幼女に転生した俺の保護者が女神な件。

フーミン

70話 信用からの裏切り



「……んぐっ…………っ!?」


 目を覚ますと、何故か真っ暗な場所にいてシンシアは混乱して辺りを見渡す。


──ガンッ
「んんっ!!」


 狭い、暗い。そして手足には縄でキツく縛られており、口は布をくわえさせられて喋れなくなっている。


 何だ? 何故俺はここにいる? 誰がこんな事を?
 確か、俺はダリウス君の家で勉強を教えていた。そしてお茶を飲んだ後すぐ眠気に襲われて……まさかダリウス君が? いや、ありえない。


「っ……」


 冷静になってくると、この狭い空間にキツい臭いが充満している事に気づいた。
 臭い。鼻にツンと来る臭いから逃れられない。


 と、とりあえず脱出しないとな。


 シンシアは手足の縄を切る為に魔力を集めた。


──バチッッ!!
「ん゛んっ!!?」


 魔法を使おうとした瞬間、壁に魔法陣らしき何かが光って身体に電撃が走った。


「シンシアさん……ごめんなさい。シンシアさんはこれから……そこで暮らしてください。僕が食事も持ってくるので、静かにしててください」
「っ!!」


 この声は間違いない、ダリウス君の声だ。


「ん〜っっ!! んっ!!!」


 声を出してここから出せと意思を伝えようとすると、暗い部屋に光が現れた。違う、扉が開いたのだ。
 ダリウス君が部屋に入ってきて、狭い部屋に明かりが入ると壁に大量の魔法陣がある事に気づいた。


 あの形状は、近くに魔力範囲があり次第電撃を飛ばす魔法陣だ。それで俺は魔法が使えないのか。


「静かにしててくださいよ。今日からシンシアさんは僕のペットです。僕にシンシアさんをペットにする程の力を教えてくれてありがとうございます」


 まさかダリウス君は俺が教えた知識によって、こんな事をしたというのか?


「んっ!!」
「言う事を聞かないペットにはしつけが必要ですね」
「っ!?」


 ダリウス君は後ろから1本のナイフを取り出した。


「ん〜! ──バチッッ!! ん゛ん゛っ!!」
「魔法を使おうとしても無駄ですよ」
「んんっ! んっ! んっ!」


 ナイフが腹部に近づいてきて、シンシアは必死に顔を横に振る。拘束された身体をくねらせながらナイフから逃れようとする。しかし、ダリウス君の手で押さえつけられる。


「暴れないでください」
「んっ…………」


 ナイフが腹に触れると、シンシアは死を覚悟して目を瞑った。


──ビリッ……ビリリッ
「っ……」


 服が切り裂かれている。何をするつもりなのか分からない。しかし、死を逃れられたという安心から少し息を緩める。
 だがまだ安全ではない。どうにかしてここから抜け出す方法を見つけなければ、このままだとダリウスに何されるか分からない。


 サラやクラリスさんに頼っててもダメだ。自分1人の力でどうにかしない限り、俺は大魔道士になれない。


──スーッ
「ん゛ん゛っっ!!!!??」


 いつの間にかナイフが腕に当てられ、縦に浅い切り傷を入れられて血が流れる。


──バチバチバチバチッッ
「ん゛ん゛ん゛──────」


 生命の危機を身体が察して、無意識に治癒魔法が発動して全身に強烈な電撃が走る。そしてシンシアは白目を向いて、泡を吹きながら意識を失った。


◆◇◆◇◆


 すぐに痛みで意識を取り戻すと、ダリウスの姿はなかった。しかしシンシアの身体には白い液体が付着しており、気持ち悪さで吐き気を催す。


「んっ……」


 なんとかここから脱出しないといけない。
 シンシアは必死に思考を回転させて、手足の拘束を取る方法を探す。


 魔力も残り少ない。このままでは魔力切れで子供の姿に戻ってしまう。
 ……子供の姿に……?


