鬼ノ物語

フーミン

15話 訓練

しばらくゆっくりと過ごした後、俺とカケルさんは国から出た森にやってきた。
ㅤ転移してきたので、正確な距離は分からない。しかし近くに城が見えないという事は離れているのだろう。


「とりあえず……ストレッチするか」
「はい」


運動の前にストレッチをしないと痛めるからな。急に体を動かすのは良くない。


ㅤ軽く体を伸ばし、その場で走るような動き。そして手足をブラブラ〜。


「さて、まずはニオの運動神経を見るぞ」
「そんなに良くないですよ……?」
「やってみなきゃ分からない。それに鬼人族は人族よりも身体能力には優れている」


そうだろうか……。この体で走るというビジョンが見えないのだが……。


「ここ、ジャンプで届くか?」


カケルさんが、片手を少し高めの場所に上げた。その手に触れろ、という事だろうか。


「そのくらい簡単ですよ」


ジャンプしてポンッと触れる。
ㅤこのくらいは出来ないとな。


「じゃあここはどうだ」


今度はカケルさんの身長より少し上くらいだ。


「……」


流石にこの高さは無理だろう。それでも挑んでみる。


「ふっっ!」


ジャンプする時に軽く息を吐いて、手を伸ばす。
ㅤすると、なんとか指先を触れさせる事はできた。


「よしよし充分だ。毎日鍛えていけば簡単に届くようになるだろうな」
「どうやって鍛えるんですか?」
「まずは剣の素振りだ」


まあそうだろうな。剣を渡されたのだから使わないという事はない。


「ニオの場合……そうだな。こう構えてくれ」
「こ、こうですか……?」


その構えはまるで侍のようだった。


「手の感覚をもう少し広げて」
「はっ……はい」


カケルさんと密着している。心拍数が上がっていくのが自分でも分かる。


「そのまま、手を頭の上に」
「はい……」
「後は前に動きながらに振り下ろせ。重心はブレないようにな」
「っ……」


シュンッ という風を斬るような音が聞こえ、少しだけニヤけてしまった。
ㅤ意外と様になっているのでは? そう思ってカケルさんを見ると……。


「もう少し力任せでも良いな。鬼人族は力が大事だ」
「わ、分かりました」


最初からそう言ってくれれば良いのに……。
ㅤもう1度さっきの構えを取り、力を入れて振り下ろした。


「よし、OKだ。……あ、OKっていうのは問題無いっていう意味だ。気にしなくていい」
「は、はい」
「その動きを体に馴染ませてくれ。そうだな……50回くらいだな」
「50っ……」


50回か……大変そうだ。でも、この剣を使えるならOKだ。


「頑張りますっ!」
「ああ」


カケルさんは、そのまま木の影に座った。


「ん?」
「あの、カケルさんは何をするんですか?」
「ここでニオの様子を見る」
「それだけ……ですか?」
「これも大事な事だ。とりあえず素振りを始めてくれ」
「……分かりました」


休んでいるようにしか見えないのだが……。まあ、ずっと俺を見つめてるっていう事を意識しながらやれば、やる気は出そうだ。


ㅤシュッ……シュッ……シュッ……。
「力が入ってないぞ」
「はいっ!」
シュッ……シュッ……シュッ……。


キツいっ……もう腕が悲鳴をあげてる……。いままでロクに運動してこなかったからだろう。段々と腕が動かなくなってきた。


「ふうぅっ…………ふっ……」
「息が荒い」
「んっ……そう言われても……」
「気にするな、後々改善していけばいい。残り10回」
「ふっ……んっ……ふっ……」


そしてついに、50回の素振りが終わった。
ㅤそのまま全身の力を抜いて、倒れるようにカケルさんの横に寝転んだ。


「しっかり休むんだぞ」
「は、はい……」


カケルさんは、何故か俺の体を観察している。そんなに汗臭いだろうか。


「ニオ、もっと全身の筋肉を使っていいんだぞ?」
「ど、どうやって……ですか?」
「そうだな……剣を振り下ろす時、ニオは腕の力だけで振っている。そうではなく、肩や背中や胸を使うんだ」
「……感覚的な事は難しいです」
「段々と出来るようになるさ」


息を整えながら黒刀を鞘に収める。
ㅤこうして運動をするのは前世ぶりだろう。もう腕が動かない。


「いてて……」
「大丈夫か? まだ横になってていいぞ」
「大丈夫です……」


カケルさんが背もたれにしている木に、俺も座った。
ㅤ腕は力を抜いてダランとしているつもりだが、ピクピクと痙攣している。力が抜けない。


「……筋肉の成長が早いな」
「そうなんですか?」
「ああ、もしかすると……明日には魔物と戦えるかもな」
「戦うんですか……」
「戦いたくないなら戦わなくていいぞ。俺1人でも倒せる。ニオは一緒にいるだけで大丈夫だ」


俺の存在意義は何なのだろうかと疑問が浮かんだ。でも、俺自身はカケルさんと一緒に居れて嬉しいと思う。近くにいるだけで恐怖も不安も全てがゼロになるからだ。


「うぇっ……?」


何か水が顔に落ちた気がした。


「あぁ今拭いてやる」


そういって、タオルで俺の角を拭いてきた。


「ひゃぁぁぁ……じ、自分でします!」
「そうか」


変な声を上げて硬直していたが、すぐに恥ずかしくなって自分で拭くことにした。
ㅤどうやら角の先に汗が溜まって落ちたようだ。


ㅤ気持ち良い感覚に、小さく声を漏らしながらも汗を拭き終わった。


「ありがとうございます」
「あ、ああ」


今思ったが、どうやら俺の角は皮膚が固まって出来ているようだ。
ㅤどういう仕組みで角出来ていくのかは謎だが、確実に皮膚の感覚がある。
ㅤアイツらに切られた時も、血が大量に出ていたし凄く痛かった。


「っ……」


少しだけ恐怖を感じて、黒刀を抱きしめた。それだけで安心感がやってくる。


「どうした? 体調が悪いか?」
「大丈夫です」
「何か違和感があったら言うんだぞ」
「はい」


やっぱりカケルさんは優しいな。たまにさっきのように厳しい事を言ってくることがあるけれど、全ては俺に対する愛情なのだと思う。


「カケルさんは……どうしてお……私なんかに優しくしてくれるんですか?」


気になって聞いてみた。


「なんとなくだ」
「なんとなく……ですか?」
「最初、お前のことを召使いに聞いた時はビックリしたさ。とんでもない奴だなってな……すまん。
ㅤそれで気になって会ってみたら、何故か分からないが守ってあげたくなった」


それが理由……何故守りたくなったのかは本人も分からないようだ。
ㅤもしかすると、俺がカケルさんに近づくと安心するのと似たような事なのだろう。


「じゃあ……これからもずっと、俺……私はカケルさんに守られますね」
「ああ、ずっと守ってやる。だが……もしもの時の為に鍛えていた方が良い」
「はい」


もしもの時。自分で自分の身を守らなければならない時が来るのだろうか。
ㅤカケルさんなら絶対にそんな状況は作らないだろう。心配しすぎだ。


(ギュルルルル)
「あっ……」
「腹減ったか。よし、飯食ったら特訓の続きだ」
「は、はい」


こうして、カケルさんの鬼のように辛く優しい訓練が始まった。

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