シルバーブラスト Rewrite Edition
7-1 おいでませ原始太陽系
宇宙には不思議なことが沢山在る。
どれぐらい在るのかと問われればきっと『数え切れないほど』と答える人がかなりの数に上るだろう。
原因不明の宇宙船トラブルに見舞われる宙域や、乗組員の一部が突然発狂してしまうような宙域まで存在する。
そんな不思議の一つとして数えられているのが、現在はフラクティールと呼ばれる歪みの存在だ。
近付いただけで何もかもが破壊される歪みの渦。
ユイ・ハーヴェイによって『フラクティール』と名付けられたそれは、宇宙航行における新たなる可能性だった。
その歪みと同調出来る波長を人為的に発生させることによって、跳躍現象、いわゆるワープ航法を確立させたのだ。
もちろんその技術を確立させる為には莫大な予算が必要だった。
ユイ・ハーヴェイだけの力では到底不可能だっただろう。
しかしそこを解決したのが経済界における稀代の才女マーシャ・インヴェルクと、かつて歴史に名前を残した天才科学者の複製人格AIであるヴィクター・セレンティーノだった。
初期費用における約千兆という、莫大というのも馬鹿馬鹿しくなるような金額をあっさりと援助して、その先の費用も負担した。
それによってマーシャ・インヴェルクの資産は一時的に半分近くにまで落ち込んだが、しかしそこは経済界の女王とも呼ばれた彼女の才能が示す通り、投資家としての能力を存分に発揮して、元通りどころか以前以上の資産額に戻して見せたのだ。
マーシャにとっては見えている金の流れを少しばかり操作してやっただけ、ということになるのだが、それだけの事に苦心している他の投資家が聞いたら発狂するか殺意を抱くかのどちらかであろうと言いたくなる所業だった。
マーシャの天才性は綿密な計算や知的な努力によるものではなく、動物的直感に依るところが大きい。
未来予知にも匹敵するその直感で全ての物事を自分の望む通りに操作出来てしまうという、恐ろしい能力の持ち主だった。
もちろん、思い通りに出来るのはあくまでも金の流れなどという分かりやすいものだけであり、本当に自分が望むものに関しては思い通りになど出来ないのだが。
他人からみれば運のいい女、と映るのかもしれない。
しかしマーシャ本人からすればそれはただの偶然であり、自分に降りかかってきた縁や巡り合わせをどう活用するかによって結果は変わるのだと思っている。
自分自身の過去は決して幸せとは言えないものだったし、その後は幸運に恵まれたけれど、努力を怠ったつもりもない。
自分自身が望むものは、自分自身が前に進むことによって掴み取れると信じている。
そしてこれから挑戦することも、自分が前に進む為の努力の一環だと思っている。
危険は承知している。
それでも、自分が納得する為に挑戦するのだと決めている。
「なあ、マーシャ。本当にやるのか?」
「……俺も、やめておいた方がいいと思う」
レヴィとオッドが心配そうにマーシャへと声を掛ける。
彼女がこれから挑戦しようとしていることは、非常識を通り越して、異常としか思えないようなことだからだ。
しかしレヴィが出来ることは自分も出来るようになりたい。
マーシャはそう考えている。
意地を張っているだけではない。
レヴィの隣に立つに相応しい自分で居たいと、そう考えているだけだ。
それにただ危険に突っ込んでいくだけのつもりはない。
出来ると確信しているからこそ、挑戦するのだ。
「大丈夫だ。レヴィにだって出来たんだから。私とシオンとシルバーブラストなら出来るに決まっている」
レヴィは一人でやりきった。
しかしマーシャにはシオンがいる。
だから大丈夫だと確信している。
「大体、レヴィがうっかり漏らすから挑戦したくなったんじゃないか」
「う……まさかシルバーブラストでそれをやらかすとは思わなかったんだよ。スターウィンドなら出来ると思ってやってみただけなのに……」
「スターウィンドに出来るならシルバーブラストにも出来るさ」
「……否定出来ないのがなんだかなぁ」
これはもう止めても無駄だとレヴィは諦めた。
