し、初期の移民は南部に定住することになった。
それから時間が経過し、やがて北部と南部で二大組織が形成されることになる。
それがキサラギ一家とラリー一家だ。
二つの家は昔から争い続けながらも、リネスの発展に貢献してきた。
リネスの大企業から中小企業まで、どちらかの影響を受けていないものは存在しないほどに二つの家の力は大きかった。
個人営業者でさえ、彼らの影響から逃れることは出来ない。
といっても二つの組織の性格は対照的で、ラリーは支配、キサラギは共存と手助けを主な目的として活動しているらしい。
積極的に影響力を広めようとしているラリー一家の方が勢力は上だが、北部の人間に圧倒的な支持を受けているキサラギ一家の人気は侮れない。
ラリー一家が北部の人間に理不尽な危害を加えようとすれば、キサラギ一家が黙っていない。
支配力を北部にまで伸ばそうとする度に、キサラギが邪魔をするのだ。
ラリーにとってキサラギとは、強烈なまでに忌々しい存在なのだろう。
彼らは何度もキサラギを潰そうとしていたが、どうしても上手くいかなかった。
八年前は唯一の跡取りであるランカ・キサラギを殺してしまおうとしたらしいが、傍に居た護衛が的を皆殺しにして無事に済んだらしい。
ランカ・キサラギもその時に重症を負ってしまったようだが、今は立派に跡を継いでキサラギ一家を切り盛りしている。
弱冠十六歳の少女がマフィアを切り盛りしているあたり、彼女の才覚もなかなかのものなのだろう。
そして最近はラリーも警察組織にまでその影響力を伸ばしていき、今や警察そのものが彼らの言いなりになっている有様だった。
警察組織が犯罪組織の下僕扱いなど、実に笑えない話だった。
しかしこの状況だと、レヴィを簡単に手放してくれるとは思えない。
何か方策を考えなければならないだろう。
「いざとなればキサラギに繋ぎを取ってみるのもいいかもしれないな」
ラリーと拮抗する勢力はキサラギなのだから、対抗しようと思えば彼らに手を貸して貰うのが一番手っ取り早い。
資金提供や技術供与などで交渉すれば、キサラギの協力を取り付けるのはそこまで難しくないと考えている。
もちろん、リーゼロックの力を使えば力ずくで全てを叩き潰すことも不可能ではないが、それをやると目立ちすぎる。
後処理もかなり面倒になりそうなので、出来ればもう少し小規模なレベルで何とかしたい。
「リーゼロックの力を使うのは最終手段だな。使えば簡単に潰せるが、それじゃあ面白くない」
権力者に対して最も有効な剣は、それ以上の権力と金なのだ。
マーシャはその両方を保有している。
だからこそ、ある程度の手加減が必要なのだ。
レヴィを取り戻すだけでは面白くない。
きちんと相手に思い知らせてやらなければならない。
手加減をしなければ、いたぶることも出来ないではないか。
獲物が一瞬で壊れてしまっては意味が無い。
徹底的に潰してやるが、その為にじっくりといたぶらなければならない。
底意地の悪い考えだが、レヴィを奪われたマーシャは完全に腹黒猛獣モードになっているのだった。
獰猛で冷徹な笑みを浮かべているマーシャを見て、ちびっこ達はもふりながらも震えていた。
「………………」
「………………」
もふもふ天国で労われていた筈なのだが、その笑みを見てからはそろそろと離れていくのだった。
猛獣をいつまでももふりつづけていたら、いつ暴発するか分からないからだ。
触らぬ猛獣に祟り無し、である。
そしてラリー一家はこれから大いに祟られるであろう。
★
そしてピアードル第一刑務所に入れられたレヴィは、真っ先にその洗礼というべきものを受けていた。
如何にも柄の悪そうな囚人達に取り囲まれてしまったのだ。
複数で一人を取り囲んでいながらも、看守は何も言わない。
ということは、ラリー一家のメンバーなのかもしれない。
「俺に何か用か?」
五人の屈強な男達に囲まれながらも、レヴィは平然としていた。
見たところ力は強そうだが、動きは素人に毛が生えた程度のものだ。
まだ戦闘にはなっていないが、歩いたりする仕草だけでもそれが分かる。
本当に強い人間は、動きの軸がほとんどぶれないのだ。
しかし彼らの動きはぶれないどころか不安定で、滑稽ですらある。
話しかけるが、男達は何も言わない。
ただニヤニヤしているだけだ。
恐らく自分を痛めつけることだけが目的なのだろう。
