女嫌いの俺が女に転生した件。

フーミン

229話 罪



 朝食を食べて、部屋の隅で用を足した後にゴロゴロしていると、研究員があの機械を持ってやってきた。


「"今からするのは少し痛いかもしれないけど、我慢できるかな?"」
「どういう実験なんだ?」


 見たところ……頭に装着する機械と細長い針が数本。針は先端が尖っていて怖い。


「"その機械を頭に装着した状態で、痛覚を刺激するんだ。その反応を見るんだけど、大丈夫?"」


 大丈夫か大丈夫じゃないかで言われたら、全然大丈夫じゃない。あの針を刺されるんだろ? 嫌に決まってる。
 でも、協力した方が良いんだろうな。Rもお願いしてるし、ここは仕方ない。


「頑張ってみる」
「"良かった。数人係で身体抑えるから、機械を装着したら横になって"」
「えっ……そんな痛いのか?」
「"そうだね〜……剣聖と呼ばれた男でも絶叫するくらいには"」


 不味くないか……?
 研究員が容赦なく機械を頭に装着してこようとしてくるので、抵抗する。


「ちょ、ちょちょちょっと待って!! まっ待って!!」


 しかし、入ってきた数人に身体を抑えられて機械を装着された。


「"ごめんね。今回の研究は無理矢理辛い思いをさせるけど、我慢してくれ。これが最後になる"」


 脳内にヴォンという音が響いて、気づけば横に寝させられていた。


「ちょ、ちょっと待って!! 死なないよね!?」


 手足を抑えられて暴れられないようになっている為、余計に恐怖心が大きくなる。


「"耐えてくれたら今日の昼食と夕食、美味しくするからさ"」
「そういう問題じゃなっ! っっ〜〜!!」


 口にタオルを巻かれて、喋る事ができなくなる。これは拷問と考えていいだろうか。
 俺は今から研究という名の拷問を受ける。


「深呼吸して〜」
「フー……フー……」


 どうしても息が荒くなる。
 そしてついに、冷たい針が腕に当たる。


「フッ、フッ、フッ」
「落ち着いて。ゆっくり刺していくよ」


 強く押し当てられ、ブスリと皮膚に穴が開く音がした。それと同時に、冷たい針が腕の中をゆっくりと進んでいき、とんでもない激痛が走る。


「ン゛ン゛ーーッッッ!! ン゛ッッッ!!!」


 ガタガタと全身が暴れるが、死神達の力によって押さえつけられている。


 俺は痛みを耐える為に、思いっきり口に巻かれたタオルを噛み締める。


「ン゛ッ! ン゛ン゛ン゛ーッ!」


 腕の中で、針がグリグリと動かされて今まで感じたことのないような激痛が走る。
 と、同時にもう片方の腕にも針が刺され、気が狂いそうな程叫んだ。


◆◇◆◇◆


 涙が大量に出て、鼻水も垂れながら唾液すらも肺に入る。下半身にも温かい何かが床に溜まっている。


「"終わったよ。ごめんね、辛かったでしょ"」
「あぐっ……はっ…………お゛ぁっ……」


 声にならない。


 機械を外されて、研究員達はすぐに周りの掃除をした後帰っていった。
 両腕を見ると、傷などどこにもなかった。どうなっているのだろうか。


「"もう終わったから、安心して。それにもうすぐここでの生活も終わるよ"」
「んっ……けほっ……ほ、本当に……?」


 ここでの生活が終わると聞いて、ほんの少し冷静さを取り戻す。


「"楽しみだね"」
「……?」


 Rが楽しみな事ってあるのだろうか? 普通実験道具がいなくなって悲しみそうだけど……。


 しかし、Rの発言の意味を深く考える前に、疲れ果てた俺は意識を手放した。


◆◇◆◇◆


 その日、特にすることもなく1日が終わった。次の日も、その次の日も。俺がお願いする時以外は研究員は部屋に来なくなった。
 どうやらこの前の拷問が最後だったらしい。


「っ……」


 思い出しただけで身体が震え、自分の身体を抱きしめる。
 この前の拷問が最後なら、もうこのままここから出してくれても良いんじゃないだろうか。すぐにでもアリスに会いたい。


「R、居る〜?」


 最近はRに話しかけても、返事が帰ってくる事がない。ちゃんと食事は持ってきてくれているのだが、それ以外はほぼ一人ぼっち。
 ほとんど何も無い部屋で、孤独感を味わうのも拷問の一種なのだろうか。


「はぁ……若干痩せた……?」


 鏡に映る自分を見ると、少し頬の部分が痩せていた。ちゃんと食事は十分にとっているはずなのだが、ストレスで消費するカロリーの方が大きいのだろう。


 部屋の隅でじっと座っていると、久しぶりに部屋に誰かが転移してきた。


「っ! べナード!! と……誰?」


 ここの研究員ではない、知らないオジサンが剣を持ってべナードと共にやってきた。


「俺はべナードの師匠ってところだ。べナード、言うことがあるだろ」
「ああ……」


 べナードの師匠……って、それよりもべナードの様子がおかしい。どうしたのだろうか。


「今まで黙っていて悪かった……数日前に決まった事だ。驚かないでくれ……って言っても無理だろう」
「な、なんだよ……気になるから言ってくれ」


 すると、べナードは覚悟を決めたように俺と目を合わせ、口を開いた。


「俺は死ぬ事になった。だからお前の手で殺してくれ」
「……は……?」


 状況が良く分からない。なぜそうなった。なぜべナードは俺に剣を渡そうとしてくる。
 俺が……べナードを殺す? この場で?


