シルバーブラスト Rewrite Edition
03-1 レヴィアースの過去
惑星エミリオン。
セントラル星系第一惑星。
人類の宇宙開拓が進むにつれて、利権を求めて争った各惑星との調停を買って出たのが当時の指導者であり、その偉業を元にエミリオン連合という共生システムが生まれた。
それぞれの居住可能惑星と交渉し、エミリオン連合に加盟するよう説得し、そして平和を維持している。
助け合い、支え合い、そして平和。
それらを提唱しているエミリオン連合は、それぞれの惑星の橋渡しとしての役割を持っていた。
それぞれの惑星で足りない資源、余っている資源などを調整し、流通システムも確立させた。
エミリオン連合の首脳部である議会は、宇宙における最大の権力組織と言われていて、そこの頂点である議長は宇宙最大の権力者とも言われている。
やがてエミリオン連合軍も組織され、各惑星のトラブルや、宇宙航路における平和の維持などに尽力した。
各惑星の技術ノウハウも集まるエミリオン連合軍は、宇宙最強の軍事組織とも言われている。
エミリオンこそが宇宙の中心であり、最強の組織。
世界は、そう認識している。
しかし、それを認めない国もあった。
それらの国を強制的に従わせようとはしない。
少なくとも表向きは。
共生を謳っている以上、加盟の強制は出来ない。
世論を納得させる為にそういうことになっている。
しかし実情はもちろん違う。
エミリオン連合軍首脳部は現在判明している居住可能惑星を一つ残らず連合に加盟させたいと考えている。
その為に水面下で様々な動きがある。
★
「あー……暇だ……」
「少佐。任務中なんですから、もう少ししゃきっとしてください」
「無理。暇だ暇だ暇だ」
「………………」
セントラル星系第九惑星エステリ。
エミリオンのお膝元であるセントラル星系にありながら、長年エミリオン連合への加盟を拒んできた惑星でもある。
エミリオン連合軍第七艦隊所属であるレヴィアース・マルグレイト少佐は現在惑星エステリにいた。
副官であるオッド・スフィーラ大尉も同様だった。
彼らはエミリオン連合軍第七艦隊所属であり、本来は戦闘機操縦者であり、つまり地上の警備任務は専門外なのだが、今回は人手が足りないということで、彼らが地上警備に回されたのだ。
現場の指揮官はもちろんレヴィアースであり、オッドはそのサポートに回っている。
レヴィアースは第七艦隊の第一戦闘機部隊の隊長なので、現地には彼の部下が警備に入っている。
戦闘機の操縦が専門であっても、軍人である以上、地上での戦い方も心得ている。
銃器の扱いから格闘まで、全てがプロフェッショナルだ。
階級を考えればもっと上の方で指揮を執ってもいい筈なのだが、現場の叩き上げであるレヴィアースは敢えてこの立ち位置に居る。
叩き上げであるが故に士官教育も促成タイプのものしか受けておらず、まともに采配を振るうことなど面倒だと思っている。
現場の部隊指揮ぐらいなら問題無くこなせるが、艦隊レベルの指揮など御免被りたい。
というよりも、自分は戦闘機に乗って戦っている方が気楽なのだ。
出世しすぎて戦闘機にも乗れず、艦橋で指示を出すだけの上官などにはなりたくない。
そんなものは他の人間に任せる。
というよりも、さっさと軍人を辞めたい。
退役したい。
そう考えている。
「はぁ~。さっさと軍人なんか辞めてしまいたいな……」
「またいつものぼやきですか」
「悪いか?」
「いいえ。ですが俺の前以外では遠慮して下さい。士気に関わります」
「分かってるさ。オッドの前でしかこんなことは言わない」
「………………」
それだけ気を許してくれているのはありがたいが、こんな姿は部下には見せられないと内心で嘆くオッド。
長椅子に寝転がってのんびりしている姿は休息中と言えなくもないが、本心ではうんざりしているのが分かってしまう。
レヴィアース・マルグレイトは戦闘機操縦者にとって生きた伝説であり、生き神のような扱いになっている。
レヴィアースに憧れてエミリオン連合軍に志願し、戦闘機操縦者になった軍人も少なくはないのだ。
第一戦闘機部隊にもレヴィアースに憧れている人間はかなり多い。
というよりも、全員が彼に心酔している。
だからこそ、彼には立派な上官として振る舞ってもらう必要があるのだ。
「はぁ~。本来なら俺、休暇中なんだぜ。長期休暇を申請して、実家に戻る筈だったんだぜ?」
「任務が入ったんですから仕方ないでしょう」
「分かってるけどな。俺の休暇……」
「ご愁傷様です」