 シンシアは奇跡的に思いついた方法で、拘束から脱出する方法を試す。
 変身を解除。魔法の使用を停止させる事で子供の身体へと戻る事に成功する。どうやら壁の魔法陣は体内の魔力には反応しないようである。


「んっ……ふぅ……」


 猿轡さるぐつわを解き息を整える。
 一度子供の姿に戻ったのならこのまま脱出するしかない。
 部屋の扉は鍵がかかっていて開かない。


 部屋を見渡すと、どうやらシンシアのバッグも置いてあるようだ。中にはペンも入っている。
 ならすることは一つ。自分の魔法を封じる魔法陣を全て別の物に書き換えれば良いのだ。


 幸いな事に、ダリウス君は書き換えやすい魔法陣を作ってくれた。
 壁にある魔法陣は、中に隙間がいくつも存在している魔法陣。その隙間に別の情報を入れることで別の物に書き換えれば魔法を使えるようになる。


「……教師を舐めるなよ……」


 教え子の裏切りに怒りを覚えながら、シンシアは壁にいくつも存在する魔法陣全てを書き換えていった。


◆◇◆◇◆


「シンシアさん、夕食持ってきましたよ」


 ダリウスがシンシアに夕食を持ってきた。


「入りますよ〜……っ!?」


 ダリウスが部屋に入ると、その部屋には何もなかった。シンシアの姿も、何もかも無くなっていた。
 唯一、部屋の真ん中に1枚の紙切れで置いてあり、ダリウスは動揺しながらその紙を手に取った。


──ダリウス君がした事は立派な犯罪です。両親と国を守る衛兵。学校に連絡したので、今日からは法律について勉強を1人で行いましょう。私が2度とここに来る事はないです。


「……え?」


 ダリウスの声は震えていた。


 僕の作戦は完璧だったはず、シンシアさんは絶対に抜け出せない、魔法だって使えなかった、なのになんで、魔法陣が不完全?


 混乱したままのダリウスは、魔法陣に触れて魔力を注いだ。


「ダリウス……来たわね」
「お前がそんな事をするなんてな……」
「え……お父さん? お母さん?」


 魔法陣の効果を確かめたはずだった。しかし、いつの間にかダリウスはリビングに転移していた。


「こんな事をするのは親として悲しい、だが許しくれ。お前は犯罪を犯したんだ」
「えっ? なんで……嘘……」


 ダリウスは家の中に入ってきた兵士達に拘束され、運ばれていった。


◆◇◆◇◆


 屋根の上から、連れ去られていくダリウス君を見てシンシアは悲しい顔をしていた。


「……なんであんな事したんだよ」


 真面目に勉強をしていたダリウス君が、何故犯罪に走ってしまったのか分からない。しかし犯罪を犯したのはシンシアが魔法を教えたからでもある。
 確かにダリウス君の作戦は完璧だった。俺が本当に大人だったならば、サラかクラリスが来なければ助からなかっただろう。


 しかし、ダリウスは俺の正体を知らなかった。それが敗因だ。


「はぁ……嘘だろ……」


 シンシアはまだ、ダリウスがこんな事をしたのを信じられないでいた。しかし犯罪というのはそういう物なのだろう。
 身近な人。近所のおじさんだったり、学校の先生だったり、友達だったり。意外な人が犯罪を犯す事はどこの世界でも一緒だ。


 シンシアはこの事件があってから、2度と他人に魔法や技術を教える事はなくなった。
 そういう力を悪用する人が出てくるからである。


◆◇◆◇◆


「はぁ〜……」
「シンシアちゃん元気ないけど……大丈夫なの?」
「実はさぁ……いや、言わない方が良いか」
「えぇ〜? 気になるよ」


 教室でアイリが心配してきたが、ダリウスの為だし不用意に人に話す事はないだろう。


「まあなんだ……俺これから教師とか絶対しないわ」
「本当に何があったのよ」
「アイリちゃん。あんまり聞かないであげて」


 サラとクラリスは知っている。しかし、それ以外の人物には言うことはないだろう。


「シンシアちゃん、少しトラウマ背負っちゃってるのよ」
「トラウマ……」
「クラリスさん……事実だけど変な風に捉えられるからやめて」


 するとアイリが突然真剣な顔をしてきた。


「分かったわ。私、シンシアちゃんのトラウマを癒す為になんでもする。今日は一緒にデートして、美味しい物沢山食べよう」
「それアイリがそうしたいだけでしょ……まあいいけど」
「じゃあ私も行く〜っ!!」
「じゃあクラリスさんも一緒に行きましょう!!」
「仕方ないわね」


 サラとクラリスとアイリは、トラウマを抱えたシンシアを癒す為にと色んなことをしてあげた。
 そうして少しずつ心の傷は癒されていったのだが、未だにダリウスがあんな事をしたと信じられなくて、時々思いつめてしまう時がある。
 人間誰にでも裏表はある。しかし……信用していた人に裏切られるのがこれ程までに辛いことだとは思ってもいなかった。

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