シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

03-4 移動中のトラブル 3


 レヴィアースはそのまま艦橋から出て行き、オッドを客室まで連れて行った。

 ベッドは一つしかなかったので、オッドに使って貰う。

 ソファも無かったので、今度こそレヴィアースは床で寝ることになりそうだ。

「レヴィ。流石にそれは……」

 一人だけベッドに寝かされたオッドは気まずそうに床に転がるレヴィアースを見ている。

「いいっていいって。ただしそっちのクッションは一つ貰うぜ」

 枕代わりのクッションを一つ貰って、レヴィアースは床に寝転がる。

 寝心地は最悪だが、訓練中に較べたら遙かにマシだ。

「狭いですが、ベッドで一緒に寝ますか?」

「冗談じゃねえ。男と同衾なんて死んでもお断りだ」

「……まあ、そう言うと思いましたけど」

 オッドとしても遠慮したい。

 しかしこのままレヴィアースを床で寝せることも気が引ける。

「女の子だったら大歓迎だけどな」

「それは俺も同感ですね」

「という訳で、さっさと眠れ。どうやらこの船はスターリットに向かうらしい。ひとまずそこでどうするか考えよう」

「そうですね」

 何を言っても無駄なようだ。

 だったらレヴィアースの好意に甘えるしかない。

 スターリットに到着するまでは八日ほどかかるらしい。

「ベッドは交代で使いませんか?」

「駄目だ。オッドの方が重症なんだからな。お前がベッドだ」

「レヴィだってそれなりに重症でしょう」

「俺はいいんだよ。治りかけてるし」

「………………」

「だから、睨むな。お前の方が酷い怪我をしているのは確かなんだ。そういう時に無理をされるとこっちまで巻き添えを食らう。分かってるだろう?」

「……分かっていますけど」

「だったら大人しくベッドを使え」

「分かってはいますけど、気分は良くないんです」

「そう思うなら治った後にたっぷり働け。それで借りを返せ」

「分かりました。具体的には何を求めていますか?」

「そうだなぁ。お前、料理出来る?」

「出来ません」

「出来ないのかよ」

「レヴィは出来るんですか?」

「さっぱりだな」

「……どうしてその有様で俺が責められるんですか?」

「いや。なんとなく。これから男二人の生活が予想される訳だ」

「そうですね」

「どっちかが料理出来ないと、日々レトルト生活になっちまうぞ」

「………………」

 それはありがたくない。

 というよりも避けたい。

 毎日外食も飽きてしまう。

 そうなると、必然的に自炊しなければならなくなる。

「という訳で、料理を覚えろ」

「俺が……ですか?」

「おう。自慢じゃないが俺は包丁すらまともに握れないぞ。ナイフならまあまあってところだが」

「俺も大差ないんですが」

「よし。頑張れ」

「………………」

 拒否したいところだが、レヴィアースに対して大きな借りが出来てしまっているので、それも不可能だ。

 しかしもっと深刻な問題や肉体労働で返せなどと言わないあたり、レヴィアースらしいとも思う。

「分かりました。最初の方は酷いものを出すかもしれませんが、我慢してください」

「いやいやいやいやっ! まともなものを作れるようになってから出そうぜっ!?」

 実験台にすると言われて拒否するレヴィアース。

 まあ、当然の反応だろう。

「食材が無駄になりますから、付き合って貰います」

「げ……。ほら、オッドが全部食べるっていうのは?」

「一人前を作るのは難しいそうですから」

「う……」

 それぐらいのことはレヴィアースも知っている。

 実家にいる頃から料理は母親の担当で、レヴィアースは一切台所に立ち入らなかったので、お茶を淹れることぐらいしか出来ない。

 料理の問題は早々に解決しなければならないとは言え、辛い展開が予想される。

「まあ、出来る限り頑張ります」

「そうしてくれ」

 スターリットである程度落ちついたら、料理を覚えようと決意するオッド。

 そして自分でも少し驚いていた。

「………………」

「どうした?」

「いいえ。ちょっとしたことなのですが」

「言ってみろよ」

「本当に、大したことではないのですが」

「顔はそう言ってないぜ。気になるから教えろよ」

「その、料理を覚えようと思ったんですが」

「うん。いいことじゃないか」

「目標が出来たということです」

「そうだな」

「それだけで、地に足がついた感じがしました」

