シルバーブラスト Rewrite Edition
4-4 トリスの戸惑い、ちびトリスの葛藤 2
一方、ちびトリスの方は空の家であまり上手く行っているとは言えない状況だった。
表向きは他の子供達と仲良くしているのだが、どうしても納得出来ないことがある。
しかしそれは本人にはどうしようもない問題なので、不満を表に出したりはしない。
その分のストレスはマーシャに甘えることで補っている。
「マーシャ。ただいまっ!」
リーゼロック邸に戻ると、マーシャの部屋に駆けつけるちびトリス。
「おかえり、ちびトリス」
飛びついてくるちびトリスをぎゅっと抱きしめて膝に乗せる。
「学校はどうだった?」
「うん。それなりに上手くやってるよ」
「それは良かったな」
「うん」
家に戻るとこうやってマーシャに甘えるのがちびトリスの日課だった。
マーシャもロッティに居る間は研究所などにデータを渡したり、スターウィンドのオーバーホールが残っていたりとかなり忙しいのだが、それでもちびトリスが不安定なことは分かっていたので、帰ってくる時間には家に居るようにしている。
ちびトリスが安定するまでは宇宙にも出られないと考えている。
「トリスとは上手くやっているか?」
「………………」
トリスの話題を振ってやると、ちびトリスはむっとした表情で顔を背けた。
「うーん。相変わらずか」
「だって、むかつくし」
「トリスが何かしたのか?」
「何もしてないけど。でも傍に居るだけでむかつく」
「うーん。困ったなぁ」
むっとした表情でそっぽ向くちびトリスを宥めるが、マーシャにはどうすることも出来ない。
これはちびトリス自身が乗り越えていかなければならない問題なのだから。
ただ、アドバイスぐらいはしてやりたいとも思う。
問題は、どんなアドバイスならちびトリスに効果的なのか、それが分からないということだった。
「それに……」
「ちびトリス?」
「ううん。何でもない」
「そんな顔をして何でもないってことはないだろう。どうしたんだ?」
「う~。マーシャに話しても解決する問題じゃないから」
「それは寂しいな。何か出来ることは無いか?」
「こうして甘えているだけでもストレスは発散出来る」
「ストレス発散に利用されてもなぁ……」
「マーシャに甘えるのは好きだし」
「気持ちは嬉しいけど」
すりすりごろごろと甘えられると、マーシャとしても気分がいい。
小さな弟が素直に甘えてくると、気持ちが和むのだ。
「ついでにもっと甘えて話してくれたらいいのに」
「男の子だからね。自分で頑張りたい時もあるんだよ」
「おお。男の子発言。頼もしいな」
「もっと頼もしくなって、いつかレヴィよりも俺を選ばせるから期待してて」
「えーっと。それはちょっと困るかな」
レヴィに一途なマーシャにとっては堂々とした略奪愛宣言も困ってしまう。
ちびトリスが本気なのは分かっているが、それは子供がお姉さんに憧れる感情とそれほど変わらないものだと分かっている。
今の状況で遠慮無く甘えられるのがマーシャだからこそ、ちびトリスはそこに恋愛感情を錯覚しているのだと、マーシャには分かっている。
しかしそれを指摘するほど残酷にはなれない。
求愛されて困りつつも、自分でこの違いに気付いてくれる日がくればいいと考えている。
「いつかマーシャを振り返らせられるぐらいいい男に成長すればきっと大丈夫だから」
「いい男になることは間違いないとは思うけどな」
ちびトリスはきっといい男になる。
こんなに一生懸命に頑張っているのだから、そうならない筈が無い。
マーシャはそう信じている。
「うん。俺、頑張るから」
「でも私はレヴィ一筋だからな」
「頑張る少年に水を差すの禁止」
「そんなこと言われてもな~」
むくれたちびトリスの頭をよしよしと撫でながら、二人はじゃれ合うのだった。
「………………」
「ちびトリス? どうしたんだ?」
「ううん。こうやってマーシャにくっついてると安心出来るな~と思って」
「そうか」
「うん。もっとこうしてていい?」
