シルバーブラスト Rewrite Edition
4-1 もう一人のトリス 4
「じゃあちょっと大人しくしていてくれ」
「分かった」
マーシャは機器を取り付けていく。
ちびトリスの状態をスキャニングする為のもので、コンパクトだがかなり高性能な解析機でもある。
それらをちびトリスに繋いでから、起動準備を終わらせる。
その前にちびトリスに問いかけた。
「トリスのこと、そんなに嫌いか?」
「……嫌いっていうか、あいつとは一緒に居たくないんだ」
「どうして?」
「……俺は、あいつのクローンだから」
「………………」
「あいつが目の前に居ると、どうしても偽物だって事を思い知らされるから」
「私もトリスも、ちびトリスのことを偽物だなんて思っていないよ」
「分かってる。あいつの態度を見ても、それは分かる。でも俺がそう思うことを止められないんだ」
「……それは難しい問題だな」
「うん」
ちびトリス自身がそれをやめられないのなら、どうしようもない。
本人が乗り切るしか無い問題なのかもしれない。
「もしかして、トリスがちびトリスを殺そうとしたことを根に持っているのか? キュリオスでの戦闘もある程度覚えているんだろう?」
「それは、別に怒ってないよ。あのオリジナルはこれ以上俺がセッテに操られる前に、これ以上苦しめないように殺そうとしてくれたってことぐらい、ちゃんと分かってる」
「……そうか」
それが分かっていても、偽物だと思い知らされるのが嫌なのだろう。
やはり内心は複雑だ。
「結果として、俺はレヴィに助けられたけど、あのオリジナルを恨んだりはしていないよ」
「うん。それが分かってくれているなら、今は十分だ」
そこを分かっていてくれるのなら、残りは時間の問題だと思うから。
「あのトリスもちびトリスのことを本当に心配しているから、出来ればもう少し打ち解けてくれると嬉しいな」
「……考えてみる」
「うん」
ゆっくりでいい。
無理をせずに、ゆっくりと、少しずつ変わっていけば、それがよりよい未来に繋がると信じているから。
「他のみんなとはどうだ? たとえばレヴィとか」
「う~……」
レヴィの話題になると、ちびトリスも複雑な表情になる。
嫌ってはいないのだが、あのもふもふマニアっぷりには辟易とさせられているらしい。
「本気で嫌がればレヴィも無理強いは……いや、分からないな。するかもしれない」
「だよな……。まあ、ちょっと嫌なだけで、そこまで嫌って訳じゃないけど」
「うん。それなら良かった。あまりにも目に余るようなら、お仕置きしないといけないからな」
「お仕置きって、レヴィに?」
「そう」
「たとえば、どんな?」
ちょっとビクビクしながらちびトリスが問いかける。
「うん。具体的には格闘訓練の強制参加でしばらく足腰立たなくなるまでフルボッコだな」
「………………」
実に恐ろしいお仕置きだった。
ちょっぴり身震いしてしまうちびトリス。
「でもまあ、嫌っていないようで安心したよ」
「え?」
「今のちびトリスにはレヴィが必要だと思うからな」
「………………」
「ちびトリスにも分かっているんだろう? 自分を無条件で護ってくれると信じられる相手。今の自分にはそういう相手が必要で、そして安心出来ていることを」
「……うん」
「私も、そしてトリスも、昔はレヴィに助けられたからな。だから、ちびトリスのこともきっと助けてくれる」
「もう十分に助けられたと思うけど」
キュリオスに乗っている間の記憶があるちびトリスは、レヴィが神業的な技倆で自分を殺さずに無力化してくれたことを知っている。
自分はもう十分に助けられている。
「それだけじゃないさ。きっともっと助けてくれる。だからレヴィには安心して甘えていいんだ。全部受け止めてくれるから」
「そう……かな……」
「私が保証する。あのトリスだって、レヴィにはやっぱり甘えてしまうからな」
「……うん」
すぐには無理かもしれない。
だけどレヴィには甘えたくなる何かがある。
まだ素直にはなれないけれど、少しだけ寄りかかりたい安心感があることも確かだった。
