シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

02-5 憎悪の炎 7


 リーゼロックPMCの隊員達はそれぞれの技倆を発揮して、敵の船をほぼ無力化していた。

 戦闘機が船の発着場に入り込んで、次々と武装した隊員が乗り込んでいく。

 その後にマーシャも続いた。

 マーシャはハロルドとイーグルたちに護られている。

 トリスを取り戻す為に有効だと分かっていても、それでも必要以上に彼女を危険に晒すつもりなどなかった。

 激しい戦闘になることを覚悟していたが、予想外に船内は静かだった。

「妙だな?」

 ハロルドが訝しげに呟く。

 乗り込まれていることは分かっているのに、迎撃してこない。

 戦闘員の数が限られているのだとしても、この状況はどう考えてもおかしかった。

「隊長。罠の可能性があります」

「それは俺も考えている。しかしトリスがいる以上、罠だと分かっていても進むしかないだろう」

「それはそうですけど、そうなるとマーシャちゃんが……」

 自分達は罠があっても食い千切ることが出来るが、マーシャを護りながらとなると難しい。

 マーシャには傷一つ付けたくない。

 それが全員が持つ共通の意識だった。

「心配してくれてありがとう。でも、私のことは気にしなくていい。トリスが心配だ。迷っているぐらいなら進もう」

「……マーシャちゃんがそう言うなら」

「仕方ないか」

 マーシャを危険な目に遭わせるのは嫌なのだが、本人がそう言っている以上、進むしかない。

 それにトリスのことも放っておけない。

 一刻も早く救い出さなければならない。

 ハロルド達は進むことにした。

 そして進んだ先で見たものは、想像を絶するものだった。



「トリス!!」

 マーシャが叫ぶ。

 トリスがそこにいた。

 しかし無事だとは言いがたい。

 身体は無事だ。

 傷一つ無い。

 それだけは分かる。

 しかし、中身が無事とは言えなかった。

「………………」

 澄んでいたアメジストの瞳はどこか虚ろだった。

 ぼんやりとマーシャを見るトリス。

 しかしその瞳はマーシャを映してはいなかった。

 彼の手は血まみれだった。

 いや、手だけではない。

 手にはナイフを持っていて、返り血で身体の半分を染めていた。

 血の付いた虚ろな顔はマーシャ達を認識しているかどうかも怪しい。

 そして彼の周りには多くの死体があった。

 バラバラに切り刻まれた人間の死体。

 恐らくはこの船の警備員であろう戦闘職だ。

 それだけではない。

 白衣の研究者の死体も転がっていた。

「まさか……」

 ハロルドは嫌な予感がして艦橋へと向かう。

 初めて乗る宇宙船でも、大体の規格は共通しているので、ここまで進めば艦橋がどこにあるかは把握出来る。

 走り続けて三分ほどで艦橋に到着した。

「うっ……」

 そこで見たのは、おぞましいほどの死体の山だった。

 男も女も関係なく殺されている。

 それも全てがナイフで殺されていた。

 銃を使うつもりはなかったのだろう。

 ただ、強烈な痛みを与えて殺すことを目的としている。

 彼らも銃を抜こうとしたのだろうが、艦橋の人間は戦闘職という訳ではない。

 銃の扱いも基本的なものしか身につけていない。

 戦闘に特化したトリスを相手取るには役不足だったのだろう。

「何故、こんなことを……」

 ハロルドの知るトリスは優しい少年だった。

 常に誰かのことを思いやり、マーシャのことを一番大事にしていた。

 少しだけ気の弱いところもあって、気の強いマーシャとは凸凹みたいなコンビだと思っていた。

 そんな少年がこの惨劇を引き起こした。

 それが信じられなかった。



「よせっ! トリス!!」

「っ!?」

 外から聞こえた声にハロルドが反応する。

 あれはイーグルの声だ。

 トリスに向かって叫んでいる。

 何事かと思って戻ってみると、トリスがイーグルを攻撃していた。

「なっ!?」

 救出に来た筈の自分達をトリスが攻撃している。

 つまり敵だと思われているということだろうか。

「トリス!?」

 ハロルドもトリスに呼びかける。

 しかしトリスは何の反応もしない。

「まさか。操られているのか?」

 脳に何らかの操作をされているのだとしたら、自分達を味方だと認識出来なくてもおかしくはない。

 救出に来た筈の自分達を攻撃する理由は、他に思い浮かばない。

 しかしそうなると一度トリスを無力化しなくてはならない。

 今のトリスを相手に無傷で済ませるのは無理だった。

