女嫌いの俺が女に転生した件。

フーミン

102話 死ぬ。



 馬車に揺られてどのくらい経っただろうか。静かな馬車の中から後ろを見ても、魔王の国はもう見えない。
 その代わりに、黒い煙が様々な場所から上がっていた。耳をすませば爆音が聞こえる。


「ベリアストロとクラウディアが2人だけで王国騎士団と戦ってるんだろ?」
「一応神達も沢山いるけど……大丈夫かな」


 強者揃いの王国騎士団に、たった2人で挑むなんて無謀すぎる。


──信じて。


 そんな事を言われても、勝ち筋が見当たらない以上何も信じれない。


「クロア、あまり考え込むな」
「そう……だな」
「キュー」
「ふっ……」


 アノスが鳴いた事で、少しだけ心の緊張が緩んだ。


「私にはこの悪魔がいるからな……まだこれからだ」
「もし悪魔が出てきたら、あの2人は負けたという事か……?」
「いや、少しでも隙が出来れば悪魔を呼び出すつもりだろうから、負けてはいない」


 まあ悪魔が呼ばれた時点で負け確定のような物なんだけどな。


『僕もクロアを助けるよ』
『ありがとうサタナ』


 ただ、サタナがいたところで悪魔に抗えるのだろうか。命の契約のもう一つの効果、それが俺達を助けてくれると祈って、その時を待つしかない。


「はぁ……」


 俺はリグの肩に頭を乗せてため息をついた。


「寝てもいいんだぞ」
「この状況で寝れるわけないだろ」
「それもそう──」


 突然、何も聞こえなくなった。


「ぅ……ぁ…………」


 全身が焼けるように熱い。息が出来ない。苦しい。苦しくて涙が出てくる。死ぬ。


──その身体は貰ったぞ。


 そんな声と共に、俺の視界は暗闇にかき消されていった。


ーーーーー


ーーーーー


「……っはぁっ! はぁっ! ゔっ……」
「く、クロア! 良かった……大丈夫か!?」
「っ……」


 左手でリグを近づけないように肩を押す。


「はぁ……はぁ……大丈夫だけど……苦しい……」
「頑張れ! 耐えろっ……! ぐっ……熱い……」


 リグが俺に抱きついてきたが、あまりの熱さに顔を歪めた。


 身体が熱くて熱くて、今にも全身が溶けそうなほど苦しい。


「っ!」


 バスタオルも取って、全裸になっても熱い。


「お、おい! どうした?」
「静かにしろ! 今クロアが悪魔と戦ってるんだ!」
「悪魔!? 悪魔がいるのか!?」
「黙れっ!!」
「うっ…………ぁ……」


 不味い……このままだと死ぬ……。身体が熱くて…………?


 ふと、自分の右手を見た。手の甲に赤い十字架が現れている。


「逆さまの十字架っ!? 頑張るんだクロア!!」


 違う。俺から見ると普通の十字架だ。なんだ?


 不思議と、冷静に思考を動かすことができた。まるで自分の意識はどこか遠くにあって、別の自分が思考しているかのようだ。
 確かに今、熱くて苦しくて叫びたい程辛い。しかし俺は冷静だった。


『クロア、聞こえるかい?』
『サタナ……?』
『サタナキアだよ。その十字架、どうやら命の契約の効果が目覚めたみたいだ』
『命の契約……なんだ?』
『前にも言った。この世界の神になる能力さ』


 この世界の神に……?


『つまり、今君は僕やアノスと同じ存在という事。3人で力を合わせれば。……いや、クロアだけでも悪魔を倒せる力を持っている』


 俺だけで倒せる……神……。


『意識するんだ。"私は私。今ここに存在している" と』
『私は私……今ここに存在してる……』
『もっと強く。自分という存在を最大限引き出すんだ』
『私は私。今ここに存在している……私は私──』


