シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

5-2 ヴィクターの秘密


 マーシャは自らが出資している研究者、ユイ・ハーヴェイのところに来ていた。

 研究所はかなり立派な施設になっていて、セキュリティレベルも最高峰のものにしている。

 研究の内容が機密事項なので、どうしてもセキュリティを強化する必要があったのだ。

 カードキーやパスワードだけではなく生体認証システムも組み込んでいるし、更には人間の警備員も配置している。

 その全てが戦闘のプロなので、いざという時の護りも万全近い。

 マーシャは顔パスになっているが、一応は認証手順を踏んで中に入っている。

 そしてユイ・ハーヴェイのいる研究室へと足を向ける。

「………………」

 研究室の中に入ると、ユイは食い入るような表情でモニターとにらめっこをしていた。

 数値の変動を監視しているようだ。

「………………」

 マーシャにも気付かないぐらいに集中しているので、今は声を掛けない方がいいだろう。

 マーシャ自身も研究者なので、こういう時に外部からの刺激を受けると、脳内で計算していた内容がクラッシュしてしまうことを知っている。

 邪魔をしてはいけないと考えてじっと待っていた。

 幸い、急ぎの用事ではないので、じっくりと待つつもりだった。

 それにきちんと真面目に研究を続けている姿を見ることで安心も出来た。



 それからたっぷり一時間は経過しただろうか。

「ん……ん~。まあ、今回はこんなところか」

 ユイは伸びをしてから一息つく。

 そのタイミングでマーシャも動いた。

「計測は終わったようだな」

「へう? うわああああっ!? ミス・インヴェルク!? いつからそこにっ!?」

 ぎょっとしたユイが手に持っていた珈琲を取り落としてしまう。

 マーシャが素早い動作でそれをキャッチする。

 キャッチしたカップをユイの手に戻した。

「……すごい反射神経ですね」

 マーシャが亜人であるということは、ロッティに移住した段階で知らされている。

 ロッティでは亜人の姿を隠していないので、その方がいいと判断したのだ。

 幸い、ユイは亜人に対する偏見をそれほど持っていなかったし、亜人が増えてきて、当たり前の隣人として過ごすような環境に身を置くと、それもほとんど無くなっていた。

 むしろ獣耳や尻尾に萌えるようになっていて、亜人を見るのが嬉しくなっている。

 ロッティの住人の亜人萌えは順調に進んでいるようだ。

「それぐらいは鍛えているからな。これでも宇宙生活者のつもりだし」

 宇宙船や戦闘機操縦者のように、宇宙での生活時間が長い人のことを、そういう分類で呼ぶことがある。

 マーシャの場合はロッティでの生活も長いが、操縦者が本職だと思っているので、やはり宇宙生活者という区別でいいと思っている。

「なるほど」

「それから、堅苦しい呼び方じゃ無くて、単にマーシャでいいぞ。ミスとか呼ばれるとちょっとむず痒くなるんだ」

「ではマーシャさんで」

「うん。それでいい。私もユイと呼んでいいかな?」

「もちろんです」

 元々、堅苦しい関係は苦手なので、継続的に付き合っていく相手にはフランクな関わり方を求めるマーシャだった。

 ユイの方もその価値観に抵抗は無いらしく、あっさりと応じた。

「研究の方は順調かな?」

「はい。かなり順調に進んでいます。やっぱり予算が潤沢に使えるとかなり違いますね」

「研究員の増員が必要なら対応するけど?」

「それは大丈夫です。ヴィクター博士とのやりとりだけでも十分な進展が見られますし」

「あの変態が役に立っているならいいけど」

「……あの趣味だけはどうにかして欲しいんですけどね」

「アレはどうにもならないなぁ」

「そうですか」

 二人揃って盛大なため息をつく。

 あの趣味だけはどうにもならないらしい。

 セクシー(?)ビキニで画面越しに迫ってくるというのが、日常的なやりとりらしい。

「ちょっと訳ありでヴィクターはこっちに来ることは出来ないけど、通信のやりとりだけでも大丈夫か?」

「はい。大丈夫です。データのやりとりはしていますし、実質的な計測はこちらで出来ますし。特に問題はありませんよ」

「ならいいけど。あの変態性についてはしばらく我慢してくれ」

「大丈夫です。彼の天才性は本物ですから。こちらもいい刺激を貰っていますし、これからも組んで研究を続けていきたいです」

「なら良かった。とりあえず進捗データをこっちに渡して貰えるかな?」

「分かりました」

 マーシャは出資者として進捗データを継続的に受け取る権利がある。