散々痛めつけ、それを毎日繰り返し、心を折った段階で別の人間がやってきて、情報を吐き出させるつもりなのだろう。
レヴィはそこまでのことを瞬時に推測した。
そしてそういう事ならば遠慮する必要はないと割り切った。
どうせ看守も暴力を見過ごしているのだ。
こちらが少しばかり過激な反撃をしたところで文句はあるまい。
普段なら一撃入れて動けなくしたところで勘弁してやるのだが、今回は徹底的に痛めつけることにした。
「この野郎っ!」
「ふざけんなっ!」
「死ねくそったれがっ!」
などなど、実に口汚い罵声を浴びせてくるが、殴られながらなので、大変に見苦しい。
レヴィは一人目の攻撃を避けてから、振りかぶった右腕を絡ませてそのまま顔面を殴った。
その際に相手の腕も折っておいた。
絡ませた際に関節を極めておいたので、そのまま振りかぶるだけで簡単に折れてしまったのだ。
二人目は掴みかかってきた腕を取って、そのまま投げた。
これも投げる際に同じように関節を極めていたので、相手の利き腕はもちろん折れている。
ついでに頭から地面に落としてやったので、すぐに意識を失った。
三人目は後ろから羽交い締めしようとしてきたので、体重の乗ったエルボーを鳩尾に喰らわせてから、回し蹴りでとどめを刺した。
これだけの動作にかかった時間は僅か八秒。
それなりに荒事専門のようだが、マーシャとの格闘訓練に較べたら子供の取っ組み合い以下のレベルだ。
レヴィの実力を目の当たりにしてしまった残りの二人は顔を見合わせて怯んでしまう。
「それで、どうする?」
ふてぶてしく嗤う姿は、二人にとって悪魔のそれに見えただろう。
「やるならこっちも容赦をするつもりはないぜ」
「………………」
「………………」
二人は震えていたが、しかし果敢にもレヴィに飛びかかってきた。
ここで逃げ出した場合、ラリー側の制裁があるのかもしれない。
それならば全員敗北の連帯責任にしてもらった方が、まだダメージが少ないと判断したのだろう。
そういうことならば遠慮する必要もないので、レヴィも徹底的に応じることにした。
四人目を顔面ワンパンチで足を止めて、その隙に五人目の頭を掴んで、そのままコンクリートの壁に叩きつけた。
「がっ!」
頭から血を流した男は闇雲に暴れようとするが、レヴィはそのまま抉るようなパンチを腹部に食らわせた。
そして残る一人は、運動ついでに人間サンドバッグになってもらうことにした。
気絶しない程度に殴って、殴って、殴り続ける。
五分ほどタコ殴りにして気が済んでから解放してやると、そのまま地面に倒れた。
「ふう」
軽い運動を済ませた程度の気分で、レヴィはその場で伸びをした。
その様子を見ていた看守は深々とため息を吐いていたが、やはり無関心。
彼もラリー一家の息がかかっているのかと思ったが、この無関心さを見る限りだとそうでもなさそうだ。
単に興味が無いだけなのかもしれない。
それともいちいち対応していたら切りが無いと割り切っているのか。
どちらにしてもレヴィにとっては助かる対応だった。
さて、自分の作業に戻るか……と踵を返そうとしたところで、小さな拍手が耳に届いた。
「?」
振り返ると、レヴィよりも少しだけ背の低い男が拍手をしていた。
無邪気な笑顔でこちらに近付いてくる。
歳は二十代後半ぐらいで、黒髪黒目の青年だった。
ほどよく筋肉のついた身体はそれなりに鍛えられていることが分かる。
青年は後ろに縛った黒髪を尻尾のように揺らしながら、レヴィに近付いてきた。
「いや~。凄いな。あんな綺麗な動きは初めて見た」
青年は素直に褒めてくれている。
レヴィの前までやってきて、ようやく拍手が止まった。
「そりゃどうも。ずっと見ていたのか?」
「ああ。あんたが絡まれてからずっと見物してた」
「……助けに入ってくれても良かったんだが」
普通、その状況なら助けに行くか、見て見ぬ振りをするかのどちらかだと思うのだが。
まさか見物されているとは思わなかった。
「ヤバそうだったらそうしようと思っていたよ。でも、その必要は無さそうだと思ったからな」
「………………」
まあ、その通りではあるのだが。
最初からそこまで見抜いていたのだとすれば侮れない男だ。
レヴィは少しだけ警戒を強める。
「それで、俺に何か用かな?」
