シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

4-1 もう一人のトリス 3


 シルバーブラスト内に砲を削られたキュリオスを受け入れたマーシャは真っ先にちびトリスを保護しようとしたが、まずは脳内に直結されていた配線を取り除くのが先だった。

 しかし脳に直結されている以上、そのまま取り外せばいいというものではないだろう。

 そこで活躍したのが二人の天才電脳魔術師《サイバーウィズ》だった。

 複雑なプログラムとセキュリティロックを解除して、ちびトリスから直結配線を取り除くのに大活躍してくれた。

 その際に、ちびトリスの脳に多大な負荷がかかっていることを教えてくれたのもこの二人だった。

 体内に注入されている肉体の強化用ナノマシンに関しては、取り除くのではなく、プログラムそのものを書き換えることにより、流用しようということになった。

 強化ではなく治療、再生用プログラムを仕込んだ医療用としてプログラムを書き換えられたナノマシンは、ゆっくりとちびトリスの身体を治している。

 あのままでは一年と生きられなかったであろうちびトリスの身体は、少しずつ回復して、普通の人間や亜人と同じぐらいに生きられる見込みが出てきている。

 リーゼロックで研究途中のアンチエイジング技術もフル活用して、ダメージの大きすぎる細胞を回復させたりもしていた。

 とにかく、そういう治療過程において、ちびトリスの身体は常に休息を欲しているのだ。

 たまには身体を動かすことも必要なので、起きている時間もそれなりに長いのだが、眠っている時間の方が圧倒的に長い。

 後数ヶ月はこの状態が続くだろう。

 しかしきちんと治る見込みはあるのだから、絶望する必要もない。

 今はただ、こうやって護ってやるだけでいい。


「しかし、あの頭目のクローンとは思えないぐらいに可愛げがあるよな」

 眠るちびトリスの頭を撫でるシデン。

 彼もちびトリスのことをそれなりに可愛がっている。

「ジジイ呼ばわりされて虐めていた癖に」

「虐めじゃない。躾けだ」

「俺から見たら虐待だぜ」

「人聞きの悪い。それを言うなら種類が違うだけでお前のもふもふマニアっぷりだって立派な虐待だろうが。嫌がってるし」

「そ、そんなことはない。ちびトリスのこれは照れ隠しって奴だ」

「……幸せな奴だな」

 本気でそう思っているのだから、実に幸せな性格だと呆れる。

 しかしこれもレヴィらしいと思えるようになってきたのだから、シデン自身もかなり毒されてきていると言えるだろう。


「入るぞ」

「………………」

 そんなことを話していると、マーシャとトリスが入ってきた。

「なんだ。ちびトリスは眠っているのか」

 マーシャがしゃがみ込んでちびトリスの頭を撫でる。

 寝顔があどけなくて可愛らしいので、微笑ましい気分になるのだろう。

「さっき眠ったところだぜ」

「まあ眠くなるのはいいことだ。ナノマシンが回復を進めてくれている証拠だからな」

「そうだな。眠っている時はもふり放題だしな」

「……起こすなよ」

「分かってる。優しくもふってるから安心しろ」

 ちびトリスの尻尾を撫でる手つきは本当に優しくしている。

 気持ちよさそうに目を細めているちびトリスには気に入られているらしい。

 目を覚ましている時は荒っぽく撫で回されるので嫌がられるが、眠っている時は安心出来る。

「随分と懐かれたなぁ」

「まあな。俺の人徳だ♪」

「まあ、そういうことにしておいてもいいけど」

「なんだその疑わしそうな目は」

