幼女に転生した俺の保護者が女神な件。

フーミン

31話 強欲の魔女



ダンジョンから帰ってきて、眠ってしまえば明日は学園へ帰る日となる。
 夕食を食べ終えると、アイリやアデルそして何故か部屋にやってきたサラが夜更かししようなんて誘ってきて、俺は仕方なく付き合ってやる事にした。


「今日は太陽が登るまで起きてようね!」


 サラは徹夜でもする気なのだろうか。幼女の身体になった俺にはかなり厳しいのだが、途中で寝ても良いだろうか。


 結局、喋りたいだけ喋り尽くしたサラはその場で眠ってしまい、仕方なく俺が寝る予定のベッドに寝せることにした。
 残ったアイリとアデルも眠そうな顔をしているし、充分話しただろうから眠るか。
 時計があればきっと日付が変わって1時間程度しか経っていないのだろう。時の流れというのはその時の体調、テンションで変わるものだな。


「シンシアちゃん、サラ先生と寝るの狭いでしょ? 私のベッドに寝る?」
「んん……サラと寝るのが慣れてるから大丈夫」
「ったく、女はいいよな。男は男同士寝るとホモ扱いされるんだぜ」


 女も女同士寝たらレズ扱い……されないな。


「確かにそう思う。男は大変だな」


 そういいながら部屋の電気を消し、サラと一緒の布団に潜る。
 それから眠りにつくのはあっという間だった。


◆◇◆◇◆


 深夜。まだ世が明けない真っ暗な時間帯に、ふと俺は目を覚ました。


「……誰だ」


 部屋に何かがいる。
 どこにいるのか、というのは分からない。しかし確実に部屋の空気が違う。誰か、サラでもアイリでもアデルでもない人物が部屋に侵入している。
 音もせず、真っ暗な部屋で何が動いているのだろうか。


 まさか……幽霊? いや、それはない。昨日の夜見たのは足があった。今日は暗いとはいえ何も見えないじゃないか。
 ……いや、見えないのが幽霊なのか。


 恐る恐るベッドから出て部屋の中を歩く。こうして歩いていれば部屋にいる存在が何なのか分かるだろう。
 正直分かりたくもないのだが、このまま寝る訳にもいかない。サラ達を起こす訳にもいかないし、一般生徒の悪戯かもしれない。


 しばらく部屋の中をウロチョロしていたが、結局その存在を確かめる事はできなかった。


「はぁ……疲れてるのか」


 仕方なくベッドに戻る。──その時だった。


──ガシッ
「ひうぅっ!?」


 ベッドの下から突然現れた手に足首を掴まれる。
 そして俺は恐怖でその場から動けなくなり、下を見ることも出来なくなった。
 目の前にはサラとアイリが眠っている。そして背後からアデルのイビキが聞こえる為この部屋の者ではない。


「だっ……誰……?」


 なんとも情けない声を出すと、手の主の声がした。


「会いにきたよ」
「っ……」


 この声……どこかで……。
 ベッドの下に隠れていた何者かが、ゴソゴソと姿を現した。しかし、真っ黒な布を被っていて顔は見えない。


「誰なんだ……?」


 その人物は、真っ黒な布を白い手で捲って素顔を晒した。


「っ! クラリスさん……?」
「そう。覚えててくれたのね」


 クラリスはこの国に来て初日、観光地を案内してくれた人だ。


「クラリスさんか……って、なんでこんな時間に……ここに?」
「貴女が欲しいの」


 クラリスは優しい笑顔でおかしな事を口にした。


「俺が……欲しい?」


 そのクラリスの雰囲気は、まだ優しくて綺麗なお姉さんのままだ。しかし口に出した言葉に違和感を感じ、不思議な恐怖を感じる。


「シンシアちゃんも、私が良いでしょ?」
「どういう意味だ……?」


 質問意味が分からずに聞き返す。


「サラよりも私が保護者の方が良い。そうよね?」
「……待って……よく分からない」


 すると突然、クラリスさんの白い手が俺の頬に触れた。


「欲望に素直になって。貴女は私に何を求める……?」


 その時、突然クラリスがここにいる疑問など消え去り、一つの欲望が現れた。
 それはまるで、人が食べ物を欲するかのように。人が眠りにつくように。人が性の役目を果たすかのように。そう考えて当然だと、そう思う程の思考が脳を支配した。


