After-eve 〈完全版〉

本宮 秋

Kneading

                    Kneading第1章

初夏を思わせる暑い日が来たと思ったら、季節が戻った様な冷たい風が吹く日もあったりと天候さえも人を惑わす微妙な時が過ぎていた。
小さな街。小さなコミュニティ。此処の住人は互いの事は何でも知ってるアットホームな関係かと思いきや、実際はそうでもなかった。やはりそれぞれ人には色んな事情、生活、悩み、が有る事を改めて実感していた。
この街に来て、何故か店の雰囲気に惹かれそのドアを
開け、出逢った [After-eve] のアキさん。そこから [Pig pen] のユウさん、役場勤めのカオリさん。この3人に
出逢ってから、何かが凄く変わった様な変わらない様な不思議な感覚。
自分自身の考え方なのか、他の人に影響されたのか、一回り大きな男になったのか変わらないのか。
そんなことをシミジミと日曜日の昼間から考えていた。

昨日の土曜日。
臨時休業にして何処かへ行ったアキさん。
今日は帰って来たのだろうか?
アキさんの事も気になるけれど、今はカオリさんの方が気になってしまう。昨日、目の前であんな切なそうなカオリさんの姿を見てしまったから当然といえば当然。
いつもは明るく気軽に声をかけてくれる人なのに……

そんなモヤモヤしてる気分を晴らすため出掛けようと外に出る。
昨日は少し暑い位の気温だったのに今日は、冷たい風が吹いていて気分も落ち込みそうな曇り空だった。
車に乗りドライブがてら、アキさんの店の前を通ってみたがやはりアキさんの車は無く、心なしか街自体もとても静かに思えた。

山に囲まれた一本道。何処に行き着くかも分からずただ走ってみる。小高い小さな峠に止まり今住んでいる小さな街を見下ろした。大きな建物も無く寂しい感じがする風景。
今の心境と今日の天候がより寂しい雰囲気を醸し出していた。
余りの寒さと寂しい雰囲気から逃げる様に街へ戻った。そんな時でも腹は減る。
街で唯一の蕎麦屋でもと思い駐車場に車を止める。
同時に車が隣に止まった。

「おっ! そば食べるの? 」ユウさんだった。
「ユウさんも蕎麦ですか? 」
「うん。何か今日は、寒いからね〜~ 」と、ゴツい体を丸めてユウさんが言った。
「ユウさん1人なんすか? 」

「奥さんと子供は、買い物に出かけてね。1人さ~〜 」
余り寂しそうな感じはユウさんの顔からはしなかった。

「じゃ、一緒に食べようよ」
「あ、はい」

暖かい蕎麦をすすり何度かアキさんの事を聞こうかと、ためらっていた。

「カオリ、迷惑かけてない? 」いきなりユウさん。
びっくりしてちゃんと返事が出来なかった。
「あの娘、結構真っ直ぐだからね~〜 」

「それだけアキさんの事が好きなんじゃないんすか? 」と、自分。
「だね、でもよりによって相手がアキだとね~〜 」
含みを持たすユウさん。
「えっ、なんかダメなんすかね? 」思いきって聞いてみる。

「…… 詳しい事はね、俺の口からは…… ね。 ただ あいつはちょっとね、ツライ事あって恋愛だとかそういうのは、まだね」

「そうなんすか…… 」これ以上何も聞けなかった。

「昨日が16日だから、そろそろ帰って来て何食わぬ顔で、またパン焼いてると思うよ」

「16日…… 何か大事な日なんすかね。あっ別にいいですけど」一言多い自分。

「ふふっ、まぁそういうこった! 」
「カオリには15日と16日は、そっとしてやれって言ったと思ったんだけどな~〜 」
「面倒なら、ほっといていいよ。カオリの事は」

「全然面倒ではないっす! 」言い切った。自分。

「ぷっ。ちょっと好き? カオリの事? 」ニヤケながらユウさん
「いやいや、やめて下さいよ~〜 」

「いーじゃんカオリ綺麗だし年齢より若く見えるし。
みんな、すぐ惚れるよ」

「確かにそうですけど…… でもアレです」アレって、
相変わらずアホな自分。

「アレか~〜 ぷぷっ。 カオリは人当たりいいけど恋愛となるとシビアって言うか、かなり固いぞ。みんなフラれてる」
「3年位経つかな帰って来て。…… 唯一アキだけには本気らしい」

何も言え無くなった。


お会計はユウさんが全部払ってくれ店を出た。

車に乗る時、ユウさんが
「アキは、まだ帰って来て1年経ってないからまだ色々引きずってる事あるんだよ。そういう奴と思ってそっとしてあげて。色々あるでしょ、長い事生きてりゃ」