「用ってほどのものじゃないけどな。少し興味があっただけだ。初日からラリーの奴らがあそこまで露骨に仕掛ける囚人は珍しいからな。一体何をやらかしてこんな所に入れられたんだ?」
世間話を装いながらも、青年の眼は真剣そのものだった。
しかし口元はヘラヘラしている。
それでレヴィもぴんときた。
「もしかしてタツミ・ヒノミヤか?」
ラリーの状況を気にしているという事は、キサラギの関係者である可能性が高い。
そしてここにはタツミ・ヒノミヤがいる筈なのだ。
「俺のことを知っているのか?」
青年、タツミは意外そうにレヴィを見る。
やはり予想は正しかったようだ。
「知っている訳じゃない。ただ伝言を頼まれただけだ。君の態度からキサラギの関係者だと推測した」
「確かに俺はタツミ・ヒノミヤだ。その伝言とやらを聞こうか」
「ラリー一家がミアホリックっていう麻薬を手に入れようとした。まあ、失敗して警察に没収されたけどな。ちなみに没収したのはラリーの影響下に無い一部の勢力だから、横流しされる心配は無いと思うぜ」
「………………」
すうっとタツミの瞳が冷たい光を放つ。
先ほどまではどこかお気楽な青年だったが、今は冷酷に敵を屠る戦士のような雰囲気に変わっている。
「ミアホリックっていうのはどういう麻薬なんだ?」
「知らないのか?」
「俺は八年、ここに入っているからな。外の状況も、新開発された麻薬のこともほとんど分からない」
「……お仲間は面会に来てくれなかったのか?」
「…………………………」
当然の疑問を口にしただけなのだが、何故かタツミは打ちひしがれたように膝をついた。
冷たい光を放っていた眼からは、ちょっぴり涙がにじんでいる。
よくもまあここまでコロコロと態度が変わるものだ、とレヴィは妙に感心していた。
「来てくれない……。キサラギの奴らも、そしてお嬢も来てくれない……」
「お嬢、というのはランカ・キサラギのことか?」
「ああ……。お嬢にはもう八年も会えていない」
「………………」
「お嬢に会いたい……お嬢に会いたい……お嬢に会いたい……会いたい会いたい会いたい会いたい………………」
「………………」
どうやら触れてはいけない部分に触れてしまったようだ。
これ以上ランカ・キサラギの話題に触れるのは止めておこう。
「ええと、ミアホリックっていうのは人体強化麻薬で、要するに自分の所の戦力増強が目的だったらしいな」
「……そうか。ならばキサラギに本格的に攻め込むつもりだったのかな」
「かもしれない。俺はラリーについてもキサラギについても詳しくは知らない。先日この星にやってきたばかりだからな」
「旅行者か?」
「最初はそのつもりだったんだけどな。途中でトラブルに巻き込まれた。壊れた宇宙船から助け出した運び屋に頼まれて、ワクチンをこの星に運んできたんだけど、それがいつの間にか麻薬に変わっていた。で、逮捕された」
レヴィはここに来るまでの流れを簡単に説明した。
「それは災難だったな」
「本当にその通りだ。アマガセさんはこの件はラリー一家が裏で糸を引いていると判断したらしい。それで檻の中に入るついでに君に知らせて欲しいと頼まれたんだ。もうすぐここから出られるんだろう?」
「なるほどね。助かったよ。ありがとう。ええと……」
名前を呼ぼうとしたらしいが、知らないことに気付いて困ってしまうタツミ。
「レヴィン・テスタール。レヴィでいいよ」
「ならレヴィで。俺のことはタツミでいいよ」
「了解。タツミ」
それから詳しいことを話し合った。
と言っても、お互いに知っていることはそれほど多くは無い。
レヴィはリネスにやってきたばかりだし、タツミの方も八年間外界と接触していない。
結局のところ、情報を共有出来たのはミアホリックの使用目的と、今後どうするかについてぐらいだった。
「レヴィのお陰で向こうの戦力増強を一時的に止められたからな。もし良かったらキサラギの方から解放して貰えるように圧力をかけてもらうことは出来ると思う」
「そいつはありがたい話だが、多分それには及ばない」
「?」
「俺にも心強い仲間がいるからな。あいつらがこの状況で黙っているとは思えないんだ」
特に、マーシャがレヴィをこのままにしておくとは思えない。
このまま放置していたら、怒り狂ったマーシャが猛獣さながらに暴れまくって檻の中に乗り込んできて、自分の前に現れるような気がする。
