シルバーブラスト Rewrite Edition
3-7 混沌の戦場 2
「あ。エミリオン連合軍の艦隊が動いたですよ」
最初に反応したのはシオンだった。
のんびりごろごろしていたところ、すぐに顔を上げる。
ニューラルリンクに入っていなくても、シルバーブラストと繋がっているシオンは受信した情報をタイムラグ無しで把握することが出来る。
「よし」
「動くか」
「さてと。僕も準備しないとね」
「………………」
のんびりしていたのがすぐに意識を切り替える。
清々しいまでのオンオフ機能。
これがこのメンバーの強みなのかもしれない。
オッドだけはそこまではっきりとしたオンオフは出来なかったが、それに馴染もうと努力はしている。
黙って砲撃手席に着いてから、的確にサポートを行えるようにする。
戦闘機に乗ることも考えたが、レヴィと違ってブランクをすぐに取り戻す自信の無いオッドは砲撃手の方が的確にこなせると判断したようだ。
「ふふふ」
マーシャが尻尾を揺らしながら笑う。
戦いが始まる前にご機嫌のようだ。
「どうした? ご機嫌だな、マーシャ」
「そりゃあご機嫌にもなる。エミリオン連合軍を堂々と叩き潰せるんだからな」
「さいですか……」
嗜虐の笑みを浮かべるマーシャにちょっとだけ引いてしまうレヴィ。
しかし気持ちは分かる。
マーシャとトリスの子供時代を滅茶苦茶にしたのはエミリオン連合軍とジークスの人間なのだ。
復讐対象の片割れがいるのだから、昂ぶる気持ちも理解出来る。
トリスと違って完全な復讐心ではなく、ただの腹いせ、しかもついでという残念さがあるが、それでも堂々とエミリオン連合軍を叩き潰せるというのは気分が爽快なのだろう。
その気持ちを否定しようとは思わない。
トリスのように自分を燃やし尽くすようなものでなければ、軽い復讐心ぐらいは当然の権利だと思うからだ。
トリスのことも止めようとは思わない。
ただ、助けるだけだ。
トリスの望みを叶えて、そして自分達の望みも叶える。
強欲だと言われようと、傲慢だと責められようと、関係ない。
自分達はやりたいようにやるだけだ。
その為の力を手に入れたのだから、振るわなければ何の為にここまでやってきたのか分からなくなる。
「レヴィも早くスターウィンドで待機していた方がいいぞ」
「そこまで急かさなくてもいいじゃないか」
「別に急かすつもりはないけど、もたもたしていると私とシオンの天弓システムが全部敵を倒してしまうぞ。レヴィの出番無しだな」
「そ、それはちょっと遠慮したいな……」
女の子にだけ戦わせて自分の出番が無いというのは流石に情けない。
「レヴィ」
「ん?」
「トリスのこと、頼んだ」
「……ああ」
レヴィが本当に求められている役割は、戦場で大暴れすることではない。
死地に飛び出していくであろうトリスをギリギリで引き戻すこと。
それもトリスが納得出来る形で。
それが出来るのはきっとレヴィだけだ。
マーシャはそう信じている。
自分では駄目なのだ。
トリスにとって、マーシャは護りたかった存在だ。
しかしトリスにとってのレヴィは護られたいと思える存在なのだ。
幼い自分を唯一護ってくれた存在。
唯一、甘えることを許せる存在。
自分で自分を許せる。
レヴィが相手なら、きっとそれが出来る。
トリスがそうしてくれると、マーシャは信じている。
レヴィもそれは分かっている。
屋台で再会した時、自分にだけ弱い表情を見せてくれた。
あの時のままの少年の心が、トリスの中に残っている。
そしてその弱さを見せてくれるのは、自分だけなのだ。
だからこそ、受け止めなければならない。
「護ってやるさ。絶対に」
「うん」
何が出来るかはまだ分からない。
しかし戦場に出れば、きっと何をするべきか分かる。
その為には動かなければならない。
レヴィは人を殺す為ではなく、大切な少年を護る為に再び戦場に出る。
★
一方、ファングル海賊団の方はいよいよ作戦開始直前段階に入っていた。
エミリオン連合軍はすぐ近くに居る。
海賊団なだけあって正面から正々堂々という訳にはいかない。
自分達はあくまでも逃げ、そして隙を見て攻める側なのだ。
今も逃げるそぶりを見せながら反撃の機会を窺っている。
「………………」