ただ、うなずくだけしか出来なかった。

アキさんは普段は優しいし良い人だし凄く大人なので、過去を引きずってると聞き、意外ではあったが自分がアキさんに対して何処か影のある人と思ったのはそういう事かなと少し納得していた。

家に帰る途中。
ユウさんとアキさんの関係が改めて羨ましく思い、
またカオリさんの真っ直ぐな想いをより実感しながら
やはり、この3人に出会えて良かったと冷たい風が吹いている事を忘れる位、暖かい気持ちになった。

元彼女は、若い男にサッサと乗り換えた事を思い出し
『真っ直ぐなカオリさん やっぱり好きだな~〜 
叶わぬ恋だけど。 あう~』


                         第1章     終


                   Kneading第2章

休みが終わり仕事が始まる。
月曜日の朝イチから忙しい状態。あちこち飛んで回ったり、まさにドタバタしてる月曜日だった。
おかげで余計な考え事をしなくて済んだが、やはり何処かでアキさんは帰って来たのかなと気になっていた。
昨日ユウさんに言われた事もあり、なるべくそっとしておこうと思ってはいたのだが…… 
日中は忙しかったが夕方には落ち着いていた。まぁこっちに来て実感したのだが、やはり田舎は朝が早い。特に農作業してる人達を相手にする会社なのでより実感する。その分、夕方には落ち着く日が多い。朝型のサイクルでみんな過ごしてる感じ。
おかげで残業することなく会社を出る。

帰って来てるのかどうか確認する為だけに、わざわざアキさんの店を回って家に帰る。

車は……あった!

よかった。帰って来てた。

途端にお腹が減り、ホッとした事も重なりヘナ~〜 とカラダ中の力が抜けてしまった。


家に帰り久々に張り切って自炊。
大した物は作れないが凄く満足し美味しく感じた夕食だった。

風呂に入り一息ついた頃、電話が鳴った。

カオリさんだった。
「仕事終わりに行って来て、今帰って来たとこ」

「アキさんとこ? 」分かってはいたが一応訊いてみた。

「うん。ちょっと色々言ってやろうと思ったけど言えなかったよ。意外と乙女でしょ (笑) 」

「アキさんはどう? 大丈夫そうだった? 」

「それがさ~〜 普通。何も無かった様に普通」
「こっちが勝手に騒いでるみたいで…… もう最悪! 」
いつものカオリさんというか凄い嬉しそうなカオリさん。

「まぁ、良かった。うん、良かった」何かこっちまでカオリさんの嬉しそうな感じが乗り移った感じだった。

電話の最後にカオリさんが
「何か、ごめんね。…… マコちゃん話易いからついね」

と、電話を切ったのだが、自分は正直その言葉がたまらなく嬉しいというかドキドキしたと言うか。


普通の日常になり忙しい日々。
なかなかユウさんの店 [ピッグペン] にも行けず、無論アキさんの店 [アフターイブ] にも行けなかった。

休みの日
日々の疲れが出たのかぐっすり寝ていた。
が、突然ドーンと花火の音。
何だ何だと思って飛び起きてみたが、周りは変わり無し。イベント事かな?
しばらくして少し遠くから何か聞こえてきた。
マイクで何か喋ってる。ん? 祭りっぽい。
思わず身仕度を整えた。

なぜか昔から祭り好き。積極的に参加するタイプではないけど観るのが好き。その場の雰囲気が好き。
賑やか音のする方へ行ってみた。

街の1番大きな建物 (町民センター) の駐車場で祭りが行われていた。こんなにこの街に人いたっけ? という位、賑やかな感じで思わずテンション上がりまくり。
ぷらぷらしてると会社の人達に声を掛けられ昼間からいきなりビールジョッキを渡された。ビアガーデンには、まだ季節は早いのにこの街の人は結構お酒好き。
田舎の祭りにありがちなカラオケ大会やら早食いイベントやらが行われていて、それがまた意外と楽しかった。
昼間に飲むビールで酔いが早くご機嫌になった時、後ろから肩をポンポンと叩かれた。


アキさんだった。

久しぶりではあったが、それ以上に長い事会ってなかった気がして思わず抱きしめたくなった。
ほろ酔いの赤ら顔の自分に対して横からツッコミが入る。
「マコちゃん、いい感じで楽しんでるじゃん! 」
そうツッコミを入れたのはアキさんの隣にいたカオリさんだった。
酔っていたせいもあり
「うは~〜 カオリさんも良かったじゃないすか~〜 いい感じですよ~〜 」皮肉っぽく、ちょっと意地悪っぽく言ってみた。

