俺は5人の勇者の産みの親!!

王一歩

第66話 慈愛なき鎮魂歌・レクイエム(1)

 ★★★★★★

 私とエータは走って戦場へ向かっていた。
 獄炎に包まれた地、以前私がレクイエムと戦った場所だ。
 その場所は賀田病院からはそう遠くはなく、カノンやアイネの様に魔法を使って飛んでいく必要はなかった。

「ねぇ、テルさん! 体調は大丈夫なの?!」

「何言ってるのエータ! これからレクイエムと戦うんだよ?!」

 エータの手を引っ張る私。
 ジグザグに走ると距離が増えることは知っているのに、体が言う事を聞いてくれない。
 痺れる足がついに限界に達して、エータの体にひっつきながら歩く形になっていく。

 本当は彼を民間人と同じ様に魔法で時を止めてしまった方が良かったのかもしれない。
 でも、私はどうしてもエータを横に置いておきたかった。
 私は戦争が始まる前にエータをこの場に残したいと駄々をこねた結果、サリエリの判断で彼をこの空間に置くことになった。
 固まったエータが人質に取られることを危惧したということもあるが、一番の理由はずっと隣にいて欲しい事にあった。

「テルさん、なんで体を寄せるの?」

「んっ、別に? なんともないし!」

「呼吸が荒いよ、テルさん」

「あ、荒くないし!」

 嘘。
 私の呼吸の音はとても激しく、自分でも制御ができない。
 これはエータが隣に居るからなのだろうか。

「……テルさん、自分で立ってみてよ」

「えっ……」

 エータはスッと腕を私の腕から引き抜くと、膝が折れてまもなく体が地面に落ちていく。

「テルさん! やっぱり無理してるんじゃないか!」

 倒れる私。
 地面に膝がつくと、擦りむけて血が滲む。

 立ち上がろうとするも、腰が抜けて一切立つことができない。
 馬車に乗った後の酔いのように目がぼやけて風景が確認できない。

「実は、病院を出る前からわかってたんだ。テルさんの体調が悪いこと」

 エータは古びたお人形さんみたいになった私に肩を貸す。

「……ごめんね、エータ。私の我が儘に付き合わせちゃって」

「いいさ、テルさんっていつも強がるからね。その癖、直しておかないと将来の恋人さんが悲しむよ?」

 エータの体は暖かく、私を持ち上げるとニッと笑った。
 引き攣った表情、彼はこの状況を飲み込むまでにどれだけの覚悟と逃避を往復したのだろうか。

 そう、ここは地獄の扉の前。
 ダビデとシビラの予言通り。
 滅びゆく世界の傍らに立つ命の灯火は神の息吹で簡単にかき消されてしまう事を彼は理解しているのだろうか?

 幾度となく繰り返される歴史の中、私たちは輪廻の中を這いずり回る一つの粒子に過ぎない。

「……魔力……すっからかんなんだ」

「知ってるさ、あの時に全部使っちゃったんだろ。だからリュートとセックスした方が良かったんだ」

 エータは私に目を合わせずに私が指定した場所へ連れていってくれた。
 眠ったままのベルちゃんはついに起きることがなくここまでたどり着いてしまった。

「私はウェアウルフ。無限級の魔力を取り出せる唯一無二の種族。私はそれが誇りで生きてきたのに、エッチした王女たちは軽々と無限級を乗り越えてきた。……計算外だったよ」

「嘘つかなくていいぜ。無限に魔法使えるとかチートすぎるでしょ。テルさんって嘘下手だよな」

「う、嘘じゃないよ! 本当だって! 億とある種族で最強の存在! それがウェアウルフなのだ!」

「……じゃあ、なんでこんなに震えてるの? 最強だったら恐怖しないんじゃないの?」

 エータは私の頭をポンポンしながら喋りだす。
 そういう彼も唇が震えているのか、呂律が回りにくいようだ。

「テルさんは本当の中で嘘ついてる。信用してないんだろ、自分を。だから嘘と嘘の間に自分の感情を隠しちまうんだ。本当がわからなくなった時、人は他人に見つけて貰いたがるんだ。テルさんっていつもそういう傾向にあるからそうなのかなって思っただけさ」

「……どういうこと? よくわかんないよ、エータ」

「……つまり、好きになれってこと」

 エータは私の方を向くと頬を赤らめる。
 急にあの時の記憶が蘇り、エータの唇をまじまじと凝視してしまう。
 それに気づいたエータはさらに頬を赤らめる。

「ちっ、違うよテルさん! 自分のことを好きになれってこと! 他人に身を寄せても自分の質量がないと寄っかかれないからって! 素直になれってことっ!」

 エータの緊張した一言で、急に私まできゅんと心臓が跳ね上がってしまう。

「わわわ、そ、そうだよねっ! まずは自分のことを好きにならなきゃねっ! あははは」

 告白かと思った。
 好きになれよ、だなんてキザ過ぎて敵わないよ。

 そっか、素直になれ、か。
 そう言われてみれば、私は自分の本心を誰かに打ち明けたことってあったっけ。
 考えても考えても、本当の自分を他人に見せられるかと言われればそうではない気がして来る。
 試しに深呼吸をして、エータに本心を打ち明けてみた。

「……エータってさ、かっこいいよね」

「えっ」

 こちらを振り向く少年、焦りを見せたのか目がギラギラしている。
 試しに素直になって見たが、なんだかしっくりこない。
 エータは調子悪そうに頬をかくと、照れ臭そうに前を向く。