「私は構わないけど、もうすぐレヴィがここに来るぞ」
「っ!!」
びくっと身をすくませるちびトリス。
レヴィのことも嫌いではないのだが、あの執念じみたもふもふマニアっぷりには逃げ出したくなってしまう。
「鉢合わせになりたくないなら、そろそろ自分の部屋に戻った方がいいかもしれないな」
「うぐぐ……う~……」
本気で悩むちびトリス。
「に、逃げる」
「うん。それがいいな」
渋々とマーシャから離れるちびトリス。
しかし少しばかり遅かった。
「ただいま~。マーシャ。今帰ったぞ~」
レヴィがマーシャの部屋を開けてにこやかに帰宅の挨拶をしてくる。
「おかえり、レヴィ」
「うっ!」
そしてちょうど部屋から出て行こうとしていたちびトリスと鉢合わせることになった。
「おおっ!」
レヴィが嬉しそうにちびトリスへと抱きつく。
「ふぎゃっ!」
「ちびトリスーっ! 今日もたっぷりもふもふだなーっ!」
「はーなーせーっ!」
抱き上げられて尻尾をもふもふされまくったちびトリスはレヴィの腕の中で暴れるが、もちろん逃がして貰えない。
「離さん逃がさんたっぷりもふる♪」
「うわあああああーーっ!!」
ぎゅーぎゅーすりすりもっふもっふ。
レヴィは実に幸せそうにちびトリスをもふるのだった。
「ご愁傷様……」
そんなちびトリスを見て、マーシャは合掌した。
ああなったらレヴィはしばらくちびトリスを離さないだろう。
しかし今のちびトリスにはああいう問答無用の愛情も必要だろうと思うので、敢えて止めたりはしなかった。
★
「うぅ……酷い目に遭った……」
ちびトリスはふらふらになりながら自分の部屋へと移動する。
酷い目に遭ったとは思っているが、心の底では嫌がっていない自分にも気付いている。
やはりレヴィが向けてくる問答無用な愛情は、自分にとってそれなりに心地いいものだということだろう。
護ってくれるという安心感だけではなく、自分のことを大好きだと示してくれるあの態度は、不思議な温かさを感じさせてくれるのだ。
問答無用のもふもふには困りものだが、それも嫌ではない。
嫌だと態度では示しているが、本当は嫌がっていない。
本当に嬉しそうにもふってくれるので、なんだか嬉しくなってしまうのだ。
「なんだかなぁ……。嬉しいのと、悔しいのと、腹立たしいのと、やりきれないのと、いろんな感情が交じっていて、よく分からないや」
一人ベッドに寝転がって考える。
ここはとても温かい。
セッテの実験体として扱われていた頃とは較べ物にならないぐらいに幸せだ。
みんな優しいし、たっぷりと愛情を向けてくれる。
しかしだからこそ、思い知らされることがある。
自分の頭でしっかりと考えるようになったからこそ、分かってしまうことがあるのだ。
「俺は、俺だ。そう思いたいのに……」
どうやっても逃げられないのは、自分自身がトリス・インヴェルクのクローン体だということ。
髪の毛一本まで同じもので造られている。
それだけならば同じ身体を持つ存在でしかないと割り切ることが出来ただろう。
しかし自分にはトリスの記憶がある。
完全な記憶ではないけれど、断片的なものがフラッシュバックのように襲いかかってくる時があるのだ。
それが自分の記憶なのか、オリジナルの記憶なのか、分からなくなる時がある。
自分自身のものではない記憶に苛まれてしまうのは馬鹿馬鹿しいと思っているのに、頭から離れてくれないこの記憶を捨てることも出来ない。
戦いの記憶。
幼なじみの記憶。
まだトリスが何も知らずにいた頃の、幸せな記憶。
そしてマーシャの記憶。
マティルダと呼ばれていた頃の少女の記憶。
レヴィの記憶。
クラウスの記憶。
その温かさと、優しさ、向けられる愛情が、今の自分とかぶってしまう。
どちらが本当の自分なのか、分からなくなってくるのだ。
「どうしたらいいんだよ……。どうしたら俺は、俺を確信出来る?」
自分は自分だと思い込みたい。
信じたいのに、それが出来ない。
自分のものではない記憶が邪魔をする。
「助けて……。誰か、助けてくれよ……」
頭を抱えて、ベッドの上で丸くなる。