実際にそんなことが起こったりはしないのだが、想像だけでもかなり愉快だった。
直接檻の中に乗り込んで来ることは無いにしても、何らかの手段で解放してくれる筈だと確信している。
「それよりもタツミはどうするんだ? 釈放された後はキサラギに戻るのか? せっかく自由の身になったんだから、平和に暮らそうとか考えないのか?」
「考えない。俺はお嬢のところに帰る。お嬢お嬢お嬢お嬢お嬢に会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたいっ!!」
「あ……やべ……」
触れてはならない部分に再び触れてしまったようだ。
ランカ・キサラギのことになると、タツミは理性を失うらしい。
眼が病んでいる。
しかしここまで来ると、ランカとタツミの関係も気になった。
当時は八歳の女の子と、恐らく十代後半ほどの少年だった筈だ。
恋愛関係になるには少しばかり歳が離れすぎている。
しかしただの忠誠心と考えるには病みすぎている。
一体どういう関係なのだろう。
もっと怖い反応になりそうだと思いながらも、レヴィはおそるおそる問いかけてみた。
「聞いた話だとタツミはランカ・キサラギの護衛だったみたいだが……」
「護衛兼世話係だったな。学校の送り迎えから宿題の手伝いまでやってたし」
「宿題は自分でやらせろよ」
「もちろんそうしていた。分からない所を質問されたから、そこを教えていただけだ」
「家庭教師みたいなものか?」
「似たようなものかな。先生に訊くよりも分かりやすいって、お嬢には好評だったんだぜ」
「へえ。だったら教師になってもよさそうなのにな」
「教員資格は持っていないから無理。お嬢の世話係になってから、慌てて大学卒業資格は取ったけど」
「通っていた訳じゃないのか?」
「俺はミドルスクール中退だよ。その後、先代の当主に拾われてキサラギに入った」
「……頭が悪かったのか?」
「まあ、成績は最低だったけどな。肝心の学費が払えなくなったんだ。両親がいきなり交通事故で死んだからな」
「それは災難だったな」
「別に無理して通いたかった訳でもなかったし、学校を辞めて適当に働こうと仕事を探していたら、キサラギに拾われた」
「随分とタイミングがいいな」
「それがキサラギらしさでもある。自分が仕切っている街で困っている人間がいたら、可能な限り手を貸すのがキサラギの信条なんだ」
「随分とお人好しだ」
「それもあるけど、当然それ以外の理由もある。俺みたいな子供が仕事を探そうとしても、簡単には雇って貰えない。そうなると生きていく為には手を汚さなければならなくなる。治安維持を担っているキサラギとして、それはありがたくないのさ」
「しかしそれで困っている人間全員を雇っていたら切りが無いだろう」
「そうでもない。大陸北部をほとんど手中に収めているんだぞ。関連企業も多いし、仕事先の斡旋には困らない。それにそうやって恩を売っておけば、助けられた側はせっせと働くだろう? 結果として、自分達の利益になるってことさ」
つまり人助けはしても無償の善意ではない、ということらしい。
自分にも、そして相手にもメリットがある健全な行動だった。
「タツミも恩義に報いてせっせと働くクチか?」
「まあ先代には恩義を感じているよ。死んだと聞かされて残念だと思っている。こいつはアマガセのおやっさんが教えてくれた事だけどな。だが俺はそれ以上にお嬢を護りたい。小さい頃からずっと俺が護ってきたんだ。八年も離れちまっているけど、今更お嬢を護る役割を他に譲る気は無いね」
「ふうん」
恋愛感情なのかと思ったが、少し違うのかもしれない。
どちらかというと保護欲に近いのだろう。
主人であり、妹のようであり、友達のようであり、そして恋人のようでもある。
傍に居るのが当たり前で、離れている事の方が不自然で、だからこそこの八年は辛かったのだろう。
一刻も早く主人のところに帰りたいと願っている。
それがもうすぐ果たされるのだから、嬉しくない筈がない。
「つまり、お嬢にとっての俺は……」
誇らしげに胸を張ったタツミは何かを言おうとする。
そこからどんな言葉が出てくるのか少しだけ興味があったので、大人しくその答えを待っていたのだが……
「犬だなっ!」
「………………」
酷い言葉だった。
期待して大損した気分だ。
