シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

02-6 トリスの決意、そして……  2



 それからアイリスの修理が完了して、ロッティへと戻った。

 トリスは真っ先にクラウスのところへと連れて行かれた。

 仕事中だったクラウスはその手を止めてトリスへと駆け寄った。

「トリス。無事で良かった。よく無事で戻ってきてくれたな」

 ぎゅっと抱きしめてくれるクラウスの腕が温かくて、泣きそうになってしまう。

 トリスもクラウスを抱きしめてから頷いた。

「心配掛けてごめんなさい。お爺ちゃん」

「いいんじゃ。トリスの所為ではないからな。うちの護衛が少し甘かったのは確かじゃが、ここまでのことを想定していなかった儂の責任でもある」

「助けてくれてありがとう」

「それは当然じゃ。可愛い孫みたいなものじゃからな」

「うん」

 当然のように言ってくれる言葉が何よりも温かい。

「詳しい報告もハロルドから聞いている。大変じゃったな」

「うん……」

「セッテ・ラストリンドのことは儂も調べておく。今は悔しいじゃろうが、耐えてくれるか?」

「うん……」

「トリス。お帰り」

「……ただいま」

 ただいまと言えるこの場所が大事だった。

 何よりも大切で愛おしい、自分の居場所。

 居てもいいと言って貰える場所。

 おかえりと言って貰える。

 そしてただいまと言える。

 それはこんなにも幸せなことだと、トリスには分かっている。

 だけど、だからこそ、そこに甘んじることは出来ないという気持ちがあった。

 今の自分にそんな資格はないのだということを、トリスは何よりも自覚していた。

「………………」

 そんなトリスの様子の変化にクラウスは気付いていたが、何も言わずにトリスを抱きしめ続けた。

 この少年が何を決意したとしても、自分は止めることも出来ないだろうと分かっていたからだ。





「………………」

 翌日の夜、トリスは一人で荷物をまとめていた。

 ここに来た時は何も持っていなかった。

 身ひとつでやってきた。

 それなのに、今は最低限の荷物を持っていこうとしている。

 随分と贅沢な考え方を身につけるようになったものだと、自分でも苦笑してしまう。

 服一枚にしたところで、ぼろきれのようなものを着ていた頃に較べたら、自分は随分と恵まれている。

 恵まれていると分かっているからこそ、許せないと思ってしまう。

 自分を許せない。

 許したくても許せない。

「……ごめんなさい」

 何に対して謝ったのか、自分でもよく分からなかった。

 いろんなものに対して謝りたかった。

 いろんな人に対して謝りたかった。

 こんなにもよくして貰っているのに、その気持ちを裏切ってしまうことが申し訳なかった。

 それでも、あれを知ってしまった以上、自分だけがのうのうと陽だまりの中にいるのは許せなかったのだ。

「レヴィアースさん……僕は、結局……マーシャを護ることが出来ない。ごめんなさい」

 今はもう会えない人にも謝る。

 マーシャとトリスを救ってくれたレヴィアースは、トリスにとっても大きな意味を持つ人だった。

 復讐したいと苦しむトリスに、レヴィアースは言ってくれたのだ。



『目を逸らし続けても、逃げてるだけだとしても、それで自分と相手が笑っていられるのなら、いいんじゃないかと思うんだよ。幸せになる為ならいくら逃げてもいいし、目を逸らし続けてもいい。辛い現実は必ずしも向き合い続けなければならない訳じゃないと思うんだ』


 確かにその通りなのだと思う。

 あの言葉でトリスは随分と楽になった。

 そうしてもいいのだと、マーシャと一緒にこの幸せに身を置いてもいいのだと、そう思うことが出来た。

 少なくとも、これまでは。



「だけど、もう駄目なんだ」

 一日でも早く仲間の遺体を取り戻す。

 その為にはリーゼロックの力を利用するのが一番いいことは分かっている。

 リーゼロックの力ならば、そしてハロルド達ならば、きっと仲間の遺体を取り戻してくれる。

 トリスが一人だけ飛び出して取り戻そうとするよりも、きっと早く目標を達成出来るだろう。

 それでも、駄目だった。

 トリスは自分を制御出来ない。

 人間が憎くて堪らない。

 セッテが憎くて堪らない。

 あの日、全てを壊した惑星ジークスの人間と、エミリオン連合軍の人間が憎くて堪らない。

 全ての人間を憎んでしまいそうになる。

 憎悪に支配されている。

 小さな身体の中に燃えている炎は、決して消えることはない。

 一生、トリスの身を焦がし続けるだろう。

 そしていつか燃え尽きるのかもしれない。

 それでもいい。

 いっそのこと燃え尽きたいと願っている。

 だから、ここにはいられない。

 幸せになることを拒絶してしまったからこそ、ここには居られないのだ。

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