トリスは艦橋で砲撃手席に着いていた。
今回の作戦はトリスが鍵を握っている。
操縦者達は全て戦闘機で待機させている。
トリスも自分の仕事が終わったらすぐに自分の専用機へと向かう予定だ。
「頭目。本当に出来るんですか?」
トリスの横に立っているのは副頭目であるシデンだった。
トリスがあらゆる面で天才なのは知っている。
しかしこれはあまりにも難易度が高い。
「出来ないとでも思っているのか?」
トリスの方は無表情でシデンを見上げる。
出来ると確信しているというよりは、出来ない方がおかしいとでも言いたげな顔だった。
「出来るとしたら頭目だけだとは思っていますがね」
「ならば黙って見ていろ」
「まあ、いいっすけどね」
トリスの機嫌は最悪だ。
恐らくはマーシャと会ったことが原因なのだろう。
揺らいでいる自分を必死で抑えようとしている。
感情を取り戻したら、自分は立っていられない。
このまま燃え尽きるまで進むには、その感情こそが邪魔なのだ。
生き残ると約束した。
それでも、このまま消えたいという願いもある。
二つの気持ちの間で板挟みになっているトリスは、不機嫌の仮面の下で泣きそうになっていた。
「………………」
相変わらず、自分は弱いままだ。
未来を見ることが出来ない。
未来を信じることが出来ない。
いつだって揺らいで、迷って、手探りで歩いている。
それでも、これだけは譲らない。
マーシャであっても、レヴィであっても、これだけは譲れない。
邪魔をするなら、絶対に許さない。
「頭目。来ました。エミリオン連合軍です」
「………………」
オペレーターも兼任している電脳魔術師《サイバーウィズ》がトリスに報告する。
追いつかれたというよりは、追いつかせた。
リーゼロックの技術も流用しているこのフォルティーンは本気を出せばエミリオン連合軍からも逃げ切れるだけの速度を持っている。
しかしここで逃げるつもりは無いトリスは、撃破するつもりで迎撃準備を整えていた。
相手は追いついたとでも思っているだろう。
「前面の旗艦が主砲発射態勢に入っています」
「分かった」
これこそトリスが待っていたものだ。
一番前に旗艦がいるのは、距離があるからだろう。
最初は最大火力で牽制する。
その後、戦闘機やミサイルなどの波状攻撃に切り替える。
トリスはその作戦も見越して、自陣の作戦を立てた。
人間業とは思えないやり方で強引に突破する。
この戦力で出来る最善を行う。
不可能すらも突破して、セッテ・ラストリンドまで辿り着く。
この戦場に、セッテ・ラストリンドは確実にいるのだ。
匿われているのではなく、前線に出てきている。
それはトリスの存在に気付いているからだ。
執拗に狙い、逃げ続けてきたセッテ・ラストリンドは、ここに来てトリスの前に出てきた。
その理由はトリスの身柄を確保すること。
これだけの戦力を集めた今ならば、それが可能だと確信しているのだろう。
エミリオン連合軍は何度も辛酸を嘗めさせられたファングル海賊団を壊滅させる。
セッテ・ラストリンドはトリス・インヴェルクの身柄を確保する。
お互いの取引はそんなところだろう。
トリスは自分を餌にしてセッテをおびき出した。
セッテも自身を餌にしてトリスを釣り上げた。
お互いが、お互いを狙っている。
マーシャが狙われずに済んだのは幸いだった。
最も、リーゼロックの庇護を受け、驚異的な戦闘能力と技術力、そして資金力を手にしたマーシャを捕らえるのは容易なことではないだろうが。
それならば海賊として指名手配されているトリスを秘密裏に確保する方がまだ容易い。
「……ここで、終わらせる」
「………………」
トリスの呟きを聞き取るシデン。
ああ、やっぱりこの人は死ぬつもりなんだな……と諦めにも似たため息をつく。
しかし死なせるつもりはない。
マーシャに言われたからではない。
シデン自身が、この青年を死なせたくないと願っているから。
「主砲のチャージは?」
トリスがオペレーターに確認する。
「完了です。いつでも撃てます」
「隠蔽は?」
「大丈夫です。まだ気付かれていません」
「よし」
トリスは口元を吊り上げる。
彼には似合わない、悪意に満ちた笑みだった。
憎悪に歪んだ笑みがその形を作っている。
