204話 キマイラと生死

「よし……今日は絶対に訓練してもらうぞ」


　朝から気合を入れる為に顔を洗った俺は、鏡の前で寝癖を整えた。


　攻撃を避ける方法は1つ。身体を100%電気にして相手の攻撃を視認しながら避ける。これが1番シンプルな方法だ。
　100%電気にすることによって、脳の情報処理能力及び反射神経もかなり上昇する。いくらキマイラの攻撃が早いからといっても、こうすれば避ける事は簡単だ。


　ついでに【女神の魔眼】の能力、魔力視認を使えば魔法も避ける事ができるだろう。


「……完璧なはずだ。多分いける」


　自分にそう言い聞かせて、寝室にいるアリスの元に向かう。


「じゃあもう行ってくるよ。今日は昨日よりは早く帰ってこれるから」
「やった…………が、頑張って」


　嬉しそうに「やった」と言ったのは自分の意思ではないのだろうか。顔を赤くして恥ずかしそうにしている。


「それじゃ」
「うん」


　アリスに手を振って、昨日の洞窟前に転移した。


◆◇◆◇◆


　三角マークの上に転移してきて、ほんの少し緊張する。
　昨日はこの洞窟で死んだんだ。きっと今日も死んでしまうだろう。


　俺は何回死んでしまうのだろうか。もしべナードの訓練最中じゃなく、リグ達と平穏な日々を過ごしている時にキマイラに会ってしまったら……生き返るなんて事はできない。
　命を粗末になんてできない。


「絶対に生きてやる」


　魔力視認。そして全身を電気と同化して洞窟の中に入っていく。
　洞窟の中には濃い魔素が漂っている。キマイラの魔力を視認するのは少し難しいかもしれない。


「でもいける」


　どこからそんな自信が出てきているのか分からない。でも、今はとにかく失敗する事は考えたくない。


「来たわね」
「っ……絶対に生きてやる」


　キマイラが洞窟の奥から出てきた。
　その巨体からは、有り得ないほど少ない魔力が見える。魔法は苦手なのだろうか。


　超加速した思考の中、俺はキマイラの一つ一つの動作の意味を考えながら避ける準備をした。


「楽しませてくれるわよね？」


　その時、キマイラの右足が上がった。
　右足がクイッと動いた瞬間、キマイラが持つ魔力量からは考えられない程の大きな魔力の壁が迫ってきた。


「なっ！？」


　その壁は洞窟全体を囲み、逃げ場を消し去る。


　一瞬で死ぬと判断した俺は、せめて少しでも長く生きていられるようにと魔力で身体強化をした。


◆◇◆◇◆


────洞窟の中でぐっと丸まっていた俺は、小さく目を開ける。


「生きて……る……？」


　ゆっくりと顔を上げて、キマイラの方を見る。


「あ……え…………？」


　キマイラの首が、冷たい地面に落ちていた。
　そのままドサリと倒れた大きな身体は、もう生きていない。


　何が起きた……？ キマイラが死んだ？


「ん〜？ アンタ誰？」
「えっ？」


　後ろから声が聞こえ振り向くと、そこには1人の女性が立っていた。


　ボサボサな金髪と、眠そうな薄水色の瞳。頬のソバカス。まるで無気力そうな女性は俺を見ていた。


「あ、貴女は？」
「アタシ？ アタシはツクヨミ。で、アンタは？」
「クロア……」


　見た目から予想が付くほどダルそうな口調で喋るツクヨミ。ツクヨミっていうと……神様だっけか。


「どうして……ここに？」
「どうしてってそりゃあ……ここに来ちゃ悪いの？」
「悪いとは言ってないけど、キマイラには大事な要件があって……」


　キマイラを殺したのはこの人だろう。
　それを聞いたツクヨミは、少し俺とキマイラの死体を見て困った顔をした。


「それは……ごめんよ」


　謝るのか。