「まあ、マーシャなら出来ると思うですけどね~」
「………………」
オッドの方はシオンも心配そうに見ている。
こんな無茶に付き合わされる自分の恋人を心配しているのだ。
しかしシオンはオッドへと無邪気に笑いかける。
「大丈夫ですよ~。あたしとマーシャとシルバーブラストに不可能なんて無いのですです」
「……それはそうかもしれないが」
確かにマーシャとシオンとシルバーブラストがあれば可能だろう。
レヴィにも出来たことだ。
レヴィと同レベルの天才である彼女たちが、己の半身でもあるシルバーブラストを操るのだから、同じ事が出来ると考えるのは自然だった。
しかしそれでも心配なものは心配なのだ。
「アネゴもシオンもチャレンジ精神旺盛だよね~。負けず嫌いとでも言うのかな。僕は別に心配していないけどね。むしろ面白そうだから付いてきただけだし。記録を取ったらかなり面白そうだしね」
シャンティの方は全く心配していないようで、既に航行映像記録の準備に入っている。
未知が既知に変わる瞬間というのは、いつでも楽しいものだった。
「原始太陽系を宇宙船で正面から突っ切ってみせるなんて、格好いいよね」
ただし、それが生涯最後の好奇心にならなければの話だが。
★
時間は少し遡る。
問題のロリコンカップル……もといシオンの一途な恋心がようやく実ったことで一安心したマーシャ達は、それなりに忙しくしながらも、日々を楽しく過ごしていた。
マーシャはリーゼロックのお嬢様として、あらゆる部門に精力的に顔を出して、アドバイスをしたり、クラウスの手助けをしたりしていたし、シルバーブラストの性能強化の為の研究もしていた。
もちろん、投資家としてもお金を増やしていて、お金持ちレベルが上がったりもしていた。
個人資産額ではリーゼロック・グループの会長であるクラウスをも上回っているのだから実に恐ろしい。
そしてレヴィは強制的にリーゼロックPMCの戦闘訓練に付き合わされたりしていた。
本来なら所属させて部隊長にでもしてしまいたいのだが、マーシャが怒るのでゲストとしていつも相手をして貰っている。
たまに傭兵として仕事に駆り出されることもあるが、無理に殺す必要の無い任務ばかりなので、レヴィとしても気楽に参加している。
生き残った捕虜については上の方が取引材料に使うらしく、レヴィは嬉々として生け捕りにしたりしていた。
出撃する時はスターウィンドを持ち出しているので、いろいろなことを試すことが出来て楽しいとも感じ始めていた。
シルバーブラストとマーシャの護衛が本来の仕事だが、マーシャ自身はリーゼロックの重鎮として好き勝手に出歩けない立場になっているので、ロッティで大人しくしていることが多い。
もちろん、好き勝手に出歩こうと思えば可能だが、そうすればリーゼロックの人たちが困ってしまうことも知っているので、自粛しているのだ。
自由に宇宙を飛び回って、旅に出たいと考えてシルバーブラストを建造した筈なのに、しがらみに縛られて身動きを封じられているのは複雑だった。
しかしマーシャはそこまで不満には思っていないようだ。
自分とトリスを、そして多くの亜人を救ってくれたリーゼロックと、自分達を受け入れてくれたこのロッティに対して、少しでも力になりたいと考えているのかもしれない。
そんなマーシャの気持ちが分かるからこそ、レヴィはそれを応援したいと考えていた。
シルバーブラストの護衛としてはかなり暇だが、リーゼロックの影響力を増す為の協力なら惜しまずに動こうと決めていたので、自分に出来るのはPMCのゲスト戦力だったのだ。
オッドの方はマーシャの勧めもあって、本格的に料理人としてやっていくつもりらしく、勉強に励んでいる。
砲撃手としての腕も落としていないが、料理人としての勉強に本腰を入れていて、マーシャやクラウスの紹介で、ロッティだけではなく、いろんな惑星の有名な料理人のところに出向いて、教えを受けている。
将来は小さなレストランを経営して、シオンと二人でのんびり暮らすのが夢らしい。