「そ、そういうことじゃないっての。まぁ、悪い気はしねぇが」

 素直になれと言ったり違うと言ったり。
 よくわからないエータの感情の中を覗いて見たくなり、私は彼の胸にそっと手を置く。
 フラフラして立てない私をここまで運んできてくれたエータの心臓。
 鼓動が早くて小動物みたい。
 鼻息が荒くなったのはきっと私を感じてくれてるからだと思う。
 そうじゃなければ、こんなにも強く抱きしめてくれたりしないもん。

「……テルさん。俺がついてるからな。絶対に負けんなよ?」

「うん。私の事、ちゃんと見ててね?」

 エータの唇が愛おしい。
 私はそっと彼の頰に手を触れて自分の淡い唇を持っていく。
 身長が足りない分、彼の頭を引っ張って、思い切り背伸びをした。

 ちゅっ。

 これが素直。
 私なりの素直。
 受け取ってくれるかな、エータの中では私は一体どんな感じで生きているんだろう。

 きっと、この舌を柔らかく舐めてくれるみたいに優しく接してくれてるんだと思う。
 心の中の私、エータをどうか愛してあげてね。

「んっ……」

 這いずる舌がもどかしい。
 長い時間をこれからもずっと共有していたい。
 もっとエータの中に入っていたい。

 しかしここは戦場。
 期が満ちた空、天使が赤く染めていく。

 そう、これが最後の願い。
 ゆっくり唇を離し、エータの耳を両手で覆う。

「私の事、好き?」

 糸引く唇で呟く。
 聞こえない、聞こえさせない。
 これは神の前での誓い。
 誰にも聞こえない宣誓である。
 いつまでも彼のことが好きでいられるための私なりの我が儘な誓い。

 エータは私を強く抱きしめた後、優しく送り出してくれた。

 戦争だ。
 戦争をしよう。

 私は二本足を地面につけて、空を見上げる。
 拍手喝采、彼女は私たちの劇を楽しむように空の上で待っていたのだ。

「素晴らしいよ、上出来じゃないか。戯曲にしてはなかなかのものだ」

「……待たせてごめんね、レクイエム。先の戦い、私の嘘の味はどうだったかな? さぞかし楽しめたでしょう?」

 私は空の彼方で指揮棒を構える天使・レクイエムを覗き見る。
 煽りを入れても動じない彼女、大気を揺るがす扉を眺めながら私は魔法を唱える。

「ベルティーガ・フェルトルアス・アンフェル!」

 私の体はみるみる黒くなり、装甲が柔らかいお肉を包んでいく。

「ほう、それで戦うつもりか。だが、予言通り君たちはここで灰燼と帰すのだよ。なぜ足掻くのか教えてほしい、何故だ偽物」

 レクイエムは不敵な笑みを浮かべると、頭の上の透明で白い輪を赤く変色させていく。

「守りたいものがあるから、って言ったら笑うかしら? 天使でも理解できる内容に訳してあげてもいいよ?」

 私は魔法弾を両手で握りしめ、体中に魔力を込める。
 そうすると、彼女は高笑いをしながら魔法陣を作り始める。

「笑うさ、約束と宣誓とは意味は同じでも強さが違うのだよ。約束は叶えようとするものであり、宣誓は叶えなければならないものだ。嘘つきの貴様にはそもそも誓いの仕方など言い聞かせても無駄かな、北の王女」

 二つの魔法陣から現れたのは二人の女性の像。
 美しい顔立ちの天女はレクイエムの体を包み込むと、翼が大きく開く!

「鎮まれよ、大地! 私の名はレクイエムである! ここに宣誓しよう。これは聖戦なり、全ての生命を浄化し一つの未来を生み出そう! さあ、魂を寄越すのだ!」

 レクイエムの翼が大きく広がり、赤い空を覆い尽くす!
 彼女の演奏が始まった瞬間、大地が砕けて怒り狂うことは経験済みだ!

「エータ! 私の手を握って!」

 狼の手と化した右手で彼の手を包み込むと、エータに思い切り魔力を押し込める!

「うおっ! なんだこれ!」

「我慢してね、エータ!」

 魔力をエータに流し込み終えると、彼の姿は消えていった。

「さぁ、これで思う存分できるね。さて、どこから食べちゃおうかな?」

 私は鉤爪を伸ばし、臨戦態勢に入る。
 それを見たレクイエムもニヤリと笑って指揮棒を振り始める。

『怒りの日』

 人類の滅びの日、世界は乖離して空が降り注ぐ。
 漣の如き小さな音は私の思考を震わして止まない。

 戯曲。

 物語はまだまだ序章であり、最高の喜劇は始まったばかり。

 戯曲というものは登場人物と演劇が必要である。
 戯けて、戯れて、戯れる楽しい楽しい演劇。
 そして、その中では私が主人公でなければならないのだ。

「嘘を見破ってみなさい、権天使!」

 私は月を眺め、地面を蹴り上げた!
 そう、ここは私の独壇場!
 我が儘がいくらでも通る私だけの世界!

「あぉぉぉぉぉぉぉん!」

 狼は月明かりに照らされ、一つのバケモノに進化する!
 私はウェアウルフ!
 最強の種族、人狼の王女!

「『怒りの日』だ、人類!! 悔い改め朽ち果てるがいい!」

「ぐるぁぁぁぁぁ!」

 つづく。

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