「どうせ起きている時は嫌がられているんだろう?」

「そ、そんなことはない。あれは照れ隠しだ。そうに決まってる」

「うん。よく分かった」

「なんだその生暖かい目はっ!?」

 マーシャの生暖かい目で肯定されると切なくなるレヴィだった。

「シデンもありがとう。ちびトリスの面倒を見てくれて」

 マーシャはシデンの方にも礼を言う。

 ちびトリスの面倒をよく見てくれているらしいシデンにはかなり世話になっているので、多少は労わなければと思ったらしい。

「それは構わないけどな。俺を自由にしていていいのか?」

「いいんじゃないか? 裏切る心配もなさそうだし」

「なんでそう言えるんだ? そんなの分からないだろう?」

「直感」

「………………」

「私はお前を信じている訳じゃない。ただ、自分の直感を信じているんだ。他に理由はない。以上」

「シンプルだな」

「悪いか?」

「いいや。ごちゃごちゃ理屈を並べられるよりは面倒がなくていい。俺も当面は裏切るつもりもないしな。頭目がここにいる以上、俺も離れるつもりは無いし」

「……俺はもう頭目じゃないんだが」

 頭目呼ばわりされたトリスが複雑そうに呟く。

 確かにファングル海賊団が壊滅してしまった以上、頭目と呼ばれるのは嫌なのかもしれない。

 ただのトリスに戻った以上、普通に名前で呼ばれることを望んでいるのだろうか。

「それもそうだな。じゃあなんて呼べばいい? 名前でいいか?」

 頭目なら上司なのでそれなりに気を遣うが、その立場を捨てたのならば、ただの年下の青年なので、喋り方も変えていた。

 この方が自然な感じで心地いいと感じることに、トリス自身が驚いていた。

「好きにしろ」

「じゃあトリスで」

「ああ」

「………………」

「………………」

 名前で呼ばれたトリスは黙り込み、シデンの方もそんなトリスにどんな反応をしていいのか分からず戸惑う。

 抜き身の刃のような荒み方をしていたトリスは、今はかなり穏やかになっている。

 しかし同時に不安定でもあった。

 昔の自分と今の自分との間で揺らいでいるのかもしれない。

「そう言えばトリスはこのちびトリスと会うのは初めてだったよな?」

 そんな気まずさを壊したのはマーシャだった。

 無理に明るく話しかけているが、トリスの方は余計に気まずくなった。

「ああ」

 今まで自室に籠もっていたトリスはちびトリスに会いに来たりはしなかった。

 望めばいつでも会えた筈だが、トリスの方がそれを望まなかったのだ。

 一度は殺そうとした相手なので、どんな顔をしていいのか分からないという気まずさもあったが、ほとんど自分自身に近い存在に対して、どう接していいのか分からないというのが最も大きな理由だろう。

「もっと早く会いに来てやればよかったのに」

「……何を言っていいのか分からない」

「普通に喋ればいいと思うぞ」

「………………」

 ある意味で自分自身なのだ。

 自分に対してどんな言葉をかけていいのか、トリスには想像もつかない。

「いや、自分自身と考えるから気まずいんだろ。もっと別の関係でいいと思うぞ」

 そしてレヴィの方がトリスに語りかけた。

 困り果てているトリスを見ていられなかったのだろう。

「レヴィさん?」

「この子は確かにトリスのクローンだけど、性格はかなり別物だぞ」

「……そうなのか?」

「ああ。あんなに素直で優しくて可愛かったトリスとは完全に別物だな。かなりやんちゃだし、元気いっぱいだぞ。俺がもふもふすると全力で嫌が……じゃなくて、照れ隠しで対応してくるからなっ!」