このまま殻に閉じこもりたい。
しかしそれは出来ない。
だからせめて今だけは……
ちびトリスは涙を眠りについた。
表向きは他の子供達と仲良くしているのだが、どうしても納得出来ないことがある。
しかしそれは本人にはどうしようもない問題なので、不満を表に出したりはしない。
その分のストレスはマーシャに甘えることで補っている。
「マーシャ。ただいまっ!」
リーゼロック邸に戻ると、マーシャの部屋に駆けつけるちびトリス。
「おかえり、ちびトリス」
飛びついてくるちびトリスをぎゅっと抱きしめて膝に乗せる。
「学校はどうだった?」
「うん。それなりに上手くやってるよ」
「それは良かったな」
「うん」
家に戻るとこうやってマーシャに甘えるのがちびトリスの日課だった。
マーシャもロッティに居る間は研究所などにデータを渡したり、スターウィンドのオーバーホールが残っていたりとかなり忙しいのだが、それでもちびトリスが不安定なことは分かっていたので、帰ってくる時間には家に居るようにしている。
ちびトリスが安定するまでは宇宙にも出られないと考えている。
「トリスとは上手くやっているか?」
「………………」
トリスの話題を振ってやると、ちびトリスはむっとした表情で顔を背けた。
「うーん。相変わらずか」
「だって、むかつくし」
「トリスが何かしたのか?」
「何もしてないけど。でも傍に居るだけでむかつく」
「うーん。困ったなぁ」
むっとした表情でそっぽ向くちびトリスを宥めるが、マーシャにはどうすることも出来ない。
これはちびトリス自身が乗り越えていかなければならない問題なのだから。
ただ、アドバイスぐらいはしてやりたいとも思う。
問題は、どんなアドバイスならちびトリスに効果的なのか、それが分からないということだった。
「それに……」
「ちびトリス?」
「ううん。何でもない」
「そんな顔をして何でもないってことはないだろう。どうしたんだ?」
「う~。マーシャに話しても解決する問題じゃないから」
「それは寂しいな。何か出来ることは無いか?」
「こうして甘えているだけでもストレスは発散出来る」
「ストレス発散に利用されてもなぁ……」
「マーシャに甘えるのは好きだし」
「気持ちは嬉しいけど」
すりすりごろごろと甘えられると、マーシャとしても気分がいい。
小さな弟が素直に甘えてくると、気持ちが和むのだ。
「ついでにもっと甘えて話してくれたらいいのに」
「男の子だからね。自分で頑張りたい時もあるんだよ」
「おお。男の子発言。頼もしいな」
「もっと頼もしくなって、いつかレヴィよりも俺を選ばせるから期待してて」
「えーっと。それはちょっと困るかな」
レヴィに一途なマーシャにとっては堂々とした略奪愛宣言も困ってしまう。
ちびトリスが本気なのは分かっているが、それは子供がお姉さんに憧れる感情とそれほど変わらないものだと分かっている。
今の状況で遠慮無く甘えられるのがマーシャだからこそ、ちびトリスはそこに恋愛感情を錯覚しているのだと、マーシャには分かっている。
しかしそれを指摘するほど残酷にはなれない。
求愛されて困りつつも、自分でこの違いに気付いてくれる日がくればいいと考えている。
「いつかマーシャを振り返らせられるぐらいいい男に成長すればきっと大丈夫だから」
「いい男になることは間違いないとは思うけどな」
ちびトリスはきっといい男になる。
こんなに一生懸命に頑張っているのだから、そうならない筈が無い。
マーシャはそう信じている。
「うん。俺、頑張るから」
「でも私はレヴィ一筋だからな」
「頑張る少年に水を差すの禁止」
「そんなこと言われてもな~」
むくれたちびトリスの頭をよしよしと撫でながら、二人はじゃれ合うのだった。
「………………」
「ちびトリス? どうしたんだ?」
「ううん。こうやってマーシャにくっついてると安心出来るな~と思って」
「そうか」
「うん。もっとこうしてていい?」
「私は構わないけど、もうすぐレヴィがここに来るぞ」
「っ!!」
