俺は、そんな君が好き。《短編》

鈴木ソラ

俺は、そんな君が好き。1話




風が吹く、いつもと同じようなそよ風が教室の窓から入って、カーテンを揺らす。そのカーテンの下で、俺の好きな人はいつもと同じような寝顔で居眠りをする。

俺はそれを、いつもと同じように斜め後ろの席から眺める。


「​───起立」

授業の終わりを告げるチャイムの音が響く。号令がかかりみんなが一斉にガタッと音を立てて席を立った。そんな中、居眠りを続ける彼は、クラス中の視線を集める。呆れた顔をした先生が窓辺の席まで近づくが、それでもなお、スースーと寝息を立てて眠り続ける。


「ってぇ……!」

バコッと気持ちのいい音を立てて、眠る彼の頭を教科書が叩いた。それと同時に、彼はガタッと勢いよく立ち上がって、叩かれた頭を抱えた。ドッと教室に笑いが立ち込めて、午後の授業の眠気も少し冷めた。

「ね、寝てないっす……いてっ、叩かないでください…」

眠たそうなまま苦笑いをする。俺もみんなにつられて小さく笑う。


普段通り授業を終えれば、斜め前の席からこちらを振り返って言った。

翔平しょうへい、ノート見せてくれよー」
「ばーか、寝てるから悪いだろ」

縋り寄ってくるそいつを、俺は冷たくあしらった。

「そう言っていつもノート写させてくれる翔平クンやっさし~」
晃汰こうたは小学生のときからいつもそうだからな、いい加減慣れたわ」

俺からノートを受け取ると、晃汰はさんきゅ、とひとこと言って斜め前の自分の席へ向き直った。開いたままの窓から入る涼しい風が、晃汰の赤茶色の髪を揺らす。面倒くさそうに左利きでノートを写して、たまに顔を上げては教室から出ていくクラスメイトに大声で、また明日な、と声をかけている。

「あっ、しょーへー」

晃汰は、何か思い出したように手を止めて斜め後ろへ振り返った。その顔はいつも楽しそうだ。

「今日、部活終わったら漫画買い行くの付き合えよ?」
「おまえこの前も買わないっけ?」

俺が苦笑いをして聞くと晃汰は、続き気になって仕方ねーの、とどこか自慢げに言った。教室はだんだんと、ひとり、またひとりと人が居なくなっていって、気づけば晃汰と俺の二人だけが取り残されていた。

「……ん、写した。さんきゅ」
「写すのおせーよいつも、部活また遅刻で怒られんじゃねーのかよ」

俺は、晃汰からノートを受け取って机の中にテキトーに放り込んだ。鞄を持ってガタッと席を立つと、つられるようにして晃汰も立ち上がった。

「俺はもう遅刻常習犯だからいーの。翔平も、今日はちゃんと部活行けよ?先帰ったら今度飯奢りだからな!」
「はいはい、仕方ないから戸締りはしといてやるよ」

教室の窓を閉めながら俺が言うと、晃汰は、さすが!と大声で言って教室を急ぐように出て行った。向かう先はサッカー部の部室で、これからきっと顧問の先生から説教をみっちりと受けるんだろう。

簡単に戸締りをして教室の中を空っぽにする。鍵を閉めたら職員室に向かって、担任の先生へ鍵を返しに行く。もう随分と慣れたその行為も全部、晃汰がいつも今日のようなことを繰り返すせいだ。


「失礼します…松岡先生、鍵、返しに来ました」

ガラッと職員室の扉を開けて、一番手前の担任教師に声をかけた。国語の担当で、落ち着いた雰囲気のある先生は、椅子ごとこちらに振り向いた。

「おつかれ、梶本かじもと。戸締りありがとな」
「…いや、いつも最後まで居残っててすんません、でも怒るなら晃汰にしてくださいね」

俺が笑ってそう言うと、松岡先生も、おまえも幼馴染がアホで苦労してるんだな、と笑い返した。用が済み別れの挨拶をしようとしたところで、先生が俺を引き止めた。

「そうだ梶本。おまえ、この間のテストで成績上位者に名前入ってたな?」
「あぁ、はい、珍しく勉強した方ですかね」
「そうかー、そういえばその前のテストも名前入ってたような気がするな?」