シルバーブラストのメインシステムであるシオンが本格的に船を離れるのは困るので、しばらくはお手伝いという形になるだろうが、シオンがいなくてもシルバーブラストのシステムを維持出来るような新システムをヴィクター達と一緒に考案中らしい。
シルバーブラストの為にシオンを造った筈だが、シオンが望むのなら、その理由も台無しにしてしまって構わないというのがマーシャの結論だった。
本末転倒だが、仲間を大切にするマーシャの情はありがたい。
シャンティの方は電脳魔術師《サイバーウィズ》としての能力を活かす為のフルスペックマシンの開発に勤しんでいたりもした。
自分でいろいろと試してみて、どうやったら自分の能力をフルに活かせるようになるかを考えて、リーゼロックの研究データも提供して貰って、シルバーブラスト内にフルスペックマシンを設置したりもしていたし、家の中にも専用マシンを設置している。
電脳魔術師《サイバーウィズ》としての能力は既に最高峰だが、それでも可能な限り成長したいと考えているらしい。
自分が電脳魔術師《サイバーウィズ》として活動出来るのは、恐らく後十年だと考えている。
二十代前半が限界だろう。
それ以上は生身の脳が保たなくなる。
電脳魔術師《サイバーウィズ》の活動限界年齢が二十代前半までなのだ。
中には後半まで粘る人間もいるが、高確率で脳が焼き切れて廃人化してしまう。
電脳魔術師《サイバーウィズ》としての自分に高い矜持を持っているシャンティだが、廃人になるまで頑張りたいとは考えていない。
自分はその為に生み出されたのだから、もう少し長く活動出来るのかもしれないが、それでも限界はやってくるだろう。
それまでに出来るだけ高みに上り詰めることが目標だ。
シオンは別格だが、それ以外では最強の電脳魔術師《サイバーウィズ》になりたいと思っている。
それが少年なりの過去の清算方法でもあった。
シャンティ少年の過去についてはまた語る機会もあるだろう。
今はただ、無邪気に目標に向かう姿を見守っていて欲しい。
という感じで、それぞれがそれぞれの時間を過ごしている半年だったが、その間にも時間は進み、研究も進んでいる。
そしてユイ・ハーヴェイに任せていたフラクティール・ドライブが実用化間近だという知らせを受けたのがちょうど一週間前のことだった。
そしてそのタイミングでシルバーブラストの性能強化も完了したので、マーシャがまずは試運転を兼ねた訓練を行いたいと提案したのだ。
全体的なスピードと防御能力、そして天弓システムの性能も上がったらしい。
同時に慣性相殺の強化も行われているので、スピードを上げても船内に居る人間にダメージは無い。
あくまでも理論値なので、実際にどこまでそうなっているのかは分からないが、とにかくシルバーブラストがより強化されたことは確かだった。
そしてマーシャは試運転の場にとんでもない場所を選んだのだ。
原始太陽系。
通常航行でロッティから二日ほど進んだ場所にある危険地帯。
防御能力も上がったシルバーブラストの試運転をするにはうってつけの場所だというのがマーシャの意見だった。
そして不味かったのが、その前にレヴィが同じ場所で訓練をしていたというのを聞いてしまったからだ。
スターウィンドの性能があまりにも高すぎるので、原始太陽系も突っ切れるんじゃないかと思ったのがそもそもの始まりらしい。
その原始太陽系は直線距離で進めば一時間ほどで抜けられる距離だが、実際に中に入ってしまえば、脱出までにどれぐらいの時間がかかるのかは分からない。
危ないと判断すればすぐに引き返せばいいし、出来るだけのことをやってみようと思ったレヴィが、そのままスターウィンドで原始太陽系に突っ込んでしまったのだ。
ふとした思いつきだったので、マーシャに相談することなく、リーゼロックの宇宙港にある母船を借りて繰り出したのだが、なんと成功してしまった。
母船を自動運転設定にして、自分はスターウィンドで原始太陽系に突入し、何度か死にそうになりながらも、それでも無事に突っ切ってしまったので、とんでもない達成感を得ることが出来た。
自分とスターウィンドならば不可能は無いと思っていたが、こんな非常識までこなせるとは思わなかった。
