シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

6-5 ロリコン化の決意? 2


 いくら焦っているといっても、走って宇宙港に行くような真似はしなかった。

 そこまで冷静な判断力を失っている訳ではない。

 走ったのは近くのレンタルバイクショップまでであり、大型バイクを借りてから高速走行を開始したのだ。

 レヴィに負けず劣らずの最高速度を発揮して、あの部屋を出てから僅か二十分でリーゼロック専用の宇宙港まで到着した。

 バイクを停めてからヘルメットを収納して、生体認証のセキュリティシステムを次々と解除していく。

 ヴィクターの居る区画はマーシャとシオン以外は入れないと行っていたが、レヴィから預かったこのカードがあれば、ゲスト認証が使える筈だと言っていた。

 そしてヴィクターがいた部屋の前まで行くと、個体識別認証パネルに手を叩きつけた。

 セキュリティシステムはすぐに俺を識別して、自動扉はすぐに開いた。

 マーシャが見ていたら認証パネルを壊すなよ、と怒られていたかもしれないが、今はそんなことを考慮している余裕も無かった。

 開いた扉の向こうには、ホログラムのヴィクターがいた。

「あら、オッドちゃんじゃない。一人なんて珍しいわよね。一体どうしたのかしら?」

 そしてヴィクターの方が嬉しそうに声を掛けてきた。

 セクハラじみた視線を向けながらにこやかに話しかけてくるのは止めて欲しいのだが、今はそのことに関して文句を言っている場合でもない。

「ヴィクター。シオンはどこにいる?」

「隣の部屋で眠っているわ。強制成長の調整中だからね。処置は明日から開始する予定よ」

「………………」

 それを聞いてほっとしてしまう。

 どうやら手遅れにはならなかったらしい。

 処置前ならばまだ止めさせることも可能だろう。

「だったらその作業は中断して欲しい」

「どうして?」

 ヴィクターは桜色の視線を俺に向けてくる。

 そこには僅かな怒りが感じられた。

 そして俺はその怒りを受け止めなければならない。

 これは、俺の責任なのだから。

「俺の所為だからだ」

「それが分かっているのなら、今のシオンを受け入れる覚悟は出来ているんでしょうね?」

 真面目で厳しい視線を向けられる。

 本来ならばいたたまれなくなってしまいそうだが、ヴィクター自身の姿が緑色のビキニなので、かなり台無しな感じになっている。

「もちろんだ」

「ふうん……」

 ヴィクターはじっと俺を見ている。

 俺はその視線を正面から受け止めていた。

 きっと、言いたいことは山ほどあるのだろう。

 ヴィクターはシオンの生みの親でもあるのだ。

 可愛い娘を苦しめた俺に対して、怒っていない筈がない。

 だからこそ、罵倒されるのだとしたら全て受け止めようと決めていた。

「……分かったわ。調整は中断してあげる。もうすぐ目を覚ます筈だから、隣の部屋に行きなさい」

 ヴィクターのホログラムは、それだけ言うとすぐに消えてしまった。

「……感謝する」

 俺は誰も居ない部屋で一人、頭を下げた。

 そして隣の部屋へと移動する。



「………………」

 椅子に座って、ベッドに横たわるシオンをじっと見る。

 あどけない寝顔だった。

 この姿で大人になるなどと言われても、なかなか信じられない。

 ゆっくりと成長してくれれば、それで十分だと思ってしまう。

 そしてシオンの瞼が少しだけ震えた。

 すぐに目を覚まして、ぱっちりとした翠緑が俺を捉える。

「あれれ? どうしてオッドさんがここにいるですか?」

「ここにいたらおかしいか?」

「おかしいですです。だってオッドさんには内緒にしていたのに」

「レヴィとマーシャから聞いた」

「あちゃ~。確かに口止めはしていませんでしたけど……」

 シオンが気まずそうに頬を掻いた。

 バレる前に全てを完了させたかったのだろう。

 しかし間に合って良かったと、心から思う。

 こうやってあどけない表情を見ていると、このままのシオンで居て欲しいという気持ちが強く湧き上がってくるのだ。

 無理に変わる必要なんて無い。

 自分なりのペースで、ゆっくりと成長してくれればいいのだ。

「やっぱり止めるですか?」

 シオンが上目遣いで俺を見ている。

 気まずいと同時に、このままではいたくないという気持ちも強いのだろう。

 それをなんとかするのが俺の役割だった。

「シオン。少し外を歩かないか?」