「その一言で済ませるなよ。癒やしが欲しい。休暇が欲しい」
「駄々をこねられても困るんですけど」
「お前の前でぐらいこねさせろよ」
「………………」
そう言われると弱い。
せめて自分の前では許してあげようという気持ちになってしまう。
「他の人間が来たらしゃっきりしてくださいね」
「努力する」
「結果を要求します」
「厳しい部下だな」
「………………」
どちらかというと甘いと思うのだが。
しかしレヴィアースがごねてしまうと面倒なので口には出さない。
しかしレヴィアースものんびりはしていられなかった。
すぐに他の部下がやってきたのだ。
「入ってもよろしいでしょうか」
「少し待て」
若い女性の声が聞こえる。
扉の向こうにいるのは、恐らく新入りの隊員だ。
レヴィアースではなくオッドが答える。
今のレヴィアースならばそのまま入ってこいと言いかねない。
それは困るのだ。
何が困るかというと、その女性も含めて第一戦闘機部隊にはレヴィアースの信奉者しかいないので、こんな情けない姿は晒せないという事情があるのだ。
憧れの少佐殿が気怠そうに長椅子で寝転がっている姿など、とても見せられない。
「………………」
口で言っても無駄だと分かっているので、オッドは問答無用でレヴィアースを引き起こす。
レヴィアース自身は自分への信奉など少しぐらいは廃れてくれた方がありがたいと思っているので、情けない姿を見せることに抵抗はない。
しかし彼の副官は断じてそれを許さなかった。
「ぐえっ!」
首根っこを掴んで引き起こされたので、レヴィアースは苦しげに呻いた。
その上でオッドを恨めしげに睨む。
いきなり何しやがる、とその金色の目が訴えているが、アイスブルーの冷徹な瞳はそれを一刀両断した。
何か文句があるのか、とバッサリ切り捨てられる。
「うぅ……」
こういう時のオッドは恐ろしい。
逆らえない空気がある。
レヴィアースは泣く泣く引き下がった。
「入っていいぞ」
そしてレヴィアースの準備が完了したことを確認すると、オッドが入室を促す。
「失礼いたします」
入ってきたのは女性というよりもまだ少女だった。
幼さが残る風貌にはレヴィアースへの憧れがしっかりと現れている。
身長はそれほど高くはないが、訓練された身体にはしっかりと筋肉がついていて、華奢だとは感じさせない。
しなやかな印象の少女だった。
明るい茶色の髪をショートカットにして、軍人として動きやすいように気を遣っている。
女の子としては髪を伸ばしていろいろなヘアスタイルを試したいのだろうが、今はそんなことよりも自分自身を鍛えることの方に夢中なのかもしれない。
黒い瞳にはしっかりとした意志の強さが宿っており、軍人として頼もしい印象を与える。
まだ十六歳になったばかりなので、士官学校を卒業して間もない。
隊員というよりは見習いの扱いだが、それでも彼女の才能は本物だった。
レヴィアースが目をかけていて、時々個人的に模擬戦をしてやるのがその証拠だ。
少女の名前はカミュ・イオナ。
階級は少尉だが、現場の下士官達よりも実力ではかなり劣る。
しかし年齢と経験を考えれば驚異的な実力の持ち主でもある。
エミリオン連合でも指折りのラフィール機操士学校をトップで卒業したエリートでもある。
しかしエリートにありがちな思い上がりは無く、常に上を見据えて動いている。
彼女が首席卒業の特権を利用したのはただ一度のみ。
希望配属先を自分で選べるというものだった。
つまり彼女は望んでレヴィアースの指揮するエミリオン連合軍第七艦隊第一戦闘機部隊へとやってきたのだ。
「おう、どうした? カミュ」
レヴィの方もカミュのことは妹のように可愛がっているので、気さくな態度で接している。
今更上官としての威厳は求めていないが、必要以上に下がるのは困る。
「はい。軌道上の第七艦隊からの連絡です。地上装備が間もなく届くので、受領手続きをするように、とのことです」
「おう。ご苦労さん。こっちでやっとくから、カミュはゆっくりしていていいぞ」
「はい。ゆっくり訓練に励みます」
「……いや。のんびりくつろげって意味なんだけどな」
「今は任務中ですから」
「いや、任務中でも息抜きは必要だろ? 張り詰めてると疲れるぞ」
「いいえ。大丈夫です。訓練も楽しいですから」
「そうか。まあ、頑張れ」
「はい。頑張ります」
笑顔で一礼して出て行くカミュ。
一生懸命で一途なところはかなり好感が持てる。
カミュが出て行くとレヴィアースは再び寝転がった。
「少佐。仕事です」