素直だった少年は、ここまで歪んでしまった。
本来の自分を取り戻そうとは思わない。
このまま、燃え尽きるまで突き進む。
トリスは引き金に指を掛けた。
狙いはただ一つ。
撃とうとしている相手の主砲、その砲身だ。
「………………」
数百キロ離れている戦艦の砲身を狙うのだ。
システムアシストがあるからといって、それは容易なことではない。
というよりも神業だと言えるだろう。
トリスはじっと集中する。
システムアシストだけでは足りない。
自らの直感、そして貫くという意志。
三つの要素が重なって始めて出来ると確信している。
人間には出来ないことが出来る。
圧倒的な身体能力、七年の戦闘経験。
そしてその経験が成長させた作戦立案能力。
それは人間ならばほんの一握りの天才のみが辿り着ける境地だろう。
しかし亜人ならばその天才性を初めから有している。
正確には、全てのことに対する適応能力が異様に高いということになるのだろう。
皮肉にもそれを教えてくれたのはトリスにとっての仇であるセッテ・ラストリンドだった。
だからこそ、その力を最大限に活かしてセッテを殺す。
そして仲間の遺体を取り戻す。
この星屑の戦場で、塵に還すことで、ようやくトリスは楽になれる。
自分を許すことが出来る。
そして誰かを許すことも出来るのかもしれない。
そんなことを考えながら、トリスは引き金を引いた。
考え事はしていても、眼前のスクリーンに映る目標だけは見逃さない。
「よし」
そしてトリスの砲撃は正確に敵艦の砲身を撃ち抜いた。
「す……すげえ……」
横に居たシデンが呻くような声を漏らす。
他の艦橋にいた部下達も同様だった。
作戦立案の段階でそれは不可能だろうと思っていた。
トリスは失敗した際の次善の策も用意していたが、まずは最善を試すと提案したのだ。
しかし成功するとは思っていなかった。
相手の砲撃のタイミングに合わせて、こちらの砲撃をその砲身に正確に撃ち込む。
タイミング、砲撃精度、そのどれもが不可能だと示していた。
しかしトリスは成功させた。
敵の戦艦は大ダメージを受けている。
大破はしていないが、中破は確実だ。
これで確実に戦力を減らすことが出来た。
「これで迂闊な主砲は使えなくなる。戦闘機での小競り合い、そして中距離砲が中心になるだろう。全機出撃。砲撃担当班は攻撃を継続。電脳魔術師《サイバーウィズ》はこちらに向かってくるミサイルの攪乱に集中しろ」
「はい!」
「任せてください!」
「必ず勝ちます!」
「いい返事だ」
トリスの神業を見てテンションを上げた艦橋の部下達が次々と返事をする。
トリスもそれを目にして口元を吊り上げる。
使い潰すつもりの部下だが、それでもやる気になってくれるのは嬉しい。
これならば死んでも悔いは残らないだろう。
ここに居るのは生きていることに罪悪感を持ち、復讐という名目で戦うことで生きる理由を得ているような奴らだ。
もとより海賊行為をしたかった訳ではない。
ただ、エミリオン連合軍を相手取るのにそのやり方がもっとも都合が良かっただけだ。
だからここで死ぬのも構わないと、ほとんどの奴らが思っているだろう。
それはトリスも同じだ。
仲間意識など持ったことはなかったが、ここにきてようやく彼らに共感出来た気がした。
「悔いが残らないよう、全力でやれ」
「はい!」
「そのつもりです!」
「頭目も、悔いだけは残さないでくださいね!」
「ああ」
トリスは彼らに対して始めて柔らかい笑みを向けた。
人間に対してこんな表情を見せたのは初めてかもしれない。
しかし悪い気分ではなかった。
人間に対する憎悪、エミリオン連合に対する憎悪、そしてセッテ・ラストリンドに対する憎悪を糧にして生きてきた。
しかし最後ぐらいは笑って死んでもいいだろう。
憎しみは昇華されない。
それでも、最後に自分を許すことは構わないだろう。
トリスはそんな風に思いながら艦橋を出て自分の専用機へと向かった。
その後をシデンがついて行く。
彼も戦闘機乗りだ。
元々はエステリ軍に所属していたが、三年前の事件で表向きは死んだことになっている。
そういう部分ではレヴィと共通した過去を持つ男だった。