「うわ~〜 性格わる~〜 マコちゃん大分飲んでるの? 」
そう言いながら少し嬉しそうなカオリさんだった。

アキさんは自分の隣にスッと座りビールを頼みジョッキを自分のジョッキにコツンと当て
「何か久々の感じだね。乾杯! 」

カオリさんも割り込む様に
「私も、乾杯〜~! 」

「おっ! いたいた! これ食え」
ユウさんが自慢の鳥の唐揚げを持ってやって来た。

昼下がり。
賑やかな祭り。
久々に4人揃って飲むお酒。
たまらなく美味しく、とんでもなく酔った。
でも 今まで味わった事ないくらい心地良すぎる酔いだった。

「おぃ! マコ! まだまだこれからだぞ! 」

お酒が入ったカオリさんは、かなりタチが悪そうだ。

                          第2章    終

                Kneading第3章

仕事の忙しさにも慣れてきた頃、突然の有給休暇を頂く。仕事が忙しいので恐縮してしまいそうだが、この、ご時世きちんと有給を取らせないと会社としても大変らしく有り難く休ませて貰う。
折角なので通常の休みにくっつけて3連休にした。別に大した予定も無く、持て余しそうだったが忙しかった分、ゆっくりしようと思っていた。

とりあえず車で1時間の割と大きな街で夏物の服を買い、髪を切り、ある程度やるべき事を済ませた。

ちょうど夕方。夕方と言っても日も長くなってきたのでまだ明るい。
アキさんの店 [After-eve ] へ行ってみた。少しお客さんがいたが、丁度お会計をして帰るとこだったのでゆっくり出来そうな感じだった。

「3連休? いいね〜〜 何かする事ある
の? 」アキさん。

「別に何も決めてないっす。結構突然有給取れ! って言われたし」

「最近忙しそうだったから、ゆっくりすれば良いんじゃない? 」
殆ど売り切れたパンを片付けながら自分の事を気にかけてくれるアキさん。

「土、日曜日が休みならカオリちゃんでも誘ってデートでもして来たら? (笑) 土、日なら彼女も休みだし」
躊躇いなく言うアキさん。

「またそんな冗談を…… カオリさんはアキさんの誘いしか興味無いでしょ」

「うーん。年齢からすれば俺なんかよりマコちゃんの方が良いとおもうけどなーー 」

「年齢は関係無いっすよ。アキさん若いし」

「あら。すっかりお世辞も上手くなって…… ふふっ」
と、パンのレシピが書かれたノートを広げ明日のパンを選ぶアキさん。
何気なくノートを見たらビッシリと色んなパンのレシピが描かれていた。

「凄いっすね! 全部作れるんすよね」

「パンはね。意外と難しく無いんだよ。
難しく思われがちだけど基本のパンが作れれば結構なんでも作れるのよ」
レシピをパラパラ見ながらサラッと言うアキさん。

「何か美味しく作るコツあるんすか? 」

「別にないよ。どこのパン屋さんも基本同じよ。ただ色々ね、原価とか効率とかを考えると多少変わるよね。当たり前だけど」
「そうだねーー 、ウチはあまりそういう事
考えてないから良い小麦粉良いバターを使って、自分で作れる分しか作らないから贅沢というか美味しくなきゃいけないよね」

「だから儲けは無いようなもんだよ」

「やっぱり小麦粉は大事なんすか? 」
素人の自分が生意気にも訊いてみる。

「んーー 確かにね 高い粉は良いんだけど、
要は、その粉に合った作り方その粉に合ったパンを作る事が大事かな? 」
「その粉の成分や特性に合わせて、捏ねる (Kneading) 事がパン作りの基本だから」

流石です。何かやっぱり格好いいです。
同時にパンが好きなんだなと感じた。

「革製品を作る事はパン作りと共通する事があるんすか? 」何か哲学的な答えが出てくるかと期待する自分。

「…… 無い」

「うっ。またやっちまった」やっぱりアホな自分。

「ぷふふ、マコちゃんらしいよ。革、レザークラフトはね、何か楽しそうだから始めただけ。パン作りも同じだけど」
「俺さーー 、何も無かったんだよ。得意な事とかやりたい事。で、とりあえず手当たり次第色んな事挑戦して、この2つが面白いかなって感じただけなんだよ」
アキさんがアキさん自身の事、話すの始めてかなと思いつつ。

「何か意外っすね。アキさん何でも出来そうなのに」

「ん? またお世辞? 何か奢らないといけないなーー 」
「そうだ! マコちゃんカレーパン好きなんだっけ? じゃ今度、特別に作ってあげるよ。好みに合うか分からんけど」

「マジっすか! うれちいです〜〜 」
やっぱりいい人だ、カレーパン好きなのも覚えていてくれた。

サイコーですアキさん。

「うれちいって…… いい大人が…… 気持ち悪っ! カオリちゃんに教えたろ」アキさん。

サイテーですアキさん。

                          第3章      終
         
 

                  kneading 第4章

突然の連休を案の定、持て余し始め趣味も無い自分をつまらない人間だなと感じてた。
折角、この自然豊かな場所に居るのに何をして良いのかもわからない。
このままボーっと休みが終わってしまうのかなと、思ってた矢先電話が鳴った。

「カオリですよ〜〜 。マコちゃん何か今日、用事ある? 」

「無いっす。どうしたんすか? 」

「出掛けるよ〜〜 デートよ〜〜! デート! 」

まさかのカオリさんからデートのお誘い。ただ、素直に喜びはしない。

何か、ある!   何か企んでる!