「この首にはお嬢の鎖が巻かれている。あ、もちろん精神的な鎖だぞっ! お嬢が飼い主で俺が飼い犬っ! でも愛玩動物じゃなくて護衛の猟犬なんだ。だから早くお嬢の所に帰りたいっ! ペットは寂しいと死んじゃうんだからなっ!」
「………………」
コメントしづらい。
自らを誇らしげに犬と言うタツミの頭部と臀部には、確かに犬耳尻尾の幻が見えたのだが、もふもふマニアのレヴィであってもそれに萌えたりはしなかった。
むしろドン引きした。
自分がもしもタツミの主人ならば、真っ先に捨ててしまいそうなぐらいにドン引きした。
ランカ・キサラギはよくもまあこんなキワモノを制御出来ているなと感心するのだが、八歳の少女にそんなことが出来ていたとは思えない。
そうなるとランカはただ振り回されていただけなのか。
それとも何も分かっていなかっただけなのか。
いや、八年間一度も会いに来ていないことを考えると、何も分かっていない訳ではなさそうだ。
レヴィがめまぐるしく思考する中、タツミはお嬢お嬢とテンションが上がりっぱなしである。
しかしミドルスクール時代の成績は最悪だと言いながらも、その後は自力で大学卒業資格を取得したことを考えると、本来そこまで頭は悪くないのかもしれない。
むしろモチベーションに左右される性質なのだろう。
「出所はいつなんだ?」
「来週の頭だな。十二人殺した割には早い出所だと思うぜ」
「……皆殺しだったのか」
「あいつらはお嬢を殺そうとしたからな。当然の報いだ」
「………………」
その声はぞっとするほどに冷たいものだった。
自らを犬と言って憚らないアホっぷりを発揮した直後に、ここまで冷徹な殺気を放つことが出来る。
この男も見た目通りではなさそうだと認識を改めた。
一度の事件で十二人を皆殺しにしたという話だけでもその異常さを窺えるが、タツミは理由も無しに他者に危害を加えるような人間には見えない。
短い会話の中でもそれぐらいのことは分かる。
「殺したのはラリーの人間ばかりだろう?」
「ああ」
「警察組織はラリー一家の操り人形だっていう印象なんだが、問題無く出所出来るのか?」
「当時のラリーは警察に対してそこまでの影響力を持っていなかったからな。マフィア同士の抗争で相手を殺した場合は、通常の殺人よりも服役期間が短くなる。もちろん仕掛けた側だとそうはいかないけど、応戦した側には情状酌量の余地がある。ある意味で正当防衛だからな。結果として八年間の服役をした訳だが、その間にあいつらは警察組織に影響力を持つようになった。だが、正当な裁判で決まった服役期間なんだ。今更それにケチを付けるなんて出来る筈が無い。それにラリーが警察に影響力を持っている分、キサラギはマスコミに影響力を持っている。ここで下手な真似をすれば、世論を敵に回す事になる。つまり手出しは出来ないってことさ」
「はあ。なるほど。どっちも阿漕だな」
警察以上にマスコミの影響力の方が恐ろしい。
何故なら上に立つものにとって、大衆の反応というのが最も有効な武器になるからだ。
民に見放された王は、玉座を維持出来なくなる。
北部の女王はそれを知っているからこそマスコミという大衆誘導システムを手中にしたのだ。
そして南部の王は大衆が遵守するべき法を歪める剣を手にしている。
どちらも相手の喉笛を食いちぎるには十分な威力を持っているが、それを決定打にするつもりはない。
純粋な暴力で決着を付ける。
それが両マフィアのやり方であり、矜持でもある。
「八年間、一度も主人や仲間が会いに来てくれない割には、意外と外の事情に詳しいじゃないか」
「その辺りはおやっさんが教えてくれるんだよ。身内は来てくれなくても、警官は来てくれるからな」
「それも微妙だなぁ……」
「おやっさんはキサラギの支持者だから、こっちも色々助けて貰っている。最近はラリーの眼が厳しくなっているみたいで、なかなか来られないらしいけど。だから今回の件をレヴィに頼んだんだろうよ」
「ふうん。まあいいけど。俺も近い内に出られるといいな」
「仲間の力がどれほどのものかは分からないけど、俺もここから出たらお嬢に協力を要請してみるよ」
「その時は頼む。いつまでもこんな所に居たくないし」
「どう見ても犯罪者って感じじゃないもんな、レヴィは」
「そう見えるか?」
犯罪者ではないが、人殺しであることは確かだ。
十二人を皆殺しにしたとタツミは言ったが、レヴィは軍人時代にそれ以上の人を殺している。