先生は、スっと脚を組んで口角を上げた。俺は少し苦笑いで先生を見る。

「そうでしたっけ?まぐれですよ」
「へえ、ただのまぐれで毎度のこと成績上位者の枠に入れるのか?そりゃすごい」
「先生、そんなに言っても特進クラスには入りませんからね」

俺がキッパリと言うと、先生はいつものように不満そうな顔をして俺を見る。デスクの引き出しから、紙を一枚ぺラッと取り出して俺に差し出してきた。

「ほら、特進クラスへの編入希望届だ」
「俺もうこれもらうの5枚目です。なんでテスト終わる度に渡すんですか」
「なんでって、もったいないだろ?こっちが聞きたい。どうして特進クラスに入らないんだ?」

先生は、真面目な顔をして俺に問いかける。俺は押し付けられた編入希望届をじっと見つめてから、ゆっくり口を開いた。


「…勉強、別に好きじゃないですし、ね?入ってもサボりますよきっと。じゃあ、俺部活行くんで」

俺はそう言い捨てて、松岡先生に背を向けた。後ろで何かぼやいていたが、聞こえないふりをして職員室を出る。

廊下はもう既に人気ひとけがなくて、グラウンドの方から聞こえる運動部の勇ましい掛け声が耳を突く。俺はその足のまま、部室に向かった。


もし特進クラスに編入したら、晃汰とクラスが離れる。授業中でもお構い無しに爆睡する晃汰のアホ面も見れなくなってしまう。きっと毎朝、朝学習とかいうやつのために俺の方が早く登校するようになって、晃汰と顔を合わせることも、減るのかもしれない。

そんなことを考えたら、いくら成績が良くても、学校からの優遇なんて蹴って当然だ。俺にとっては、晃汰が俺の日常の中心なのだ。


そんなことを思って、校舎の端に位置する小さな部室の扉をガラリと開けた。狭い部室のテーブルで、カメラのディスプレイをじっと見つめる人がひとり。


「…やぁ、梶本くん、久しぶりだね」

スっとこちらに視線を寄越した。俺は部室に入るなり、テーブルの上に鞄を置く。

「部長、いつもいますね」
「一応ここは毎日使用許可もらってるからね。どうしたの?梶本くんが部活に来るなんて珍しい、また幼馴染くんを待ってるのかな」

そう言って、窓をカラカラと開けて外にカメラを向ける。息を止めるようにしてレンズを覗く先輩の髪を、ふわりと風がさらった。

「はい、それくらいしか、ここに来ないですしね俺。写真部入ったけど、写真のセンスないですし」
「たまには撮ってみたらどう?ほら、ここで時間潰すのは退屈でしょ」

一つ歳上で三年生の部長は、大人のように落ち着いた雰囲気で笑いかける。カメラを持って立つ姿がよく似合っていて、不思議な魅力のある人だ。

「俺、幽霊部員ですけど、怒らないですよね」
「写真を撮るのは気が向いたときだけで十分だよ。それに、もとより部室に一度も来てない子だってたくさんいるからね。それに比べたら、梶本くんは来てくれてるほうだよ」

何をカメラに写しているのかは分からないが、また何かを撮るように外にレンズを向けながら言った。

部員数は十数人いるはずなのに、参加してるのは部長を含めてせいぜい二、三人と言ったところで、6割は俺を含む幽霊部員ばかり。コンクールに出展したって、いつも賞を取るのは部長の作品のみ。俺自身作品を出したことは一度も無いのでよく知らないが、部長が毎年取る賞はなかなかすごいものらしい。半ば部長のおかげで部の存続が保たれているようなものだ。