──綺麗なクラリスさんが保護者だったら良いのにな。


──サラよりクラリスさんの方が真面目で優しい。


「……っま、待ってくれ」


 そこで俺はなんとか思考を取り戻す。


「なんでクラリスさんがここに? 会いに来たって……どうしてこの時間に?」


 そう聞くと、クラリスさんの顔から突然笑顔が消えた。


「欲望に素直じゃないのね。じゃあまず、私が何なのか説明しましょうか」


 クラリスさんが前髪を後ろに振り払うと、突然周りの音が消えて時間が止まったような感覚になる。
 それと同時に俺は一切の身動きを封じられた。


「私は魔王軍幹部の1人、強欲の魔女クラリス・ラナ。悪魔と契約を交わし、魔王様に忠誠を誓う魔女」
「ぁ……っ…………」


 クラリスさんの口から、信じたくないような。有り得ない事が次々と言われ、俺の思考は混乱状態に陥った。


「改めて聞くわ。シンシアちゃん、女神の元から離れて私の娘になってほしいの。良いかしら」


 そこで再び、シンシアの中の欲望が思考の波で押し寄せてきた。
 クラリスさんが保護者……クラリスさんと一緒に生活……サラよりも…………。


「シンシアちゃん!!」
「っ!」


 その時、サラの声が聞こえて我に帰る。


「……やはりただの女神とはいえ時空停止に抗うか」
「クラリスさん! 私のシンシアちゃんに何しようとしてるんですか!! 離れてください!!」


 サラは俺に見せたことのないような声色で、クラリスさんに怒りを顕にしている。


「邪魔するなら実力行使よ。シンシアちゃんは私の元に来る事を願っているのよ?」
「そっ、そうなんですか? シンシアちゃん」
「っ……」


 違うと言いきれない。確かに俺は、自分の保護者がクラリスさんだったら、なんて願っていた。


「貴女はシンシアちゃんの欲を否定するのですか?」
「だ、駄目だよシンシアちゃん! この人は魔王軍の魔女だよ!」


 そうだ……クラリスさんは魔王軍幹部だって……俺にはアイリやアデルがいる。魔王軍なんかについてしまったら……。
 サラはこうみえて優しくて、真面目で、誰よりも正義感の強い俺の保護者だ。魔王軍なんかが代われる存在じゃない。


「お、俺はお前にはついていかない」
「その答えに悩みが残っているようだけれど、本当はどうなの?」
「っ……」
「このっ!! シンシアちゃんに変なことしないでっ!!」


 突然、クラリスさんの身体が部屋の扉の方に吹き飛んだ。そして俺の目の前にはサラが心配そうに俺を見ていた。


「シンシアちゃん! ダメだよ! シンシアちゃんは私の娘で、私が保護者だよ!?」
「分かってる……魔王軍に入るつもりはない」


 離れないようにサラの服を手で掴んで、吹き飛んだクラリスの方へ目を向けると立ち上がろうとしていた。


「くっ……油断した……」
「っ……」


 クラリスの口から赤い血が出ており、横腹を抑えて苦しそうにしている。その姿を見て、思わず俺は助けに行こうとしてしまったがなんとか堪える。


「シンシアちゃんは絶対に渡さないっ!」


 俺を守ろうとするサラの横顔がカッコよくみえる。


「ふふっ……うふふふ……」
「なっ、何」


 クラリスは笑いながらゆっくり身体を起こすと、さっきのダメージが無かったかのように姿勢を戻した。


「私は魔王軍幹部の1人、強欲の魔女クラリス・ラナ。悪魔と契約を交わし、魔王様に忠誠を誓う魔女……」
「な、何をするつもり……」


 クラリスは片手を前に出すと、手の平に紫色の魔法陣が2重に重なって現れた。
 魔力によって黒いローブが揺れ、白い足が現れる。


「この足……昨日の夜見た……」


 俺は昨日の夜に見た白い足の正体を、今やっと理解した。クラリスは昨日も来ていたのだ。
 クラリスはずっと変わらない雰囲気のまま微笑むと、魔法陣を作り出していた手をグッと握った。


