シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

0ー4 絶望の牙



「………………」

 マティルダは地面に倒れていた。

 ここは地下闘技場であり、いつも通り仲間と闘うことになる筈だった。

 しかしいつもと違っていたのは、二人きりで闘う訳ではなく、生き残った奴隷闘士達が全員集められていたことだった。

 不思議そうに首を傾げる仲間達。

 トリスも困惑していた。

 いつもと違う状況に、嫌な予感がしていたのだろう。

 しかし考える暇は与えられなかった。

 首から凄まじい衝撃を感じたと思ったら、地面に倒れていた。

 子供達は悲鳴を上げる暇も無く、絶命した。

 マティルダやトリスのように、電撃に対する訓練を積んでいなければ、抵抗することも出来ずに死んでしまう。

 致死量の電撃なので、抵抗する間もなく絶命しただろう。

「………………」

「………………」

 生き残ったのはマティルダとトリスのみ。

 彼らは少し離れた場所に倒れている。

「………………」

 これは、予想以上だった。

 電撃に対する訓練を誰よりも積んできたマティルダであっても、このレベルの電撃を食らえば動けなくなる。

 しかしすぐ傍で倒れている仲間に較べたらマシな状況だった。

 死んでいることは明らかだ。

 生体反応を確認しなくても、生きているか死んでいるかぐらいは気配で分かる。

 亜人はそういう特殊な感覚を持っているのだ。

 勘どころが優れているからこそ、ある意味では人間よりも優れた種とも言える。

「………………」

 分かっていたことではあった。

 いずれこうなると分かっていた。

 覚悟もしていた。

 しかしいざその状況を目にすると、絶望しかなかった。

 生き残りたくて、必死で足掻いてきた。

 いつかはこんな絶望から抜け出してやると誓っていた。

 他の誰を踏みにじっても、仲間を見殺しにしてでも、自分だけは生き残ってみせると決めていたのだ。

 しかし仲間の死体をすぐ傍で眺めていると、どうしようもない気持ちになってしまう。

 後悔はしない。

 見捨てた以上、そんなことをする資格はない。

 それに、自分のことだけで手一杯だったことも確かなのだ。

 だから仮に後悔して、やり直しが出来たとしても、マティルダに彼らを助けることは出来なかっただろう。

 だからこれは仕方の無いことだった。

 そう割り切らなければならなかった。

 だけど、気持ちはそう簡単に納得してくれない。

「う……ぐぅ……」

 涙が溢れる。

 これはあんまりだ。

 闘うことすら出来ていない。

 足掻くことすら出来ていない。

 こんな、ゴミのように殺されて、打ち棄てられるのはあんまりだ。


「これでガキ共の始末は終わりだな」

「ああ。スイッチ一つで百人以上のガキを皆殺しか。上もえげつないものを作ったものだな」

「楽でいいじゃないか」

「確かに楽だけどな」

「それに弾丸の節約にもなる」

「首輪やバッテリー代の方が高くないか?」

「ははは。確かになぁ。まあこいつらはガキであっても身体能力は俺たちよりも上なんだ。これぐらいは仕方ないさ。近づけずにスイッチ一つで殺せるなら楽なもんだろ」

「確かにな」

 倒れたマティルダの近くで、ジークスの軍人達が話している。

 人数は二人。

 生体反応を確認するようなことはしていない。

 それだけこの電撃が確実だと思っているのだろう。

「おい。あまりのんびりしている暇はないぞ。そろそろエミリオン連合軍がやってくる筈だ。お出迎えに遅れたら大佐から小言を言われるぜ」

「それは嫌だな。大佐の説教は長いし」

「しかも鉄拳制裁付き」

「くわばらくわばら」

 二人の軍人はそのまま立ち去っていく。

 どうやらこれからエミリオン連合軍を出迎えるつもりらしい。

 子供達の生死は確認しない。

「………………」

 ここで彼らに飛びかかって、殺してやりたいという気持ちになるマティルダだったが、必死で堪える。

 生き残ることが出来たとはいえ、身体は痺れたまま動かない。

 こんな身体で飛びかかったところで、殺されることは目に見えている。

 生き残りたい。

 その気持ちが第一だった。

 仲間の仇を取るよりも、生き残ることを優先したマティルダは、ひたすら身体を回復させることに集中していた。

「………………」

 すぐ隣には仲間の死体。

 マティルダが見捨てた仲間の死体。

 光の無い目でこちらを見ている仲間も居た。

 目が合うと、泣きそうになった。

 それでも、泣かない。

 彼らの為に涙を流す資格は無い。

「トリス……は……」

 仲間達は死んだ。

 しかしトリスはどうだろう。

 トリスもマティルダと同じく電撃に対する訓練を積んでいた。

 だったら生き残っている可能性もある筈だ。

「う……」

 しかし動けない。

 トリスの生死を確認出来ない。

 それがマティルダには悔しかった。

 自分の身体が思うようにならないのがもどかしい。

 今は動けるようになるまで耐えるしかない。


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