「でも今はマーシャに甘える方が好きかも」
「それは嬉しいな。私も可愛いちびトリスを甘やかすのは好きだぞ」
嬉しそうな表情でちびトリスの頭を撫でるマーシャ。
素直で可愛いちびトリスはどこまでも可愛がりたくなる。
「和むねぇ」
そしてそんな仲のいい姉弟みたいな光景を見て、シデンの方が気分を和ませる。
今まで殺伐とした戦いにばかり身を投じてきたので、こういうほのぼのした光景は精神的に癒やされるらしい。
「そうやってもっと和んでくれていいぞ。これから堅気の生活をするつもりなら、こっちが標準になる筈だからな」
「堅気、ね。それも悪くないか。トリス次第だけど」
「やっぱりトリスに拘っているんだな」
「悪いか?」
「いや。トリスにもシデンみたいな奴が居てくれて嬉しいよ。私やレヴィもそれなりに力になれているつもりだけど、空白時間は大きいからな。どうしても踏み込めない部分っていうのが存在する。その部分をシデンが埋めてくれるなら、私としても助かるんだ」
「そこまで大それた事は出来ないと思うけどな。ただ、トリスのことは放っておけないだけだ」
「護れなかった弟の代償行為っていうだけなら、今の内に考えを改めておいた方がいいぞ」
「……まあ、それも無くはないけどな。でもそれなりの時間を一緒に過ごしてきたんだ。トリス自身にそれなりの情が湧いているのさ」
「ならいいけど」
弟自身の姿をトリスに見ているのなら、それはトリス本人を見ていないということになる。
しかしトリス自身をきちんと見てくれているのなら、心配いらないだろう。
「ロッティに戻ったら仕事は紹介するから安心してくれ。ただまあ、トリスはともかく、シデンに向いているかどうかは微妙かもしれないけど」
「?」
「ふふふ。まあそのちぐはぐさも面白いかもしれないな」
「待て。なんだその悪女めいた笑みは。逆に怖いぞ」
「悪女とは失礼な。ちょっと面白がっているだけじゃないか」
「十分に悪女だ」
「むぅ……」
「マーシャ」
「ん?」
横になっているちびトリスがちょっと引き気味に呼びかける。
「今のマーシャの笑い方は、ちょっと悪女っぽかった」
「………………」
子供にまで言われてしまうと流石に凹むマーシャだった。
悪女のつもりはないのだが、端から見るとそう映ってしまうという事実にダメージを受けてしまう。
「そ、そんなに悪女っぽかったかな?」
ちょっぴり涙目になりながらちびトリスに問いかけるマーシャ。
二人の前ならまだしも、レヴィの前でうっかり悪女スマイルになると嫌われてしまうかもしれないという不安が垣間見える。
こういう部分は可愛い乙女心を発揮している。
もっとも、日常的に暴力行為でしばき倒しているマーシャが今更悪女顔をしたところで、嫌われる筈もないのだが。
分かりきっていることであっても不安になってしまうのが恋心であり、乙女心でもあるということだろう。
そしてそういう不安定さも含めて恋の醍醐味でもあるのだ。
「うん。悪そうな顔だった」
「うぅ……」
素直に応えるちびトリス。
素直だからこそ、そこに一切の嘘や誇張が無いことが分かってしまう。
だからこそダメージが加速してしまうマーシャだった。
「でも悪女のマーシャはいつもより美人に見えた」
「え?」
「なんか生き生きしてた。だから悪女でもいいんじゃないかな」
「う……よ、良くない。それは良くない……」
悪女スマイルで生き生きしているって……
そんな自分は嫌だ。
悪女になることもあるけれど、それで生き生きしているような人格は否定したい。
「確かになー。マーシャの悪女スマイルはいつもより美人に見えるぜ」
「黙らないと船から放り出すぞ」
「発言まで悪女じゃねえかっ!」
ちびトリスには優しいが、シデンには容赦の無いマーシャだった。
「うう……」
悪女になりすぎないように気をつけなければ……と気を引き締めるマーシャだが、そんな彼女を眺めるのも面白いと考えるシデンだった。
彼もなかなかにいい性格をしている。
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