「オッドさん?」

 俺は立ち上がってシオンに手を差し出した。

 シオンは戸惑いながらも、その手を取って立ち上がる。

 俺は黙ったまま、シオンの手を握って歩き始めた。



 宇宙港から出て、タクシーを捕まえる。

 バイクで移動したかったのだが、ヘルメットは一人分しかないので、シオンを乗せて移動することが出来なかったのだ。

「ん……」

 シオンが俺に寄りかかってくる。

 甘えたくてそうしているのではなく、どうやら身体がまだきついようだ。

「きついのか?」

「ん~。ちょっとだけ。調整だけでも思った以上に負荷がかかっていたみたいで。身体がちょっとふらつきます」

「そうか」

 市街地まで出るとタクシーから降りる。

 シオンは頑張って歩いてくれるが、それほど長く歩かせるつもりはなかった。

 そして近くのホテルに入る。

 いかがわしいものではなく、ちゃんとしたビジネスホテルだ。

 短時間の休憩でも使えるし、泊まりでも使える。

 料金は後払いなので、どちらを選んでもいいシステムになっている。

「オッドさん?」

「少し休んでいこう。身体がきついのなら、無理をしない方がいい」

「でも……」

「話だけなら部屋の中でも出来るからな。シオンに倒れられても困る」

「……ごめんなさいです」

「別に謝らなくていい。話をしたいのはあくまでも俺の都合だ」

「………………」

 自動機械の操作を行い、手続きを完了すると、すぐにカードキーが出てきた。

 俺はそれを受け取って、シオンの手を引いて移動する。

「行くぞ」

「はい」

 シオンは大人しく付いてくる。

 身体の動きがゆったりしているのは、やはり無理をしているのだろう。

 すぐに部屋へと移動して、シオンをベッドに寝かせる。

「大丈夫か?」

「ちょっと休めば平気ですです」

「そうか」

 俺は冷蔵庫から飲み物を取ってきて、シオンに渡す。

 オレンジジュースがあったので、それを渡しておいた。

 シオンはベッドから起き上がって飲み物を受け取る。

「ありがとうですです」

 ずっと水分を摂っていなかったらしく、すぐに飲み干してしまった。

「………………」

 俺もミネラルウォーターを取り出してから一気に呷る。

 喉が渇いている訳ではなかったが、そうすることでなるべく気持ちを落ちつかせようとしたのだ。

 二人とも落ちついたところで、俺も心の準備を完了させた。

「シオン」

「は、はい?」

 少し怖い表情になっていたのだろう。

 シオンはビクビクしながら俺を見上げている。

 その恐怖は間違っていない。

 まずは一番最初にやっておこうと決めていたことを実行に移した。



「っ!!」

「ふん」

 強めに拳骨をしたのだ。

 シオンが涙目で頭を抑えている。

 それなりに手加減はしたつもりだが、やはりシオンにはとても痛いものだったらしく、拳骨された頭を涙目で押さえていた。

「痛いですーっ!」

「俺に黙って勝手なことをしようとした罰だ」

「うぅ~。オッドさんにそんなことを言われる筋合いは無いですぅ……」

 シオンはシオンなりに考えて成長することに決めたのだろう。

 その選択に対してとやかく言う資格は、確かに無い。

 しかし俺は敢えてその資格があると主張しておく。

「俺に知られればこうなることは分かっていただろうが」

「あう~。それはまあ、そうですけどぉ……」

 それでもシオンは納得がいかないらしく、恨みがましい視線を俺に向けている。

 翠緑の瞳は涙で滲んでいて、睨む姿も微笑ましく見えてしまうのが複雑なところだが。

「………………」

 シオンをそこまで追い詰めてしまったのは俺だということは分かっている。

 盛大なため息を吐いてから、ベッドに座るシオンの前にしゃがみ込んだ。

 膝を折った状態で向き合うと、ちょうど目線の高さが同じになる。

 そのまま近付いて、シオンをぎゅっと抱きしめた。

「っ!?」

 いきなり抱きしめられたシオンは慌ててしまう。

 俺はお構いなしにシオンの耳元で謝罪の言葉を口にする。

「悪かったよ。俺が、悪かった」

「オッドさん……?」

 まさか俺からこんなことをされるとは思っていなかったのだろう。

 シオンが真っ赤になりながら首を横に振る。

 しかし俺はお構いなしに続けた。

「無理に大人になる必要なんてない。シオンはシオンのまま、ゆっくりと成長していけばいい。俺はシオンに変わって欲しい訳じゃないんだ。だから、あんなことはもう二度とするな」