「部長が引退したら、この部無くなるんじゃないですかね」
「あはは。だとしたら、ちょっと寂しいね」

他に部員が扉を開けて入ってくる様子なんて少しもない、狭い部室だ。カシャ、と無心でシャッターを切る音だけが聞こえる。

晃汰が部活を終えるまで、何をしようか。奥のソファで寝て待っていてもいいけれど、今はそういう気分じゃないような気もする。

「カメラなら、そっちの棚の箱に入ってるよ」

暇を持て余した俺を見かねのか、部長が俺にそう言った。

「……たまには、撮ってみますかね」

それがいいよ、と短く部長は返して、また自分の世界へ入り込んでいった。俺は言われた通りに棚の箱から予備のカメラを取り出して、部室を出た。


カメラを持って廊下を歩くも、行き先が決まらなくて立ち止まった。


何を撮ればいいのか。撮りたいものなんてないし、そこまでセンスもないので時間を潰せるのならなんでもいい。唯一撮りたいものといえば、それは晃汰くらいだ。

「……見に行くか、サッカー部」

そう思い、俺は止めた足を外へと再び動かした。


季節は、夏が終わったばかりの9月で、夕方の西日はまだ少し夏を感じさせる熱を持っている。フェンス越しにグラウンドを覗くと、サッカー部が練習に切磋琢磨している様子が見えた。少し歩いて、フェンスの途切れている所まで来ると、視界が開けてサッカー部の様子はクリアに見えるようになった。


………………いた。


サッカーボールを足下で転がしている、晃汰の姿を見つけた。ボールを攫われると、晃汰は悔しそうな顔をする。それでまた真剣な顔をして、ボールを追いかける。

サッカーをしている晃汰は、いつも見ないような顔をしてくれる。珍しく真面目な顔をしている晃汰が見れる。

俺は無心でカメラをグラウンドへ向けた。動いている対象を写真にするのは俺には難しくて、何度かテキトーに連写する。カシャカシャと静かに音が鳴った。それを繰り返しているうちに、レンズ越しの晃汰と目が合った。どうやらこちらに気づいたようで、晃汰は一瞬で笑顔に変わって俺に大きく手を振った。その瞬間をカメラで捕らえる。

ゆっくりとカメラを顔の前から下ろして、グラウンドを見た。その晃汰はもう真剣な様子でボールを追いかけていた。

ディスプレイの中で無邪気に笑う晃汰を見ると、こちらも自然と笑ってしまう。表情豊かで見ていて飽きない。


「写真部さんですか?」

ふいに隣からそう声をかけられ、俺は少し驚いてディスプレイから視線をはずした。隣には、いつの間にかジャージ姿の女子生徒が立っていた。

「サッカー部のマネージャーなんです、私」

そう言って俺の方を向くと、後ろでひとつにまとめた髪が揺れる。

「真剣に写真撮ってるみたいだったから、声かけちゃいました」
「…いや、真剣って程じゃないけど…暇潰し?」

俺が答えると、そうなんですか、と笑った。

宮間みやまくんのお友達ですか?さっき、手振られてましたよね」
「あぁ、まあ、幼馴染」
「へぇ、じゃあ仲良いんですね。でも、部活中にあんなことしてるってコーチにバレたら、また怒られちゃいますけどね」