びくっと身をすくませるちびトリス。
レヴィのことも嫌いではないのだが、あの執念じみたもふもふマニアっぷりには逃げ出したくなってしまう。
「鉢合わせになりたくないなら、そろそろ自分の部屋に戻った方がいいかもしれないな」
「うぐぐ……う~……」
本気で悩むちびトリス。
「に、逃げる」
「うん。それがいいな」
渋々とマーシャから離れるちびトリス。
しかし少しばかり遅かった。
「ただいま~。マーシャ。今帰ったぞ~」
レヴィがマーシャの部屋を開けてにこやかに帰宅の挨拶をしてくる。
「おかえり、レヴィ」
「うっ!」
そしてちょうど部屋から出て行こうとしていたちびトリスと鉢合わせることになった。
「おおっ!」
レヴィが嬉しそうにちびトリスへと抱きつく。
「ふぎゃっ!」
「ちびトリスーっ! 今日もたっぷりもふもふだなーっ!」
「はーなーせーっ!」
抱き上げられて尻尾をもふもふされまくったちびトリスはレヴィの腕の中で暴れるが、もちろん逃がして貰えない。
「離さん逃がさんたっぷりもふる♪」
「うわあああああーーっ!!」
ぎゅーぎゅーすりすりもっふもっふ。
レヴィは実に幸せそうにちびトリスをもふるのだった。
「ご愁傷様……」
そんなちびトリスを見て、マーシャは合掌した。
ああなったらレヴィはしばらくちびトリスを離さないだろう。
しかし今のちびトリスにはああいう問答無用の愛情も必要だろうと思うので、敢えて止めたりはしなかった。
★
「うぅ……酷い目に遭った……」
ちびトリスはふらふらになりながら自分の部屋へと移動する。
酷い目に遭ったとは思っているが、心の底では嫌がっていない自分にも気付いている。
やはりレヴィが向けてくる問答無用な愛情は、自分にとってそれなりに心地いいものだということだろう。
護ってくれるという安心感だけではなく、自分のことを大好きだと示してくれるあの態度は、不思議な温かさを感じさせてくれるのだ。
問答無用のもふもふには困りものだが、それも嫌ではない。
嫌だと態度では示しているが、本当は嫌がっていない。
本当に嬉しそうにもふってくれるので、なんだか嬉しくなってしまうのだ。
「なんだかなぁ……。嬉しいのと、悔しいのと、腹立たしいのと、やりきれないのと、いろんな感情が交じっていて、よく分からないや」
一人ベッドに寝転がって考える。
ここはとても温かい。
セッテの実験体として扱われていた頃とは較べ物にならないぐらいに幸せだ。
みんな優しいし、たっぷりと愛情を向けてくれる。
しかしだからこそ、思い知らされることがある。
自分の頭でしっかりと考えるようになったからこそ、分かってしまうことがあるのだ。
「俺は、俺だ。そう思いたいのに……」
どうやっても逃げられないのは、自分自身がトリス・インヴェルクのクローン体だということ。
髪の毛一本まで同じもので造られている。
それだけならば同じ身体を持つ存在でしかないと割り切ることが出来ただろう。
しかし自分にはトリスの記憶がある。
完全な記憶ではないけれど、断片的なものがフラッシュバックのように襲いかかってくる時があるのだ。
それが自分の記憶なのか、オリジナルの記憶なのか、分からなくなる時がある。
自分自身のものではない記憶に苛まれてしまうのは馬鹿馬鹿しいと思っているのに、頭から離れてくれないこの記憶を捨てることも出来ない。
戦いの記憶。
幼なじみの記憶。
まだトリスが何も知らずにいた頃の、幸せな記憶。
そしてマーシャの記憶。
マティルダと呼ばれていた頃の少女の記憶。
レヴィの記憶。
クラウスの記憶。
その温かさと、優しさ、向けられる愛情が、今の自分とかぶってしまう。
どちらが本当の自分なのか、分からなくなってくるのだ。
「どうしたらいいんだよ……。どうしたら俺は、俺を確信出来る?」
自分は自分だと思い込みたい。
信じたいのに、それが出来ない。
自分のものではない記憶が邪魔をする。
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