 ただでさえ、格闘訓練では自分達に迫る腕を持っているのだ。

 ナイフの扱いは得意ではなかったが、今は驚くべき鋭さを発揮している。

 イーグルはよく避けているが、トリスが相手なだけに思い切った真似は出来ない。

 このままではいずれ斬りつけられるだろう。

「くそっ! 何らかの操作を受けているのだとしたら、不味いぞ。解除させないと……」

 ハロルドが忌々しげに呟く。

 周りの隊員達も麻痺レベルでエネルギー銃を撃ち込もうとしているが、二人の位置が密着しすぎて上手くいかない。

 イーグルを巻き添えにする可能性があるのだ。

 イーグルを撃ってしまえばトリスは間違いなく彼を殺すだろう。

 今のトリスにイーグルは認識出来ない。

 そして正気に戻った時、彼はそれを後悔する。

 そんなことはさせられなかった。

「違う。トリスは何の操作も受けていない」

 しかしマーシャがそれを否定した。

 確信のある口調だった。

「どうして分かる? あれはどう考えても正気じゃないだろう。そうでなければ俺たちを攻撃する筈がない」

「そうじゃない。正気を失っているのは確かだが、操作されている訳じゃない。あれはトリスがずっと抑えつけていた感情なんだ」

「なんだと?」

「トリスはずっとああしたかったんだと思う」

「ちょっと待て。つまり、俺たちを殺したかったってことか?」

「違う。『人間』を殺したかったんだ」

「………………」

「トリスは『人間』を憎悪している。もちろん、私も同じだ。許せないと思っている」

「………………」

 それは無理もないと思った。

 人間が亜人にしてきたことを考えれば、当然の感情でもある。

 それを理解していても、マーシャの口から聞かされると哀しかった。

 自分達は間違いなく彼女たちに愛情を注いでいる。

 その愛情が伝わっていないのかと思うと、哀しくなってくるのだ。

「そんな顔をしないで欲しい。少なくとも、全ての人間が憎い訳じゃないよ」

 マーシャは苦笑してから弁解した。

 このままでは誤解されかねないと判断したからだ。

「レヴィアースに助けられなかったらどうなっていたか分からないけどな。もう駄目だと思っていた時にレヴィアースに助けられて、お爺ちゃんに出会わせてくれて、そしてみんなに出会わせてくれた。人間にもいい人たちがいるって、思い出させてくれた。私はみんなが好きだよ。人間すべては好きになれないけど、でも、レヴィアースやお爺ちゃん、そしてみんなのことは好きだよ」

「マーシャちゃん」

「トリスだって同じ気持ちだと思う。だけど、トリスは私よりもずっと情が深い。仲間達に対して、自分達に対して、そして私に対してされたことを忘れていないし、忘れられない。だから、本当はいつああなってもおかしくなかったんだ。何かきっかけがあったのは確かだけど、あれは本来のトリスだ。操作されている訳じゃない。それは断言出来る」

「だとすれば、今後も俺たちは敵として扱われるということか?」

「いや。正気を失っているからこそ私達を認識出来ないんであって、ちょっと落ちつかせれば理性は取り戻すと思う」

「どうやって?」

「私が行く」

「マーシャちゃんっ!?」

「人間は認識出来なくても、私なら認識出来る。トリスは私を一番大事にしてくれているからな。私ならトリスを止められる。その自信がある」

 それは確信だった。

 自分が止めに入れば、トリスは正気を取り戻してくれる。

 それだけトリスに想われている自信があった。

 トリスの本質は『大切な仲間を護る』ことだから。

 トリスにとってマーシャはたった一人残された『護るべき存在』だから。

「駄目だ。危険過ぎる。下手をするとマーシャちゃんまで殺されるぞ」

「大丈夫。多少の傷は負うかもしれないけど、トリスは絶対に私を殺さない。その確信がある」

「しかし……」

「行ってくる」

「マーシャちゃんっ!」

 ハロルドが止める間もなく、マーシャは駆け出した。

 トリスにイーグルを殺させる訳にはいかない。

 そんなことをすれば、あの優しい少年は自分をもっと責めるだろう。

 それを止められるのは世界でただ一人だけ。

 彼にとって唯一護るべき存在として認識されているマーシャだけなのだ。

 だから自分が行く。

 自分にしか出来ないことだと分かっているからこそ、マーシャは躊躇わない。

 止めようとするハロルドの手をすり抜けて、マーシャは正気を失ったトリスへと駆け寄る。

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