女嫌いの俺が女に転生した件。

フーミン

96話 懐かしくも寂しい物語



 右に進んでいくと壁に扉があった。この先に、何かがある。


「クロア、何か感じないか?」
「ずっと感じてる。多分城に入った時から」


 クラウディアも何かを感じ始めたようだ。これが何なのかは分からないが、とりあえず部屋に入るしかない。


「お願い」
「俺から離れるなよ」


 クラウディアがゆっくりと部屋の扉を開けた。
 しばらくして、ドアが半開きのままクラウディアの動きが止まった。いや……周りが止まっている。


「まさか人が来るとはねぇ……」


 声が聞こえたような気がして、ゆっくりとクラウディアの後ろから部屋を覗いた。


「こんにちは」
「っ!!」


 そこには、綺麗なドレスを着たおばあさんが立っていた。身長も低い。だが、その顔は若い時には綺麗な顔立ちをしていたとはっきり分かるような顔だった。


「貴女は……?」
「私はルト。魔王をしてたよ」
「やっぱり……じゃあこれは……」
「私の仕業だよ。といっても、今の私は本当の私じゃない」


 本当の私じゃない?


「ずっと、君のような誰かが来るのを待っていた」
「それが……私?」
「そうだよ。今は君だ」


 俺……なのか。俺に何か特別な事なんて特に無いし、このような人に会うなんて思ってもいなかった。


「何から話そうかな……」


 かなり年老いた様子なのに、ふっと微笑んだ姿がとても可愛らしかった。


「クロアちゃん……でいいんだよね?」
「あ、あぁまあ、はい」
「私は、生きていた頃の私が残した遺志。亡くなる直前に、コピーを作り出したんだ」
「コピー……」


 だから本当の私じゃない、と言ったのか。


「コピーを作り出した目的は……特に理由は無いんだけど、あのまま死んでいくのが名残惜しくてね。コピーでもいいから、見させたかったんだ。成長していく国を」
「2人で作ったんですよね?」
「2人じゃない。ここに住んでいた国民達、皆が支えあって作っていったよ」


 とても仲間思いの人なんだな。ルトさんは。


「あの……」
「なんだい?」
「ルトさんは……何故私を待っていたんですか?」
「なんでだろうね……随分と昔に決めたことだから、もう忘れちゃった。歳だからね、ふふふ」


 白くて長い髪を揺らしながら、ゆっくりと俺の方に近づいてきた。
 動物も、物も、風も。全てが止まっている中、1人の美しい女性は俺の前で立ち止まり、目を見つめた。


「うん。君はきっと凄い人になる」
「凄い人に……?」
「ちょっとだけ、いいかい?」
「えっと、はい」


 ルトさんが、俺に屈むように手を動かしたので、膝を曲げて顔の高さを同じにする。
 こうして近くで見ると、何故かドキドキしてしまう。


「"汝、我の遺志を継ぎし者。命の契約をここに"」


 耳元で小さく囁かれると、ルトさんの身体が綺麗な光となって俺の口や鼻、耳から身体の中に入っていった。


 そして、いままで止まっていた世界が動き出した。


「何も無さそうだな。……どうしたクロア?」
「……」


 なんだったのだろうか。命の契約? それにしては、サタナやクロノスの時のような感じではない。


「お〜い」
「あっ、大丈夫だ。ちょっとボーッとしてて……」
「不思議な奴だな〜? とりあえず、部屋に何か昔の事が書かれていないか探してみよう。元々女性の部屋だし、見るのは失礼かと思うがな」


 部屋に入ると、懐かしいような匂いが鼻を触った。心が落ち着いて、穏やかに気持ちになる。
 そして。


「確かここに……あった」


 ベッドの下に小さなノートがあった。そこには、しっかりと日本語で 『俺が死ぬまでにしたい事日記』 と書かれている。


「おぉ、よく見つけたな。……なんか、悲しい本だな」
「そうか? 私は嬉しく思うよ。理由は分からないけど」
「なんだそれ」


 俺は少しだけページを捲った。


──ポカポカと暖かくなってきた 今日はリアンが美味しいご飯を作ってくれた サハルと笑いながら食べた 明日は久しぶりに地上を散歩しようと思ってる お父さんとお母さんのお墓参りもついでにね


 死ぬまでにしたい事日記、って書かれてるけどただの日記じゃないか。


「ふふふっ……」


 俺は泣きながら笑っていた。バカバカしくて、懐かしくて、悲しくて。不思議な感情が手元から胸まで伝わってくる。


「人の日記は見ない方がいいぞ」
「うん……これは元の場所に置いておく」


 本をベッドの下に戻して立ち上がると、丁度鏡の中の自分と目が合った。


「あれ……」


 一瞬だけ、鏡にルトさんの姿が写ったような気がして、目を擦ってみると涙が沢山流れていた。


「大丈夫か? 悪いな……悲しい場所に来て」
「いや……涙が出てすっきりしたよ。帰ろう」
「もう片方の部屋はいいんだな?」
「勝手に入ったら怒られちゃう」
「ん〜……よく分からない」


 最後に部屋を見渡してから、クラウディアの腕に触れて転移してもらった。


 広場にいたポチはら俺達が帰ってきたことに気付くと大きな欠伸をして首をあげた。


「キューーン」
「よしよし、待たせたな」


 御主人様が帰ってきた。そんな風に喜んでる気がして、クラウディアとポチを見て微笑ましく思えた。


「なんで笑ってるんだ」
「なんでだろうね」
「おばあさんみたいだな」
「失礼だなぁ……私はまだ18歳だ」
「空飛んで帰るか? それとも転移ですぐに帰るか?」
「また空を散歩しよう」


 逆から見る景色も楽しんで帰りたい。


ーーーーー


ーーーーー


「ただいま〜」
「あら、どこに行ってたの?」
「おかえりクロアちゃん!」
「おかえり〜」


 部屋に帰ると、いつも通りの皆が待っていた。


「クラウディアと一緒に散歩してきた」
「そう。だからスッキリした顔をしてるのね」
「スッキリしすぎて大人になったみたいだな」
「クロアちゃん大人!」
「成人なんだから大人なのは当然だろ」


 皆して俺を大人だのおばあさんだの……俺は別に老けてないぞ。ただ、あの城でルトさんと命の契約とやらをしてから、少しだけ心に余裕が出来たように思える。


「夜遅いし、風呂に入って寝るよ」
「早いわね」
「明日はレヴィアタンに訓練受けるし」
「ふふ、真面目なクロアさんも好きよ」
「いつも真面目だ」


 今日は丁度良い息抜きになったな。


『サタナありがとう……サタナ?』


 サタナからの返事が無い……どうしたのだろうか。
 まあ、そんな事気にしてても仕方ない。どうせすぐ帰ってくるし、寝よう。


「おやすみ皆」
「「おやすみ(なさい)!」」

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