「武器の受領だろう? お前やっとけよ」
「受領には部隊長の承認印が必要ですから無理です」
「印鑑貸すから」
「本人しか使えません」
「副官じゃ駄目なのか?」
「駄目ですね」
「融通が利かねえなあ」
「軍に融通を求める方がどうかしていますよ」
「そうだな。早く辞めたい」
「カミュの前でそれを言えますか?」
「……泣かれそうだな」
「泣くでしょうね」
「泣かれるのは困るな」
「では頑張ってください」
「仕方ねえなぁ」
軍人には嫌気が差していても、部下のことは大切にするレヴィアースなので、簡単には投げ出さない事も知っている。
人に対して情が深いからこそ、軍人には向いていないのだろうと思う。
しかしその才能だけは本物だ。
戦闘機操縦者としての才能は天賦としか言い様がない。
起き上がるレヴィアースを見ながら苦笑するオッド。
才能とやる気が釣り合っていない。
しかしそれもレヴィアースらしいと思ってしまうのだ。
「しかし地上警備の装備なんか、久しぶりすぎて上手く扱える自信がないぞ、俺は」
「短機関銃と狙撃銃。それから拳銃とナイフ、ワイヤー・ソーなどが届いていますので、自分が使えそうなものを選べばいいでしょう」
「物騒なものばかりだなぁ」
「警備任務ならこれぐらいは当然です」
「まあ使うことはないだろうけどな」
「でしょうね。和平の申し出ですし」
長らく対立していた惑星エステリが、ようやくエミリオン連合と手を取り合うことを承諾したのだ。
科学技術の水準も高いエステリを取り込むことが出来れば、エミリオン連合は更に力を付けることが出来る。
そしてエステリにとってもエミリオン連合に加盟することによって、様々な優遇を受けることが出来る。
どちらにとってもメリットの大きい和平だった。
それなのにどうしてここまで対立してしまったのかというと、技術水準が高い故のプライドだったのだろう。
エミリオン連合の下に付くのは嫌だというプライド。
自分達だけでもどうとでも出来るという自負。
それらがあるからこそ、群れることを好まない。
そういう自尊心の現れなのだろう。
その気持ちはレヴィアース達にも分かる。
エステリに降りてみて分かったが、あらゆるものが高水準で維持されている。
科学技術も、生産力も、このエステリのみで完結していても全く問題が無い。
だからこそエステリはエミリオンを必要としなかった。
しかしエミリオンは違う。
セントラル星系にありながら、エミリオン連合に加入していないという事実を放任出来なかった。
自分達の足下に、自分達の影響力が及ばないものがあることを容認出来なかったのだ。
だからこそ長年の交渉を繰り返し、時には戦争寸前まで追い込まれながらも、ようやく加盟に対して前向きな返答を貰えることになったのだ。
エミリオン連合の首脳部はほっとしていることだろう。
わざわざ議長がこのエステリにやってきて、加盟手続きの調印に立ち合うことからも、その熱意が窺える。
会場警備にエミリオン連合軍を派遣されているのも、エステリにいる根強い反対派の乱入を牽制する為だ。
エステリの首脳部は容認しても、そこに住む人々はこの加盟を受け入れていない。
全ての人が賛同した訳ではないのだ。
だからこそ会場警備には力を入れている。
半分をエステリから、そしてもう半分をエミリオン連合軍から。
会場の大きさを考えれば過剰なほどの警備だが、反対過激派が攻め込んでくる可能性も否定出来ないので、これぐらいでちょうどいい牽制なのだろう。
「問題無いと思うけどなぁ」
「俺もそう思いますが、仕事ですので」
しかし警戒はされていても、それはそこまで深刻なものではない。
戦闘機操縦が専門のレヴィアース達が地上に派遣されているのは人手不足という理由もあるが、議会直属の特殊部隊まで派遣してこないのは、エステリ側の根回しがしっかりしているということでもあるのだ。
だからこそ半分以上はお飾りの警備だと考えている。
だからといって仕事をしなくていいことにはならないのだが。
「まあ、仕事はしないとな。休暇を潰されたとしても」
「根に持っていますね」
「当然だ。カミュでも可愛がってこようかな」
「カミュは喜ぶでしょうね」
ストレス発散に自分を慕ってくれている部下でも鍛えてやろうかという発言に、オッドも気分を和ませる。
可愛がるといってもいかがわしい意味ではなく、純粋に操縦技術を鍛えてやろうという上官としての楽しみだった。
今は地上任務中なので戦闘機には乗れないが、操縦のノウハウを口伝するだけでもかなりの勉強になるだろう。