また笑って、次はグラウンドの晃汰を見る。けれど、すぐにこちらへ視線を戻した。

「あいついつも、遅刻して怒られてるでしょ」
「はい。技術はあるのに、ちょっと不真面目なところがもったいないって、よく言われてます」
「…へえ、そうなんだ」

サッカーのことはよく分からないので、正直、晃汰が上手いのかは俺には判断できない。けど、コーチにも仲間にも期待されてるってことだろうか。

「昔から、運動だけはできるんだよ、あいつ」
「足速いですしね。いつも誰よりもボール追いかけてますよ」


晃汰が褒められると、なぜだか俺も少し褒められたような気分になる。

けど、誰かから晃汰のことを聞くのは、やっぱりあまり好きじゃない。自惚れとか、そういう訳じゃないけど、たぶん、俺が一番晃汰のことをよく知ってる。


なんて、要らない対抗心を密かに燃やして、外の空気を吸った。

「…あ、そろそろ休憩みたいです、ドリンクの用意しなきゃ」
「俺も戻るよ」
「はい、いつでも来てくださいね」

マネージャーは柔らかく笑ってそう言った。見知らぬ俺にまでそんなことを言える心の広さを持っているのだから、きっとマネージャーというサポート役には向いているんだろうと思う。


俺は、そのまま特に何もすることがなく、部室に戻った。部長はもういなくて、どうやら外へ写真を撮りに行ったようだった。古びたソファに俺は寝っ転がって、ディスプレイの中を見つめた。

気まぐれで撮った写真はやっぱりどれもつまらないものばかりで、センスはないんだと改めて自覚した。唯一、こちらに向けて手を振る晃汰だけは、マシなものだった。おそらく、俺の技術がどうとかじゃなく、晃汰の笑顔が輝いているんだろう。

俺は仰向けになってカメラから視線をはずす。目を瞑ると自然と眠気が襲って、俺はそのまま閉じる瞼に身を委ねた。










「​─────い、翔平!」


呼ばれる声がしてハッと目を開けると、視界いっぱいに晃汰の顔があった。俺は思わず衝動的に起き上がろうとして、晃汰のおでこに頭突きをする。

「ぃって!な、何してんだよ翔平の馬鹿野郎…!石頭!」
「……わ、悪い」

晃汰はおでこを涙目で押さえてこちらへ訴えかける。スマホの画面を開くと、もう19時を表示していた。窓の外はもう暗くなりかけていて、気づけば部長もいない。手に持っていたはずのカメラは片付けられていて、おそらくそれも部長の仕業だろう。

「早くしねーと本屋閉まる、行こーぜ」

そう言って、そそくさと部室を出て行った。俺も後に続くようにして部室を出た。

部室の鍵を職員室に返してから、そのまま近くの書店へ向かった。道中、晃汰はコーチに説教をくらったっていう話ばかりしていた。どちらかというと愚痴である。


 「あー、これこれ!続き気になってたんだよな~」

そう言って、漫画コーナーの棚から新刊を一冊手にとって嬉しそうにした。その明るい声のトーンにこっちまで楽しくなってくる。

「翔平も読めよ、おもしれーから」
「へぇ、じゃあ一巻から貸せよ」
「えー、めんどい。俺ん家で読んでけよな」

読めと言うくせに貸すのは面倒だとか言い出すこいつは、本当に昔と変わらない。俺に対しては遠慮も礼儀も一つだって無い奴だ。

新刊をレジで会計して書店を出る。辺りは真っ暗で、人通りの少ない道では、街灯が所々ぽつんと照らしているだけである。


「そうだ、しょーへー」

何か思い出したように、晃汰は歩きながら声をあげた。なに、と聞くと、晃汰は前を見たまま続ける。

「そういえばさっき部活ん時、マネと話してた?」
「…あぁ、うん。それが?」
「それが、って…いや、なんかイイ感じに見えたし?どーなのかなって」

晃汰の興味津々に話を掘り出す様子は、辺りが暗くても容易に想像できる。俺は一呼吸置いて返した。

「どうって、別に?初めて話したし名前も学年も知らない」
「そーかよ。翔平って、背も高くて頭もいいのにもったいないよなー」

背が高くて頭もよかったら、晃汰は俺と付き合ってくれるのか。

なんて、自分でも馬鹿馬鹿しいと思うようなことを考えてしまった。仕方がないけど、こいつのそういう無頓着なところは、たまにイラッとする。俺の気持ちなんて知るはずもないんだから、当然なのだけど。