軌道上からの砲撃を運良く免れて生き残ったが、その余波で家族を失った。
幼い頃に両親を亡くしていたシデンはたった一人の弟を養う為に軍に入った。
しかし一緒に暮らすということは、戦場に近い場所に置くということでもあった。
軍人向けの寮は家族も一緒に暮らせるようになっているが、基地から近い位置にあるので、訓練などの流れ弾に巻き込まれるリスクはあった。
もちろん安全措置は十分に取っているが、そのリスクを呑み込んででもシデンは弟と一緒に暮らすことを選んだのだ。
寮以外で暮らそうと思えば基地からかなり離れた位置になる。
そうなると出勤や帰宅にも時間を取られることになり、弟と過ごす時間が少なくなることを懸念したのだ。
幼い弟は寂しがり屋で、なるべく長い時間を一緒に過ごしてやりたかった。
しかしそれが弟を死なせることになった。
基地の近くで行われたエステリとエミリオン連合の式典は、惨劇によって終わりを迎えた。
エステリがエミリオン連合を罠に掛けることは知っていた。
自分もその裏切りに参加させられることも納得していた。
元より軍人であったシデンに命令の拒否権は無い。
罠に掛けたり裏切ったりすることに対する忌避感はあったが、それでもエミリオン連合の干渉を完全に断つ為には必要なことだった。
セントラル星系にあるからといって、エミリオン連合の傘下に入れられるのは真っ平ご免だという意識はシデンも持っていたからだ。
元より資源の豊富なエステリは他の手助けを必要としない。
エミリオン連合に加盟するメリットが無かったのだ。
しかしエミリオン連合の方は自分の目の届く範囲に影響力が及ばない国があることを快く思わなかった。
かなり強引なやり方で加盟を促してきたが、ついには戦争寸前まで進むことになった。
しかし戦争は最悪の選択肢だ。
だからこそ、表向きは対等な条件による和解で手を打つことになったのだ。
しかしそれはエステリ側の罠だった。
エミリオン連合に決定的なダメージを与える。
それが目的だったのだ。
首脳部をおびき出して、中枢機能を麻痺させる。
そうすることで、自分達への干渉を当分控えさせようと思ったのだろう。
エミリオン連合の方はエステリを信用していたというよりは、一度加盟させてしまえば徐々に主導権を奪い取っていく交渉を持つことを目的としていたのだろう。
つまりは、足の引っ張り合い。
醜い政権争いという奴だ。
それに巻き込まれる軍人はたまったものではないだろう。
それでも命令に従うのが軍人の仕事だ。
だから従った。
そしてその結果があの惨劇だ。
命令があったタイミングでエミリオン連合の首脳達を狙撃したのはシデン達だ。
そこからなだれ込むように警護に当たっていたエミリオン連合の軍人達を蹴散らすつもりだった。
しかしエミリオン連合はその事実を隠蔽する為に、全てを破壊するという手段に訴えた。
確かに効果的だが、味方をも巻き添えにするやり方には心底怒りを覚えた。
殺し殺されるのは軍人の業でもある。
だから、普通の殺し合いで失ったのならば、嘆くことはあってもここまで憎むことはなかっただろう。
殺したのはお互い様だと、無理矢理に呑み込んだだろう。
それで納得出来なかったのは、味方ごと巻き添えにするだけではなく、その近くにいたであろう民間人すらも一緒に殺したことだ。
卑怯だというつもりはない。
それでも、踏み外すべきではないものがある筈だ。
少なくとも、味方を巻き込むことを前提にしたり、何もしていない一般人を巻き込むことを前提にした攻撃をするようなやり方を許すつもりにはなれなかった。
そしてその攻撃で失ったのは、誰よりも護りたかった弟なのだ。
軌道上からの砲撃は、軍の寮にまで余波が及んだ。
弟は瓦礫の下で冷たくなっていた。
シデンも大怪我を負ったが、何よりも弟の無事を確認したくて動き続けていたのだ。
そして絶望を見た。
それからシデンは身を隠し、表向きは死んだことにして、エミリオン連合への復讐を誓った。
何が出来るかなど関係ない。
ただ、復讐するのだと誓ったのだ。
そして海賊団を組織し、エミリオン連合軍と戦い、トリスと出会い、彼を頭目に据えて、ここまでやってきた。
きっと、ここが最終の場所だろう。