そうでなければ、アキさんひと筋のカオリさんがデートのお誘いなんて有り得ない。
「カオリさん何、企んですか? 怪しいっす」

「うわ〜〜 ノリわる〜〜 。デートというのは言い過ぎとしても折角誘ってあげたのに」
「暇してるんじゃないかと思ったのに〜〜 
じゃ、やめときますか? 」カオリさん

「すいませんカオリさん、遊んで下さい。ヒマ持て余してました」
素直に言ってみる自分。

「よ〜〜 し。素直でよろしい! マコちゃんの車、ガソリンある? あるなら出してくれる? 」

「大丈夫っす。出します。何処行けばいいすか? 」

「コンビニに居るから」

慌てて1番キレイな服に着替えコンビニに向かった。
「お待たせしました。お気遣いありがとうごぜいますだ」照れを隠すように、トボけた感じで言ってみた。

「よしよし。じゃ、早速行くよ〜〜 。
色々行くとこあるから」カオリさんがそう言いながら車に乗り込んだ。

車に乗ってからはいつもの様に普通に話しながら素敵な休日が始まろうとしていた。
隣街にあるワイナリーに行き、葉っぱが付き出した葡萄畑を見て、カオリさんはワインの試飲をゴクゴクと……
自分は、葡萄ジュースの試飲をチビチビと……
「よ〜し、次! 」
「次は、海。海行くよ〜〜 ! 」
ワインを飲んだせいなのか、海が好きなのか、妙にテンションが上がるカオリさんだった。

「久々だなーー 海。どの位時間かかるんすか? 」自分もテンションが上がる。

「ここからだと1時間ちょいかな? おなか空いたなら途中でなんか食べようか?


のんびりドライブでワインを午前中から飲んだカオリさんが少しウトウトしていた。

横目でチラッと。

ウトウトする姿がたまらなく可愛いかった。

途中で、ご飯を食べ真っ直ぐな道を南に向かった。
海ドリが舞い始めた空。窓を開けてみたらほんのり海の匂い。
と、いきなり海がドーンと現れた。
波が少し荒めの太平洋が……

「普段、山ん中に居るからたまに海来るといいでしょ〜〜 」
ワインの酔いもスッキリ醒めたカオリさんが目をキラキラさせながら言った。

「山の自然も良いけどこの辺の海もめっちゃいい感じすねーー 」

車を降り、やや冷たい海風に迎えられた。
砂浜と小さな漁港しか無い、海沿いの景色に思わず無言で立ち尽くした。

カオリさんも無言のまま携帯で海の写真を撮っていた。
砂浜に打ち上げられた大きな流木に座りカオリさんに聞いてみた。

「もしかしてアキさんに言われたから今日つき合ってくれた? 」

「う〜〜 ん バレた? でもさ〜〜 別に嫌々じゃ無いよ! 前にさ〜〜 少し迷惑かけたって言うか気を使ってもらったしね」海風になびく髪を掻き上げながらカオリさん。

「アキさんはホント酷い人だーー 。
…… でも気使ってもらってるんだよなーー 」
微妙な気持ちだが嬉しい気持ちがまさる自分。

「だよ…… それに酷いとか言わないで! ちゃんと私も見返りあるんだから」  (笑)

「見返り⁈ 」

「アキさんとデート! ちゃんとしたデート! 」
今日イチの笑顔です、カオリさん。

「でもさ〜〜 楽しいでしょ今日? 楽しくない? 私は、かなり楽しいけど」

少し食い気味で
「楽しいっす。当たり前じゃないすか。海まで来れて。良かったっす」

「マコちゃんさ〜〜 。…… 出来ればずっと、あの街にいてよ?   何か…… いい人だからさ〜〜 」

ヤバい。ゾクってなった。アキさんの事が無ければ、告白してしまいそうだった。

「あっ、言って置くけど…… 男としてじゃ無いよ! アキさんよりイイ男になったら少し考えるけど…… 無いな! マコは」

わかってますよ! とうとうマコ呼ばわり。

                         第4章      終
                            

                 kneading 第5章

カオリこと、山崎 香 (カオリ)  33歳。

3年前程に中学までいた、この街に戻って来た。
高校は一応、進学校。その為、高校生からこの街を離れていた。
大学、就職とこの街とは全く違う大きな街で日々過ごしていた。