もとより、自分の気持ちなんて一生打ち明けるつもりもない。


「翔平はさー、なんで彼女作んねーの?」

ふいにそんなことを言われ、俺は隣の晃汰の顔をじっと見つめた。晃汰はそれにすら気づかないで歩き続ける。

「…別に、できないだけだろ」
「えー、おまえに限ってそれは無いだろー…ほんっと羨ましい奴だな」

晃汰は、不満そうな声で言った。俺はあえて何も返さずに隣を歩いた。


「なあ、彼女作れば?翔平、滅多に俺以外の奴とも遊ばねーし。どうせ休日家にこもってんだろ?」

唐突に、晃汰はそんなことを言い出した。俺の頭は殴られたような重い感覚に襲われる。


晃汰の言うことにいちいち傷ついていたらキリがないのは分かってる…つもりなのに、いつもひとりで辛くなる。いっそ嫌いになれたら楽なのにって、恋愛ドラマみたいなことは何度だって考えた。


「…あーでも、そうなったら、それはそれで俺が寂しいかも?ほら、おまえに彼女できたら、もう俺になんか構ってくれなくなるだろ。ノート写させてくれる奴もいなくなっちゃうな」

晃汰はちょっと笑ってから、俺キモイなー、とひとりで呟いた。気づけば晃汰は俺の少し先を歩いていて、どこか距離を感じた。

「でもやっぱ、俺はたぶん翔平がいないと生きてけねーな。ガキの頃からずっと一緒だったし」

いつもの調子のまま、平気でそんなセリフを吐く。

そんなの、いつもノートを写させてくれて、家が近いから行き来が便利で、暇なときに構ってくれる暇な奴が、そういう奴が必要ってだけで。

そうだとは分かっているのに、嫌でも少し期待してしまったりして、その度にまた苦しくなる。


「なんか言えよなー、はずいだろ、こんなこと言うの」

晃汰は、自分でも可笑しいと思ったのか、小さく笑い始めた。俺はその背中を後ろから見つめながら、やっぱり、何も言えなくて黙った。

「おい、なに?もしかしてまだ眠いとか?」

ひとりでしゃべり続ける晃汰は、歩くスピードを落として俺の顔を覗き込んだ。バチッと目が合って、いつもの腑抜けたような晃汰の顔が視界いっぱいに写る。

「どうした、そんな暗い顔して」

晃汰が怪訝そうな目で問いかけた。俺は、ピタッと立ち止まってじっと見つめ返す。相変わらずの間抜け顔だ。




「もうさ、耐えらんねーわ」


俺は、目を逸らさずにそう言葉を吐いた。すると、晃汰もピタリと立ち止まって俺を凝視した。何が、と言いたげだが、珍しく晃汰は何も言わずに俺の声に耳を傾けているようだった。



「…俺、好きだ、晃汰が」



​───────ほとんど勢いだった。


晃汰の鈍感さに対する苛立ちと、愛おしさと、嫌われたくないのに伝えたいという、数え切れない感情が一気になだれ込んできた。たった一瞬の勢いで、長年抱えていた気持ちを、口にしてしまった。