マーシャの事を常識ブレイカーだと呆れているが、自分も悪影響を受けているらしい。
それでも、原始太陽系に挑んだ自分を少しだけ褒めてやりたい気持ちもあった。
そしてそれを聞いたマーシャがシルバーブラストでも出来ないかな……と対抗心を燃やしてしまったのだ。
レヴィは止めようとしたのだが、マーシャに内緒で危ないことをしてしまった後では強く出られないという弱みがあった。
しかし勝手にスターウィンドと船を持ち出して原始太陽系に挑戦したことに対しては、怒られたりはしなかった。
運が悪ければ死んでいたかもしれない。
マーシャとリーゼロックの貴重な資産を破壊していたかもしれない。
それでも、マーシャは怒ったりしなかった。
レヴィが出来ると判断したのなら、挑戦してみるのがいいというのが彼女の意見だった。
レヴィの事は心配だが、過保護にして肝心の成長を止めたくないということらしい。
挑戦したいのなら、気が済むまでやった方がいい。
マーシャ自身がそうやって生きてきたからこそ、レヴィの挑戦に水を差すようなことはしたくなかったのだ。
ただし、自分が同じ事をしても文句は言わせない。
つまり、レヴィがちょっとした好奇心からスターウィンドで挑戦した以上、マーシャもちょっとした好奇心からシルバーブラストで挑戦してもいいだろう、という理屈になる。
そして目の前に広がるのは原始太陽系。
おいでませ原始太陽系。
スクリーンいっぱいに映る塵と靄。
水素とヘリウムのガスが辺り一杯に広がっている。
それだけではなく、あらゆる場所に岩石が散らばっている。
それはただの岩石ではない。
島一つほどの大きさのものから、惑星一つに匹敵する凶悪なサイズまである。
それらはいずれ一つの岩石型惑星に成長するかもしれない胎児のようなものだが、しかし今はただの岩である。
進路を妨害する邪魔者、いや、マーシャの挑戦に立ちはだかる試練なのかもしれない。
衝突すればただでは済まない。
避けなければならないのだが、画面に広がる塵と靄が視界を見事に塞いでくれている。
あらゆる場所でガス爆発が起こったり、岩石同士が衝突したりもしている。
じっとしているだけでもかなりの危険宙域であることは間違いないだろう。
ガスの乱流に巻き込まれ、異常重力に引き寄せられ、あっという間に宇宙の塵へと化してしまうだろう。
いずれは美しい太陽系へと成長するであろう原始の太陽系も、今は災厄溢れる混沌宇宙でしかない。
「よくもまあ、こんな場所を突破しようと思ったもんだなぁ」
それを見たマーシャが呆れ混じりにレヴィを見る。
レヴィは気まずそうに視線を逸らした。
「まあ、ちょっとした思いつきというか……スターウィンドなら出来そうだなと思ったから我慢出来なかったというか」
「うん。その気持ちは分かるぞ。だから私の気持ちも分かるよな?」
「ははは……分からないとか言ったら殴られそうだな」
「殴ったりはしない。もふもふをお預けにするだけだ」
「分かるっ! ちょー分かるっ! 分かりすぎるぐらい分かるぜっ!」
レヴィの方が分かりやすすぎる反応だった。
しかしこれで文句は言わせない。
「よし。行くか」
マーシャは尻尾だけではなく、髪の毛の一筋まで逆立たせながら操縦桿を握る。
最大限の集中を発揮している姿だ。
ヘッドギアタイプの同調装置を頭から被り、シオンとの同調率を最大にした。
この同調装置はシルバーブラストのシステムそのものになっているシオンと同様に、船とシオンとの同調率を最大にするものであり、スクリーンによる視界認識ではなく、この船全体の感覚を認識出来るようになるものだ。
もちろん電脳魔術師《サイバーウィズ》ならぬ生身でそんなことをすれば、凄まじい情報圧で脳が焼き切れてしまうところだが、マーシャはそれに耐える訓練を積んでいたし、数時間程度ならば耐えられることも実証済みだ。
レヴィがこの原始太陽系を抜けるのにかかった時間は五時間二十二分。
とりあえずそれを目標にしてみようと決めた。
「シオン。行くぞ。同調率は最大にしているから、機械よりも勘どころを優先して進んでくれ」