「嫌がられているのか……」

「照れ隠しっ! これは照れ隠しなんだっ!」

「………………」

 必死で言い張るレヴィの姿が実に痛々しかった。

「……つまり、嫌がられているんだな?」

「う……うぅ……違う……違うんだ……照れているだけなんだ。そこがちびトリスの可愛いところなんだ……」

「いや~。ありゃあ全力で嫌がっていたぜ」

「てめえ余計なこと言うんじゃねえシデン!!」

「事実だろうが」

「目が腐ってんじゃねえかっ!?」

「あれが嫌がっていないように見えるなら、その目の方が腐っている心配をした方がいいぞ」

「なっ!?」

 かなり言いたい放題のシデンだった。

「あははは。凄いな、二人とも」

「………………」

 マーシャだけではなく、トリスも少し噴き出している。

 やりとりがおかしかったらしい。

「お。頭目……じゃなくて、トリスが笑ったのは初めて見たな」

「む……」

 海賊団を指揮していた頃は、こんな風に笑うことはなかった。

 そんな精神状態ではなかったし、そんな余裕が無かったことも確かだが、何よりも内心を露わにすることを嫌っていた。

 隙を見せることになると思っていたのだ。

 しかし今はそんな緊張感や義務感からは解放され、ある程度素直な感情を表に出すことが出来るようになっている。

 いい傾向だと思う。

「トリスも昔はよく笑っていたんだけどなぁ」

「そうそう。よく笑っていたし、素直に俺にもふられていたし。可愛かったんだけどなぁ。ブラッシングも大人しくさせてくれていたし」

「うんうん。素直で可愛かった」

「へえ~。やっぱり今のトリスからは想像がつかないな」

「………………」

 言われたい放題のトリスは顔を赤くしながら視線を逸らした。

 照れているというよりは、恥ずかしくていたたまれないらしい。

「そ、それでレヴィさんの言う別の関係って、何なんだ?」

「ああ、単純なものだよ。自分によく似た年下の存在なんだから、弟でいいんじゃないか?」

「む……なるほど。確かにそうだな」

 言われて、あっさりと納得するトリス。

 確かに弟と言われればしっくりくる感じがする。

「そうか。弟か」

 トリスは苦笑しながらちびトリスの頭を撫でる。

 眠るちびトリスの寝顔はあどけなく、確かに過去の自分を思い出す。

 それでも彼らは別の存在だ。

 違う人生を生きてきたトリス。

 これから違う人生を生きるであろうちびトリス。

 違う存在として、弟として、その存在を尊重していけばいいのだろう。


 ……と思っていたのだが。

「うー……」

「う……」

 ちびトリスの方はレヴィの後ろに隠れてトリスから遠ざかろうとしていた。

 自分と同じ顔があることに対して、戸惑いの方が大きいらしい。

「こら。ちびトリス。そんなに警戒するなよ。こっちのトリスはちびトリスの兄ちゃんみたいなものなんだぞ」

「兄ちゃん……って、同じ顔なのに?」

「兄弟は顔立ちもよく似てるんだよ」

「誤魔化すな。あれは俺のオリジナルだろう?」

「なんだ。知っていたのか」

 そのあたりの事実については無理なくゆっくりと教えていくつもりだったが、ちびトリスの方はある程度理解しているらしい。

 セッテから予め教え込まれていた知識なのかもしれない。

「とにかく、今はそいつの顔見たくない。出て行って欲しい」

「………………」

 トリスの方は少し傷ついた顔になったが、一度は殺そうとした相手なので、それも無理はないと受け入れていた。

「悪いな。不快にさせるつもりはなかったんだ。俺に会いたくないというのなら、なるべく会わないようにする」

 トリスは苦笑しながらも医務室から出て行った。

「うー……」

 ちびトリスの方も自分が言いすぎたことは分かっているのだろう。

 それでも撤回するつもりはないらしく、少しだけ泣きそうになっている。

 どうしたらいいのか分からず、感情の持っていき方に困っているのかもしれない。

「ちびトリス。落ち込んでいるところ悪いが、メディカルチェックをさせてもらってもいいかな?」

「うん」

「ありがとう。じゃあベッドに行って貰えるかな」

「うん。分かった」

 マーシャに対してはかなり素直なちびトリスだった。

 最初に助けられた時から、気を遣って優しくしてもらえていたのが効いているらしい。

 優しく笑いかけるのは苦手なマーシャだが、とにかく小さな子供相手にはそうした方がいいのだろうと判断したのだ。

 そしてその判断は大正解だった。

 警戒心の強いちびトリスが、マーシャにはかなり懐いている。

「マーシャ」

「うん?」

「連れて行って欲しい」

 両手を伸ばしてマーシャを見るちびトリス。

 どうやら抱っこして欲しいと訴えているらしい。

 かなりの甘えん坊っぷりだ。

「分かった」

 マーシャは苦笑しながらも、ここまで素直に甘えてくるちびトリスのことを可愛いと思っていた。

 オリジナルのトリスは素直で可愛いところもあったが、自分を甘やかそうとしてくれたことはあっても、こうして甘えてくれたことはない。

 だから不思議な気分になりながらも、嬉しいと思っている自分に気付いていた。

 ちびトリスを抱っこしてから、ベッドに連れて行く。

「シデン」

「ん?」

「ちょっとここを頼む」

「分かった」

 残されたレヴィとシデンはその場で大人しくしていたが、レヴィの方はトリスを追いかける為に立ち上がった。

 シデンの方もトリスが心配だったが、自分が行くよりはレヴィが行った方が素直にいろいろと打ち明けてくれるだろうと思ったのだ。

「トリスのことは任せたぜ」

「おう」

 出て行くレヴィを見送ってから、少しだけ寂しい気持ちになるシデンだった。

 ここで自分が追いかけられたらいいのに、と思う。

 しかし今の自分達はそこまで心を開けていない。

 これはやはりレヴィの役割なのだろう。

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