「お前の目的はこいつを殺す事だろう?」
「ま、待ってくれ……なんで突然べナードが死ななきゃいけなくなったんだ? 助かるって話じゃ……」
「クロアは知らなくていい……ただ俺を殺してくれればいい」


 べナードは俺に何も話そうとしない。
 その様子に俺は少しイラッとして、口調を強くしてしまう。


「そんな理由も分からずに今までお世話になった人を殺すなんてできないだろ!」
「……実はな。お前はここで研究が終わった後殺される予定だった」


 べナードの師匠が変な事を言い出した。


「それを知ったコイツが、お前を助ける代わりに死ぬことになった。べナードの最後のお願いだ。殺してやってくれ」
「んなもん……できる訳ねぇだろ!!」


 俺はべナードの師匠に対し、怒りを目を向けていた。
 べナードは、俺の今までに見たことのない言葉に驚いていた。


「そもそもなんで私が死ぬことになったんだ!? 私とべナードは助かる。それで私は頑張っていたんだぞ!?」
「はぁ……お前はべナードの優しさを無駄にする気か? そもそもだな。お前は、キマイラを殺し、封印していたはずのアリスを解放したという大罪を犯している」
「なっ……アリスは関係ないだろ!? それにキマイラを殺したのは私じゃない!」


 口調を荒らげて、俺はべナードの師匠に叫びつづけた。こんな突然理不尽な事を言われて、はいそうですか、で納得する訳が無い。


「アリスはな、俺達死神とほぼ同じスキルを持っている。死神じゃないのに、だ。それは許されない事だというのに、お前はそいつの封印を解いた。本来なら死んでもおかしくない」
「っ……」


 アリスは……そんな理由で……。


「だから、お前をここに招き入れたべナードが責任とって死ぬんだ」
「そんな……べナードはそれでいいのか!?」
「ああ。女2人を守って死ねるなら本望だ。お前だって死にたくないだろ?」


 死にたくないのはあまり前だ。それはべナードも一緒じゃないか。


「クロアが死ねば、エリフォラも助けられなくなる。自分の命か、愛する女2人の命。どっちを選ぶなんて一目瞭然だろ」
「愛する……」


 べナードの口から、初めてそんな言葉を聞いた。


「っ!」


 突然、べナードの師匠の身体から魔力が伸びて俺の身体に入ってきた。


「う……嘘だろ……? やめてくれ……」


 身体が勝手に剣を受け取った。自分で身体を動かすことができない。
 鞘から剣を抜き、べナードの心臓に切っ先を向ける。


「や、やめて……やめてくれ……べナード……避けてくれよっ!」
「いや。俺はお前の手で死にたいんだ」
「なんで……なんで今なんだよっ!! もっと一緒にいたい!!」
「ああ、俺もだ。じゃあな」


 べナードがそう微笑んだ瞬間、俺の手に待つ剣がべナードの心臓を貫いた。


「あ゛ぁ゛っっ!! べナードッ!!」


 口から血を吐き出し倒れるべナードの身体を支えて、抱き寄せる。


「し、死ぬな!! 死なないでっ!! お願いだからっっ……!!」
「クロア……」
「な、何……! 」


 流れる涙で前が見えないのに、俺はべナードを目をはっきりと見つめた。


「クロア……」
「なんだよ! 言ってくれ!! 死ぬな!!」
「……あ……」


 べナードが何か言いかけた瞬間、ふっとべナードの身体が軽くなった。


「ぁ……そんな……嘘……」
「アリスもこちら側で預かる」


 べナードの師匠が何か言っているが、俺には聞こえない。


「べナード……? 生きてるよな……? なぁ……返事してくれよ……」


 べナードの身体を揺さぶるが、力なく揺れるだけで何も反応がない。


「あ……あぁ……」
「"死体回収して眠らせて"」


 部屋に研究員達が入ってきて、べナードを持っていこうとする。


「触るなっ!! べナードにあ゛ぁっ!!」


 顔を蹴られて、べナードから無理矢理引き剥がされる。


「べナードッッ!! べナっ……んぐっ!? かっ……」


 残りの研究員に無理矢理薬と水を飲まされ、薄れていく意識の中で、完全にべナードとの別れを確信した。

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