「了解ですです~。大丈夫です。マーシャとあたしならきっと無傷で突破出来るですよ~」
「そうだな。レヴィに出来たんだ。こっちは二人だ。出来ない訳がない」
二人とも自信満々だった。
「みんなも気が向いたら手伝ってくれ。シャンティは情報解析と対応、オッドは砲撃でよろしく」
「ああ」
「了解」
オッドはあまり気乗りしなかったのだが、自分を含めたみんなの安全がかかっている以上は、協力しない訳にもいかなかった。
もちろん、シオンが危険な目に遭うことが一番耐え難いのだが。
しかし当のシオンも含めてノリノリなのでどうしようもない。
自分に出来ることでシオンを、そしてみんなを護るだけだった。
そしてシャンティも記録を取ると同時に自分も参加出来ることが楽しくて仕方がないようだった。
割とノリノリである。
「なーなー、俺は?」
「レヴィはもう楽しんだだろう? 今回はおあずけだ」
「えー……」
危険極まりない原始太陽系突破を『おあずけ』扱いする神経が凄まじい。
しかし不満そうにしているレヴィも大差ない。
「仕方無いなぁ。まあ副操縦席でのんびりと眺めさせて貰うよ」
「そうしてくれ。負けないからな」
「へいへい」
「レヴィの記録を抜いてやる」
「えー。抜かれるのはなんか悔しいなぁ」
「こっちは四人がかりだぞ。抜けない方がおかしい」
「むー。それはそうかもしれないが」
それでも抜かれるのは悔しいと思うレヴィだった。
そしてレヴィを抜いた四人は、原始太陽系に挑んだ。
メインで活躍したのはマーシャとシオンだったが、シャンティとオッドも微力ながら手伝いをしていた。
シャンティは少しでも情報を解析して、マーシャ達の役に立っていたし、オッドも大きめの岩石を砲撃で破壊していた。
次から次に襲いかかってくる脅威からも、マーシャは操縦で乗り切り、シオンは天弓システムで乗り切り、ついには原始太陽系を突破して見せた。
その記録、なんとレヴィを抜いて五時間二分。
レヴィの記録を二十分も塗り替えてしまった。
「う~ん……疲れた~。でも、達成感はあるなぁ……ふふん」
原始太陽系を抜けたシルバーブラストは自動操縦に切り替え、今はシオンもニューラルリンクから出てオッドの膝に抱っこされている。
マーシャはぐったりとソファに寝転がっていた。
全身汗びっしょりのグロッキー状態だが、レヴィの記録を抜けたのが嬉しいらしく、ニヤニヤとしている。
「マーシャ」
「ん~」
レヴィがマーシャの頭を持ち上げて、膝枕をしてやった。
「ん~♪」
マーシャは嬉しそうに膝にすりすりする。
「いい腕だな。負けるとは思わなかった」
「ん~。まあ、勝った訳でもないと思うけど。こっちは四人がかりだし。レヴィはたった一人であのタイムだし」
「まあそれもそうか」
汗で濡れているマーシャの頭を、それでもなで続けるレヴィ。
大きな手に撫でられて、マーシャはご機嫌そうに目を閉じる。
「疲れた」
「そりゃそうだろうなぁ」
「レヴィは疲れなかったのか?」
「もちろん疲れたけど。母船に戻って自動操縦のままロッティまで戻ったからな」
「なるほど。じゃあ私も眠ろうかな」
「操縦は?」
「自動」
「いいのか?」
「今回はいい」
いつもは自分で操縦したがるマーシャなので、長時間の自動操縦は好まないのだが、今回は疲労回復を優先したようだ。
レヴィの膝の上で安心したように眠るマーシャは、そのまますうすうと寝息を立て始めた。
「きゅ~。疲れたのです~」
「お疲れ」
「オッドさんもお疲れですです~」
大好きなオッドに膝抱っこされているシオンはご機嫌な様子でもたれかかっている。
「俺は砲撃にだけ注意していたからな。そこまで疲れてはいない」
「そうですか~」
「シオンは疲れただろう?」
「かなり~」
「寝るか? 自動操縦なんだろう?」
「はい~。ベッドまで運んで、ぎゅっとして欲しいです~。目が覚めるまでず~っと」
「分かった」
「えへへ~」
見ている方が当てられそうなほどのラブラブっぷりだった。
オッドもデレデレはしていないが、シオンへの態度がかなり甘くなっている。
クールな態度のままだが、ひたすらシオンを甘やかしている姿は、十分にデレていると言えるだろう。