 強く念じ続けた。魂を壊されないように。自分という存在を大きく……確実な物にする為。
 そして。


「……あ……」
「クロア大丈夫か!?」
「リグ……」


 全身から力が溢れてくる。燃える……いや、溶けるほど熱い魔力が全身を駆け巡る。
 心臓が脈打つ度に魔力が増幅していき、息を吸う度に疲労が回復する。


 自分の両手を見た。


「……」


 今までと同じ綺麗でスベスベした肌。そして、確実にいつもと違うのは手の甲の十字架。そして、今にも溢れそうな魔力。


「大丈夫……か?」
「大丈夫だ。問題ない」
「良かった……本当に……乗っ取られてないな?」
「ああ。私はクロアだ。リグの彼女」


 そして俺が、近くに落ちているバスタオルに手を伸ばした時。


「あっ、ここにいたんすか。覚えてるっすか? ジェイスっす」


 ジェイスが馬車の中にやってきた。


「くっ、逃げろ! 洗脳されてるんだ!」
「洗脳なんてされてないっすよ? とりあえず、悪魔が目覚めたみたいだし、団長のとこに連れていくっすよ。さぁ来るっす」


 いや、確実に洗脳されている。


『サタナ。私の身体を操っていいからジェイスの鎧を破壊しろ』
『使っていいの!? 分かった!』


 サタナに身体を渡した。運動能力はサタナの方があるからな。


 一瞬でジェイスの後ろに転移して、鎧を粉々に破壊する。


「……あれ? どうしてこんなところにいるんすか?」
「よし、簡単に洗脳は解けるみたいだ」
「クロア……お前凄いな」
「凄いのはサタナだよ。ジェイス、意識はある?」
「あっ! クロアちゃんじゃないっすか! ……なんで裸なんすかっ! ちょっ! 見れないっす!」


 あぁ忘れてた。
 俺はすぐにバスタオルで身体を隠す。


「今までの事を覚えてるか?」
「ん〜……? いや、覚えてないっすね」
「じゃあ全部説明するから。座ってくれ」


 ひとまず俺が乗っ取られる事は無くなった。クラウディアとベリアストロは……もう間に合いそうにないか。
 俺はアーガスの悪魔について。そして現状、俺が魔王軍に入った理由など、全てを説明した。


「──という事だ」
「はぁ〜凄い事になってるんすね……」
「今は避難しているところだが……あの2人はもう助からないと思う」
「そうっすね……」
『助かる手段はあるよ』


 ん?


『サタナ、詳しく』
『僕がクロアの身体を使えば勝てる。今のクロアの力は神級の悪魔以上だから』
『本当に……?』
『言っておくけど、僕は技術だけは神級なんだよ? 邪神としてそう磨いていたのさ』
『じゃあ頼む! 今すぐにあの二人の元に!』
『分かってる』


 サタナに身体を渡す。


「二人共助けられるかもしれないから行ってくる」
「ど、どうしたクロア!」
「リグ、私を信じて」


 サタナが、迫真の俺の演技をして転移した。バスタオル無しで……。


ーーーーー


ーーーーー


「どうやら来たようだな」
「クロアさんっ!」
「くそっ……殺られちまったか」


 一瞬でベリアストロとクラウディアの横に転移してきた。


「さぁ、そこの2人を殺せ。ちゃんと避難している奴らも殺してきたんだろうな? 魔王軍は敵だからな」


 目の前のアーガスが、笑いながら命令してくる。


 俺の身体は、誰も認識出来ないような早さでアーガスの目の前に移動し、首を手刀で羽飛ばした。


「なっ…………」


 全ての動作を合わせても、0.1秒すら経ってないだろう。ほぼ時が止まった状態だ。
 しかし、その早さもこの身体なら認識することができた。


「っ……っと」


 身体の制御が戻ってきた。もう突然戻されると倒れそうになるからやめてほしい。


「クラウディア、ベリアストロ。終わったよ」
「クロアさん…………」
「馬鹿野郎っっ!! やるじゃねぇかくそがっ!」


 クラウディアが笑って暴言を吐きながら、俺に抱きついてきた。


「っ! クラウディア! アーガスが起きるわ!」
「任せろ!!」


 首が無くなってもなお、身体を起こそうとしたアーガスの身体に全身に鳥肌が立った。
 しかし、レヴィアタンの精神訓練によって鍛えられた俺は、なんとか耐えられるほどには成長している。


「オルァッッ!!」


 クラウディアが、持っていた大きい剣をアーガスの身体に突き刺した。
 まるで十字架の墓が出来たようだ。


「これで終わった……」


 クラウディアがそういうと、アーガスの身体が光の粉になって天へ登っていった。


「アーガスを殺しちまったけど、悪魔は封印した」
「ありがとうクラウディア。それで……クロアさん……」
「あ、ああうん……私頑張ったよ」
「ありがとうっっ……!!」


 ベリアストロが泣きながら抱きしめてきた。この人のこんなに弱々しい姿は初めて見るな。
 なんとなく頭を撫でてみるが、抵抗はしない。


「終わったぞ……全て……。王国騎士団の洗脳は解いて、悪魔も倒して……全部終わった」


 そう。また平和な日常が帰ってくる。

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