俺は驚いた。幼馴染以外のことにはなんの興味も示さなかった俺にも、これだけの感情が備わっていたことに。

すぅっと抜けるような安堵感のあとには、すぐに、言わなきゃよかったという後悔の念が押し寄せた。


困惑している。俺の言った言葉の意味を考えるように目を泳がせて、言わなくてもわかる、困ってる顔だ。なにか言おうと、口をパクパクさせている。

嫌にその時間が長く感じて、俺は晃汰の返事を待たずに声をあげた。


「ごめん。なんでもない、忘れて」

言うつもりのなかった言葉に戸惑う気持ちを必死に取り繕うようにして言った。こちらを見る晃汰の横を通り過ぎるようにして、俺はなんでもない顔をした。

「…お、おい、待てよ」

後ろから声をかけて追いかけてくる晃汰を、俺は早足で無視した。それでも晃汰は後をついてきた。

「…なあ!翔平ってば」

後ろからガシッと肩を掴まれて振り向かされる。バチッと目が合うと、俺はその真っ直ぐな視線に心臓を掴まれたような感覚に陥る。

「ちゃんと言えよ、わかんねえって!好きってなんだよ…俺、馬鹿だから全然訳わかんないし、翔平、なんで怒ってんの」

不安そうな目で訴えかける晃汰を、俺は無性に抱きしめたくなった。けれどそれをぐっと堪えて、震える声を絞り出した。

「……別に、怒ってねーし。言ったら困るのは、お前のほうだろ…だから、いい」

言い捨てるようにして行こうとすると、晃汰はグイッと胸ぐらを掴んでそれを食い止めてきた。

「よくねぇ!…なんだよ、好きって…俺らって友達じゃねえの」

胸ぐらを掴む手はだんだんと緩んでいって、晃汰はそう言いながら俯いた。

晃汰に困ることはたくさんあったけど、俺が晃汰を困らせるなんて初めてだ。


「…晃汰…裏切ってごめん。説明、な……するよ。おまえ、馬鹿だからな」
「…一言余計だっつの…」

晃汰は、げしげしと俺の足を蹴りつける。俺はそれを無視して話を続けた。

「友達だと思ったことなんてない。…男が好きなわけじゃないけど、晃汰が好きなんだ、ずっと」

俺がそう言うと、晃汰はじっとこちらを見つめてきた。その純粋な視線が、今は少し痛く感じる。

「……冗談、言ってるようには…見えねえな…」
「冗談じゃなくて悪かったな」
「そ、そういうことじゃなくて…全然、気づかなかった」

晃汰は、信じられない、というような顔をしている。

俺だってまだ、自分が気持ちを打ち明けたことに、まだ信憑性を持てない。どうして言ってしまったのか。言うなら、それは死ぬときだって思ってたのに。

「…晃汰、忘れろよ」

晃汰は、俺の言うことを考えるように俯いた。

その間が、今は怖い。



「…翔平、ごめんな。お前の気持ちには応えらんねえ」


分かっていたはずなのに、覚悟していたはずなのに、ズキっと胸が痛くなった。

「……忘れろって言ってんのに、フるのかよ」

俺が苦笑い混じりで言うと、晃汰はまた小さく、ごめん、と呟いた。いつもの無邪気な晃汰はいなくて、どんよりと俯いている。

「…別に、知ってたし。だから、そんな暗い顔するなよ」

いつもの晃汰でいてほしい。俺の気持ちなんか1ミリも知らない晃汰に戻ってほしい。

「キモイだろ。十数年の腐れ縁なんて切ってくれていい、おまえがそうしたいなら」

明日から、晃汰と目を合わすことも無いのだろうかと考えながら、俺の口は動いた。

「なんでだよ、そんな簡単に、言うなよ。そんな程度だったのかよ、俺らって」
「んなわけないだろ。でも俺は、おまえに嫌われたくない」

俺がぐっと堪えて言葉を絞り出すと、晃汰は悔しそうな顔をした。

「嫌わねえよ!だから…友達やめるとか言うな」

どうして、晃汰がそんな悔しそうな顔をするのか、幼馴染の俺でもよく分からなかった。

「…明日、ちゃんと俺のこと起こしに来いよ!おまえがいなきゃ寝坊しちまうから!」

晃汰は、そう言い捨てて俺に背を向け走り出した。どうせ帰る方向は同じなのに、無駄に早い脚を動かして全速力で家へ帰っていく。俺はそれを、何も言えないまま呆然と見つめていた。

同い歳の男相手に、愛おしい、なんて感情を抱くのは、我ながら気持ち悪いと思う。

それでも、愛おしさと苦しさが同時に湧き出てきて、なんとも言えない複雑な感情に襲われる。



……ほんと馬鹿だな、晃汰は。





コメント

  • 砂糖漬け

    続きが楽しみです(*´˘`*)♡

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