 抱きしめる腕に力を込めながら言う。

 自分でも驚くぐらいに泣きそうな声になっていた。

 後悔に満ちた自分の声は、シオンにもしっかりと届いたようだ。

「でも、あたしは……オッドさんに釣り合うあたしになりたかったですよ。オッドさんに見て貰えるあたしになりたかったですよ。取り返しが付かないことになるって分かっていて、ああすることを選んだですよ」

 シオンの声も泣きそうなものだった。

「俺は変わったシオンじゃなくて、今のシオンが傍に居てくれる方が嬉しい。シオンがシオンのまま、ゆっくりと自分のペースで大人になってくれた方が嬉しい」

「………………」

 シオンはそっと目を閉じる。

 俺が言った言葉の意味を考えているのだろう。

 そして何を言われたのか、何を求められているのかを理解したのだろう。

 泣き笑いの表情で俺を見る。

「あたしは、今のあたしのままでいいですか……?」

「ああ。シオンはシオンのままでいい。今のシオンが、一番いい」

「でも、迷惑ばかり掛けている子供ですです」

「構わない。無理に成長する必要はない」

「大人になるまで、すごく時間がかかるですよ?」

「……そこはもう、諦めた」

 多少の抵抗は残るが、些細な問題だ。

 それよりももっと大切なことがある。

「諦めたって……」

 シオンの方は複雑な表情だった。

 それはそうだろう。

 しかしこればかりは多少の抵抗が残ることを受け入れて欲しい。

 それでも、俺はシオンを受け入れると決めたのだから。

 シオンが俺に抱きついてくる。

 俺もシオンを抱きしめる。

「あたしは、オッドさんを好きでいてもいいですか?」

「ああ」

「ずっと傍に居てもいいですか?」

「ああ」

「オッドさんも、あたしのことが好きですか?」

「………………」

 そこは即答するところの筈だが、やはり躊躇ってしまう。

 いや、気持ちは決まっている。

 覚悟も決まっている。

 ただ、意気地が足りないだけだ。

 我ながら情けないとは思うが。

「………………」

「………………」

 お互いに気まずい沈黙状態になった。

 先に癇癪を起こしたのはシオンの方で、むくれた表情で俺から離れた。

「なんでそこで黙るですかーっ!」

 そして胸板にぽかぽか攻撃を繰り出してくる。

 その様子が可愛くて、少しだけ噴き出してしまう。

「すまん。ちょっと躊躇った」

「酷いですーっ!」

 幼女に愛を囁く自分の姿を想像して、一瞬だけ猛烈に凹んでしまったのだ。

 覚悟は決めてきたつもりだが、やはり実行に移すのは多大なる消耗を伴うらしい。

「………………」

 俺は覚悟を決めてから、シオンに顔を近付けた。

「っ!?」

 背中に片腕を回し、もう片方の手で小さな頭を支える。

 そしてゆっくりと唇を重ねた。

「んぅ……」

「………………」

 啄むようなキスをして、すぐに離れた。

「好きじゃなければ、ここで引き留めたりはしない」

「……もう一回、キスして欲しいですです」

「………………」

 シオンが望んだ通りに、俺はキスを繰り返した。



「えへへへ~♪」

 シオンはすっかりご機嫌だった。

 今はホテルのベッドの上ですっぽりと俺の腕の中に収まっている。

 話が終わった俺はすぐに出て行こうとしたのだが、シオンとしてはもっといちゃいちゃしていたかったらしく、時間が来るまではここに居ようと提案してきたのだ。

 そしてシオンの希望でベッドに横になり、俺はシオンの小さな身体をぎゅっと抱きしめている。

 シオンは幸せそうな笑顔ですり寄ってくる。

「オッドさんはまだまだロリコン化に抵抗があるみたいですから、外だとここまでいちゃいちゃしてくれそうにないですからね~。今の内に目一杯甘えておくですです~」

「……まあ、外では勘弁して貰いたいかな」

 シオンが好きだということは認めたが、それでも外で堂々といちゃつけるほどに開き直るのは無理だった。

 俺にも気にするべき世間体というものが存在する。

 手を繋いで歩くぐらいのことは許容出来るのだが、腕を組んだり人前で抱き合ったりというのは流石に勘弁して貰いたい。

 周囲からのロリコン野郎視線に耐えられるほどの強心臓は持ち合わせていないのだ。

「オッドさんを困らせたい訳じゃないので、あたしはそれでもいいんですけどね~。あたしを受け入れてくれただけで十分ですです」

 それ以上のことを現状で求めるつもりはないらしい。