前職は大手ゼネコンのOL。
別にキャリアウーマンに憧れている訳でも無かったが、見事な男運の悪さで結婚する事なく30歳を迎えていた。急に色んなことに疲れて田舎へ帰る。実家暮らしになり、楽に生活している。

役場の仕事もすぐ決まり、もう3年も経つ。正直、この街の暮らしに少し飽きて来てつまらなさを感じた頃、アキさんに出逢った。

初めて会ったのはアキさんがこの街に戻り、この地に転入届け等の手続きをしに役場に来た時。
暗い感じ。静かで淡々と手続きをしていた印象。

田舎は、この地から出て行く人は多いが入って来る人はとても少ない。
最近は山奥で、新規就農者 (新しく農業を始める人) の移住者が、たまに入って来る位。

私自身も大きな街から戻って来たのでわかるのだが、はじめは浮いてるというか目立ってしまう。
静かで暗い印象のアキさんだったが、記憶には残っていた。

ただ、それから2ヶ月程は見かける事すら無かった。

ある日、役場に見覚えのある顔が…… アキさんだった。初めて見た時よりも少し明るい感じがした。
お店を始めるという事で手続き的な用事で来たらしい。

アキさんのお店 [After-eve] は元々、スナックをやっていた空き店舗。建物自体古くなっていたけれど自分でリフォームして小洒落た店になった。
お店のリフォームを始めた頃、[Pig pen] のマスター、ユウさんがアキさんと共にお店を作っているのを見かけ話掛けてみた。
その時、ユウさんとアキさんが同級生だった事。昔、ユウさんがこの街に戻って来る迄は、アキさんと仲の良い友達だった事を聞かされた。
それから私も一緒に、お店作りの手伝いを始めた。
それがキッカケで、一気にアキさんに夢中になった。

ただ、今だに一方通行の恋。よくアキさんがわからないという事が、余計私の気持ちを煽っていた。

私自身、今迄恋愛に対して良い思いは、無い。それなりに恋愛してお付き合いもして来たけど裏切られる事が多かった。男を見る目が無いと言えばそうかもしれない。
そんな、恋愛に対し少し消極的になっていた自分なのにアキさんに対しては思いもよらず積極的に。

ただ…… ただ…… 好きな気持ちと裏腹に 、どこか…… なんとなく…… 悲観的な……


マコちゃん。えと…… 田辺  誠 (マコト) ? だっけ?
マコちゃんと出会って仲良く⁈ なって、確かに少し楽しい日々になっていた。

マコちゃんがユウさん、アキさん、そして私 (カオリ) を上手く繋いでくれてる感じ。
全く知らない土地にやって来た新参者なのに (笑) 。
マコちゃんの存在がそれぞれに刺激というか影響を与えている⁈
それはやはり言い過ぎだが、マコちゃん自身の人の良さに、みんな気付いているのだろうと思う。

マコちゃんの暇つぶし? に付き合い、海へ行った翌週。約束通りアキさんとデートをする事になった。
当然、気合いを入れ田舎のこの街では、大して気にしてなかったオシャレ感も倍増。以前、アキさんが化粧が濃いのは苦手と言っていたのでナチュラルメイクで、いざ出陣!

