シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

02-5 憎悪の炎 6

「来たっ!」
 船を襲う衝撃にトリスが身を起こした。

 ついに待っていたものが来たと分かったのだ。

 この状況で船に襲いかかるのは、トリスの救出にやってきたリーゼロックPMCに決まっている。

 だったらただ助けられるのを待つ訳にはいかない。

 この隙を利用して、トリスにも確認しなければならないことがあるのだ。

 彼らが到着したら、恐らく有無を言わせずに保護される。

 トリスの言うことにも耳を傾けてくれるだろうし、希望すれば仲間の遺体を探してくれるかもしれないが、あまり時間をかけているとセッテを逃がしてしまうかもしれない。

 攻撃を受けたら大事なものを確保して緊急脱出する。

 セッテはそういう用心深さを持っているとトリスは判断していた。

 だからこそ大事なことは先に確認しておかなければならないと思ったのだ。

「………………」

 トリスは起き上がってドアの傍に身を置いた。

 息を潜めて、誰かが入ってくるのを待つ。

 この異変だ。

 トリスをこのままにしておくことはあり得ない。

 そう考えてのことだ。

 そしてその予想は大当たりだった。

 すぐに部屋の戸が開かれたのだ。

「おいっ! すぐに移動するぞっ! この船は攻撃を受けているっ!」

「………………」

「小僧?」

 しかし部屋の中にトリスの姿はない。

 本当はすぐ傍に居たのだが、死角になっていて見えなかったのだ。

 少しでも動けば目に入った筈だが、トリスはこの男が部屋に入る角度、視線を向ける位置をきちんと把握していた。

 何度か連れていかれる際に、それをきちんと観察していたのだ。

「………………」

 トリスはそっと動いた。

 動きはあくまでも静かに。

 しかし容赦はなかった。

「がっ!?」

 トリスは小柄な身体に似合わない怪力を発揮して、男の喉を突いた。

「がっ! ぐっ!」

 小さな手でも亜人の全力だ。

 呼吸を封じられた男は声も出せない。

 トリスはそのまま男の頭を掴んで床に叩きつけた。

「っ!!」

 容赦の無い攻撃だった。

 男の頭からは血が流れている。

 放っておけば死んでしまうかもしれないが、トリスは構わなかった。

 死んでも構わないぐらいの気持ちでやったのだ。

「………………」

 トリスは男の身体から武器を引き剥がす。

 ナイフと銃を自分の装備として奪い取り、そしてすぐに動き出した。

「どこにある? 彼らは、どこにいる?」

 走り出したトリスは迷わない。

 船の構造はまるで分からないが、どこに目的のものがあるのかは察しがついている。

 居住エリアと研究エリアが分かれていることを最初に理解して、わずかな移動時間の間にも何処に何があるのかを把握していたのだ。

 そしてD区画と表示されている場所にセッテの研究エリアがあることも把握している。

 仲間の遺体があるとすれば、その区画だと考えている。

 その区画を虱潰しに調べれば、きっと目的のものに辿り着ける筈だった。

「あっ!?」

「お前どうやってっ!?」

 途中で警備兵に見つかったが、トリスは容赦なく撃った。

 銃のエネルギーは麻痺レベルだったが、今は殺害レベルに切り替える時間も惜しい。 

 そのまま撃ちまくって気絶させた。

 撃ちすぎたのでエネルギーが切れかけている。

 トリスは倒した相手の銃を奪い取って、自分のそれはそのまま捨てた。

 ナイフは接近戦でしか使えないが、この銃があれば近付く必要は無かった。

 ずっとこの時を待っていたトリスの動きは鋭い。

 無駄な抵抗をせずに、体力を温存して、この時の為に耐えていたのだ。

 トリスには一切の迷いがなかった。

 大人しい実験体だと誤解していた奴らはトリスの恐ろしさを味わうことになっていたが、そんなことすらも今の彼にはどうでもよかった。

 D区画の部屋を虱潰しに探し、そして目的のものを見つけた。

「そん……な……」

 トリスは持っていた銃を取り落とす。

 敵地のど真ん中でそんなことをする愚を、トリスは嫌と言うほど知っている。

 しかし今だけは理性を保つ余裕がなかった。

「嘘だ……こんなこと……」

 目の前が真っ赤に染まる。

 何度目かもしれない憎悪の感情。

 しかしこれは今までで最大のものだった。

 許せない。

 許さない。

 絶対に、許さない。

 全ての人間を許さない。

 こんなことをした奴らには絶対に報いを受けさせてやる。

 そんな感情で心が塗り潰される。



 仲間の遺体は確かにそこにあった。

 一人残らず、そこに保管してあった。

 ただし、そのままの姿ではなかった。

 首と胴体が切り離されているものがある。

 胴体を開かれて、無数のケーブルに繋がれているものがある。

 内臓の一つ一つ、筋肉の一つ一つを解体されて、サンプルとして瓶詰めにされているものがある。

 その半分以上は、そのままの原型を留めていなかった。



 仲間の遺体と直面する覚悟はしていた。

 しかし、切り刻まれた仲間の肉片と再会する覚悟はしていなかった。

 そんなものがこの世界に存在している筈がないと、心のどこかでそう考えていたのだ。



 そして、幼い少年の心は完全に壊された。

 辛うじて踏みとどまっていたものは、本人の意志によって取り返しのつかない場所まで堕ちていくのだった。

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