女嫌いの俺が女に転生した件。

フーミン

7話 言葉のキャッチボールは完璧



ティライの指導のお陰で、最近はかなり筋肉が付いてきた。寝る前なんかも腹筋を自主的に鍛えている。
こうして努力した分結果がついてくると嬉しいものだ。毎日のモチベーションも維持しやすい。
嫌いな女のようにはならないだろう。


「クロア〜、ちょっと手伝ってくれる〜?」
「は〜い」


家事も手伝うようにしている。特に意味は無いのだが、今の内に出来ることをしておかないと、もしも一人暮らしをするとなった時に苦労する事になる。


「いつもありがとう。何か買ってほしい物があったらなんでもいうのよ? お金は沢山あるんだから」
「大丈夫です」
「そう?」


2歳にしては欲望が無さすぎだろうか……。


「あ、やっぱり本を買ってほしいです。出来れば……文化についての本を何冊か」
「分かったわ。他に買ってほしい物は? どんどん言っていいのよ」
「も、もう大丈夫かな……」


魔法のコントロールを完璧に出来るキッカケになった坂。あそこは2歳になった今でも1人で言っている。
ティライさんのお気に入りの場所、というのも頷けるほど居心地の良い場所だ。
そこに本を持っていって横になりながら読めば、スルスルの頭の中に知識が入っていく。不思議な場所だ。


「部屋で魔法を練習してきます」
「頑張ってね」
「はい」


誕生日の時に父から貰ったドーム型の置物。それを壊さないように魔力コントロールの練習をしている。
 というか、最近はドームを使わなくても手の平の上に光の塊を作り出すことができる。坂で寝ている時だけ。


 魔力を外に出すのは更に難しそうだ。


「あら、どうも」
「なんで居るんだよ……」
「良いじゃない。暇だったのよ」


ティライさんが勝手に俺の部屋に入って本を読んでいた。侵入口は窓か……。
 俺は窓を締めて、ベッドの上に座る。


「なぁティライ」
「どしたの?」
「いつになったら本物の剣を教えてくれるんだ?」
「そうねぇ〜……2歳の子供が剣を振り回すのは危ないんだけど……クロアちゃんは例外だものね……」


じっと黙り込んでしばらく経つと、手の平をポンと叩いて俺を見た。


「何?」
「今からテストをするわ。それに合格したら、教えてあげてもいい」
「テストォ?」
「ど、どうしてそんなに嫌そうな顔をするのよ。やる気出さないと教えてあげれないわよ?」


テストが嫌なんじゃなくて、『テスト』っていう単語が嫌いなんだよ。その言葉を聞く度に死にたくなる。
 大袈裟か。


「で、テストってどういうの?」
「簡単なテストよ。今からクロアちゃんに、このボールを投げます」
「そんな物まで入ってるのか……」


そのバッグの中が気になる……。


「このボールを、避けるかキャッチする。それだけよ」
「……? 簡単じゃないか」
「意外と難しいのよ? ボールの距離感、速さ、大きさ、握る強さ、体の動かし方」


それを全部意識しながら動いてたら難しいのは当たり前だろう。空間把握能力ってのは、感覚的に手に入れる技術だ。


「じゃあ投げるわよ」
「こ、この距離で!?」


俺からティライまでの距離、僅か1.5m。ボールは7つ。ティライは大きく振りかぶっている。


「えいっ」
「あぶっ!?」
「わお」


俺に向けて飛んできたボールを、なんとか反射的に掴んだ。


「危ないだろ!? もし当たったらどうすんだよ!」
「当たっても怪我しないわよ?」
「怖いんだよ!」
「へぇ〜……怖いんだぁ……。ほれほれ」
「ちょやめっあだっ! …………」


目に当たった……多分眼球に直撃した……。


「どうしたの?」
「目……目に当たった」
「嘘っ!? だ、大丈夫!? ごめん! 泣かないで! 親に言わないで!」


別に泣いてない、涙が出てるだけだ。
 それに親に言わないでって、何を恐れてるんだ……。


「はぁ……」
「ごめん……」


さっきまで盛り上がってた部屋。それがちょっとしたハプニングで急激に静かになる雰囲気……気まずい。


「目……大丈夫……?」
「なんとか……今はぼやけてるけど、後から良くなると思う……」
「ぼやけて…………うぅ、視力が落ちちゃったらどうしよう……」


そんなに落ち込まれても俺が困るんだけど……はぁ……ここは少し頑張って盛り上げるしかないな。


「まあ大丈夫だよ。さっきみたいに1度に沢山投げてこられるとキャッチ出来ないけど、1つずつだったら大丈夫だから。もう1回やろう?」
「ほんと!? じゃあやろっか!!」
「……」


…………女って気分の入れ替わり激しいよな。


ーーーーー


軽くただのキャッチボールになってしまったテストだが、無事に合格したらしい。
 俺の目も完全に回復して、いよいよ剣術を教わるぞ! ……となりたかったのだが、キャッチボールが意外にも楽しくて、雑談を交えたお遊びに時間を使ってしまった。もう外は夜だ。


「じゃあまた明日ね!」
「どこから帰るんだ?」
「勿論、ここから!」
「次からはちゃんと玄関から入ってきてね」
「は〜い!!」


ティライとの楽しい時間も終わり、夕食を食べに下に降りる。と、そこには心配した表情のミリスが。


「クロアアァァァア!! クロアが部屋から出てこないから! 引きこもっちゃったのかと思ったぁぁぁああ!!」
「ゔっ……」


親バカミリスに心配をかけてしまったようだ。


「ちょっと魔法の練習が楽しくなってつい。ごめんなさい」
「いいのよ……さ、ご飯食べましょ」


ふぅ……2歳の子供が引きこもるなんて有り得ないだろ。前世が引きこもりの俺なら可能性はある……だろうけど、普通に考えて 引きこもった という発想は出てこない。
 ま、それほど愛情を注がれてるって事でもあるんだけどな。ありがた迷惑な話だ。


ーーーーー


夕食を食べ終わると、バルジが帰ってきた。


「おかえりなさい」
「ただいま。何だか最近、物騒な事件が頻繁に起きているらしい」


事件?


「詳しく教えて?」
「あぁ、何でも……小さい子供を狙った誘拐事件だそうだ。クロア、しばらく外出はしない方が良い」


誘拐ねぇ……この世界にもロリコンはいるんだな。


「分かりました。部屋で勉強に励みます」
「流石クロアだ。父さんはしばらく、この事件の犯人を探す事になったから、帰ってこない日もあるが寂しくなって泣いたりするなよ?」
「全然寂しくないです」
「はっはっはっ! 寂しいのは俺の方だった!!」


こんな平和な家庭の外でも、物騒な事件は起きてるんだろうな。いつか俺が騎士になったら、そんな犯人を捕まえてやろう。

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