何人殺したかなど、数えてもいない。
戦闘機の撃墜だけではなく、戦艦も沈めているのだから、下手をするとその数は千を超えるだろう。
その人数だけを考えれば間違いなく大量殺人犯なのだが、軍という組織の中ではそれが勲章となり、一兵卒から一気に少佐へと駆け上がるスコアになった。
「悪意から犯罪を犯す奴の眼はかなり濁ってるんだよ。さっきレヴィが痛めつけた奴らなんか濁りまくってるぜ」
「そこまでは見なかったけど、そういうものか?」
「ああ。レヴィの眼はそういう濁った感じがしない。澄んでるって訳でもないけど、それでも犯罪者って感じはしない。必要があれば殺人も躊躇わないけど、それは必要が無ければ誰も殺したくないって事だからな」
「………………」
概ね当たっている。
レヴィが今まで他人を殺した理由は、任務であり、自衛であり、成り行きでしかない。
理由が無ければ誰一人殺したくないと考えている。
「まあ間違ってはいない。でも俺はタツミよりもずっと多くの人間を殺しているぞ。間違っても善人とは言えない」
「だろうな。だが悪人でもない。そんな感じだ」
「なら、何に見える?」
「うーん。そうだなぁ……」
じーっとレヴィを見て腕を組むタツミ。
そして納得したように手を叩いた。
「ずばり、職人タイプ。戦闘系で何らかの特殊技能があると見たっ!」
「正解」
レヴィは満足そうに笑って頷いた。
「俺の本職は戦闘機操縦者だよ」
「ということは、宇宙飛行士?」
「そうだ。仲間と一緒に宇宙を旅している」
「へえ。面白そうだな」
「面白いぞ」
「でも操縦者にしては随分強いよな。宇宙飛行士っていうのは格闘技術も優れていないとなれないのか?」
「そういう訳ではないと思うぞ。しかし宇宙に出たらトラブルに巻き込まれる事も多いからな。自分自身を鍛えることは無駄じゃない」
「なるほど」
「今回は地上のトラブルだけどな」
「災難だったなぁ。こっちは助かったけど」
「そう思うならさっさと相手を潰してくれ。今後、他の奴らもこんなことに巻き込まれるかと思うと、かなり気の毒になってくる」
「最大限、努力はするつもりだよ。まあお嬢次第かな。向こうもそんなものを使うほどなりふり構わなくなってきてるんだったら、全面戦争だってそう遠くはないだろうし。そうなれば確実にどちらかが壊滅する。もちろん、こっちは負けるつもりなんて無いけどな」
「応援はしてやるよ」
「何だったらお得意の戦闘機で援護してくれてもいいぜ」
「そうしたいところだが、今は機体ごと没収されているからなぁ」
「あちゃ~……」
「もちろん取り戻すけどな」
大事な愛機なのだ。
このままにしておくつもりはない。
リネス警察やラリー一家を壊滅させてでも取り戻す気満々だ。
こうして、レヴィとタツミはそれなりに仲良くなるのだった。
すぐに出て行くタツミはレヴィから必要な情報を得て、外に出た時は大暴れしてくれることだろう。
いつまでここに居るか分からないレヴィも、マーシャがこのまま黙っている筈が無いという確信がある。
そして一つだけ決めたことがある。
タツミやキサラギが何をどうしようとも、レヴィは絶対にラリーを潰すと決めた。
ワクチンと偽って麻薬を運び込んだ手口も気に入らないが、何よりも他人を騙して陥れ、簡単に切り捨てるそのやり方がレヴィの逆鱗に触れたのだ。
そのやり方はエステリの悪夢を思い出してしまう。
今回は死ぬような事にはならなかったが、やり口は全く同じだ。
考えただけで胸くそが悪くなる。
湧き上がってくるのは際限の無い怒りだ。
しかし感情を爆発させるような事はしない。
むしろ静かにその怒りを研ぎ澄ませ、そして解き放つ瞬間を待っている。
マーシャと合流して、どうしてこんな事になったのかをシオンとシャンティに調べて貰い、そして決定的な証拠を突きつけてからラリーを攻撃してやる。
その時のことを考えると、かなり楽しみだった。
その感情が表に出て、レヴィは獰猛な笑みを浮かべていた。
「………………」
それを真横で見たタツミは、物騒すぎる気配に苦笑してしまう。
隣に居る相手は、見た目通りの気さくな男ではない。
自分と同じように、いつか解き放たれることを待ち続ける獣なのだと理解したのだった。
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