シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

03-3 悪夢を越えて


「……ここは?」

「よう。目が覚めたか?」

「少佐……?」

 オッドがぼんやりと目を開けると、そこにはレヴィアースがいた。

「一体、どういう状況ですか?」

「お前がそれを言うか」

「?」

 レヴィアースを庇った所為で重症を負ったオッドがそれを言うのはあんまりだと思った。

 レヴィアースも目を覚ました時は状況が分からなかったのだ。

 自分の意志で庇ったのなら、せめて記憶ははっきりしてもらいたい。

「とりあえず地獄からの生還おめでとう。お互い、クソみたいな状況から生き残ったぜ」

「……そうですか」

 言われて、オッドも少しずつ頭がはっきりしてきたらしい。

 エミリオン連合への加盟を表明したエステリ。

 その為の和平。

 そして撃たれたアイゼン議長。

 そこから始まった隠蔽の為の地獄。

 その地獄の引き金になったのはエステリ軍だが、更なる地獄を開いたのはエミリオン連合軍だ。

 どちらも一人残らず殺すことで、事実を隠蔽する。

 それがエミリオン連合の議会が下した決断であり、軍の決断でもあった。

 そして自分達は殺された。

 正確には、殺されかけた。

「少佐が無事で良かった」

「お前なぁ、それを言うか? お前が庇ってくれたんだろうが」

「そういえば、そうでしたね。咄嗟だったので」

「咄嗟で庇って貰えるような人間じゃねえぞ、俺は。自分を護れよ」

「身体が勝手に動いたんです」

「……そりゃ最悪だな」

「怒っていますか?」

「当然だ」

「そうですか」

「二度とすんな」

「貴方が危ない目に遭わなければ、二度はしません」

「………………」

 つまり、レヴィアースが危ない目に遭えば二度でも三度でも同じ事をするということだろう。

「俺、お前にそこまでして貰えるようなこと、したか?」

「死なせたくない程度には尊敬していますから」

「あーそうかい」

 つまり感情からの行動らしい。

 意味や理由を求めても無駄だろう。

「他に助かった人は?」

「いねえよ」

「………………」

「多分」

「………………」

「あれから現場には戻ってないからな。つーか戻れねえだろ、俺もお前も、表向きは殺されてるぞ、多分」

「でしょうね」

「あっさりしてんな。もっと悲壮感とか出してみろよ」

「少佐に言われたくありません」

「俺はお前が寝てる間にたっぷりと悲壮感を味わってるからいいんだよ。今は開き直りの時間だ」

「なるほど。しかし俺としては貴方が生きていてくれただけで十分ですから。自分も生き残れたのなら言うこと無しですね。状況は酷いですけど、案外何とかなるような気がしますし」

「前向きだなぁ」

「実際、なんとかしたでしょう?」

「ん?」

「四年前のことです。少佐はあの子供達を表向き死んだことにして、ロッティで元気に暮らせるようにしたじゃないですか」

「ああ。確かにな。懐かしいなぁ、あのちびもふ達。元気にしてるかなぁ」

「きっと元気ですよ。他人に対してそこまで上手くやったんですから、自分に対してはもっと上手く出来るでしょう」

「ん~。言われてみればそうかな。そうかも。そういうことにしておこう」

 そこまで気楽な状況でもないのだが、生きていればなんとかなる。

 そう考える程度には前向きだった。

「ところで、ここはどこですか?」

「医者の家。病院じゃなくて家の方な」

「医者の家?」

「おう。まずはお前の傷をどうにかしないといけなかったからな。医者を見つけて、治療してもらった」

「大丈夫なんですか?」

 病院にかかれば、患者の情報は登録されてしまう。

 そうなれば自分達の生存がバレてしまう。

 エステリ側にも、エミリオン連合側にもバレたら困る筈なのだが。

「問題ない。非正規の治療をしてもらっているから」

「………………」

 恐ろしいことをさらりと言う。

 非正規の治療とは、一体何をさせたのだろう。

「いやいや。そんな目で見るなよ。治療内容そのものは真っ当だから。ただ、患者情報の登録をしていないだけだ。個体情報も取らせてない。だから入院手続きも出来ないし、家の方で治療を続ける羽目になったんだが」