「………………」

 つまり、今の自分達はそれだけ不安定だったのだろう。

 生き延びることだけで精一杯。

 他に何をしたらいいのか分からない。

 ふわふわと、ふらふらと、どこにでも飛んでいってしまいそうな不安定さ。

 しかし目標が出来ただけで、それが安定したように思えたのだ。

 思い込みなのかもしれない。

 だけど、その思い込みこそが大切なのだと、今なら分かる。

「良かったな」

「レヴィも料理を覚えたらいいんじゃないですか? 目標が出来れば地に足がつきますし」

「そっちはオッドに任せる。俺は別の目標を持つことにするよ」

「そうですか」

「それに二人して料理に四苦八苦していたら、悲惨なものが倍出来上がるぞ」

「……それは、避けたいですね」

 つまり、処理量も倍。

 しかも捨てるのではなく胃袋に収めなければならない。

 食事は大事なモチベーションだ。

 流石にそれは避けたかった。

「まあ俺の方も一応考えていることはある」

「聞かせて貰っても?」

「大したことじゃねえけどな。運び屋でもやってみようかと思って」

「運び屋?」

「運送屋を個人規模でってところかな」

「どうしてそれを?」

「いや。まあ、元々は小型船で配達を担当する運送屋に就職したかったからさ。地上で似たようなことをやってみようかなと」

「それなら宇宙の個人運送屋でも始めたらいいんじゃないですか?」

「それだと顔が売れすぎるかもしれない」

「……ああ、なるほど」

 腕のいい操縦者は自然と噂が広がってしまう。

 小型船でレヴィアースが運送屋を始めれば、その評判は間違いなく上がる。

 宇宙海賊すらもものともしない個人運送屋。

 間違いなく話題になるだろう。

 そして既に死亡しているレヴィアースにとって、それは避けたいのだ。

 エステリに居る間にニュースはある程度目を通した。

 ネットワークを介してもニュースを確認した。

 エミリオン連合の議長デミオ・アイゼンの暗殺はテロリストによって行われたものであり、それによって両国の結びつきには亀裂が入った。

 しかしあくまでもエステリの罠に嵌められたのではなく、テロリストによって邪魔をされたという形になっている。

 エミリオンが無様に罠へと飛び込んだ事実を徹底的に隠蔽していた。

 ならば、事実を知る人間はほぼ殺されているだろう。

 殺されていない人間は記憶を消されている。

 それを知っているのはほんの一部の佐官や将官だけだろう。

 それらの人間も秘密厳守を徹底させている筈だ。

 敵対しているエステリのメディアにまで手を回しているのだから、これが事実として徹底されている事は間違いない。

 そして事実を知る生き残りであるレヴィアース達の存在が表に出た場合、間違いなく暗殺される。

 それは避けたい。

 戦闘機の戦闘ならば誰にも負けるつもりはないが、地上で暗殺部隊や特殊部隊を差し向けられたら手も足も出ない。

 これからはひっそり目立たず、一般人として暮らしていく必要があるのだ。

 たとえ二度と戦闘機の操縦桿を握れなくなったとしても。

 生き延びる為にそれが必要ならば、耐えるしかない。

「いいんですか?」

 オッドが心配そうにレヴィを窺う。

 戦闘機を操縦すること。

 宇宙船の操縦桿を握ること。

 それはレヴィアースにとっての生き甲斐だった筈だ。

 運送屋への就職を諦めさせられてなお、戦闘機の操縦だけには執着出来たのは、それが彼にとってかけがえのないものだったからだ。

「いいんだ。職業として選べなくなるだけで、趣味で操縦することは出来るからな。どうしても禁断症状が出たら、レンタルの宇宙船でも借りて、近場をうろうろするさ。それだけでも十分な気晴らしになるからな」

「………………」

 それは本心ではないのだろう。

 しかしそう考えることで乗り越えようとしている。

 ならばオッドが口を出す問題でもないのだろう。

「オッドは何がしたい?」

「当面は料理を」

「いや。それはありがたいんだけどさ。何か他にやりたいことはないのか?」

「………………」

「オッド?」

「いえ。考えているところです」

「そうか」

「とりあえずは、貴方の補佐でもしてみようかと」

「補佐?」

「単純に運び屋といっても、物を運んでいればいいだけではないでしょう。事務処理なども必要になる筈です。荷物の種類によっては荒事になる可能性もありますし。その際の戦闘要員も必要になるでしょう」