(ちゃんとしたデートがしたい! ) と言ってたのでアキさんも普段よりもビシッとした格好だった。

車で1時間半。全く長くは感じなかった。

静かな小さな湖の湖畔に建つホテル&レストラン。いわゆるオーベルジュ。

水面が揺れる事無く鏡の様な湖を窓越しに見ながら、銀のカトラリーが並べてあるテーブルに着く。
ゆっくりゆっくり時間を掛け贅沢なランチを味わった。

「なんか、優雅で美味しくてずっと居たい気分〜〜 」素直に言ってみた私。

「ここホテルもやってるから泊まっていく? 」笑いながらアキさん。

「泊まる! 絶対泊まるよ〜〜 ! 」

強引な気持ち丸出し私。
今の私とアキさんでは絶対に有り得ない事は、わかっていながら……

アキさんは、いつも以上に優しく楽しく、ちゃんとしたデート気分を味わせてくれた。

その優しさと楽しさの裏には、私には言えない何かを背負っているのに……

いつか、半分…… いや  ひとかけらでも一緒に背負ってあげたい……

                         第5章      終

              
                  kneading 第6章

カオリさんも無事、見返りを頂いたらしくご機嫌な雰囲気。

自分 (マコト) も平穏な日々が過ぎ、仕事も遊びも充実。
すっかりこの街にも馴染み馴染まれ、この小さな街に思い切って飛び込んで良かったと実感する毎日。

と、思い切って飛び込んで来た人物がもう1人。
見かけも話し方も全てが軽そう〜〜 な人物が会社にやってきた。

信用金庫の人。

この小さな街ではウチの会社は割と有名。新しく転勤で、こちらの信用金庫の
支店にやって来たと言う人物が、挨拶がてら会社を回っていた。

「銀行の人っぽくない奴が、来たな〜〜 」
同僚がボソッと。

確かに信用金庫のイメージに結びつかない人。調子いい人という言葉がぴったりの人だった。何だか難しい名前をしていて覚えられなかったので、(信金さん) と呼ぶことにした。あまり関わりたくないタイプだが、フットワークが良すぎる信金さん。ちょこちょこ関わるハメになる。まぁ歳上なのは分かるがアキさんやユウさんよりも歳上の人だった事には、驚いた。

その晩。会社の同僚とユウさんの店 [ピッグペン] に行った。

が、何か変?

ユウさんが明らかに元気が無いというか、いつもとは違った。
「どうしたんすか? 体調でも悪いんすか? 」
「んー、大丈夫」ユウさんにしては、言葉少な。
気になった。

会社の人と一緒なので奥のテーブル席に座り静かに飲む事にした。
カウンターには若い女性が1人。
見覚えのある娘。
「あれ、蜃気楼の子だねーー 。休みか? 蜃気楼? 」同僚が言った。
 [蜃気楼] は、スナックの名前。会社の飲み会で何度か行った事がある上司のお気に入りの店。
この街では珍しい若い娘。20代前半。
年季の入ったスナックのママや女性が多い中、若い娘はある意味人気者だった。

その娘がカウンターに1人、んっ? ユウさんと何か関係あるのか?と、一瞬よぎったがその娘は携帯をずっと操作してるだけだし、ユウさんもその娘とは関係無さそうな感じで仕事をしていた。

割と静かな感じの店の中だったが、店の扉が開いたと同時に賑やかな連中が、なだれ込んで来た。

フットワークが軽い、見た目も軽い、話し方も軽い信金さん達だった。
信金さんの歓迎会なのか、賑やかだった。無論、1番賑やかなのは歓迎会の主賓の信金さんだった。

少し経ち、信金さんがカウンターへ。
何やら怪しい動き。
カウンターに座ってた [蜃気楼] の娘に、何やら絡んでる。
 [蜃気楼] の娘も若いせいか、口が悪い。

やっぱり信金さんは軽い人なのねーー と同僚と、ほくそ笑みながらその様子を見ていた。

「ウザイって、オッサン! 」

いきなりその娘が声をあげた。
突然の罵倒に信金さんもキレ出した。

「うわ! やばくないっすか? 」
ヘタレの自分がビビりながらも同僚に言った。
「うわーー 信金さん、酒癖わるいのか? 」
同僚が呆れ顔で言った。
信金さんと来た人達も慌てて、なだめだす。
酔って更に口が軽くなってる信金さんが、止まらない。グダグタ言い続けた時、ユウさんが一喝!

「帰れよ! ウチの店で…… 全く! 他に客いるのに迷惑だろ! 」

自分は初めて見るユウさんの凄味。

その言葉に焦った様子で信金さん御一行は店を出て行った。

ユウさんがカウンターの娘に
「悪かったな。大丈夫か? 」と声を掛けていた。
それから直ぐに自分達の所へ来て
「悪りーね。気分悪くしちゃったね。今日のお代はいらないから。ごめんね」

「いや、大丈夫っすよ」
元気が無かったユウさんだけに余計心配になった。

「あの子さーー 蜃気楼で働いてる子だけどさーー 。俺の奥さんの親戚なんだよ。だからちょっとイラっとしちゃった。マスターとして失格だねーー 帰れって! 」

ユウさんが元気無かったのは奥さんと大揉めしたせいらしい。 [蜃気楼] の娘が来てたのは2人の事 (ユウさんと奥さん) が心配になって来たらしい。

夫婦って……  大変なんだな……
ヘタレなマコちゃん  33歳  結婚の現実を垣間見る。同時に重みある男を目指す。

                         第6章        終

                  kneading 第7章

いわゆる [信金さん、イキナリ羽目外しちゃったよ! ] 事件から、数日。
のどかでいつもの日々が過ぎていた。

仕事の顧客である、山奥の農家さんへ向かった。広く真っ平らなジャガイモ畑を見て、季節が確実に進んでいる事を実感する。
ここの農家さんは三代続いている。三代目は自分より1つか2つ年齢が上の、いわゆる若手。今だに二代目のご主人もバリバリ畑仕事をこなし、とても元気。
農家は定年が無い。70歳80歳代でも、やっている方もいる。
三代目は35ぐらい。若手と言わざるを得ない。
歳が近い事も有り、話しも合い、良い付き合いをさせて貰ってる。若かりし頃はヤンチャしてたらしいが、今では真面目で3人の子供の良きパパ。