「その医者もよく承諾しましたね」

「銃で脅したら一発だったぞ」

「………………」

 それは承諾ではなく脅迫だ。

 しかし緊急事態ならばレヴィアースも手段を選ばないということだろう。

「まあ最初は脅したけど、治療を始めてからは割と普通にやってくれたよ。なんだかんだで怪我人は放っておけないタチみたいでな。医者の鏡だと思う」

「それは、運が良かったですね」

「運が良かったらこんなことにはなってないと思うけどな」

「確かに」

「まあ、運が残っていたから助かったのかもしれないけど」

「それも、そうですね」

「まあ、ゆっくりしてろよ。怪我が治るまでは動かない方がいい。移動が始まったらきつくても休ませてやれないだろうからな」

「分かりました。少佐」

「少佐はやめろよ」

「少佐?」

「だから、やめろって」

「どうしたんですか?」

「俺はもう軍人なんかこりごりだ」

「………………」

「元々好きでやってた訳じゃねえけどさ。今回のこれはあんまりだろ。理不尽にもほどがある。何人の部下が死んだと思ってる?」

「………………」

「俺はエミリオン連合を絶対に許さない。一生、許すものか」

「あの……もしかして、復讐とか、考えているんですか?」

「………………」

「少佐……」

「だから、その呼び方はやめろ」

「じゃあ、何と呼べばいいんです?」

「名前でいいよ」

「レヴィアース?」

「ちょっと長いだろ。家族や友人はもっと短く『レヴィ』って呼んでたから、それでいい」

「レヴィ」

「おう」

「復讐したいんですか?」

「……うーん。したいけど、出来ないな」

「良かった」

 その程度には冷静なので安心するオッドだった。

「俺が復讐に走ったらトリスに合わせる顔がないからなぁ」

「トリス? ああ、あの亜人の少年ですか」

「ああ。あの子は人間への復讐を考えてた。何とか思い留まらせたけどな」

「よく思い留まりましたね」

「言葉を選べば簡単だったぞ。あの子には復讐よりも優先するべきことがあるからな。それを教えてやっただけだ。マティルダがいるからな。それを思い出せば、置き去りにしてまで復讐しようとは考えないだろう」

「なるほど」

 守りたいものがある限り、それに縛られ続ける。

 そしてそれは自分を引き留めるものになる。

「だからさ、トリスに復讐するなって言っておいて、俺が復讐に走ったら意味がないだろ。大人としてそれは情けなさ過ぎる」

「そうですね」

 この頃のトリスはとっくにリーゼロックを飛び出して、復讐に走っている真っ最中なのだが、そんなことは知らないレヴィアースなので、今も幸せに暮らしているだろうと考えている。

 そして復讐を止めた以上、自分がそれに染まるべきではないと自制している。

「これから、どうしますか?」

「生きる。逃げる。そんで考える」

「大雑把ですね」

「シンプルだと言ってくれ。代案があるなら歓迎するぞ」

「生憎と、まだそこまで考えられません」

「だろうな」

 まだ鎮痛剤で頭が朦朧としている筈だ。

 もう少しゆっくり休ませてやりたい。

「まあゆっくりしていろ。その間、俺も出来る限りのことはしておく」

「お願いします」

「任せろ。助けられたからな。それぐらいはしてやるさ」

「助けられたのはお互い様だと思いますが」

 オッドがレヴィアースを庇ったように、レヴィアースもオッドを危険な場所から連れ出してくれた。

 明らかな足手まといなのに、命懸けで連れ出してくれたのだ。

 だから命の恩人というのならお互い様なのだ。

「まあ、そうだな」

 レヴィアースもそれで納得した。

 オッドが助けてくれなければそれも出来なかったのだが、タイミングが違うだけで、お互いが命の恩人であることに変わりはない。

「入るぞ」

「あ、先生。どうぞどうぞ」

 ぶっきらぼうな声と共に中へ入ってきたのは、四十をすぎた男性だった。

 くたびれた白衣を着ている。

 どうやら彼が医者らしい。

「ったく。俺の家なのになんでお前がどうぞどうぞとか言ってるんだ?」

「すみませんねぇ。なんとなく、ノリで」

「ノリで銃を突きつけられたらたまったもんじゃねえんだがな」

「いやあ~。緊急事態だったんで。許してくれなくてもいいけど、反省はしてません」

「しろよ」

「反省してたらオッドは助からなかったかもしれないんで」

「………………」

 苦虫を噛み潰したような顔になる医者。

 忌々しげにレヴィアースを睨むが、本気で腹を立てている訳ではないらしい。

 どちらかというと呆れている。

「目を覚ましたならもうじき回復だろうな」

 医者はしゃがみ込んでオッドの診察を開始する。

 医者としての本分は果たしてくれているらしい。

 ぶっきらぼうだがいい人なのだろうと思った。

「お世話になります。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。それから彼の非礼は俺が代わりにお詫びします」