 その言葉にほっとする。

「そう言って貰えると助かる」

 その分、二人きりの時はシオンが望むだけ甘やかしてやるつもりだった。

 今まで傷つけてしまった分、笑って貰いたいと思っているから。

「あ、でもですねっ!」

 シオンが俺の上に乗っかって、ワクワクした表情で提案してくる。

「エロいことは是非ともやってもらいたいですです♪」

「………………」

 その提案には頭を抱えてしまう。

 シオンを抱く自分の姿を想像してしまい、それだけでメンタルダメージがマックスレベルに到達してしまった。

「それは……しばらく待ってくれ……」

 少なくとも今すぐには無理だった。

 この幼い身体を抱くには、まだまだ覚悟が足りない。

 修行が足りないというべきか。

 しかし正直なところ、そんな修行は必要無いような気もする。

「なんでですかーっ!」

 もちろんシオンは納得してくれない。

 憤慨しながら俺をぽかぽかと叩いてくる。

 痛くはないが、少しだけいたたまれない。

「いや。だから……せめてもう少し成長するまでは、色々と気まずいというか……」

 身体が子供なのはどうしようもない。

 大人になろうとしたシオンを止めたのは俺なので、このままのシオンに手を出す責任もあるのかもしれない。

 それでも、躊躇いはある。

「むぅ。やっぱり早く大人になればいいですか?」

「やめろ」

「自分で言うのもアレですけど、結構ナイスバディになると思うですよ」

「………………」

 少しだけ想像してみたが、やはり上手くいかなかった。

 今の幼いイメージが強すぎる。

「きっとふるいつきたくなるような美女になってみせるですよ」

「まあ、期待している」

 どちらかというと、幼いよりはナイスバディの方が好みだ。

 しかし今のシオンを好きだと言える気持ちは本物だ。

 だから将来的にそこまでナイスバディにならなくても、問題は無いと考えている。

「シオンはシオンのままでいい」

「む~。まあ、今のところは妥協しておくですです。オッドさんに好きだと言って貰えただけでも満足ですからね~」

「そうか」

 そう言って貰えるとほっとする。

「でもっ!」

「え?」

 シオンはいきなり俺を指さした。

 翠緑の瞳が何かに燃えている。

 そしてとびっきり可愛らしい笑顔で悪戯っぽく言う。

「我慢出来なくなったらあたしが押し倒すので、覚悟してくださいねっ!」

「……シオンに押し倒されるほどヤワじゃないぞ」

「じゃあ寝込みを襲うです~♪」

「やめろ……」

「襲われたくなかったら早めに覚悟を決めて下さいね~」

「……努力する」

 シオンを受け入れた以上、このままでいいとは思っていない。

 シオンが望むのならば出来るだけ叶えてやりたいと思っているし、いつかはシオンが欲しいとも思っている。

 ただ、今はまだ無理だと思っているだけだ。

「オッドさん」

「何だ?」

「あたしは、いなくなったりしないですです。ちゃんと、オッドさんの傍にいるですよ。だから、失う事なんて恐れなくていいんです」

「………………」

「レヴィさんが教えてくれたですよ。オッドさんが本当に怖がっていることは、自分がかつて怖がっていたことと同じだって。でも、オッドさんならその恐怖も乗り越えてくれる筈だって」

「………………」

 どうやら俺の知らない間に、かなりのお節介を焼かれてしまったらしい。

 感謝するべきなのか、それとも余計なことをと怒るべきなのか、判断に迷う。

 失うことを恐れていたのは事実だが、それをシオンに知られたくないとも思っていたのだ。

 深い理由は無い。

 見栄以上の理由は何も無いのだが、それでも張り続けたい見栄なのだ。

「あたしは、居なくなったりしないですよ。マーシャと同じように、その為の努力をし続けるです。だから、怖がる必要なんて無いですよ」

「……そうだな」

 ここに、シオンが居てくれる。

 これからもずっと、俺の傍に居てくれる。

 失うことはあるのかもしれない。

 それでも、失わない為の努力は出来る。

 これからずっと、シオンと一緒に生きていきたいと、そう願う心があるのなら、俺は前へと踏み出せる。

 この小さな温もりを手に入れる為ならば、恐れることはもう止めようと、そう決めたのだった。

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