いきなり、トラクター等が置いてある大きすぎる倉庫? の前に呼ばれ大きな鍋に入った牛乳を指差し。
「飲む?  近くの酪農やってる人から貰った牛乳。絞りたて! 」三代目。

「頂きますよ、遠慮なく」いつも色んな物をご馳走してくれる。

「マコちゃんさー、釣りとかしないの? 」

「釣り…… は 、しないと言うか…… した事ないっす」

「やってみない? 道具はあるからさーー 」
三代目が、牛乳を鍋からすくうオタマを釣竿に見立て振りながら言った。

「釣りって、川っすか?海っすか? 」

「川。渓流釣り。俺は、海釣りもやるけどね。近くの川、結構デカイのいるんだよ、虹鱒」三代目が両手で50センチ程のサイズをとる。

折角この大自然の中にいて釣りのひとつも、やらないなんて勿体無いと思い、
「やってみたいけど、出来ますかね? 」

「出来るよ。初めてなら餌釣りよりルアーの方がいいかな? 餌とか触れないだろ? 」

餌って。やっぱりミミズとか…… かな?
「ルアーで。お願いします! 」即答、ヘタレ マコちゃん。

と言う事で近々やらせて貰う事になった。勿論今日伺ったのは、仕事の用事なのでキチンと仕事の話も三代目と済ませ、釣りの予定も決め帰る事に。

無趣味な自分が釣りをする事自体、今迄考えられなかったが、この自然豊かな地がアクティブにさせるのか……
色んな楽しみ方をしているこの地の人達に憧れているのか……
何にせよ、ワクワクと不安が駆け巡ってていた。

早速、休みの前の日に三代目の家へ伺った。朝早くに釣りをするので前日の夜、仕事終わり後に行き泊まらせて貰う。
申し訳無い感じはしたが、この街では遠慮する事が逆に失礼。お言葉に甘える。
「今日は、少し暑い位だから外で肉でも焼いて食おう! 」三代目が大きなバーベキューセットを出しながら。

3人の子供も明るく迎えてくれ、何よりバーベキューをする事に興奮気味。
まだ日が完全に沈んでおらず夕陽が少し残った空の下、大家族プラス自分での賑やかで豪勢なバーベキュー祭が始まった。採れたて野菜や奥さんの手料理。外でワイワイやりながらの食事。

マズイ訳ない!
元気な子供達に負けない位、ご馳走になった。

久々に他人の家にお泊りでドキドキしながらも、朝早く起きないといけないので
早めに寝る事に。起きれるか不安だったが要らぬ心配だった。

早速準備をして軽トラックに乗って、道では無い所をガンガン進む。近くの川って言っていたが、何せ畑がデカイ。畑を横切るだけでも結構な距離。
要は、私有地の中を軽トラで移動。
スケールが違います。

大きな木が生い茂る澄んだ川。簡単なレクチャーを受け、早速やってみる。
初めは木に引っ掛けたり、川の中の石に引っ掛けたりと苦戦したが少しずつ要領を得ていった。三代目は少し離れた所で、既に何匹か釣っていた。
やっぱり難しいのか? ビギナーズラックは釣りには無いのか?

竿に、ドクドクっと感触。
思わず竿を少し持ち上げた瞬間、水面に魚が跳ねたっ!
焦りながらもリールを巻く。三代目も気付いてくれたみたいで
「焦らないで、ゆっくり巻け〜〜 ! 」
と、アドバイス。

綺麗な模様に朱色のライン。虹鱒。
レインボートラウトと呼ばれる魚だけにまさに虹色。釣れた喜びと魚の美しさに感動。
「まあまあいいサイズだね」そう言って三代目が携帯で写真を撮ってくれた。
40センチは、なかったが大きさは自分にとってどうでも良かった。

その後も何匹か釣る事ができ、大満足で三代目にお礼を言い家に帰った。

家に着くなり朝早かったのと慣れない川歩き、釣りに集中し過ぎたせいか爆睡してしまった。夕方やっと起き、ちょっと自慢したくなりアキさんの店に向かった。
アキさんの店 [アフター イブ] に入ると珍しくユウさんも居た。パンがとっくに売り切れた後の店でアキさんがレザークラフトをしながらユウさんと談笑していた。