「みんなラブラブだよね~」
シャンティだけが一人寂しく呟いていたが、それを聞いているのは誰も居なかった。
「いいもんいいもん。僕にはヴァーチャル彼女がいるもん」
危険も無くなったので、自分の端末を起動してネットワークに接続する。
そしてVR空間にフルダイブして、ヴァーチャル恋愛ゲームでロリ系彼女と楽しく過ごすのだった。
巨乳系彼女とどちらにしようか迷ったが、シオンの姿を見ていると、少しだけロリに走りたい気分だったのだ。
自分もショタな外見なので、ロリコンにはならないだろうという思惑だ。
「久しぶりだね、シャンティくん」
「うん。しばらくダイブしてなくてごめんね~。ローザちゃん」
「寂しかったよ~」
ぎゅっと自分に抱きついてくるヴァーチャル彼女のローザに、シャンティは少しだけデレそうになる。
リアルでもこれぐらい可愛い彼女が居てくれたらなぁ……などと考えてしまうが、無いものねだりをしていても仕方無い。
お姉さん達には可愛がられるが、特殊な環境にいる為、同世代の女の子とはなかなか縁が出来ないのだ。
マーシャなどはシャンティを心配して学校に通うことを提案してきたが、まともな学校に通ったことのない状態でいきなりミドルスクールに馴染めるとも思えなかったので、丁重にお断りしておいた。
学校に通うことに興味が無い訳ではなかったが、学校に通うよりも、みんなと一緒に過ごしたいという気持ちの方が強かったのかもしれない。
「今日はしばらく一緒にいられるの?」
「うん。一緒に居られるよ~。ローザちゃん」
「やったぁ。シャンティくん大好きっ!」
「でしょでしょ~」
ぎゅっと抱きついてくるローザにシャンティがデレデレしてしまう。
よく考えたら虚しいことなのだが、楽しむことも含めてゲームなので、シャンティはデレデレしておくことにした。
ローザを構成しているAIプログラムが言わせているのだということを考えたら、もっと虚しくなってしまう。
それからローザとのデートを半日ほど楽しんでから、シャンティはログアウトしてリアルに戻ってきた。
「はぁ~。やっぱり行動パターンはすぐに読めちゃうよねぇ」
AIの行動パターンはすぐに解析出来てしまうので、攻略に苦労することはない。
それはつまり、彼女を作りたい放題ということなのだが、それはそれでかなり虚しいものがある。
それを開き直って楽しめるほどにシャンティ少年は擦れた性格をしていなかった。
まだまだピュア少年なのだ。
「どこかに言語集積学習タイプじゃなくて、本物の知性を持ったデジタル人格の美少女がいたりしないかなぁ」
こんな時に思い出すのはあの変態博士ヴィクター・セレンティーノのことだった。
彼はオリジナルが死亡した後にその脳細胞を元にして作られたコピー人格であり、言語集積学習タイプのAIとは根本的に違う。
彼を造った研究者達の思惑からは外れた存在になっているが、それでもあれこそが本来の知性を持ったデジタル人格と呼べるものだろう。
人格の複製なので、厳密にはAIとも言えないのかもしれない。
どこかにあの変態と同じような自立人格がいてくれたら、自分は全力で攻略するのかもしれない。
「……って、ないない。そんなレア美少女探すよりも、リアルで美少女探した方がもっと成功率が高いことは明らかじゃんか」
ぶんぶんと首を横に振る。
電脳魔術師《サイバーウィズ》という特殊な能力を持っている所為で、デジタルやネットワーク寄りに願望が傾いている気がする。
これはどうにかしなければならないだろう。
「誰か可愛い彼女を紹介してくれないかなぁ。リアルで」
買い物以外は基本的に引きこもりのシャンティにはかなり厳しい相談だった。
もう少し成長すれば合コンなどにも参加出来るかもしれないが、今の外見ではそれも厳しい。
「うーん。我慢かなぁ……」
しょんぼりしながら、それでも今の生活に不満がある訳ではないので、シャンティはほんの少しのため息交じりに自分の部屋へと戻るのだった。
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