 外部に流出するのは論外だが、自分の船で解析する分には構わないだろう。

 時折データを受け取って、宇宙船を動かす操縦者の視点から新たな意見を出すこともあるので、ユイはマーシャにデータを渡して、その返答が来るのを楽しみにしている。

「それから何か足りない材料はあるか? あるなら仕入れるけど」

「そうですね。実は使ってみたい素材があるんですけど。仕入れるのは少し難しいかもしれません」

「難しい? どうしてだ?」

「その材料は一般的な取引では販売してくれないようなので。現地に行けば話は別なんでしょうけど」

「どんな材料だ?」

「天翔石です」

「?」

 聞き慣れない言葉にマーシャが首を傾げる。

「惑星ヴァレンツにある鉱物なんですが」

「ヴァレンツか。少し遠いな」

「ええ」

「天翔石とは?」

「惑星ヴァレンツには浮遊島があることをご存じですか?」

「浮遊島?」

「ええ。空に浮かぶ島です」

「……重力の関係かな?」

 まだそこまで広い世界を知らないマーシャは天翔石についても、ヴァレンツについてもそこまでの知識は無い。

「どちらかというと鉱石が原因ですね。浮遊する属性の鉱石が大地を構成していて、空に浮かぶ島々があるんです」

「それは、観光名所としてはかなり人を呼び込めそうだな」

「実際、ヴァレンツは観光名所ですよ。そして浮遊する属性を持つ鉱石のことを天翔石と呼んでいるんです」

「なるほど。空飛ぶ島を構成する石か」

「ええ。フラクティールの材料として面白そうなので、ちょっと使ってみたいんですよね。ただ、惑星ヴァレンツの大事な資源ですから、小さいものなら土産品として売られていますが、研究に使うほどの大容量となると、間違いなく売買を渋られます」

「うーん。そこは直接交渉しかないということか。小さいものを大量に買い集めるというのはどうかな?」

「……観光客に恨まれますよ」

「それは遠慮したいな」

 一般市場から土産品を買い占めたりしたら、確かに観光客から恨まれそうだ。

「だがまあ、金の取引じゃなくて、技術の取引なら成立するかもしれない。リーゼロックの技術をいくつか譲ってやれば、向こうとしても悪い取引じゃないだろうしな」

「いいんですか? 貴重な技術なんですよね?」

「それを言うならこのフラクティール・ドライブは未知の技術だ。それも大いなる可能性を秘めた未知の技術だ」

「そ、そこまで言われると照れますね」

「事実だからな。もう少し胸を張っていい。未知の技術を手助けする為に、既知の技術をある程度対価として支払うのはバランスも取れているし」

「そういうものですか?」

「私にとってはな。それにリーゼロックの新技術は私と博士が手助けしている部分も大きいから、その辺りの裁量権はお爺さまから与えられているし」

 クラウスはマーシャにかなりの裁量を与えている。

 マーシャ自身を甘やかしているのではなく、彼女自身の利益に対する嗅覚を信じているのだ。

 マーシャが必要だと判断して行動を起こした結果は、いつもリーゼロックの利益に繋がっている。

 だからこそ縛り付けるよりも自由にさせた方がいいと考えているのだ。

 マーシャがリーゼロックの仕事に関わるようになってから、グループの総利益は三割ほど増している。

 限定的な宇宙船開発部門と、投資の影響だけでそこまで伸びているのだから、自由にさせた方がいいと思うのも当然だろう。

「凄いですね」

「まあ、そういう訳で私が直接出向けば天翔石は手に入れられるかもしれない。これからちょっとヴァレンツまで行ってくるから、期待して待っていてくれ」

「今からですか?」

「まあ、準備に少し時間はかかるけど。まだシルバーブラストのメンテナンスも終わっていないし。博士に任せているけど、そろそろ終わるかも」

「なら期待して待っていますね」

「ああ。他にも何かお土産を買ってくるから」

「あはは。楽しみにしています」

「他に何か足りないものがあるなら、買ってくるけど?」

「今のところは無いですね。でも天翔石が届いたら実地の実験もしたいので、その準備だけ進めてくれると嬉しいですね」

「分かった。PMCの連中にも声を掛けておく」

「お願いします」

 宇宙船に関する実験なので、宇宙船開発部門だけではなく、警備としてリーゼロックPMCにも協力して貰っている。

 一つのグループで手広く経営していると、こういう部分では便利だと思う。

 マーシャは必要なデータを受け取ってから、ユイの研究所を後にした。

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