レヴィアースと同じことは出来なくても、それに近付くことは出来る。
そして口で教えたことをどこまで操縦として実践出来るかを、次の楽しみにも出来る。
後進を育てるというのは、レヴィアースにとって数少ない楽しみでもあるのだ。
自分の手で育てる喜びを知っている。
そして成長してくれるのが嬉しいと思っている。
「少佐は現場よりも教官向きかもしれませんね」
「あ、それいいな。現場から退いて戦闘機操縦の教官になれるなら、そっちを本職にしたいぐらいだ。それならバンバン殺さなくて済むし」
現場を退いて後進の教育に力を入れる。
それは現場に留まり続けることが難しくなり、半引退を考える人の発言だった。
しかしレヴィアースは既にその境地に達している。
技倆的にも、体力的にもまだまだ現役なのに、現場で人を殺し続けることに辟易としているのだろう。
しかし現場がレヴィアースを手放さない。
彼の影響力はエミリオン連合軍にとっても小さくはないのだ。
活躍すればするほどに、エミリオン連合軍に反発する宇宙海賊も、敵国も減っていく。
それだけで十分なのだ。
だからこそ、レヴィアースは可能な限り現場に留め置かれるだろう。
本人は艦橋で采配を振るうよりも現場の方が性に合っているようだが、それは上層部のメリットとも一致するのだ。
「とりあえず、今は仕事をしましょう」
「へいへい」
レヴィアースは立ち上がって武器の受領場所へと向かう。
その隣にはオッドがいる。
本格的な警備が始まるのは明日からなので、今日は割とのんびりと過ごしているが、オンオフははっきりしている部下たちなので、今は好きにさせておく。
「それではこちらの受領の承認印をお願いします」
「ああ」
レヴィアースは自分専用の承認印とサインを行う。
これで武器の受領が完了だ。
コンテナを積んだシャトルはそのまま軌道上へと戻るのだろう。
「オッド」
「はい」
「それぞれに相性のいい武器を割り振っておいてくれ」
「分かりました。少佐は何を持ちますか?」
「俺か。まあ、無難に短機関銃にしておく」
射撃が苦手というほどではないが、あまり好きではない。
使うこともないお飾りならば、見た目だけでも物騒なものを持っておいた方が上官の威厳みたいなものはあるだろうと思ったのだ。
「ああ。カミュには狙撃銃にしておけ」
「彼女、狙撃が得意でしたか?」
「さあな。一通りはこなせる筈だぜ。何せ主席様だ。バランスタイプなのは前提だろう?」
「確かに」
機操士学校であっても、軍人を育成する以上、操縦だけではなく格闘や射撃なども行わせる。
そして狙撃も。
それらの成績が一つでも悪ければ、首席卒業などということはあり得ない。
だからこそカミュは万能タイプだろうと思ったのだ。
「他にも狙撃が得意な奴がいたらそっちに回してやれ。撃つ機会がなくても、その気になるだけで風読みや重力計算を考慮することが出来るだろう? いい経験になる筈だ」
「分かりました。そのようにしておきます」
「おう。頼んだぜ。ちなみにオッドは何を持つつもりなんだ?」
「一通り」
「?」
「拳銃、短機関銃、ナイフ、ワイヤー・ソー。全て」
「ぜ、全部ですか」
「狙撃銃は流石に持ち歩けませんから、他に任せますけど」
「お前、狙撃は得意だったっけ?」
「宇宙空間における狙撃ならそれなりに。地上の狙撃は胴体を狙うのがやっとですね」
つまり、頭などの精密狙撃は自信が無いらしい。
それでも十分だとは思うが。
恐らく一キロ以上先から狙えるのだろう。
「流石は本職の軍人だな。オールマイティだ」
「貴方も本職の軍人の筈ですが?」
「俺は特化型。戦闘機操縦一本。他はついで」
「………………」
確かにその通りなのだが、それでは困るのだ。
しかし口で言っても聞き入れてはくれないだろう。
それになんだかんだ言いつつも、レヴィアースは優秀な上官だ。
だからこのままでもいいと思う。
「じゃあ後は頼んだぜ」
「はい」
レヴィアースはそのまま待機室に戻っていった。
もちろん再び寝転がる為ではない。
武器の受領に伴う書類作成が待っているのだ。
それから明日の配置に関することも考えなければならないので、この後はやることが山積みだった。
その間に少しでものんびりしておこうと寝転がっていたのだから、これからはしっかりと働かなければならない。
そうやって、エステリの警備任務は順調に進んでいるように思われた。
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