「随分と礼儀正しいな。類は友を呼ばねえらしい」

「友人ではなく上官ですが」

「同い年ぐらいに見えるが、そんなに階級が違うのか?」

「俺が大尉、彼が少佐です。俺は彼の副官でして」

「なるほどな。例の調印式に巻き込まれたクチか」

「知ってるんですね」

「テロリストが突っ込んできて全部ご破算になったんだろう? それに巻き込まれたのは災難だったな」

「………………」

「………………」

 エステリでもそういうことになっているらしい。

 てっきりエミリオン連合軍の非道を大々的に取り上げると思っていたのだが、そこは完全に手を回していたらしい。

 流石というべきか、えげつないと呆れるべきか。

「まあ助けを求められるような状況でもなさそうだから、非常手段を頼ったのは分かるけどな。巻き込まれる方はいい迷惑だ」

「すみませんでした」

「まあいい。報酬は弾むらしいからな。妥協しといてやる」

「……レヴィ。そういえば、お金はどうするんですか?」

 この医者への礼金、そしてこれからの逃走費用。

 身一つで逃げてきたレヴィアースに払うアテがあるとは思えない。

「問題無いぜ。全財産下ろしてきた」

「え?」

「ほら」

 レヴィアースが持っていた旅行バックの中にはたっぷりと紙幣が詰まっていた。

 軍人としての給料と、出撃の度の特別手当、更には撃墜王としての割り増しなどもあって、レヴィアースはかなりの給料を貰っている。

 使う暇が無いので、貯まる一方だと嘆いていたが。

「いいんですか? その……」

 お金の問題が解決したのはありがたいのだが、それをレヴィアース・マルグレイトの口座から下ろしたというのが問題だった。

 死亡扱いになっているのにそんなことをすれば、実は生きているということを証明しているようなものだ。

「問題無い。いくら俺でもここまでは稼いでいない」

「え?」

「これはちょっとした秘密兵器を使った結果さ」

「………………」

 確かに、いくら撃墜王《エース》であり佐官の給料だといっても、あの紙幣の量は少しばかり行きすぎている。

 十億は超えているのだから、軍人が稼げる金額ではないだろう。

 そんなことも分からないぐらい、今のオッドは頭がぼーっとしているらしい。

「まあ俺の口座じゃないから安心しろ。とある金持ちがいざという時の為に使えって渡してくれていたものなんだ」

「……意外な人脈があるんですね」

「まあな。という訳で今後のこともあまり心配しなくていいぜ」

「そのようですね」

 お金の問題は割と深刻だと思っていたので、そこは安心してしまった。

 オッドの口座からも下ろせない以上、レヴィアースに頼り切りになるが、この際それも仕方ない。

 何か別の形で返していけばいいだろうと割り切った。

 その間にも医者は手際よくオッドの点滴を交換して、薬を飲ませている。

「終わったぞ。後三日もすれば動けるようになるだろう」

「ありがとうございます」

「おう。ありがとうな。おっちゃん」

「誰がおっちゃんだ。先生と呼べ」

「せんせー」

「むかつくガキだな」

「いや~。よく言われるんだよな」

「………………」

「あ、先に報酬渡しとく」

 鞄を開けたついでなので、レヴィアースは札束を一つ医者に渡した。

 百万ダラスはある。

「……これからも必要なんじゃないのか?」

「大丈夫だって。それぐらいじゃ懐は痛まないから。迷惑かけてるんだから、遠慮無く取っとけよ」

「……分かった。そうさせてもらう」

 医者はそのまま札束を懐にしまい込んだ。

 その直後に玄関の呼び出しベルが鳴った。



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