「嫌なことを言うなぁ。荒事とか、出来るだけ勘弁して欲しいんだけど」

「荒事を避けたいのなら普通の仕事をお勧めします」

「普通の仕事?」

「普通の会社員などです」

「…………うん。我ながら想像出来ねえな」

「そう言うと思いました」

 学校を卒業してすぐに兵役へと就き、その後は軍にスカウトされたのだ。

 一般の会社員などという世界とは無縁のままここまで来てしまった。

 想像すら出来ないというのはある意味で仕方のないことなのだろう。

 一般に適応出来ない。

 そんな大人になってしまった。

 軍属のままならそれでも良かったのかもしれない。

 しかし今は一般に紛れなければならない。

 今後の課題としては大きなものとして残り続けるだろう。

「オッドは普通の会社員になりたいとか思わない訳?」

「そうですね。貴方と同じですよ。まだ、想像すらも出来ません」

「そうか」

 お互いに難儀な立場だった。

 しかしだからこそ共感出来る。

 同じ立場だからこそ、お互いを分かり合える。

 分からないところはお互いに分からないというデメリットもあるが、今のところは大きな慰めだった。

 一人きりではないというのは、それだけで大きな救いとなるのだ。

「じゃあ俺が運び屋、オッドがそのサポートってことでいいか?」

「そうですね。そういう方針で行きましょう」

「よし。決まりだな♪」

「楽しそうですね」

「未来を考えるのは楽しいぞ。それが楽しそうな未来なら尚更な」

「なるほど」

 屈託なく笑うレヴィアースが眩しかった。

 こういう時に笑えるのが彼の強さなのだろうと思った。

 オッドはレヴィアースのようには笑えない。

 しかし笑えるレヴィアースの傍に居たいとは思う。

 そんな彼の笑顔を曇らせたくないと、心から願う。

「でもやりたいことが見つかったら俺のことは気にしなくていいからな」

「え?」

「だから、俺に付き合う必要は無いって言ってるんだよ。今は居てくれて助かるし、心強いけど、オッドが本当にやりたいことを見つけたら、その時は俺に構わず自分の望むようにやって欲しいってこと」

「俺は俺の望むようにやっていますよ。レヴィの役に立つことが俺のやりたいことです」

「いや、気持ちはありがたいんだけどさ。そこまで俺にこだわらなくてもいいんじゃないか? 命の恩人なのはお互い様だし、そこまで義理を果たさなくてもいいんだぞ」

 いつもオッドは自分をサポートしてくれる。

 それはいつも助かっているし、嬉しいことでもある。

 しかしそんなオッドに甘えてばかりではいけないと、レヴィアース自身は考えていた。

 そしてオッド自身の気持ちも気になっていた。

 どうして彼は自分にそこまでしてくれるのだろうと、それがずっと不思議だったのだ。

「義理ではありませんよ。そういう立場ではありますが、俺が貴方の傍に居るのは、俺自身の望みです」

「……何で?」

「上手くは言えないんですけど。なんとなく、放っておくのは気が進まない感じがします」

「?」

「手のかかる弟、みたいな感じでしょうか」

 放っておくと心配になる。

 だから自分が手助けしたくなる。

 強いて言うならそういう気持ちなのだろうとオッドは判断した。

「俺が弟かよっ!?」

「いけませんか? 年下ですし、そういう立ち位置がちょうどいいかと」

「俺が上官っ! 元上官っ! 弟が上官ってあり得ないだろっ!?」

 そして弟扱いされたレヴィアースの方は不満のようだ。

 対等な相手だと思っていたのに、まさかの弟扱い。

 かなりショックだった。

「……やっぱり弟という感じですね」

「んな……」

 ムキになって否定するレヴィアースを見ていると、可愛いと思ってしまったのだ。

 それは弟を可愛がる兄の心境と一致する……ような気がする。

 オッド自身は弟を持った経験が無いし、兄とも折り合いが悪かったので、家族と過ごす温かさを知らない。

 彼自身の家が複雑な事情を抱えているので、家族の愛情をほとんど知らないのだ。

 レヴィアースをその代償行為の対象としているのかもしれない。

 そう考えると少しだけレヴィアースに対して申し訳ない気持ちになったりもする。

「……どうしても嫌なら、止めますけど」

「う……うーん……」

 やめますけど……と言ったオッドの表情がかなり寂しそうだった。

 そこに何らかの理由があるのだとしたら、頭ごなしに否定するのも気が引ける。

 自分を弟扱いすることでオッドの何かが満たされるのなら、それぐらいは妥協してやろうと思ったのだ。

「まあ、いいけどさ。好きにすれば」

「お人好しですね」

「うるせえ。ほっとけ」

 自分が弟扱いされるのは面白くなくても、オッドの気持ちを優先してしまうあたり、お人好しだと言われても否定出来ない。

 自分がそういう性分だということは自覚しているが、なんだか呆れ混じりなのが気に入らないのだ。

「俺はそういう貴方に救われていますよ。他にも同じように考えている人がいる筈です」

「そうかな」

「ええ。四年前のあの子達も、きっと同じように考えてくれていますよ」

「………………」

 そうだといいな、と思う。

 しかし、なるべく考えないようにしている。

 会いたくても会えないし、会えばお互いのリスクが高まるからだ。

 いつか堂々と会えるようになればいいと思うのだが、そんな時がいつやってくるのかはまだ分からない。

 ただ、幸せでいて欲しいという願いだけがそこにある。

「……そろそろ寝ようぜ」

「そうですね」

 ごろりと床に転がるレヴィアース。

 オッドもベッドに寝転がる。

 レヴィアースに対しては申し訳ない気持ちになるが、それはもう考えないようにしていた。

 レヴィアースに譲るつもりが無い以上、こちらが我を張っても無駄なだけだ。

 ならば今は甘えておこうと思ったのだ。

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 船室の明かりを消して、二人はすぐに眠った。



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