戦いながらも、どこかで死に場所を探していたファングル海賊団の面々は、ここで終わることを納得しているだろう。
シデンも納得している筈だった。
しかしトリスのことは死なせたくない。
幼かった弟と面影が重なるという理由ももちろんある。
しかしそれ以上に、トリスにはマーシャがいる。
彼を生き延びさせたいと願う家族がいてくれる。
想われているのなら、死に急がせるべきではない。
シデンはそう考えているのだ。
しかしどうやったらトリスを生き残らせられるのか、それが分からない。
戦闘技術では圧倒的に上回っている。
操縦技術も同様だ。
護ろうとしても、追いつくことすら出来ないだろう。
だからこそ、シデンは迷っていた。
どうか死なないで欲しい。
それを告げるかどうか、迷っていたのだ。
しかしトリスの方が先に振り返った。
彼の専用機である『ホワイトライトニング』に乗る前、シデンの方を見る。
「頭目?」
「シデン」
「なんっすか?」
戦いに赴くとは思えないぐらい、静かな声だった。
こんな穏やかなトリスは初めてかもしれない。
「言いたいことがあるなら言え」
「え?」
「どうせこれが最期なんだ。悔いが残らない為にも、言いたいことがあるなら言っておけ。それぐらいは聞いてやる」
「……気付いていたんですか」
「お前も気付いているだろう」
「………………」
「俺は人間よりも感覚が鋭い。あそこまで物言いたげに何度も見られていれば、馬鹿でも気付く」
「……そりゃあ、すみませんね」
そうだった。
彼は亜人なのだ。
感覚は人間よりもずっと鋭い。
「というよりも、俺が気付いていたことも分かっていたんですね」
「他人の視線には敏感なんだ」
つまり、亜人の特徴を晒していたところを見られていたことに気付いていたらしい。
しかしそれならば疑問も残る。
「口封じをしようとは思わなかったんですか?」
「必要無いだろう。正体を隠しているのは自分を護る為じゃないからな。むしろお前達に対する配慮だ」
「なるほど……」
人間は亜人を見下す傾向にある。
トリスが亜人だと知られれば、彼の命令に従うことを良しとしない人間も出てきたかもしれない。
そしてトリスの排除に動こうとすれば、彼は自衛の為に容赦はしない。
つまり、人間側に配慮した秘密だったのだ。
トリス自身は裏切られようと排除されようと、どちらでも構わないという意識だったのだろう。
ファングル海賊団のことも、都合がいいから利用しているだけで、それが無くなったとしても何らかの方法で同じように戦い続けるに違いない。
「それで、何が言いたい?」
「大したことじゃないんですけどね。ただ、死に急ぐのは止めて欲しいってだけで」
「お前にどうこう言われる筋合いは無い」
「でしょうね。でも彼女のことをあまり心配させるのもどうかと思いますよ。頭目には帰りを待ってくれている人がいるんですから」
「………………」
「恋人じゃないことは知っています。ですが、大切な人なんでしょう?」
「………………」
「だから、出来る限り生き残って下さい。俺が言いたいのはそれだけです」
「……お前の知ったことじゃない」
「まあ、あんたならそう言うと思ってましたけどね。心のどっかに留め置いてくれればいいですよ。後は俺も勝手に動きます」
「………………」
トリスはもう振り返らなかった。
そのまま戦闘機に乗り込む。
「やれやれ。本当に不器用な人だな」
出来ない約束はしない。
それがトリスの優しさだということはとっくに気付いている。
裏切り者には冷徹で、敵には残酷で、自分にも容赦が無い。
そんな性格でありながらも、彼を優しいと思うのは、見えない気遣いに気付いてしまうからだろう。
本当にそれだけの存在ならば、マーシャがあそこまでトリスを心配する筈がないのだ。
だからこそ、このまま死なせる訳にはいかなかった。
何としてでも生き残らせる。
「俺も、俺なりの戦い方でやりますかね」
シデンの腕前も決して捨てたものではない。
戦闘機操縦者としては一流の技倆を持っている。
ただトリスやレヴィといった天才には及ばないだけだ。
それでも、出来ることはきっとある。
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