「っ! まさかっ!!」
「少し気付くのが遅かったようね」


 その瞬間、俺はサラに押されて吹き飛んだ。
 すぐに振り返りサラの方を見ると、サラは天井を突き破る程の巨大な光の柱の中で苦しそうな表情をしていた。


「サラッ!!」
──バチッッ!!
「あぐっっ!」


 サラを助けようと光の柱に触れた瞬間、触れた指先がボロボロになって弾かれた。


「いっ……痛いっ……」


 痛みに慣れていないシンシアの身体は、指先の肉が削られた痛みに耐えきれずその場で指を抑える。
 とんでもない威力の光の柱の中にいるサラの服は、ボロボロに破れていき、女神の身体にも傷を負わせ、少しずつサラの意識が離れていく。


「痛いっ……痛い゛っ……」


 自分よりも痛いはずのサラに構っていられるはずもなく、シンシアはただ自分の指先の痛みにだけ意識が集中していた。


 しばらくして光の柱が消え、そこには黒く焦げたサラが力無く倒れている。
 その横で苦しむシンシアの元に、クラリスが近づいてきた。


「大丈夫? すぐに治してあげる」
「い゛っ……痛……ぃ……」


 涙や鼻水を流しながら苦しむシンシア。その指先を綺麗な光が包み込み、傷はあっという間に消えた。


「もう大丈夫よ」
「ぁ…………」


 ゆっくり顔を上げると、そこにはずっと変わらないクラリスさんの優しい笑顔があった。
 これまでに経験した事の無い痛み、それは幼い幼女の身体には予想以上の痛みで脳に危険信号が送られる。そんな時に救いの手を差し伸べたクラリス。






「あ゛ぁっ……ありが……とうっ……うぅっ」
「痛かったね。でももう大丈夫だよ」


 シンシアは幼女の姿に見合った泣き方で、まるで母親に慰めてもらう娘のようにクラリスに抱きついた。
 いくら魔王軍幹部とはいえ、シンシアは自分が苦しみたくないという思考で支配されているのだ。


「それじゃあ一緒に行きましょう」
「待っ…………て……」


 クラリスがシンシアを連れていこうとした時、黒焦げで意識を失っていたサラが声を出した。
 死んでいてもおかしくないその姿。それでも尚シンシアを助ける為に意識を取り戻す女神の生命力に、魔王軍幹部のクラリスは思わず目を見開いた。


「……ふっ、その姿で何ができるのですか?」
「シ……ンシアちゃ……から……離れ……ろ…………」


 必死にシンシアへ手を伸ばすサラ。その手をクラリスは片手でおかしな方向へと捻じ曲げた。


「あ゛ぁ゛っっ!!!」


 焼け焦げた手は、今にも千切れそうな程皮膚が剥がれている。それでもサラの意識が途切れることは無かった。


「うふふふ……その素直な欲望、素敵だわ。シンシアちゃんを取り戻しに来るのを楽しみに待っているわね」
「シン……シ……」


 流石の女神でもついに意識を失った。
 シンシアは、1日の疲れと泣きじゃくった疲れが合わさり。クラリスの胸でスヤスヤと眠っている。


「ふふふ、可愛い……」


 クラリスの綺麗な笑い声を最後に、2人はその部屋から姿を消した。
 残ったのは黒く焦げたサラと、穴の空いた天井。クラリスの能力によって止められていた時間が、今やっと動き出した。


「ぐがぁ〜〜〜!」
「…………」


 アイリとアデルは、この一瞬の間に悲劇が起きていた事など知らず。気持ちよさそうに眠り続ける。

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