「釣りに行って虹鱒釣りましたよ〜〜 」

「釣り⁈ 釣り行ってたのマコちゃん? 」
ユウさんが少し驚いた感じで訊き返す。

「これからはアングラーマコとお呼び下さい」 (信金さん) 並みの軽さの自分。

「いや、釣りしたかったなら早く言えばねーー 」ユウさんが少し呆れながら言った。

「ユウさんも釣りやるんですか? 」
慌てて訊く自分。

「大体やるよ! みんな。アキもやるし」
ユウさん。
「そこの裏手の川も結構釣れるしね」
アキさん。

「そうなんすか?  早く言ってくれたら
一緒に行けたじゃないすか〜〜 」
悔しがる自分。

「あっ、そう? でもアングラーマコさんとご一緒は、恐れ多くて (笑) 」
ユウさんが笑いを堪えきれずに言った。

「ボンクラ〜マコ! ってな〜に? 」
急に入ってきたカオリさんがブッ込んだ。

何か、ガクッと膝から砕けそうになった。そんな中、アキさんは器用に革を手縫いで縫っていた。

笑いをこらえながら……

                           第7章       終

                   kneading 第8章

この小さな街に来て渓流釣りという趣味が出来、よりこの地が楽しく感じてきた初夏。
ルアー釣りをする人をアングラーと呼ぶ。そのルアー釣りが楽しく、自分にとって新しい物を得た快感と、カオリさんのせいで (ボンクラ〜マコ) と呼ばれる羽目になった不快感を同時に味わう。
天然なのは、自分なのか? カオリさんなのか?

そんな愉快な日々の中、あの日が来た。

15日。
アキさんにとって大事な日なのか、ツライ日なのかは、分からないが……

15日水曜日。夕方仕事帰り、店を閉めているのかと思ったら開いていた。
店には、カオリさんの車が止まってた。ユウさんに15、16日はそっとしてやれ!と言われたので、そのまま帰る事に。
カオリさんもユウさんの言葉は分かってる上で、アキさんに会いに行っているのだろうと思う。でも大丈夫かな…… ?

16日。
お昼を食べに外に出た時、アキさんの店の前を通ってみた。
 [臨時休業] の看板が、入り口に置かれていた。やはり今日は居ないか…… 明日は……?           大丈夫! だと思う!

その日の会社帰り。
カオリさんから電話。
「ご飯付き合わない? 」

ご飯のお誘い…… 今日という日だからこそのお誘い。
何か言いたい事があるのか、
1人で居たくないのか、
心配なのか。

ご飯のお誘いを受け、小さなお寿司屋さんに行った。

意外にもカオリさんは普通だった。

「昨日、アキさんとこ行ってたの? 」
自分から訊いた。

「うん。知ってたの? 」

「車があったから…… 」

「やめとこうかと思ったけど。昨日は、店開けてたから…… いいかなって」
照れくさそうにカオリさんが言った。

「アキさん、どう? 大丈夫そうだったの? 」恐る恐る訊く自分。

「大丈夫。なんかさ〜〜 『 ごめんね 』
 って言われちゃった。アキさんに」

「私の方が、ごめんね なのに」

カオリさんが割と普通だったのは、少しだけアキさんが秘密を話してくれたからだった。とは言え秘密の本筋は語ってないそうだ。ただ今日、16日に行く場所だけ教えてくれたらしい。
それだけでもカオリさんにとっては、嬉しい事で安心する事が出来る重要な秘密の一欠片だった。

「今日さ〜〜 マコちゃん誘った理由はさ〜〜 マコちゃんも気になってたでしょ? 今日という日のアキさん」

「うん。正直言って昨日から気になってた」先月のアキさんを知ってる自分が答えた。

「私もね、実際まだ何も分かってないけど…… 多分ね、…… たぶん、大丈夫な気がする。昨日アキさんの顔見て、そう感じた」やや下の方を見つめながらカオリさん。

「ふふっ  さぁ〜て   パン屋の話は、おわりおわり〜〜 今日は私がおごるから食べましょ、食べましょ」アキさんをパン屋と言っちゃうカオリさん。

「カオリさんが奢ってくれる事はもう無いかも知れないから遠慮なくゴチになります」男のクセに図々しく奢ってもらう自分。

「何か最近のマコちゃんさ〜〜 遠慮って言う言葉、頭から消えてない?  一応さ〜〜 大人同士なら、やり取りの1つや2つあるでしょ〜〜よ! ん〜〜 このボンクラ〜マコ! 」

「はいはい私はボンクラですよ! えっと
イクラとウニお願いします」

翌日

 [After-eve] 無事開店!

お店のパンのメニューに
 [特製カレーパン] が加わる。

                   

土地勘も無く、知り合いもいない、この小さな街に来て自分がどう変わり、どう成長するのか期待する…… 田辺 誠 (マコ)

恋の難しさ、ツラさ、楽しさを
改めて実感する…… 山崎 香 (カオリ)

夫婦の理想と現実、父親としての役割、責任の重さに悩む…… 竹山 雄一 (ユウ)

過去の悲哀、後悔、孤独に縛られ先を見出せずに迷い続ける…… 秋本 歩 (アキ)

                       第8章      終

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