朝起きたら妹が魔王になってました

猫撫こえ

第2話「宣戦布告」

「お待ちしておりました、勇者様、魔王様」


 「ん?」


 突然の勇者、魔王呼びに俺らの頭上にはハテナが荒ぶっている。


「私の名はヘクター、この国の騎士団長を務めております。以後お見知り置きを」


「こりゃ丁寧にどうも…ってか魔王?勇者?何言ってんだアンタ」


「詳しい話は国王から聞いていただきましょう」


「どうぞ騎龍を用意しておりますので、こちらへ」


 そこには何やら背中に鞍のようなものが取り付けられた頭部が傘のようになっている翼竜が3匹構えていた。


「なにこれ!?すごいすごい!これドラゴン?」


「ええ、この種のドラゴンはリリア種と呼ばれ、人や物の運搬に使われています」


「乗るの少し怖いな…」


「翼竜は人間の意思を読み取り、勝手に飛んでくれるので貴方がたはバランスを取っているだけで大丈夫です」


「お城までならそう時間はかかりませんよ、さぁ行きましょうか」


 俺は城に着くまでの間、ヘクターさんにこの国の事を聞いた。


「この国は一体なんなんだ?」


「ここはレイフィリカ王国、全ての始まりの地とも呼ばれていますね」


「全ての始まり?」


「ここからも見えるとおりこの国には多くの種族が暮らしています。まず、この世界を構成する種族は四つあり、この国は唯一、戦争以外での他種族間の交流が認められている場所なのですよ。もっとも、神族は神界に存在するとされているので、空想みたいなものですが」


 話によると
「自然族」
「妖精族」
「悪魔族」
「神族」の四つあるそうだ。世界の構造自体、地球とは全然違うため、元々の常識は捨てた方が良さそうだ。


 先程から見えている人間や獣人などは全て自然族に入るらしい。神様っているんだな…俺の高校生活返して欲しいな。


「ところで、先程の山を消し飛ばしたのはどちらの魔法なのでしょうか?」


「それなら私です!お山飛ばしちゃってごめんなさい…」


自分で言ってしょんぼりする鍵乃は少し泣きそうで唇が震えていた。


「それは困りましたね…」


「山が無くなると何か困ることでもあるんですか?」


「いえ、そうではなくそもそも今の鍵乃様には地形を変えるほどの力は無いはずなのですよ」


「でも、現にあの山を消し飛ばしたのは鍵乃ですし、たまたま力が強かったんじゃないっすか?」


「あまりいい予感はしませんね…そろそろ到着ですよ!手綱をしっかり握っておいてくださいね」


 今まで猛スピードで飛んでいた翼竜が突然止まる。目を瞑っていたから分からなかったが、気づけばもう既に城内に降り立っていた。


 城内は金や銀などでキラキラしていて一目でお高いんでしょうなぁと分かるレベル。掃除も行き届いていて立っているだけで気持ちがいい。
 ヘクターさんに連れられ一際目立つ大きな扉の前までやって来た。


「レイフィリカ王国騎士団長ヘクター、魔王様と勇者様をお連れしました」


 勢いよく扉が開き、玉座に鎮座する王の威厳に圧倒された。


「よく来てくれた、歓迎しよう」


 一見若く見えるこの男、口では笑っているが目が一切笑っていない。確実にヤバイやつだ。
 この時俺の小動物的本能は察知していた。この男から溢れる殺気を、特に、鍵乃に注がれる殺気を。


「燈矢くん、勇者になった気分はどうだい?」


 突然の勇者呼びに一瞬たじろぐが雰囲気に飲まれまいと持ち直す。


「俺が勇者だったんですね」


 次にヤツがいう言葉など容易に想像がつく。


「鍵乃が…魔王なんですか?」
 王は楽しみを奪われたかのような目つきをしながら
「そうだ」
と一言だけ口にした。


「賢い賢い燈矢くん、勇者は何をするべきか分かるかい?」
 王はわざと俺に言わせたいのだろうか、ならばと無駄な反抗をしてみる。


「わかりません、全く」


 《全く》という部分をわざと強調した、この場において全く意味の無い煽りだ。だが、俺は言いたくない。魔王を倒すのが勇者の仕事だなんて。


 王は飽きたのか淡々と話を進める
「勇者には魔王を倒して頂きたいのだよ魔王は勇者でなければ倒せないからね」


「まず、この世界の核となる部分は世界樹と呼ばれる一本の木だ。ここを中心に世界は形作られている」


「この木の養分となるのが魔王の命なのさ。今まで何人もの魔王が倒されてきた、魔王の最後ほど滑稽なものは無いさ」


「倒すとは具体的にどのようにすれば良いのですか?」


「当たり前だろう、《殺す》のさ」


 一切感情のこもっていない冷たい声で言い放ったこの言葉を俺は許せなかった。
 隣で怯えきっている鍵乃を守りたい。愛おしくてしょうがない。鍵乃がいない生活なんて考えられない。


「勇者が泣きながら魔王を殺す姿はぁああっはっはっ…とっても愉快だ」


 王の不気味な笑い声が無駄に広い部屋に響く。
 人としての心を捨てているのだろう。何があればここまで腐りきることができるのだろうか。吐き気すら催す話だ。


「俺に鍵乃を殺せっていうのかよ」


「簡単なことだろう、君たちは本当の兄妹じゃないんだから」


 この言葉が俺の逆鱗に触れた。確かに俺と鍵乃は本当の兄妹じゃない。でも、本当の兄妹じゃないから簡単に殺せる?血が繋がってないから簡単に殺せる?馬鹿馬鹿しい。


 ここは一発言ってやらなきゃいけないらしい


「恥ずかしいけど、俺じゃどう足掻いても鍵乃に勝てませんよ」


 ここで見せてやる、俺の実力を、妹に笑われるくらい無様な、弱く、とても強い力を。


「唸れ、俺の小指チャイルドフィンガー燃え尽きろ…着火人チャッカマン


 我ながらダサいネーミングセンスが光っているが失望している暇は無い。
 小指の先に熱を感じる。凄く小さいその魔法陣から出る灼熱の炎をその目に焼き付けろ


    ポッ


「バカにしているのか?興醒めだ、ヘクター、どうせ死なないんだ好きなだけ切り刻め」


 無言で斬り掛かる様に一切の躊躇はない。言葉より先に身体が動くとはこのような事を言うのだろうか、無意識の中、俺の身体は鍵乃の前に飛び出していた。


キィィィン…


 金属が弾かれる音がした、不思議なことに俺の身体は無傷、鍵乃も守ることが出来た。すぐさま俺は小指の炎をヘクターの服に移した。


「小癪なっ…」


 こちらの世界の衣服は燃えやすいのか、甲冑の中に火が回る。苦悶の表情を浮かべるヘクターを横目に、俺は鍵乃を抱え部屋から脱出し、持てる力全てを振り絞った大声で叫んだ。


「鍵乃は俺が死んでも守ってやる!!!」


 この異世界の世界史に残るレベルの宣戦布告をしてしまった。


 鍵乃は泣いているのだろうか、今はまだわからない。


 ただ俺は勇者として、この可愛らしく、強大な力を持つ最愛の《魔王》を、俺は守り抜くと誓った。





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